2012年11月10日

◆ ダーウィン説は正しいか?

 「ダーウィン説は正しい説だ」と思い込んでいる人が多い。そこで、実はそうではないということを、以下で実証しよう。 ──
 
 初めにお断りしておくが、ここでは、
 「ダーウィン説は完全に間違った説だ」
 と述べているわけではない。つまり天地創造説みたいな発想を取っているわけではない。やたらと誤読する人がいるので、注釈しておこう。

 では何かというと、
 「ダーウィン説は不完全な説だ」
 と述べている。その意味は、
 「ダーウィン説の基本原理は正しいのだが、不十分な点があるので、理論としては未完成である。その未完成な部分を埋めることが必要となる」
 ということだ。つまり、全否定でなく、部分否定である。
 そこで、以下では、ダーウィン説のどこに欠陥があるかを示そう。

 ──

 ダーウィン説の原理は、次の二つだ。
  ・ 突然変異
  ・ 自然淘汰(自然選択)

 この二つによって、次のように説明する。

 「突然変異によって、個体の形質の変異が生じる。これらの変異をもつ個体たちが、自然淘汰にさらされる。すると、環境のなかで、生き延びる率に差が生じる。生き延びる率の高い個体集団が増える。そのことで集団に形質差が生じる。このような形質差が、長年の間に積もり積もって、まったく別の種になる」


 以上は、「個体淘汰」という概念で説明される。
 このあと、「個体」の部分を「遺伝子」に置き換えて、「遺伝子淘汰」という発想が生じた。これが今日の進化論の主流である。「総合説」とか「新ダーウィン説」とかいう言葉で呼ばれることもある。
( ※ しかし「総合説」じゃ、何のことだかさっぱりわからないので、私としては使わない。そもそも、「非常に重要な欠落のある欠陥理論」のことを「総合説」と呼ぶのでは、羊頭狗肉もいいところだ。黒を白と呼ぶような名称。)


 以上の発想は、実は、次の二つの骨格に区別される。
  ・ 突然変異と自然淘汰による小進化
  ・ 小進化の蓄積による大進化

 これがダーウィン説の基本だ。遺伝子淘汰の発想をする新ダーウィン説(総合説)であれ、上の二つの骨格を取る。

 ──

 ここで、問題がある。

 (1)
 二つの骨格のうち、最初の方はいい。つまり、
 「突然変異と自然淘汰による小進化」

 という概念はいい。これについては、実証された例がたくさんある。
 たとえば、マンチェスターの蛾が白くなったり黒くなったりした、という例が報告されてる。
  → 工業暗化 - Wikipedia
 ( ※ ただしこれは証拠としてはまずい、という反論もある。)
 もっときちんとした例として、次の例もある。
  ・ ダーウィンフィンチが島ごとに形質差を持つ
  ・ 暗室で 1400 世代交代したハエが別の形質をもった

 これらの例では、「小進化の蓄積によって形質差が生じた」という事例が見られる。
 ここまではいい。実験的な事実だ。

 (2)
 問題は、二つのうちの後者だ。
 「小進化の蓄積による大進化」

 これはあったのだろうか? あったという証拠は、これまでたったの一例も見出されていない。現実にあるのは、次の推測だけだ。
 「数十年( or もっと)ぐらいの時間経過のうちに、突然変異の蓄積によって、形質差がいくつか見つかった。とすれば、このような形質差がたくさん積み重なることで、もっと大きな差が生じるだろう。そうすれば、別の種になるだろう」

 これは、いかにももっともらしい推測だ。合理的な推測だとも言える。科学的に根拠があるとも言える。……とはいえ、それはあくまで推測であって、証明された事実ではないのだ。

 ──

 とすれば、問題は、次のことだ。
 「100年の間に 10ぐらいの形質差が生じるとすれば、その100倍の時間に当たる 1万年には、10 の 100倍にあたる 1000ぐらいの形質差が生じるか? また、1000倍の時間に当たる 10万年には、10 の 1000倍にあたる 10000ぐらいの形質差が生じるか?」

 これには「イエス」と答える人が普通だろう。しかし過去の例を見ると、「ノー」という結論が得られる。
 小進化というものは、短期的には常に多少の変動が起こるのだが、長い時間がたつと、それらが打ち消し合ってしまう。そのせいで、あまり大きな変動を起こさないのである。
 ※ これは「ランダムウォーク」という概念で説明される。

 さらに大切なことに、「自然淘汰」という力が働くことで、大きな形質差は生じないような抑制が働くのだ。この抑制が働かないと、犬の品種改良のように、かなり大きな形質差が生じることもある。しかし、たいていの自然環境では、大きな形質差は生じないように、自然淘汰の力が働いてしまう。そのせいで、いったん種が(十分に進化して)固定されたあとでは、小進化の幅はあまり大きくならないのである。

 ──
 
 以上は、原理的な説明だ。次に、二つの例を示す。

 第1に、最も良く判明しているのは、現生人類だ。ホモ・サピエンスは、20万年前の化石が見つかっている。では、それから今日まで、20万年の間に、どれほど大きな進化が起こったか? 実は20万年の間に、進化はほとんど起こっていないのである。そのことは、化石からも、だいたい判明している。
 さらにいっそう大きな証拠がある。次のことだ。
 人類がアフリカ大陸を最初に離れたのは、約 10万年前である。( → 人類の進化(総集編) 2 )その最初に出アフリカした集団は、オセアニアに達した。それがオーストラロイドである。特に、パプア・ニューギニアにいる人々がそうだ。これらの人々と遺伝子的に最も隔絶しているのは、アフリカのコイ・サン人である。系統からして、両者が分離したのは、約 17万年ぐらい前だと推定される。( → デニソワ人・ネアンデルタール人との混血 3
 では、17万年をも隔絶されたからには、それぞれの集団は大きく異なる種になったか? つまり、パプア・ニューギニア人と、アフリカのコイ・サン人は、どのくらい異なる種になったか? ホモ・サピエンスとネアンデルタール人ぐらい違う種になったか? いや、そんなことはない。この両者は、遺伝子的には、きわめて近いのである。まったく同一の種だというだけでなく、同一種にしてもきわめて近いのだ。つまり、両者の遺伝子集団は、ほとんど同一である。
( ※ 普通の生物種には、種内でかなりの遺伝子のばらつきが見られるのだが、そういう平均的なバラツキに比べても、人類全体の遺伝子のバラツキはとても小さい。)
 つまり、次のように結論できる。
 「パプア・ニューギニア人と、アフリカのコイ・サン人は、17万年も隔絶されたので、突然変異の違いにより、まったく別の種になってもいいはずだが、実は通常の同一種である以上に同一性を保っている。それはつまり、17万年にわたって進化がなかった、ということだ。
 なぜか? 「モンゴロイドやコーカソイドを含む多様な人種が、世界中の各地でそれぞれ独自にまったく同じ突然変異を起こした」ということは、絶対にありえない。とすれば、遺伝子の差が小さいことは、「17万年間という長大な期間にわたって、人類はほとんど進化しなかった」ということを意味する。)

 第2に、「生きた化石」と呼ばれるものだ。海底のシーラカンスとか、高地や砂漠の僻地の植物とか、そういう特殊な環境で細々と生きている種を見ると、大昔からほとんど種の違いが生じていないことがわかる。つまり、何千万年もの時間を経ても、遺伝子の差がほとんど生じていない。何千万年もの時間を経れば、普通はまったく別々の種になりそうなものだが、一定の環境に収まっている限りは、(自然淘汰の働くせいもあるが、)ほとんど進化が起こらないのである。

 ──

 以上の二つのことから、次のことが結論される。
 「少進化の蓄積によって進化が起こるということはない」


 これはどういうことかというと、次のことだ。
 「突然変異がもたらす形質差は、進化ではなくて、ただの変化であるにすぎない。それは、種の進化をもたらすようなものではなくて、種の内部で個体レベルの違いをもたらしているにすぎない」

 そして、その決定的な違いは、それらの変化が可逆的だということだ。

 たとえば、血液型の遺伝子では、糖鎖の違いをもたらすような突然変異によって、「A型 → O型 → B型」という変異型が誕生した。今後、何らかの理由で、B型だけが生き残ったとしよう。その場合も、B型の遺伝子の突然変異によって、「B型 → O型 → A型」という逆方向の突然変異は十分に起こりうる。というのは、これらは、塩基レベルの変異の差は大きくないからだ。
 皮膚の色もそうだ。メラニン色素の量は、容易に変化するので、黒人から白人に小進化することもあるだろうし、逆に、白人から黒人に小進化することもあるだろう。(肌の色のレベルで。)
 こういうふうに「可逆的な変化」は容易に起こる。そして、それは、ただの「変化」であって、種の違いをもたらす「進化」ではないのだ。ただの「変化」がどれほどたくさん集まっても、それは可逆的であるがゆえに「進化」ではない。

 ──

 ともあれ、
 「小進化の蓄積によって進化が起こる」
 ということはない。また、
 「小さな突然変異が長年にわたって蓄積すれば、大進化になる」
 ということもない。
 そういう想像が間違っていることは、ほかならぬ人類の歴史が証明しているのである。17万年も隔離されていた人類の別集団が、遺伝子的にはあまりにも小さな遺伝子差しかもっていない、という事実によって。(このことから進化が起こらなかったことが結論できる。理由は上記 。)

 ※ 17万年というのは、分子生物学から得られた推定値。
   歴史的な遺跡による証拠は、10万年前の出アフリカ。
   だから、最低でも、10万年間の隔絶があった。
  


 [ 付記1 ]
 「ダーウィン説が間違っているなら、何が正しいんだ?」
 と思うかもしれない。
 それについての回答は、理論的にも実証的にも、ただ一つでしかありえない。

 理論的に言えば、ダーウィン説(小進化の蓄積が大進化だ)は、「連続的な進化」という説だ。これを否定すれば、「非連続的な進化」、つまり、「断続的な進化」となる。(「進化なし」という選択肢もあるが、これは不成立。)

 実証的に言えば、「断続的な進化」つまり「階段状の進化」が、あらゆる種においてみられる。
 たとえば、人類の進化では、さまざまな化石種があるが、それらの化石種は「種としての同一性」をたもっている。階段で言えば、水平状の状態(進化なしの状態)が長年にわたって続く。そしてあるとき突発的に新種が出現する。その新種も、水平状の状態(進化なしの状態)が長年にわたって続く。……こういうふうに、階段状の進化がある。これはあらゆる生物種の系統に見られる。これは完璧に実証されている。例外はただの一つもない。



 実証的に見る限り、進化というものは階段状に起こるのである。ただし、巨視的に見ると、それぞれの点をプロットしたとき、斜めの線が見える。それを「斜めの連続的な坂」というふうに見なす立場もあるだろう。そういう立場を取るのが、ダーウィン説だ。
 その説は、巨視的には、正しい認識かもしれない。しかしながら進化というものには、「最小限度の単位」という「分割不可能なもの」がある。物理学における「量子」のように。
 現代の進化論は、物理学における古典力学のようなものだ。そこでは連続性を前提とした理論が構築されている。しかし自然というのは、連続ではなく、断続的(離散的)なのである。そのことを、「階段状の進化」という事実が教える。
 虚心に見れば、この事実を見ることができる。しかし、先入観にとらわれると、この事実を理解できない。ダーウィン説という理論が正しいと思い込んだあげく、「理論が正しくて現実が間違っている」と思うようになる。そのあげく、「階段状の進化」という事実を見ることができなくなる。
 「裸の王様」という寓話にも似ている。素直な目をもたなければ、自分の見たものを信じることができなくなる。
 
 [ 付記2 ]
 トンデモマニアだと、こう叫ぶかもしれない。
 「断続的な進化なんて、トンデモだ!」
 しかし、断続的な進化は、私の独創ではない。昔からある説だ。グールドの説も有名だ。こういう説は、非主流派の説ではあるが、トンデモではない。主流派の説だけが正しいと思うとしたら、その人こそがトンデモだ。(学界の常識を知らないから。)
 
 [ 付記3 ]
 それでも私のことを「トンデモだ」と非難したい人がいたら、まずは、次の項目を読んでほしい。
  → デニソワ人・ネアンデルタール人との混血 2
 「デニソワ人・ネアンデルタール人との混血はあったか?」
 という疑問に対して、主流派は「イエス」と答える。一方、私は「ノー」と答える。
 「異なる種の混血など、あったはずがない。実は、両者は同じ遺伝子を引き継いだだけだ。共通遺伝子を昔から双方が保有していただけだ」
 というのが、私の説である。
 この説に対して、「トンデモだ! 間違いだ!」と記しておくといい。あと何年かたったら、「混血した」という説が間違いであり、私の説の方が正しい、と判明するはずだ。そのとき、私のことを「トンデモだ」と非難した人々が、恥をかくはずだ。
 だから、トンデモマニアは、今のうちに「混血説は正しい! それを否定する南堂はトンデモだ!」と記しておくといい。ぜひぜひ、私の説を否定しておいてもらいたいものだ。URL を教えてもらえれば、私が魚拓を取っておく。あとで証拠にするために。
  


 【 追記 】
 ノーベル賞の山中教授も、以前、ダーウィン説が実証されたわけではないという点を指摘したことがある。引用しよう。
山中「「ヒトは猿から進化したのか、それとも神が作ったのか」と訊かれれば、日本人はなんとなく「猿から進化した」というほうを信じますが、それは何の根拠もないわけです。」
( → 進化論(ダーウィン説)の問題点

 この項目でも、本項と同じ話題を扱っている。論点が多すぎるので、散漫になっている印象もあるが。(本項では簡単に核心だけを鋭く指摘したが、上記項目では多岐な点に渡って論証している。)

 《 蛇足 》
 本項を読んで「トンデモだ!」と思う人は、「山中教授はトンデモだ!」と主張しているのと同じことである。
 「山中教授は進化論については素人のくせに、進化論のことを論じるのはトンデモだ!」
 と言いたいのだろう。面白いですね。  (^^);
 


 【 関連項目 】

 本項を読んで、まだ疑問に思う人は、次の各項をお読みください。
  → 進化は 変化か交替か
  → 断続進化 (断続平衡説)
 

 山中さんの話を疑問に思う人は、該当の項目をお読みください。
  → 進化論(ダーウィン説)の問題点
 これのリンク先には、山中さんの話(原文)が前後関係とともに掲載されています。
posted by 管理人 at 19:14| Comment(10) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最後に 【 追記 】 を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2012年11月11日 14:22
ランダム・ウォークという概念について理解できていない人が多いようなので、少し解説しておく。
 ランダム・ウォークとは、定義的には、次のことを意味する。
 「次が右か左か(正か負か)が完全にランダムであるような前進歩行」

 しかし数理的に言うなら、ランダム・ウォークという概念は、その定義のことではなくて、次の定理が重要である。
 「正・負のそれぞれの領域に半々ずつ点がいる確率よりも、どちらかの領域に多くいる確率の方がはるかに高い結果となる」(Wikipedia )
 
 その意味は、次のことだ。
 「進行方向が完全にランダムであるとしても、たどってきた軌跡はランダムではない。軌跡の分布は、正と負の領域に正規分布するわけではない」

 それはどうしてかというと、「右・左」とか、「左・右」とかの順があると、たがいに打ち消し合って、その変化がなかったのと同様になってしまうからだ。このように「バラツキがあってもたがいに打ち消し合う」という効果が見られるのが、「前回位置を継承する」というランダム・ウォークに見られる特徴だ。

 ──

 進化の場合はどうか? 突然変異が完全にランダムであるとしても、「変異 → 逆変異」という形で打ち消し合うことがある。結果的に、「変異がどんどん蓄積して莫大な変異になる」というようなことはない。それが本文中で示したことだ。

 なお、現実の突然変異は、「完全にランダム」ということはない。もっと制約される。なぜなら、自然淘汰が作用するからだ。その場合にはどうなるかは、「さらに大切なことに」以下の文章で説明されている。そちらを参照。

 まとめ。
 突然変異が完全にランダムだとしても、ランダム・ウォークの概念ゆえに、変化量には制約があることがわかる。(変化の蓄積の上限)
 現実には、自然淘汰が作用するので、ランダムよりもはるかに制約される。
 結果的には、本文中で述べたとおり。つまり、小進化における変異の量はごく小さい。
 
 結論:大進化という巨大な変異が起こるのは、小進化とは別の原理による。
Posted by 管理人 at 2012年11月16日 20:50
本項を読んで「論文を書け」と言う人がいるけどね。本項は私の独創じゃない。進化論の分野では昔から何度も言われてきたことだ。なのに、他人の説を論文にしたら、iPS のニセ論文みたいになっちゃうでしょ。
 本項で書いたのは、私の独創じゃなくて、昔からある説の紹介にすぎない。ただ、その例証の例が、ちょっと目新しいだけだ。しかし実例をいくつか足したぐらいじゃ、論文の価値はない。一般人向けの解説が関の山だ。

 ま、本項の話を聞いて、目新しいと思った人が多いようだから、そういう人にとっては、昔からある説を知って、知恵が増えただろう。

 進化論の世界は、多様性が極端に少なくなっている。もっと学説の多様性がないと、そのうち絶滅してしまうかもね。  (^^);

 参考:
 多様性不足で絶滅の危機 タスマニアデビル
  → http://scientificjapanese.blogspot.jp/2011/10/blog-post_21.html
Posted by 管理人 at 2012年11月16日 21:05
Q 生殖隔離自体は複数確認できているのに、大進化と小進化をことさら区別する意味が分からない。

A 生殖隔離は亜種をもたらすだけで、種の違いをもたらさない。種の違いをもたらすのが生殖隔離だけだとは言えない。たとえば人類はオーストラロイドやピグミーが17万年間も他人種からは隔離されていたが、別の種にはならず、亜種のままだ。
 一方、この17万年間に、多数の新種が誕生している。では、亜種と種の違いをもたらすのは何か? ダーウィン説ではそれを説明できない。そういう問題がある、という問題の指摘が、本項の趣旨だ。

 「いや、そういう問題はないんだ。ダーウィン説は完全無欠であり、問題は一切存在しない」
 というふうに、問題の存在を認めない(無視する)のが、主流派だ。
 ま、ダーウィン説に従えば、そもそも進化は連続的だから、(境界をもつ)種という概念すら存在しない。
Posted by 管理人 at 2012年11月16日 23:49
Q 自然淘汰される形質と頻度は、環境次第でまったく違うものになるのでは?

A 種の形成期にはそうですけど、種がいったん形成されたあとでは、別の環境には移行しないので、種は安定します。
(別の環境に移行すれば、環境への不適応のせいで、絶滅します。進化するのではない。魚が陸に上がると、魚に足が生えるのではなく、魚が死にます。)

 種の形成期と、種の形成後を、分けて考えるのが、「大進化の理論」です。形成期には大進化があり、形成後には安定状態で小進化だけがあります。
Posted by 管理人 at 2012年11月17日 07:28
Q 自然淘汰される形質と頻度は、環境次第でまったく違うものになるのでは?

A その質問は意味が何通りにも解釈されますが、次のように言えます。
 既存の種が同じ環境にいれば、安定状態になります。小進化だけがあり、種はほとんど変わらない。
 既存の種が別の環境に移れば、その種は絶滅することが多い。魚が陸に上がれば、魚に足が生えるのではなく、魚が死にます。
 既存の種がよく似た別の環境に移れば、主に生殖隔離が理由でいくらか変化します。しかしたいていは亜種レベルの違いであり、交雑可能だし、進化は可逆的です。例はダーウィン・フィンチ。
 生殖隔離があったまま、数万年がたっても、小進化レベルでしょう。ただし、千万年ぐらいたてば、別種になる可能性もなくはない。とはいえ、億年レベルの時間がたっても、孤立している限りは種はあまり変化しません。例はマダガスカルやタスマニアやオーストラリアの固有種。
Posted by 管理人 at 2012年11月17日 08:57
Q 環境の変化があれば、時間の経過とともに、生殖隔離から大進化になるのでは? 

A 環境の変化や時間の経過は、通常、小進化レベルの「変化」しかもたらしません。どんなに時間がたっても、「大進化」が起こらない限りは、種は安定状態にあります。例はシーラカンス。
 一方、大進化があれば、かなり短時間でも進化があったことになります。ユーラシア大陸などの大陸では、多様な進化が見られます。マダガスカルなどの種を置き去りにして、どんどん進化が起こります。
 ただし注意。これらの進化は必ず「分岐」という形を取ります。「猿が人間に進化する」のではなく、「猿から別種が次々と分岐していって、人間という新種が誕生する」です。ダーウィン説では、「進化は変化」なので、「優勝劣敗」という形で少しずつ変化が起こります。黒が灰色を経て白になるように。一方、大進化の理論では、分岐という形をとって突発的に進化が起こります。黒から白が分岐するように。
 例として現生人類があります。ダーウィン説では、祖先種が少しずつ変化して、ネアンデルタール人やホモサピエンスに変化する過程があったはずです。その中間状態が多様に分布していたはずです。階段状の概念がないので、「種」という概念は成立しません。一方、大進化の理論では、階段状の進化があるので、進化の各段階には「種」が存在します。具体的には、「ホモ・エレクトス」「ネアンデルタール人」「ホモサピエンス」という種が存在します。それぞれの種は安定状態です。そして、種と種の間は、「分岐」によって「新種の誕生」という形で進化が起こります。それは「なだらかな進化」ではなく「突発的な進化」であり、かつ、その突発的な進化があったあとは安定状態となります。このことは化石においても実証されています。
 簡単に言えば、ダーウィン説とは、「成立しないことが化石によって実証された仮説」であり、大進化の理論は「成立することが化石によって実証された仮説」です。この実証は、現生人類だけでなく、あらゆる種で成立します。化石の進化はすべて「連続的な進化」ではなく「階段状の進化」を実証しています。
Posted by 管理人 at 2012年11月17日 08:57
Q DNAの変異による形質の変化と自然淘汰による選抜以外の可能性はない、と判明している。

A そうですよ。だから最初からそう書いてあるでしょ。「ダーウィン説を全否定しているのではない。足りない部分があると指摘しているだけだ」と。
 ダーウィン説の要素を D,E,F と書くとしたら、「D,Eだけでは足りず、足りないものとして(Fでなく)Gを加えよ」というのが本項の趣旨。
 これに対して「D,Eは必要である」と述べたところで、本項の趣旨をなぞっているにすぎない。ちゃんと読みましょうね。
 頭に血が上って、「おれの言うことを全否定するつもりか」と怒り狂う人が多すぎ。それだから誤読をするハメになる。

Q 進化を小さいとか大きいとか分けるのも無意味。

A それはそれで一つの説ですよ。主流派の説ですからね。
 一方、それとは別の説がある、と示しているのが本項です。まずは主流派の説を紹介して、それに問題点があるのを指摘している。
 ここでふたたび主流派の説を誰かが主張したところで、私としては「すでに本文中で紹介済みです」と言うしかない。
 ちゃんと本項を読みましょう
Posted by 管理人 at 2012年11月17日 14:28
初めてコメントします。
なかなか面白いブログですね。
いろいろ読ませていただきました。

進化論については、はるか昔の高校生の頃、ダーウィン進化論を否定するレポートを先生に提出したのを覚えています。なつかしいですね。

階段状の進化というブログ主さんの主張は、化石を見る限りでは正しいような気がします。

しかし謎なのは、「言葉を持たない生物から、どうやって言葉を持つ生物が生まれたのか?」です。

人間以前の生き物から、人間への進化の部分ですね。

言葉は、親や回りの大人たちから学習して覚えますから、親や回りの大人たちが言葉を持たない場合、どうやって言葉を獲得できたのか、まったく分かりません。

このあたりになると、もはや神秘の領域に入らざるを得ない、というのが私の感想です。

科学という領域でカバーできる範囲を超えているんでしょうね。

私は正直なところ、「過去→現在→未来」という時間観念にも疑問を持っており、生物進化や宇宙の誕生など大きな時間の中で考えられているものは、この時間観念で考えること自体に疑問があると思っています。

常識的な時間観念で考えて良いものなのだろうかと。

なんといいますか、科学というものは、人間の知性を絶対基準にしているわけですが、その前提自体がおかしい気がするのです。

世界とは、人間の知性の枠の中にはない、と思うのです。

その意味で、時間観念にも疑問がありますし、言葉を持たない生き物から言葉を持つ生き物が生まれたとする従来の進化論にも疑問があるわけです。

世界は、その根底において、人間の知性を超えている。

だからこそ、永遠に謎が残るのでしょう。

生物進化もまた、その根本について、どうしても解けない謎が残るのではないでしょうか?
Posted by バラガン at 2012年11月20日 10:44
> 親や回りの大人たちが言葉を持たない場合、どうやって言葉を獲得できたのか、まったく分かりません。

 いきなり日本語のようなものを考えるから、理解できないんです。
 言葉もまた生物と同様に進化してきた、と考えればいい。最初は、単語だけ。「川」とか「獣」とか「肉」とか「太陽」とか。そのまま時間がたつと、語彙が増えます。その後、文法構造が生じます。
 単語レベルは、ホモ・エレクトスやネアンデルタール人でもできただろう、と私は推定します。文法構造をもつのは、「初期言語」の獲得となるので、それは今から10万年〜6万年ぐらい前のことであっただろう、と私は推定しています。
  → http://openblog.meblog.biz/article/10947886.html

 何か疑問を感じたら、サイト内検索するといいですよ。たいていは記述済みです。
Posted by 管理人 at 2012年11月20日 12:34
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