2013年04月14日

◆ イレッサ問題の根源(続き)

 前出項目(イレッサ問題の根源)の続き。
 イレッサ問題における国の責任を考える。 ──
 
 前出項目では、次のように述べた。
 「『イレッサ問題は、無知な医師の責任であり、国の責任ではない』という見解(togetter)があるが、医師の責任だけに帰することはできない。問題の根源には、製薬会社が多大な広告を打って、背間を洗脳したという事実がある」

 これに対して、togetter の人が反論した。
 「そもそも広告だけで薬を判断するような医師に診てもらいたいか?」

 たしかにそういう見解は成立するが、そこから得られる結論は、
 「だから悪いのは医師だ」
 ということではなくて、
 「そういう医師が抗ガン剤をお気軽に使えるような医療制度がおかしい」
 と言えるだろう。つまり、個別の個人の問題ではなくて、制度的な問題があるわけだ。(表面の奥には本質がある、ということ。)

 ──

 そもそも、次の事実がある。
 「抗ガン剤は副作用が非常にきついことが多い。最終的には抗ガン剤のせいで死んでしまうとしても、抗ガン剤に十分な延命効果が認められるのであれば、その抗ガン剤は有効だと見なされる」
 たとえば、次の事例だ。
  ・ 抗ガン剤を飲まなければ、(たぶん)余命3カ月。
  ・ 抗ガン剤を飲めば、余命5カ月。ただし副作用のせいで
   必ず5カ月後には死ぬ。


 ここでは、薬は劇薬としてある。「効果も大きいが、副作用も命に関わるほど大きい」
 とすれば、このような劇薬は、安易に扱うべきではない。使うにせよ、使わないにせよ、ものすごく慎重な扱いが必要だ。

 なのに、イレッサ問題では、かなり安易に使えわれるという方針が取られた。次のように。
 新聞,雑誌に紹介されるイレッサ関連の記事は,信じられないような内容で溢れて,多くの専門医が,画期的な薬と絶賛するこのイレッサは・・分子標的薬といわれる,癌の病巣のみをピンポイントに攻撃して,健康細胞は傷つけないから副作用は殆どなく、だから延命の効果が大きく,使用するにも,これまで病院で長時間を必要とする点滴治療とは異なり,自宅で僅かの水で手軽に服用できる錠剤タイプで,この薬は次世代の癌治療を大きくリードするであろう・・と紹介され,(2001年8月9日・イレッサを紹介した読売新聞記事)
 患者や家族にとっては救いの神とも感じて,示されていた情報の何処にも不安に感じる問題は何もありませんでした。
 この当時の服用承諾書にはいろいろと副作用についての記載はありましたが,医師からの特段の注意はなく,私の娘・三津子への説明でも,特に注意をすべき点はないと副作用に関する注意は何一つありませんでした。重篤な副作用である,間質性肺炎についての記載は末尾の中程にありましたが,これらについても服用を中止すると改善すると書かれてあり,それほど気にすることもないようで,一刻も早く服用したいと胸を弾ませながら同意書にサインを済ませて服用の第一歩がスタートしました。一日一錠,好きな時に僅かな水で何処ででも手軽に飲める。飲み続けることで癌が消え社会復帰も果たすことが出来ると華々しい未来を信じて,何処に出掛けるにも"生きる源"と,大切にピルケースに入れて,多くの患者が服用を始めました。
( → 私たちが信じたイレッサ
 このように希望に満ちた患者や家族に対して、医師は「イレッサを使うな」とは言いがたい。その上、薬の注意書きには、「服用を中止すると改善する」という記載があったのだ。(これは虚偽。 → 出典

 また、次の発言がある。

 昔は「方針を決めるのは患者ではなく医師」というパターナリズム的な医師は多かったですが、いまは少ないです。理由はいくつかあります。
 一つは、今はインフォームドコンセントが要求されることです。
 あるいは訴訟リスク。
 あるいは単にトラブル。「あんたはいつから医者に命令できるようになったんだ」などと言ったら、「あ?患者がCT撮れって言ったんだからごちゃごちゃ言ってないで撮れよ。医者だからっていばってんじゃねーよ」などと言われる可能性がありますね。
( by NATROM )
( → togetter のコメント欄
 このように、医師は拒否しがたい。
 だから、冒頭の togetter のように、「やたらと処方した医師が悪いんだ」というふうに、一面的に片付けることはできない。医師だって、新聞などで大々的に肯定された薬を自分の一存で否定することはできないだろう。仮に大多数の見解に反して「自分はそうは思わない」と言って拒否したら、「世の中の主流派の見解に逆らうような医師はトンデモだ!」と、トンデモマニアが総攻撃するはずだ。 
 だから、トンデモマニアに攻撃されたくなければ、世の中の大勢に逆らわない方がいいのである。NATROM 医師だって、「患者には逆らいがたい」と言っている。「安易にイレッサを処方するべきではなかった」なんて言ったら、大勢に批判されそうだ。
 
 ──

 では、どうすればよかったのか? そもそも、どうしてこういう問題が起こったのか? 
 これについてのヒントは、次の事実だ。
 「抗がん剤を、腫瘍内科医(抗がん剤専門医)以外の専門医が処方している(処方することが許されている)国は、先進国の中では日本だけです。このような日本でよいのでしょうか?」
 「腫瘍内科医(抗がん剤専門医)は、現在900名。米国の10分の1しかいません。日本では、少なくとも、5000人は必要です。」
( → http://togetter.com/li/487008
 腫瘍内科医(抗がん剤専門医)の絶対的な不足。ここに問題の本質がある。とすれば、ここから得られる結論は、こうだ。
 (1) イレッサについて安易な処方をがなされた。それは、安易な処方をした医師個人が悪いというよりは、安易な処方をすることを認める国の制度が悪い。
 (2) したがって、対策は、この制度を改めるべきだ。つまり、安易な処方ができないように、腫瘍内科医(抗がん剤専門医)だけが抗ガン剤を扱えるようにするべきだ。(他国と同様に。)
 (3) しかるに現状では、腫瘍内科医(抗がん剤専門医)は、米国の1割しかいない。(2) を実行したくても、現実的に実行できない。そこで、腫瘍内科医(抗がん剤専門医)を大量に養成する必要がある。
 (4) 同時に、たいして効果もない延命治療のために医療資源を割かなくても済むように、高額な抗ガン剤については、高齢の患者について、個人負担率を高める。高齢の癌患者については、混合診療を大幅に導入する。

 ──

 まとめ。

 「イレッサ問題は、無知な医師の責任であり、国の責任ではない」ということは成立しない。
 無知な医師でも危険な抗ガン剤を安易に処方できる、という国の制度が問題だ。
 この制度が許容される理由は、その制度を満たすほどには抗ガン剤の専門家が足りていないからだ。
 まずは抗ガン剤の専門家を大量に養成するべきだ。
 そのためには、現在の医療資源の配分を変えるべきだ。
 抗ガン剤の使用については、混合診療を導入するべきだ。

( ※ 簡単に言えば、医療資源のトリアージ。医療効果の大きい人を救うのが優先。どうせ死の近い人を救うために多大な資源を投入するわけには行かない。そして、そういうことができていないから、イレッサ事件のような問題が起こる。)

( ※ なお、イレッサの患者は、特に高齢者ではなかった。患者は「中間年齢が61歳」ということだから、比較的若い。約半数が 60歳以下だ、と見ていいだろう。イレッサを使わなければ、65歳ぐらいまでは生きられたかもしれないのだが。)



 [ 付記1 ]
 「抗ガン剤は、どんな医師でも安易に使える」
 というふうに本文を読めるかもしれないが、現状では、そこまで安易であるわけではない。本文中では、話をかなり単純化している。
 もう少し正確に言えば、次のようになる。
  ・ 抗ガン剤の専門家以外でも、建前上は使える。
  ・ ただし現実には、専門家以外は使うな、という警告がある。
 
 たとえば、ジェムザールについては、次のように赤字で警告されている。
 警告
 本剤の投与は、緊急時に十分対応できる医療施設において、がん化学療法に十分な知識・経験を持つ医師のもとで、本剤の投与が適切と判断される症例についてのみ実施すること。

( → 医療データベース:ジェムザール
 この意味で、薬の警告だけは、きちんとしている。
 しかしながら現実には、前述の通り、抗ガン剤の専門家は日本では限られている。専門家以外(半専門家)が処方することは、かなり多くあるだろう。
 というか、日本では、医療体制そのものが不足気味であり、医療そのものを受けられないことがけっこうある。(特に地方では。)半専門家に見てもらえるだけ、まだマシだ、とも言える。

 [ 付記2 ]
 「高齢の癌患者については、混合診療を大幅に導入する」
 という点は、「高齢者に限って、抗ガン剤の混合診療」ということだ。
 当然、次のことは当てはまらない。
  ・ 抗ガン剤以外
  ・ 高齢者以外(若年者)

 たとえば、象皮病のような病気であれば、癌ではないので、すべて健保だ。また、癌だとしても、手術であればすべて健保だ。対象はあくまで抗ガン剤に限られる。また、低額であれば、健保でも抗ガン剤がまかなわれる。
 また、たとえば、若年者の抗ガン剤だ。「ブラックジャックによろしく」では、若い女性の抗ガン剤使用の例があったが、この場合も、健保の使用が認められる。
 「高齢者に限って」というのは、別に差別主義によるのではない。高齢者はすでに十分に生きてきたのだから、若くして死ぬ人に比べれば、命の価値は比較的小さい。また、高齢者の命を救っても、どっちみち高齢者はいつかは死ぬ。70歳の癌患者の命を救ったとしても、彼が 100歳まで生きられる保証などはない。どうせ遠からず死ぬのだから、そういう人のために限られた医療資源を割くことはできない、ということだ。
 どうしても保険でまかなってほしければ、自分が独自に「高齢者向けの癌保険」に加入して、毎月 10万円(以上)を払えばいい。それだけのことだ。この件は、前にも言及した。
 金は天から降ってこない。そう理解すれば、「莫大な治療費をもらいたければ、莫大な保険料を払う必要がある」とわかるだろう。
( → 抗ガン剤と混合診療
posted by 管理人 at 21:27| Comment(1) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
薬学部が医学部とは独立して存在しているのをみると、医者の薬学に対する知識がどの程度なのだろうかと不安になる。その辺りにことの本質がありそう。製薬会社のプロパーの世話にならなければ薬の選択ができないようなら先は暗い。
Posted by つりきち at 2013年04月17日 00:36
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ