2013年04月28日

◆ 電王戦 第5局の考察

 電王戦 第5局について、詳細を考察する。敗着は何だったか?

 ──
 
 電王戦 第5局については、先に感想を述べた。
  → 将棋電王戦 第5局

 三浦八段は「どこが悪かったかわからない」と述べたが、それからだいぶたって、細かな分析が見られるようになっただろう……と思って、ネットを見たが、ほとんどなかった。

 ちょっと目立ったのは、これだ。 
  → トップ棋士に勝ったコンピュータの「見たことがない仕掛け」
 三浦八段が先後同型の「脇システム」基本形になる直前の39手目に▲6八角と引き変化すると、それに呼応するように「GPS将棋」が△7五歩と歩を突き捨てる。これまでの電王戦の対局と同じように、コンピュータが先に仕掛けた(仕掛けさせた?)のだ。
 三浦八段が同歩と取り、「GPS将棋」が △8四銀と銀を攻めにくり出した42手目の局面は、プロ的には「見たことがない仕掛け」「攻めが細い」との評判だ。ただし、相手は最強のコンピュータ。はたして、読み勝っているのはどちらなのか?
 このあと、わくわくしながら読んだのだが、ここで解説は打ち切り。話を始めて、とたんに話を打ち切る。見事な肩すかし。がっかりだ。

 ──

 ここで、タイトル通りの話があったと仮定しよう。つまり、
 「コンピュータが、人間の見たことのない仕掛けをして、それで勝利した」
 つまり、
 「新手で勝った」
 というわけだ。
 仮にそうだとしたら、
 「人間の時間無制限の考察の歴史」を、コンピュータの短時間の読みが上回った、ということになる。では、本当にそうなのか? 
 記事には、その問題提起はあったが、肝心の回答がない。わからないままだ。つまらん。
 そこで、私なりに、いろいろと考察してみた。(ただし、解答を示すにあたっては、私の手持ちのコンピュータ将棋ソフト(K-Shogi)を使った。)

 ──

 まず、棋譜はこれだ。
  → http://www.shogiblog.com/denou/225/

 △8四銀の場面は、これだ。
  → shinte.gif

 これで攻めは決まったのだろうか? 「これにて一本」になったのだろうか? 

 ──

 まず、私の前出項目(将棋電王戦 第5局)では、次のように述べた。
 63手目、▲8六歩が、より根源的な敗着だという気もする。こんなところで戦端を切り開くなんて、どう考えたって筋が悪い。このせいで全般的に駒がうわずってしまった。
 たしかに ▲8六歩 は悪手だろう。しかし、それ以後で互角の場面があるのならば、 ▲8六歩 がただちに敗因となるわけではない。そこで、「もっと後に分水嶺はないか?」と思って、調べてみる。

 すると、私の感覚では、決定的な悪手が見つかる。それは、69手目の ▲7五金 だ。

den5a.jpg

この図の次に ▲7五金

 ▲7五金。この手のせいで、のちに 78手目の6六金を受けて、守備が崩壊した。

 では、かわりにどうすれば良かったか? ソフトに聞いてみたら、代案は、▲7五金 のかわりに、▲7五銀 だ。つまり、8六の銀を7五に移す。
 この利点は、8五の銀が消えることで、角筋が通ることだ。次に9五角が見込める。これは後手にとって不利だ。そこで、これを阻止するために、▲7五銀のあとで、飛車は(後手の下段に引くかわりに)9四へ移動する。このせいで、後手の飛車がいくらか圧迫される。
 このあとは ▲8三金打ちで、先手は上部を圧迫することができる。かくて、互角以上の戦いとなる。ソフトに戦わせたところ、▲7五金 のかわりに、▲7五銀 なら、先手勝利だ。

 これはどういうことか? 
 第1に、先にも述べたように、8五の銀が消えることで、角筋が通る。
 第2に、78手目の6六金が起こらないので、先手陣の崩壊がなくなる。こちらが決定的に重要だろう。
 そもそも、守備の要(かなめ)である金を、敵の攻撃用の金(価値は低い)と交換するなんて、筋が悪い。守備のエースを手放す。サッカーで言えばセンターバックを失うようなものだ。守備の崩壊は当然だろう。ここは、金ではなく銀を、7五に差し出すべきだった。なのに、そうしなかった。これが敗着だと思える。
 逆に言えば、▲8六歩は敗着ではなかった。もちろん、8四銀という新手も、勝利の原因ではなかった。

 では、もうちょっと後ではどうか? その8手あとの77手目、▲8二歩もある。

den5b.jpg

この図の次に ▲8二歩


 ▲8二歩。これもまずかった。▲7三同金 で、角を奪う方がよかった。こうすれば、まだ(ほぼ)互角の戦いが続いたようだ。敵の桂が生き残ってしまうのは不利だが、8二角で香を取れる。ほぼ互角。(若干不利だが。)
 実際には ▲8二歩。この手自体は悪くなさそうに見えるが、これによって歩切れになったのが決定的に痛い。先手が8一の桂を取れても、後手の飛車がそれ()を取って埋めたとき、先手は ▲8二歩 を打てない。歩切れだからだ。やむなく、7三の角を取るしかないが、そうなると玉が8一の飛車に直撃される。それは困る。そこで7三にいた金が、7二金から8一へと飛車を奪いにいった。だが、こんなところに金が行くのでは、金が遊びゴマになる。2手もかけて飛車を得ても、金がそっぽに行ってしまう。そのせいで、7三に桂を打たれて、王の逃げ道がなくなった。あとは頓死。(カッコ悪い。)

 その意味で、直接の敗着は ▲8二歩 だと言える。だが、ここではすでに情勢がいくらか( or かなり)悪化している。▲8二歩をやめて、最善手を取ったとしても、敗北は免れないだろう。
 とすれば、▲7五金 が決定的な敗着だった。これが状況を一挙に悪化させた。

 ただ、もうちょっと精査すると、コンピュータの判断では ▲6八角がポイント悪化の分岐点だったようだ。ここは、角交換するのが、脇システムの常道だ。なのに、妙に弱気を出して、▲6八角にして、守備一辺倒になった。そのせいで、後手から新手の攻撃を受けてしまった。

 とすれば、「▲6八角は駄目だ。△8四銀 という新手を浴びて、先手がちょっと不利になる」ということを、GPS将棋は教えてくれたことになる。その意味では、新手を出したのだし、最高レベルの人間並みだとも言える。

 ただ、コンピュータが人間を上回るかどうかは、この例だけでは何とも言えない。先にも述べたが、▲7五金 のかわりに、▲7五銀 にすれば、先手は勝てた可能性が大きいからだ。▲7五に向かうのは、金でなく銀であるのが将棋の常道だと思う。なのに、三浦八段は、銀でなく金を差し出した。なぜか?
 私が思うに、三浦八段は、ここで「入玉狙い」に移っていたのだと思う。たぶん、8六歩の時点で、すでに「入玉狙い」に移っていたのだろう。そして、その弱気が、▲7五金 という手を取らせた。

 だから、本当の敗因は、「入玉狙い」であり、それはつまり、「コンピュータを恐れすぎたこと」であったと思う。「怖い、怖い」と思う恐れが、手を萎縮させ、そのせいで、勝手に墓穴を掘ったのである。
 このことは、のびのびと全力を発揮しようとした船江五段とは、大きく異なる。船江五段は、特にコンピュータを恐れず、全力を発揮しようとしたから、良い戦いをなした。三浦八段は、負けまいとする意識ばかりが強かったから、手が萎縮して、そのせいで、墓穴を掘った。そういうことだろう。
 ……ただ、これは、心理面についての推測だから、あたっているかどうかはわからない。「私としてはそうだと推測する」というだけのことだ。

 ──

 結論。

 結論は、先の項目と同様だ。
 (1) 守備が大事である。守備の要である金をあっさり捨てては駄目だ。そんなことをすれば、そこにできた隙を突いて、コンピュータが怒濤の攻めをなす。
 (2) 駒の効率を考えるべきだ。角が眠っているのが駄目だ。8五の銀を動かして、角筋を通すべきだった。また、同時に飛車筋も通すべきだった。こうすれば、角と飛車が一挙に躍動して、駒の効率が大幅に上昇したはずだ。
 (3) 逆に、やってはならないことは、駒の損得だ。飛車の駒得を狙って、金が8一に行けば、金が遊び駒になる。手数をかけて飛車を取っても、これでは意味がない。結果的には、上部を押されられて、詰んでしまった。
 一般に、コンピュータが大駒を捨てるときは、こちらの詰み筋まで読み切っている。だから、取るな。取ろうとすると、コンピュータは落とし穴を用意している。「王手飛車はかけた方が負け」というのと同様だ。「大駒を取りに行くな」と言える。
( ※ 詰み筋の発生が生じたのを、三浦八段は読み切れなかったのか? いや、ここでは、取っても取らなくても、もはや詰みだったのだろう。取りたくなくても、取るしかなかったのだろう。「時すでに遅し」ということか。)

 ──

 教訓。

 人間は、読みを深めるとき、駒の損得を考えがちだ。しかしそれよりは、駒の効率を考えるべきだ。角と飛車がどちらも遊んでいるような状況は最悪だ、と理解するべきだ。
 一般に、持ち駒が同じでも、駒の効率が違えば、駒の効率の高い方が有利だ。(それはサッカーと同様だ。)
 将棋で大切なのは、駒の効率である。そういう大局観を持つべきだ。コンピュータとの競争というと、「どれだけ多くの手を読めるか」ということの競争だと思われる。しかし、そうではない。「駒の損得より、駒の効率が大事だ」ということを、コンピュータは人間に教えてくれる。
 駒の効率。それは、評価関数の一種でもある。とすれば、人間もそれを実装するべきだろう。つまり、駒の効率を常に重視するべきだろう。人間は、読みの広さと深さばかりを重視する。そのとき、駒の損得をやたらと重視する。しかし、「駒の損得」だけでなく、「駒の効率」というまったく別の尺度を取り入れるべきなのだ。というか、現状以上に重視するべきなのだ。……コンピュータ・プログラムは、「評価関数」という概念を通じて、そのことを教えてくれた。



 [ 付記 ]
 今から思えば、第3局の名手「△5五香」もそうだった。ここでは、香車を捨てることで、先手を歩切れにさせた。そのことで、自王の詰みを逃れた。
 ここでは、駒の損得よりも、敵の「駒の効率」を大幅に下げさせた。自分の駒の効率を上げることだけが大切なのではない。敵の駒の効率を下げることも大切だ。
 こういう発想をコンピュータ・プログラムは教えてくれた。



 【 関連サイト 】
 三浦八段の感想。
  → http://www.shogiblog.com/denou/236/

 その画像。
  http://j.mp/14aZeon , http://j.mp/17jT43z , http://j.mp/Zmtqcq , http://j.mp/Zmtnxw , http://j.mp/15J2tng , http://j.mp/ZmtnNK , http://j.mp/13wH7oZ , http://j.mp/15J2tnj , http://j.mp/14RB0QA , http://j.mp/Zmtqcs , http://j.mp/12lF5YA , http://j.mp/15J2tDA , http://j.mp/XYKioL , http://j.mp/ZK7R5f , http://j.mp/ZupHuy , http://j.mp/13wH7Ff , http://j.mp/10eMAN1 , http://j.mp/17W72qx , http://j.mp/Y67yDm , http://j.mp/11G7ZkY , http://j.mp/11TkGYr , http://j.mp/17jT6Z9 , http://j.mp/12JU5kb , http://j.mp/11G7XJZ , http://j.mp/11EsM9S , http://j.mp/12lF470 , http://j.mp/Zmtqcy



 [ 余談 ]
 人間とコンピュータが対決するときには、人間の側に「豆将棋盤」を与えた方がいいと思う。自分で駒を動かして、盤面を見ながら考える」ということができた方がいい。
 プロならば、盤面を見なくても大丈夫ではあろうが、それでも盤面を使えば、そのことでいくらかは利点がありそうだと思う。
 たとえば、20手先まで読んで、そこで盤面を動かせば、そのあとさらに 20手先まで読めそうだ。
 なお、「プロならば、盤面を見なくても大丈夫」というのは、嘘だと思う。それが本当ならば、プロは目を閉じて指すはずだ。実際には、盤面とにらめっこして指している。どうせ見るなら、駒を動かした盤面を見る方がいいに決まっている。
 


 【 追記 】
 書いたあとで気づいたが、GPS将棋(東大本家)による読み筋とポイントを示したサイトがある。
  → 第2回 将棋電王戦 第5局 GPS将棋の読み筋

 これによると、次の4点で、大幅にポイントが悪化している。
  ・ (56) △8四金 …… (55) ▲6七金 の直後
  ・ (70) △7四金 …… (69) ▲7五金 の直後
  ・ (74) △7一飛 …… (73) ▲7五歩打ち の直後
  ・ (76) △7三角 …… (75) ▲8三金打ち の直後
 
 このうち、▲7五金 については、すでに解説した。▲6七金は、「入玉策が悪い」という趣旨の説明で合致する。
 ▲8三金打ち は、別項で「駒得を狙うのが良くない」という趣旨で述べた。では、対案は何かというと、▲8四歩打ち から ▲8三歩成 であったようだ。これならば、金を手持ちにすることができたので、△6六金 には ▲7七金で対抗できた。つまり、守備陣の崩壊はなかった。▲8三金打ち という「駒得狙い」は、ひどい悪手だったことになる。その意味は、「守備陣に決定的な穴をあける」ということだ。角を得ようとして、王を奪われることになった。
 ▲7五歩打ちも悪かったようだ。これには気づかなかった。では、どうするべきだったか? K-Shogi に聞いてみたら、「▲7五歩打ち」という同じ手を示された。ゆえに、どうすべきだったかは、よくわからない。( ▲8五銀右上(7六から)なのかもしれないが。)
 
 なお、新手の (42) △8四銀 の時点では、「先手有利」との判定なので、この時点ではまだ先手が有利だったようだ。
 初めて先手が不利になるのは、(45) ▲7六銀 (46) △同銀 の時点である。とすると、この手も良くなかったようだ。K-Shogi によると、正着は ▲6五歩 だ。ただ、この時点では僅差だから、これが敗着になるということはないだろう。

 最初の敗着は、▲6七金 である。つまり、「入玉狙い」がまずかったことになる。
 第4局の塚田八段の対戦が、悪い意味で影響したのかもしれない。あそこで塚田八段が(事実上)惨敗したせいで、三浦八段はびびりすぎたのかもしれない。この心理的な怯えが、真の敗因だろう。
posted by 管理人 at 17:50 | Comment(4) |  将棋 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最後に 【 追記 】 を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2013年04月28日 20:37
関連サイト。
  → http://news.mynavi.jp/articles/2013/04/24/denousen/index.html
  解説記事。
Posted by 管理人 at 2013年04月29日 00:37
まず後手が14歩とついて角を引きました
14歩は端を桂で攻められたときに受ける手で、
銀か桂かわからないこの段階では一見良くないと思われます

そこで三浦8段は角を引いて銀を出していこうとしましたが、この瞬間に攻められました
GPSは、先手が銀で攻めるのは遅いと見て端歩を付いたのでしょう
実際そのあとの展開を見ると、銀が中々攻めに使いにくいので1筋の端歩は得になっていると思います

この辺りは、1手の微妙な手順前後が影響する領域で、
ソフトの先入観のない読みに人間の経験や研究が足りなかった結果だと思います
それほど矢倉は深いということでしょう

また三浦8段の敗因は受け潰そうとしたことです
GPSは相手が1,2筋から攻めてくることを度々読んでました
だから端歩を付いてから22玉みたいな微妙な手まで指したわけです
Posted by nanashi at 2013年04月30日 05:29
あと、評価値は400くらいまでは互角です
また、中盤の入り口で先手が+50くらいは普通で、
中盤に入って0なら後手満足といったところです
Posted by nanashi at 2013年04月30日 05:34
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