先に、ユニクロの社長の主張を批判する項目を書いた。
→ ユニクロ社長の詭弁
これを読んだ読者が、ユニクロの社長を否定的にとらえている。「悪党だ」というふうな感じで。
→ 上記項目のはてなブックマーク
また、私自身も「殺人経営」というような言葉で批判したし、また、「搾取」という言葉も使った。
→ ユニクロの問題の真実
だから、私も読者も、ユニクロの社長のことを「悪人だ」というふうに認識しているように見える。
では、ユニクロの柳井社長は本当に悪なのだろうか?
──
これに対して、「ものの言い方が良くない」という見解もある。
《 ユニクロ・柳井正会長はモノの言い方を考えないのか 》これを読んだときの感想は、「おまえが言うな」だった。
いままで様々なブラック企業経営者とされる人物はおりましたけれども、どこか救いを残したり、社会に対して何らかのエクスキューズの幅を持たせる方法を取っていました。
ところが、柳井さんの一連のインタビューは、世間的なイメージとしてのブラック企業・ユニクロを追認するような、苛烈な内容でした。
私個人としては、これは柳さん、日本社会に喧嘩を売ったなあ、と感じるのです。
( → 山本 一郎 )
「モノの言い方を考えないのか」って、そりゃ、口に蓋を付けることのできない自分はどうなのさ。最後には案の定、またしても、個人への悪口が書いているし。
話が逸れた。元に戻す。
ユニクロの社長は、悪なのか? あるいは、悪ではなくても、ものの言い方がよくないのか?
ここでユニクロの社長の人柄を知るために、あちこちで談話のような文章を見ると、唯我独尊のわがまま経営者というのとは違う。いかにも血も涙もない経営をしているのだが、いろいろと話を聞いてみると、人のいいおっさんという感じがする。また、能力主義を追求しているという点では、旧体制のしがらみから抜け出せない老害経営者よりはずっと優れているように見える。一見したところ、卓抜な経営者のようにも見える。
ところが実際には、ものすごい搾取をする殺人経営をしているわけで、経営そのものはまるきり悪である。
・ 人柄が良くて誠実ふう (善人)
・ 血も涙もない殺人経営 (悪人)
この乖離はどこから生じるのか?
──
いろいろと考えたすえ、私としては、こう考える。
「彼は視野が狭い」
このことは、他の富豪と比べるとはっきりとする。
・ 孫正義 …… 東日本大震災で活躍。100億円寄付も。
・ ゲイツ …… 財団をつくって、社会進歩に貢献。
・ ジョブズ …… 給料は1ドル。金よりも技術開発。
これらの富豪たちは、結果的に富豪になったとは言え、金儲け自体は目的ではなかった。この世界において何らかの偉大なる事業をなすことが目的だった。「自己の存在価値を最大化する」というようなことが目的だった。
一方、柳井正は違う。社会を改善しようとか、社会に貢献しようとか、そういう発想はまるきり欠落している。かわりにあるのは、「ユニクロをアジア発の世界的な衣料企業にしたい」とか、「利益を最大化したい」とか、金のレベルのことばかりだ。
ま、企業経営者が金のことを語るのは、別に悪くはない。というか、当然のことだ。ただし、あまりにも当たり前すぎて、人格が平凡なのである。
孫正義、ゲイツ、ジョブズには、オーラを発するような「偉大さ」というものがあった。柳井正には、それがない。かわり、見て取れるのは、「人間の卑しさ」だ。「自分さえ良ければいい」という感じだが、正確に言えば、「企業さえ良ければいい」という感じだ。そして、それが結局は、「45%ほどの株式を持っている自分自身のため」になるのだから、「自分さえ良ければいい」というのと同義である。
ただし、彼は、それを意識していない。本当は、「自分さえ良ければいい」という結果をもたらすのだが、信じているのはあくまで「企業さえ良ければいい」ということだ。そしてそれを、「企業の発展は社会正義にかなう」という素朴な古典派経済学(保守派経済学)の主義に沿わせている。
では、「企業の発展は社会正義にかなう」ということは、成立するのか? 古典派経済学の信奉者(池田信夫や小泉純一郎など)であれば、「そうだ」と答えるだろう。
しかし、もうちょっとまともな経営者であれば、松下幸之助のような発想を取るはずだ。
「企業の存在意義は、出資者・従業員・世間という三者のためだ」
これは「自分だけ良ければいい」というのとは対極的な発想だ。そして、たいていの大物経営者は、このような発想を取って、従業員を大切にして、会社を発展させた。
ところが、柳井正だけは違う。彼は従業員を大切にするどころか、次々と切り捨てる形で退社に追い込んだ。そんなことをすれば、通常は会社が成り立たないのだが、デフレという以上状況のおかげで、次々と新入社員を取り込むことで、会社を発展させた。
デフレという環境のおかげで、まともな経営とはまったく別の経営を成立させてしまった。
( ※ それはいわば、ヤクザの暗黒商売に似ている。お日様のあたらない世界で、違法な商売をすることで、大儲けしてのし上がる、……という例があるが、それに似ている。これもまた倫理をなくして金儲けする主義。)
──
柳井正には、社会貢献という意識がない。というか、そもそも、社会的視野が欠落している。
ただし、注意。それはただの「守銭奴」というのとは違う。「何が何でも金儲けをしたい」というのとは違う。(そこを誤解すると、ユニクロの社長を「とんでもない悪人」と見なすことになる。)
柳井正には、悪い性質が備わっているのではなくて、良い性質が備わっていないのである。根っからの悪人なのではなく、善人へと成長する機会がなかったのである。一言でいえば、「人間として成長できていない」ということだ。
それはいわば、10代後半の若者のようである。社会的な責任というものを自覚しないで、自分の好きなことを好きなようにやる。自分のやったことで他人に迷惑がかかるとしても、それを認識できない。なぜなら、それだけの「社会的視野」が欠落しているからだ。
普通の人間ならば、10代後半ではそうだとしても、社会に出て経験を積めば、社会的視野をもつようになる。自分の社会的責任というものも理解できるようになる。ところが、柳井正は違った。
早稲田大学政治経済学部を卒業後、父親の勧めでジャスコ(現在のイオンリテール)に入社。ジャスコ四日市店で家庭雑貨売場を担当したが、働くのが嫌になり9ヶ月で退職、半年程友人の家に居候した後帰省して実家の小郡商事に入社。
1984年(昭和59年)、父の後を受け小郡商事社長に就任。
( → Wikipedia )
柳井 「うちの親父が偉いなと思えるのは、全てを20代の若造の僕に任せたことです。「お前が好きなようにやれ」って、全部の責任を任せた。それで僕は商売が好きになったんです」一般社員としては「働くのが嫌になり」という理由で9ヶ月で退職というほどの根性なしだった。それで実家の会社に入って、さっそく経営陣に加わった。そのときは経営能力もなかったくせに、社長でもないまま全権を任されたおかげで、ようやく真面目に働く気になった。(20代で全権。35歳で社長。)
( → ベンチャー通信Web )
これは、能力主義どころか、完全な縁故入社・縁故出世だ。こういう人間が「能力主義」なんて言うんだから、ちゃんちゃらおかしくてヘソが湯を沸かすが、とにかく、そういうものなのだ。自分に都合の悪いことには目をつぶり、自分に都合のいいことばかりを見ている。
ユニクロが発展したのも、実は、デフレのおかげで、従業員の酷使ができて、しかも残業手当を払わないという違法行為を摘発されないのをいいことに、犯罪のやり放題。それで大金を設けているのだが、「これは自分が優秀だからだ」と勘違いしている。そして、「優秀な人は年収1億円で、無能な人は百万円」と述べて、「これこそ真の能力主義」なんて思っている。
グローバル化というのも同様だ。途上国の賃金がグローバル化で低下しているのは、製造の話。一方、販売は、違う。途上国の(製造の)賃金が低下しているからといって、先進国の(販売の)賃金が低下することの理由にはならない。それなのに、両者を混同して、こう語る。
「グローバル化だから、日本でも年収百万円は当然だ」
「世界中の賃金は同一にするべきだ」
これはグローバル化とは何の関係もないし、単なる賃下げ(賃金ダンピング)という「最賃法違反の違法行為」にすぎないのだが、これを勝手にグローバル化のことだと思い込んでいる。
要するに、柳井正は、「自分を利口だと思って自惚れている半可通」なのである。その意味では、武雄市長とよく似ている。
武雄市長がITのことなどろくに知らないくせに知ったかぶりで「おれはこんなにITのことを知っているだぞ」と得意がるのと同様に、柳井社長はグローバル化のことなどろくに知らないくせに、「おれはこんなにグローバル化のことを知っているだぞ」と得意がる。
ただ、武雄市長の場合は、彼がいくらITに突き進んでも、さしたる害はなかった。一方、柳井社長の場合は、多くのうつ病患者の発生や人生破壊など、多くの害をもたらした。うつ病患者は、自殺することも多いから、柳井社長のせいで最終的には自殺してしまった人もいくらかはいるだろう。(たぶん)
──
結局、柳井正は、悪なのではなく、視野が狭い。真実を見ることができず、歪んだ思い込みを信じている。具体的には、こうだ。
・ 自分が巨万の富を得るのは、自分が優秀だから
・ 従業員が薄給であるのは、従業員が無能だから
こういう思い込み(妄想)を信じている。
一方、次の真実を、理解できない。
・ 資本家(自分)が、労働者の富を奪う
資本家(自分)が富を得ているのは、資本家が有能だからなのではない。労働者の富を得られないのは、労働者が無能だからなのではない。単に、労働者の富を資本家が奪っているだけのことだ。
なのに、この真実を理解しないで、
「おれが金持ちなのは、おれが優秀だからだ。従業員が貧しいのは、従業員が無能だからだ。彼らも有能になれば、おれみたいに金持ちになれる」
こういうふうに信じて、労働者をもっと働かせようとする。そして、労働者が働けば働くほど、ユニクロの社長はいっそう大儲けするのだ。
鵜飼いと同じである。

鵜が働けば働くほど、鵜の得る魚が増えるのではなく、鵜飼いの得る魚が増えるのだ。なのに鵜飼いは、「鵜よ、もっと働け、そうすればいっぱい魚を得られるぞ」と嘘をついて鼓舞して、鵜を働かせようとする。
柳井正は言う。
将来、本当に若者が活躍できる世の中になれば、25歳以上は全員対等に評価すべきだと思っています。科学者やスポーツ選手もそうですよね。年齢など関係なく実力で評価される。ビジネスパーソンも同じようにすべきではないでしょうか。何だか立派なことを述べているように見えるが、従業員がいくら出世しようが、45%の株式を持っている資本家にはなれない。そして、会社の利益に対して労働分配率が著しく低ければ、資本家ばかりに利益が配分されて、労働者は貧しいままなのだ。(それが搾取)
25歳くらいまでに基本的な考え方を決めて、努力を重ねて35歳くらいで執行役員になる。そして45歳くらいでCEO(最高経営責任者)になるのが、正常な姿だと思っています。
( → 日経ビジネスオンライン )
この「搾取」という概念をほったらかして、能力主義ばかりを唱えているのは、一種のペテンなのである。それは鵜に「働けば魚を得られるぞ」と語る鵜飼いと同様である。鵜が取る魚が 20匹から 40匹に増えるとしても、鵜がもらえる魚は、1匹から2匹に増えるぐらいだ。残りのほとんどすべては鵜飼いが取ってしまう。そのことを隠して「実力主義」なんて唱えても、ただのペテンにすぎない。
──
さて。問題は、以上のことを意図的にやっているかどうかだ。
仮に、意図的にやっているとしたら、「真実を隠蔽して、従業員をだまして、従業員の富を自分のものに移転している」ということを自覚していることになる。それはほとんど悪魔的だ。「悪だ」と言ってもいい。
しかし、柳井正の言動を見ている限り、そうだとは思えない。彼は「自分は正しいことをしている」というつもりで、今の悪魔的なことをやっている。一種の天然ボケである。悪をなそうとして悪をなしているのではなく、善をなそうとしているつもりで悪をなしてしまっている。そうしたらどういうわけか大儲けしてしまったので、「良いことをすれば金儲けできます」というふうに述べている。
次の言動もそうだ。
若いころに甘やかされてはいけないと思っています。時間給の人々を批判するつもりはありませんが、それと同じような心構えで若いころから仕事をしないほうがいい。こうやって従業員を低賃金で滅私奉公させようとしている。しかもそれが従業員のためになると思い込んでいる。真実のかわりに虚偽を信じている。悪をなそうとして悪をなしているのではなく、善をなそうとしているつもりで悪をなしてしまっている。
人間は、仕事以外で成長する方法はないんですから。
( → 日経ビジネスオンライン )
つまり、柳井正は、「悪」であるほどには賢明ではないのである。彼が本当に悪人ならば、「従業員の富を奪って自分の富を増やそう」とはっきりと自覚して、意図的にそうしただろう。
しかし彼には、それだけの認識力がない。「悪」であるほどには賢明ではない。善をなそうとしているつもりで悪をなしてしまっている。自分で自分のやっていることを理解できていない。だから、
「人間は、仕事以外で成長する方法はないんですから。」
なんていうトンチンカンなことを言って、それが真実だと思い込んでいる。
( ※ 仕事ばかりをやっていて人間的に成長できていない自分のことをまるきり理解できていない。)
──
世の中には「天然」と呼ばれるボケた人々がいる。柳井正は、その一種である。
ただ、たいてい「天然」は、人を笑わせるのが関の山だが、柳井正の「天然」は、「人の富を奪って自分の富を増やす」という効果をもたらす。そして、それを、意図的にやるのではなくて、意図しないでやってしまっているのである。「労働者のためになる」「社会のためになる」と信じて、労働者の富を奪い、労働者の時間を奪い、労働者をうつ病にさせ、労働者の命を奪っている。
一言でいえば、柳井正は、「社会の病原菌」みたいなものだ。病原菌というものは、社会に多大な被害をもたらす。しかしながら、病原菌というものは、悪ではない。病原菌には悪意という意思はないからだ。病原菌は単に自らの生物原理に従って増えていくだけだ。すると結果的に人間社会に莫大な損害が発生する。
ここで「病原菌は悪だ」と病原菌を非難して悪口を言っても、無意味である。病原菌には人間の声は聞こえないからだ。病原菌には人間の声を理解するだけの知能がないからだ。人間がなすことができるのは、病原菌を批判することではなくて、病原菌を退治することだ。それだけが人間の側のなすべきことなのである。
ユニクロもまた同様。違法行為で無償労働させるような企業は、さっさと退治した方がいいのである。
【 補説 】
柳井社長は、能力主義を信じている。「能力があれば金を得られる」というふうに。
しかし、それは正しくない。金を得るかどうかは、能力があるかどうかによって決まるというよりは、別のことによって決まる。それは何か? こうだ。
「金を得るシステムを構築するか否か」
そのシステムを構築した人は、金を得る。そのシステムに従属した人は、金を奪われる。決して「有能か無能か」によるのではない。
ここで、「金を得るシステム」とは、次の二点から成立する。
・ 企業そのものが優秀である。
・ その企業を所有している。(資本家である)
後者(つまり資本家であること)が決定的に重要だ。これは能力とは何の関係もない。ただの権利にすぎない。
ちなみに、柳井が今すぐ退職して死んだとしても、それを相続した柳井の家族は、日本一の富豪となる。配当収入だけでも25億円ぐらいになり、日本でトップクラスとなる。
なぜそれほど稼げるか? 柳井の家族が優秀だからか? 違う。「金を得るシステムを相続したから」である。ここでは、有能か無能かであるかは関係ない。そのシステムを所有しているかどうかだけに依存する。
柳井自身も同様だ。「ユニクロの品質が優秀だ」ということについては、柳井の経営能力も十分に貢献している。しかし、「従業員の富を奪って、自分のものにする」という搾取(泥棒みたいなもの)は、柳井の経営能力によるのではなく、柳井の株式保有による。
ここを錯覚して、「自分は有能だから年4億円もの高所得を得られるんだ。従業員もおれの真似をしてせっせと働け」と語る。
鵜がいくら働いても、鵜飼いにはなれないのだが、そのことを理解できない。
柳井正という人間は、現実認識がまったくできてない。それはまた、「社会的な視野がない」ということでもある。「視野が狭すぎる」と言い換えてもいいが。それでいて、彼はそのことを自覚していない。
柳井正を一言でいえば、「自惚れ屋」であろう。都合のいいことばかりを見て、都合の悪いことには目をふさぐ。賛辞は喜んで聞くが、批判には耳をふさぐ。好都合なことばかりを頭に入れて、自分は利口だと思い込む。
いい年こいて、人間としてまったく成長できていない。悪というよりは、愚かというべきだろう。(金儲けの点では悪魔的に才能があるが、人間的にはひどすぎる。)
[ 付記 ]
「人間は、仕事以外で成長する方法はないんですから」
という言葉は、真実ではないが、柳井社長にはぴったりと当てはまる言葉だ。なぜなら、これは次のことと同義だからだ。
「人間は、仕事の分野では成長するが、それ以外の分野(社会生活など)では成長しない」
このことは柳井社長にはぴったりと当てはまる。仕事(金儲け)の面では抜群に優秀だが、それ以外の面では人間として最低だ。他人への思いやりという、人間として最も大切な点が完全に欠落している。これは松下幸之助やゲイツとはまったく異なる点だ。
ジョブズとはちょっと似ているかも。「現実歪曲空間」なんて呼ばれたほど、自分本位で物事を考える。ただ、ジョブズの場合は、開発商品以外の面が見えないだけという技術者っぽいところがあった。他人を蹴落としたわけではなかった。金儲けが目的ではなく、技術開発が目的だった。そして技術開発を通じて、世界中の人々に利益をもたらした。人類全体の利益を大幅に増やした。
一方、柳井は金儲けだけを目的とした。他人を蹴落とす(他人の利益を奪う)ことで、自分の利益を増やした。それというのも、視野が狭くて、自分のことしか見えないからだ。そして、自分の利益を増やすことを「成長」だと思い込んでいる。いつまでたっても頭が子供のままだ。柳井に一番似ているのは、ドラえもんの「ジャイアン」だろう。
ドラえもん ジャイアン猛言トランプ
【 関連項目 】
→ ユニクロ社長の詭弁
これをあらためて読むとわかるが、柳井社長は「グローバル化」という概念をまったく曲解している。生半可な知識で用語を理解して、それを自社に強引に当てはめている。元の用語とはまったく隔たった概念で曲解している。
これは、経済学の知識のない人としては無理からぬことかもしれないが、ただの平社員のおっちゃんじゃないんだから、生半可に理解した半可通の概念を新聞上などで公言するべきではあるまい。恥ずかしくないんだろうか。(だから私みたいに経済学の知識のある人が、きちんと批判する。)
[ 余談 ]
いろいろ思うに、柳井社長って、友達がいないんですね。だから自分の無知な認識を、きちんと訂正してもらえない。
自分のまわりにいるのは、イエスマンだけ。自分に批判的な言葉を言う人は、みんな左遷してしまう。……これじゃ、友達できないわ。
→ ぼっちとは - はてなキーワード
【 関連書籍 】
週刊 東洋経済 2013年 4/6号
内容:「賃上げ狂騒曲を尻目に確実に進む給与の二極化。年収が増えるのはほんの一握り、圧倒的多数は年収激減となる『大格差時代』が始まった」
→ 紹介ページ
これが現実化すると、日本は景気回復どころか、不況の大幅な悪化だ。
「そんな馬鹿な!」
と思うかもしれないが、ここ 10年ぐらい、日本人の所得は大幅に低下している。
→ 平均年収グラフ

「柳井正は、悪なのではなく、視野が狭い。真実を見ることができず、歪んだ思い込みを信じている」
付き合って、ある新興宗教の教祖の話を聴きに行ったとき、不思議な人間を見た気分になったことがある。人間である以上、特別な超能力を持っているはずもなく、物凄い人格者であるはずもない(普通の人)人が、別格の存在であるかのように振舞っている。恥ずかしくてできないことをやれる人間がいる。「視野が狭い。真実を見ることができず、歪んだ思い込みを信じている」だけでは説明できない何かがある。「不都合なことは見ない。気づいても知らないことにする。遮断」「自分に都合の良いことだけを膨らませていく。妄想」。柳井氏の言動に似非宗教家と共通性を感じるのは、無理からぬことでしょう。
R.ファインマンさんは、カリフォルニア工科大学の1974年の卒業式式辞で、「科学者として行動しているときは、あくまでも誠実に、何ものもいとわず誠意を尽すべきです。諸君の説に誤りがあるかもしれないことをも示すべきだということです」と述べられた。また、江崎玲於奈氏が自説を述べられた後に、「そうでないかもしれませんが」と付け加えられたことは印象的です。
自分と他人を誤魔化すことに長けた人が謳歌する社会は異常。国家と社会が次第に悲惨になっていきます。企業の法人税を一律に引き下げるのではなく、雇用者へのリターンに配慮している企業には減税し、ユニクロのようなズル系企業には増税するようにする。国民が家庭を営み子供を健全に育てられる社会にしていけるように目配りしていくことが長期的視野を持つ国政でしょう。
現場を理解せず、無茶なことを平気でいう。
ユニクロ社員はさしずめ神風特攻隊。
しかし、コネ入社しといて実力主義とかありえないな・・・どっかのマスコミが突っ込まないのだろうか。
世界同一賃金にするなら,その収入で世界の人々が暮らしているのだから世界同一物価にする必要があります.ユニクロの製品を世界同一価格で販売する必要があります.その収入で充分買え,その収入で十分人間らしく生きていける価格(金額)です.
こういう提案が,柳井社長にご自身の思考を自己中心的なものから企業の統率者にふさわしい,真のトリクルダウンを備えた人間に変えるように思います.
世界同一賃金というなら現場の最低賃金にまず柳井が合わせるべきだろう。資産状況も。
「まず隗より始めよ」とマスコミで誰か突っ込まないだろうか。
詐欺にかかったら人の意見は聞かず、ドツボに嵌りそうな人なんですね。
仕事に厳しい会社にいると、柳井社長の同類をたくさん見ます。ずっと小粒ですけど。
仕事以外ではすごくいい人だったりしますが、仕事以外の幅が少なく、仕事になると部下をやたら追い込んで自覚が無い。
こういう人は、仕事の成果があがってる限り反省しないんですよね。
柳井社長もあるとき突然、逮捕されて失脚するかもしれない。
ただ一点、悪についての考え方は間違っております。
悪か正義かは本人が自覚しているかどうかに在るのではなく、客観的、相対的なものです。
人間が人間の頭のフィルターを通す限り絶対悪は存在しません。
相対的に悪だと判断されるものを人の世はそれを悪と呼びます。
そういうことじゃなくて、「本人は良いことをなそうとしているつもりでいる」という「錯覚」を話題にしています。
一般に、どんな物事でも、良い面も悪い面もあります。その悪い面に目をふさぎ、良い面ばかりを見ることで、本人は知らず知らず悪をなしてしまうことがあります。
これは、他人を傷つけることを自覚して行なうこと(泥棒や殺人)とは異なり、善をなそうとして悪をなしてしまうことに相当します。たとえば、「貧乏人にチョコレートを上げること」を善だと思って、貧乏人を虫歯にしてしまう、という行うな。善意ゆえにかえって害悪をもたらすことがあります。
ここでその人を「悪人だ」と非難しても、意味はありません。それよりは、その人の錯覚を指摘することが大切です。……そういう意味。
『人間は、仕事以外で成長する方法はないんですから。』。この言葉から、彼の「人生」や「成長」に対する価値観は虚しく寂しいな〜と感じてしまいます。
「私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。衣食があれば、それで満足すべきです。
この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。」
【テモテへの手紙 第一 6:7〜8、17】