2012年11月05日

◆ 18000年前の縄文人

 1万8千年前の縄文人の行動の一部が判明した。北海道の黒曜石が山形県まで運ばれたそうだ。 ──
 
 山形県小国町 で発見された黒曜石が、北海道遠軽町白滝の産出する黒曜石に組成が一致したそうだ。同時に出土した石器は、18000〜16000年前のものだと推定される。
 このことから、次のことが結論された。
 「18000年前の旧石器時代人が、北海道から山形まで石器を運んだのだろう」
                    画像出典:Wikipedia
kokuyouseki.jpg
 実は、交易によって石だけが運ばれた可能性もあるが、この時代は交易をあまりしていなかった(貨幣はもちろんなかったし、自給自足なので物々交換もしていなかっただろう)と推定されるので、直接運ばれた可能性が高い、と見られる。
 こうして、当時の人間の移動が証明されたことになるそうだ。
( → 朝日新聞・夕刊 2012-11-05 の要約。シンポジウムで発表されたそうだ。発表者の氏名は記事には書いてない。……読売の誤報のあとなのに、発表者の氏名さえも記さないという、朝日の変な記事。ま、ないよりマシだが。 (^^); )
 
 これはけっこう重要な事実だと思うので、ここに要約を書き留めておく。
 
 ──

 この当時にいた日本人は、もちろん縄文人だった。
 上記の経路からすると、樺太経由で北海道にやって来た北方系の古モンゴロイドが、東北まで来たようだ。
 一方、朝鮮半島経由で来た古モンゴロイドは、せいぜい関東止まりだったのだろう。というのは、東北は寒いので、耐寒装備が必要となり、西日本の温暖な生活に慣れた縄文人には、暮らしにくかったと思えるからだ。
 そもそも生活の仕方が両者は違っていたはずだ。西日本から来た人々は、温暖な環境のなかで、果実や貝類の採集生活が主要だったろう。それでけで十分に生活できるのだから、他の方法を取る必要がない。
 樺太経由の古モンゴロイドは、そうではない。冬になれば雪に閉ざされる地域であるから、果実や貝類の採集生活は無理だ。かといって獣を対象とする狩猟生活は、不安定だ。となると、北国の古モンゴロイドは、川における魚類の採集が主要であったはずだ。そして、そのような生き方は、西日本から来た人々の生き方とは、全然異なる。というわけで、両者はたぶん領域が交わらなかったと思う。
 そして、樺太経由で来た人々は、北海道で暮らしただけでなく、一部は東北までやって来たのだろう。そのことが今回の調査結果から判明したと言える。

( ※ ま、前から言語的にもわかっていたことではあるが、明白な物証が出たのは大きな成果だ。)



 【 関連項目 】

 → 縄文人と弥生人 2
posted by 管理人 at 19:44| Comment(0) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ