具体的な例は、下記のページにある。
→ 若者世代の投票率が1%下がると、若者は1人当たり年間13万5000円損しているとの試算
これは次の二つのグラフを見ての結論だ。
・ 若者世代の投票率のグラフ
・ 社会保障支出のグラフ
この二つを見て、次のように結論した。
若年世代(20歳から49歳まで)の投票率が低下するに従って、国債発行額が増加し、社会保障支出も若年世代よりも高齢世代(50歳以上)に多く配分されていたことが分かった。しかし、この両者に相関関係があるとしても、因果関係があるとは言えない。
さらにこの分析結果を用いて試算すると、選挙棄権により若年世代の投票率が1%低下すれば、若年世代1人当たり年間およそ13万5000円分の損失が発生している結果となった。内訳としては、国債の新規発行が7万5300円増え、「高齢世代1人あたりの年金などの高齢者向け給付」が「若年世代1人あたりの児童手当などとの家族給付の額」に対して5万9800円増えていた。
では、なぜか? その理由を示そう。
──
まず、世代の投票率のグラフは、下記だ。(クリックして拡大)
→ 出典 (財団法人)
また、社会保障費の増加は、下記だ。

→ 出典 (財務省)
──
では、この二つのグラフを見て、何が言えるか? 次のことだ。
「いずれも時間変化に応じて、単調増加または単調減少である」
つまり、時間変化に応じて、「どんどん増える」または「どんどん減る」という傾向がある。そして、このような傾向は、非常に多くの例で見られる。
・ 自動車の普及率
・ ケータイ電話の普及率
・ GDP の増加
・ 寿命の増加
・ 初婚年齢の上昇
・ 出生率の低下
・ 癌の死亡率の低下
・ 年平均気温の上昇
・ 炭酸ガス濃度の上昇
これらの例は、いずれも、時間的変化に応じて、単調増加または単調減少を示す。(小さな変動を無視して、おおまかに。)
つまり、これらはいずれも、相関関係がある。
では、相関関係があるからといって、因果関係があるだろうか? たとえば、次のような因果関係はあるだろうか?
「日本人の初婚年齢が上昇したせいで、地球の炭酸ガス濃度が上昇した」
もちろん、こんなことはありえない。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
そして、これと同じ馬鹿馬鹿しい結論を出しているのが、冒頭の研究だ。
「選挙棄権により若年世代の投票率が1%低下すれば、若年世代1人当たり年間およそ13万5000円分の損失が発生している」
まったく、馬鹿馬鹿しい。これらは単に時間的に単調増加または単調減少の傾向があるだけであって、因果関係はまったくないのである。
ここのところを勘違いしてはならない。
──
なお、このような説明は、他のサイトでもなされているから、そちらを読んでもいいだろう。
【 関連サイト 】
→
→ 「相関関係」のグラフにだまされないで (上と同趣旨)
→ 因果関係がないのに相関関係があらわれる4つのケースをまとめてみたよ
→ 補論(相関関係と因果関係の違い)
[ 余談 ]
当然だが、「選挙棄権がなくなれば、若年世代の所得が増える」ということはありえない。
仮に、高齢者への給付が減ったとすれば、その分、若年世代から高齢者への(家庭レベルでの)仕送りが増えるか、あるいは、高齢者への生活保護費が増えるだけだろう。
それとも、「高齢者の生活費を大幅に削減して、高齢者を餓死させよ」という方針を取るのだろうか? しかし、それだったら、「高齢者をガス室に送って皆殺しにしろ」という方針の方が手っ取り早い。そっちを取ればいいのだ。「若年層の投票率を上げよ」なんて言わないで、「さっさと高齢者を殺せ」と主張するべきだろう。その方が論理的というものだ。(どうせそれが本心なのだろうから。)
[ 付記1 ]
実を言うと、若年層は、高齢者のせいで損しているのではなく、大幅に得をしている。なぜか? 莫大な富を生み出すための社会基盤を相続したからだ。
現在の高齢者が若かったころには、日本は戦後の廃墟状態だった。ひどい後進国だったのである。それが、高齢者の獅子奮迅の働きのおかげで、いつのまにか西側世界第二位の先進国になった。そのおかげで、現代の若者たちは、高い生産活動をなすだけの社会基盤を相続した。(その社会基盤は、道路などのインフラのほか、企業の技術という無形のソフト資産を含む。)
これほど巨額の社会資産を相続したからには、高齢者にはどれほど多くの金を渡そうが、若者たちは大幅に利益を得ているのである。それがわからない人々は、「自分の力だけで何でもできる」と思って、アフリカに行けばいいのだ。そこで、日本の社会資産には頼らずに、独力で商売をすればいい。……ただし、その前に、日本という国家から得た教育費用を、ちゃんと返済してほしいね。莫大な教育費を負担してもらったはずだ。
たぶん、多くの若者たちは、自分たちがどれほど多くを先人に負っているか、理解できないのだろう。「もらったものは忘れるが、払うのはいやだ」という、踏み倒し体質。泥棒みたいなものですね。
参考記事。
→ マララさんが国連演説 「すべての子どもたちに教育を」
少女でさえ、教育の重要性を理解している。ところが日本人の多くは、せっかく教育を受けながら、自らが受けた教育の重要性を理解できていない。まったく情けない。少女にさえも劣る。学校で何を学んできたんだ?
彼らはたぶん、「利己主義の重要性」を学んだだけなのだろう。自らが与えられたものへの感謝さえも知らないのだろう。呆れるしかないね。
[ 付記2 ]
若者たちは、将来的に多くの社会保障給付を得られそうにない。しかしそれは、高齢者のせいではなく、若者たち自身のせいだ。なぜか? 将来の給付が減るのは、将来の勤労世代が減るからであり、それは現在の少子化のせいだからだ。
要するに、若者たちが将来的に貧しくなるのは、今の若者たちが次世代の子供をあまり産まないからだ。現在の高齢者の数(多さ)のせいではなく、将来の若者たちの数(少なさ)のせいなのだ。勘違いしてはいけない。
だから、将来の給付をたくさんほしければ、そのためには、現在の高齢者をいくら殺しても意味はない。むしろ、今すぐ赤ん坊をたくさん生めばいいのだ。誰かを殺すかわりに、誰かを生めばいいのだ。
こんなこともわからない人々が、多すぎる。そして、そういう愚かな人々が、「将来の給付を増やすために、現在の高齢者を虐待せよ」と主張する。狙う方向を間違えているね。
比喩。
頭の上に柿がなっているのを見た男が、それを取ろうとしたが、手が届かない。どうすればその柿を手に入れることができるか? よく見ると、隣のじいさんが、柿を食っている。
「こいつが柿を食っているから、俺が柿を食えないんだ」
そう思った男は、隣のじいさんのもっている柿を、はたき落とした。
「ざまあみろ。こいつが柿を食えなくなれば、おれは柿を食えるぞ」
はて。本当にそうですかね?
【 関連項目 】
高齢者と若年者との損得については、別項でも述べた。( nandoブログ )
→ 老若格差という虚構 1
→ 老若格差という虚構 2 (社会遺産)
→ 高齢者の損得
【 関連書籍 】
次の項目もある。(書評サイト)
→ 論理力を付ける本
この項目では、論理力一般を扱っているが、特に「相関関係と因果関係」という話題についても、少し触れている。

私は若者に分類される人間ですが、2000万も払って苦労するくらいなら
自分の生活を豊かにするために使った方が、人生幸せになれると思っています。
私みたいな狡猾な人が若者に増えているのではないでしょうか。
戦後間もない時代と比べて、価値観や娯楽が細分化されている。
このような時代に、わざわざ好き好んで苦労を買って出る人がどこにいるんでしょう。
幸せな家庭作りが夢という人はこの限りではないですが。
2000万円では今でも短期間しか遊んで暮らせない。それを元手に起業して成功しても(高等教育無しに成功する確率は極めて低い)、刹那と修羅の世界では暴力的に奪われるだろう。それを望むのか。
アリとキリギリスの童話でも読んだ方が良い。
> 一人あたり2000万
そんなにかかりません。2000万円を20年で割れば100万円。そんなにかかるわけがない。かかるとしたら、塾や私立大学などに行かせて、世間標準以上の金をかけた場合でしょう。
私の場合は、学校はすべて公立・国立で、塾はゼロでした。たいした金はかかっていない。現在価格に換算して、(食費・小遣い込みで)年間50万円以下だから、合計で 1000万円になっていないでしょう。
一方、老後の安心感を考えると、1000万円以上の見返りもあると考えた方がよさそうです。たとえば老人が、子供に同居してもらって、食事や家事などの面倒を見てもらうと、それによる費用削減は数千万円になります。(家政婦さんに頼ると、莫大な金額がかかります。)
損得を考えるなら、老後のことも考えて、子供を作る方がいいですよ。インフレ対策にもなるし。独身の場合、老後は悲惨です。(持ち家のあるような)金持ちでない限り、子なし老人はたいてい破綻します。おまけに、早死には確実。
あと、仮に 2000万円あるとしても、そのお金をパチンコやTVゲームなどの遊びに費やすよりは、子供と遊ぶことのために費やすことの方が、ずっと楽しくて充実できますよ。パチンコやTVゲームなんて、やり終えたあとは、虚しくなるだけ。一方、子供と遊ぶと、すごく充実した感じになれます。「子育てゲーム」(育成ゲーム)みたいだけど、相手はリアル人間ですからね。充実の度合いが全然違う。娘が「パパ、大好き」と言って、抱きついてくれたときの喜びは、TVゲームなんかでは決して得られない。
> 私みたいな狡猾な人が若者に増えているのではないでしょうか。
狡猾なんじゃなくて、愛されることを知らない人間でしょう。かわいそうです。自ら人を愛そうとしないから、誰からも愛されないわけ。「女はかわいいことが大切だ」と思い込んでいるから、外見ばかりを見ていて、愛されることの意味を理解できない。
> 自分の生活を豊かにするために使った方が、人生幸せになれると思っています。
人に愛されることの喜びを知らない人が多い時代ですからね。そういう人が多すぎる。だから少子化になるのかな。
──
対策は? 「きみに届け」という映画を見て、多部未華子の魅力を理解すればいい。
→ http://j.mp/13oySsn ,http://j.mp/14VxgKU ,http://j.mp/14VMNdJ
それがわかるようになったら、リアル女性に近づける。
失礼ながら最近のどんなエントリーよりも心に響きました!
AとBの類似性に気づくことは、人類が生き残るための能力かも知れません。気づいた類似性のうち大部分は
見かけだけでも、一部の類似性は本物であり、その有用性が人類を生き延ばせてきた訳ですし。当たるも八卦
アルフレッド・ウェゲナーが、世界地図を見て、南米東岸とアフリカ西岸の形が「何か似ている」と気づき
(気づいた人は無数にいた)、「動かすと」ぴったり一致すると考えた(ウェゲナーただ一人)。
ウェゲナーは「大陸が動く? 馬鹿か!」と学会から嘲笑されたが、根拠を当時可能な方法で収集を続けた。
今日では、電波天文学の方法により、つくばとハワイの距離は年間何cmで近づいているか精確に分りますが。
単に「表層」だけに絡まっている人と、深層(=因果関係)を執拗に追求する人がいて、その割合は、社会
が教育で努力しなければ、1000:1(いい加減ですが)? くらいでしょうか。
従来は、その程度のおおらかな割合でも問題ないけれど、世界は競争が苛烈になったため、単なる相関から
遡って因果関係があるかどうかを調べるような芯のある教育していかないと、この先、日本は次第に衰亡して
いくのではないかと危惧します。
親が幸せそうなら、当然のように自分もと目指すもの。
理屈で説いてもむりよね。
だから、塩分の高い食事をすれば金持ちになれる???
「時系列データの相関係数はあてにならない」
→ http://www.anlyznews.com/2013/06/blog-post_8806.html
そうですね。時系列データです。うまく言語化していますね。