2012年11月02日

◆ ドーキンス説をめぐる誤解

 【 注記 】
 Google の検索システムのせいで、「ドーキンス」を検索して本項に来る人が多いようです。しかし本項は、小さな話題だけを記しています。むしろ、次の項目をお読み下さい。

 (1) ドーキンス説(の問題点)については、次の項目をお読み下さい。
  → 利己的遺伝子説の「遺伝子」とは?
  → 自分の遺伝子 1
  → ドーキンス説の問題 (別サイト)

 (2) 利己的遺伝子説については、次の項目をお読み下さい。
  → [補説] 利己的遺伝子の意味
  → 個体は遺伝子の乗り物か?
  → 利己的遺伝子とは (別サイト)



 本サイトを読んで誤読・誤解した人がいるので、どこをどう誤読・誤解しているかを、簡単に解説しよう。
( ※ 無駄話のようなものです。たいしたことは書いてありません。読まなくても構いません。)

 ──
 
 問題の根源は、次のことだ。

  ドーキンス説は、次の二つの概念からなる。
    ・ 遺伝子淘汰説
    ・ 自分の遺伝子

 
 この両者は、別のことである。きちんと区別しなくてはいけない。
 遺伝子淘汰説がどういう説であるかは、広く知られているので、ここではいちいち解説しない。
 自分の遺伝子という概念は、ハミルトンの血縁淘汰説に源泉を持ち、ドーキンスが広めた概念だ。英語では its own genes という。
 個体が子孫を産むとき、その個体と子孫とには、共通する遺伝子がある。その共通する比率を「血縁度」と言う。この「血縁度」という概念を使うと、いろいろと便利な認識ができる。
 たとえば、自分と自分の血縁度は 100%である。自分と兄弟との血縁度は 50%である。自分と親との血縁度は 50%である。自分と子との血縁度は 50%である。自分と妻との血縁度は 0%である。(近親婚の場合を除く。)
 
 ──

 さて。ある人 X の iPS 細胞から、精子と卵子を作ったとしよう。その精子と卵子から受精卵 Y を作ることができる。この受精卵 Y は、どの遺伝子も X から受け継いでいる。したがって XY の血縁度は 100%だ、と判定できる。
 ここでは、血縁度は 100%だが、XY で、すべての遺伝子が同じだというわけではない。なぜなら、X の染色体はペアになっており、そのペアのうちのどちらが精子や卵子に受け継がれるかは、わからないからだ。

    X    精子・卵子 
  AaBb   AB Ab aB ab 


 この組み合わせから、Y は4通り×4通り(=16通り)のすべてが可能だ。そのうち、初めの方だけ四つを示せば、次のようになる。

    AABB AABb AAbB AAbb


 この例では、A と B だけで簡略化して示したが、実際にはもっとずっと多くの遺伝子が関与する。

 というわけで、ある人 X の iPS 細胞から、精子と卵子を作ったとしても、その Y の遺伝子は、X の遺伝子と同じとは限らない。つまり、 YX のクローンではない。(クローンならば全遺伝子が一致する。)

 ──

 さて。以上は、簡単なことだ。初心者だと、「クローン」と「血縁度 100%」とを混同するかもしれないが、「血縁度 100%」という概念を導入することで、次のように結論することができるる。
  「クローン」と「血縁度 100%」とは、別のことだ。


 以上は、初歩的なことだ。説明を読めば、たいていの人はわかるだろう。

 ──

 ところが世の中にはそそっかしい人がいる。上のような話を読むと、次のように勘違いしてしまうらしい。
 “ 「クローン」と「血縁度 100%」とは、同じことだ。”


 わざわざ「別のことだ」と説明しているのに、どこをどうトチ狂ったか、「同じことだ」と誤読する。そのあげく、「両者が同じことだというのはトンデモだ!」と批判する。呆れる。

 もう少し典型的に言おう。
 「A ではなくて、B である」
 という文章を読めば、
 「 A ではない。Bである」
 と読むべきなのだが、
 「 A である。B である」
 と勝手に誤読する。そのあげく、
 「『A である』というのはトンデモだ!」
 と批判する。何を勘違いしていることやら。

 具体的な文章に戻ると、こうだ。
 『「自分で卵子と精子」はクローンでなくて何か? 血縁度100%の究極の近親婚だ』という部分は二通りの解釈が可能である。
 一つは『「自分で卵子と精子」はクローンではない。クローンではなく「血縁度100%の究極の近親婚」である』という解釈。
 もう一つは『「自分で卵子と精子」がクローンでないとしたら何だというのか。「自分で卵子と精子」はクローン、つまり、血縁度100%の究極の近親婚のことである』
( → NATROMの日記
 「二通りの解釈が可能である」というが、可能であるわけがないでしょうが。
 冒頭でも述べたとおり、「クローンでなくて、血縁度100%だ」という解釈しか成立しない。どこをどう読めば「クローンである」というふうに読めるのか? 勝手に誤読して批判しないでほしい。そういうのを「藁人形論法」と言う。

 だいたい、ここでは「クローンでなくて、血縁度 100%である」というふうに、二つの概念を対比しているのだ。そのことを理解できないのだとしたら、日本語力に大いに疑問符が付く。いったい、何を読んでいるんだか。
( ※ たぶん文章の一部分だけを勝手に切り取って、その一部分だけを別の意義に誤読しているのだろう。読解力の低い人には、ときどきある。コンテクストを無視して、勝手読みするわけ。)

  ────────────

 さらに話を進めよう。
 私が上の話に関して説明したかったことは、次のことだ。

 血縁度が高いと、劣性遺伝の遺伝病が発現しやすい。これは NATROM 氏の指摘したことだ。なかなか慧眼である。
 さて。ここでドーキンスの説と比べてみる。ドーキンスの説では、次のようになるはずだ。
 「個体は自分の遺伝子を残そうとする。つまり、血縁度の高い子孫を増やそうとする」

 これはドーキンスやハミルトンが、ミツバチの利他的行動を説明するときに使った論理だ。次のように。
 「妹(血縁度 75%)を育てる方が、自分の子(血縁度 50%)を育てるよりも、自分の遺伝子を多く残せる。だから、自分の子を育てるかわりに、自分の妹を育てるのだ」

 この理屈が正しいとすれば、次の説が成立するはずだ。
 「近親婚をした方が、赤の他人と結婚するよりも、子の血縁度が高まる。ゆえに、自分の遺伝子を増やすために、赤の他人と結婚して子(血縁度50%)を育てるよりは、近親婚による子(血縁度は 50%超)を育てるはずだ。つまり、個体は近親婚をするはずだ」

 こういう問題が生じる。この問題を扱ったのが、下記の項目だ。
  → 近親婚のタブー(自分の遺伝子)

 では、これにどう答えるか? 簡単だ。
 「自分の遺伝子」という概念を捨てればいい。かわりに、「遺伝子淘汰」という概念を取ればいい。そうすれば、すべてはうまく解決できる。


 詳しくは、上記項目で解説しているので、そちらを読んで欲しい。

 ──

 ところが、どこをどうトチ狂ったのか、これを誤読する人がいる。
 「自分の遺伝子という概念では説明できないが、遺伝子淘汰という概念で説明できる」

 というのが私の見解だが、これを誤読して、次のように批判する。
 「遺伝子淘汰という概念で説明できるぞ! ゆえに南堂はトンデモだ!」

 呆れる。私の言っていることをそのままなぞりながら、それによって私を批判しているのだから。
 
 繰り返す。
 近親婚は劣性遺伝病ゆえに不利だ。ゆえに、遺伝子淘汰の発想において、近親婚という形質は受け継がれにくいはずだ。これですべては説明できる。
 一方、「血縁度が高い方が有利だ」という説は、近親婚は不利だという事実に矛盾する。ゆえに、この説は否定される。つまり、「自分の遺伝子を増やすため」というような説は否定される。
 そういうことだ。ここでは、「遺伝子淘汰」という概念と、「自分の遺伝子」という概念とは、異なる。きちんと区別してほしい。
( ※ 「どっちもドーキンスの利己的遺伝子説だから、どっちも同じ理屈だ」なんて思うのは、ひどい勘違いだ。)
  


 [ 付記 ]
 血縁淘汰説が間違っていることの理由は、実は、上記の点だけではない。上記の点は、批判する根拠としては、少し弱い。「うまく説明できないことがある」というだけであり、「間違っている」と正面から否定するには足りない。
 血縁淘汰説が間違っていることの肝心の理由は、次のことだ。(話の対象はミツバチである。)
 
 妹の血縁度を、子の血縁度と比べても、意味はない。なぜなら、妹は自分と同じ世代であり、子は次の世代であるからだ。妹をいくら育てても、同じ世代だから、遺伝子を残すということにはならない。
 遺伝子を残すことを考えるのであれば、世代ごとに考える必要がある。すると、次のようになる。
  同世代:  自分(血縁度 100%)  妹(血縁度 75%)
  次世代:   子 (血縁度 50%)  姪(血縁度 37.5%)


 比較するならば、同世代同士で比較しなくてはならない。そして、自分の子と比較されるのは、妹ではなく、姪である。ミツバチが妹を育てることで次世代の姪を増やそうとすれば、次世代の血縁度は 37.5% となる。これは子の血縁度の 50% よりも低い。つまり、子を育てずに妹を育てれば、自分の遺伝子を少なく残すことになる。
  → [補説] ミツバチの利他的行動 2
  → [補説] ミツバチの利他的行動 3
  → 血縁度 37.5% (サイト内検索)

 これが、血縁淘汰説が間違っていることの核心だ。
 このくらいの話は、きちんと理解してもらいたいものだ。
( ※ 人の話を読みもしないで、藁人形論法で、妄想対象を批判する人もいるが。)
 


 [ 余談 ]
 彼の多大な悪口にいちいち反論しようかとも思ったが、やめておく。
 「他人の悪口を書く」というのは、彼のブログの方針であり、たいていの記事がその方針の下で書かれている。だが、私のブログは、誰かの悪口を書くためではなく、真実を探るためにある。
 彼のブログの読者ならば、他人の悪口が書いてあるのを読んで、大喜びするだろうが、私のブログの読者ならば、他人の悪口が書いてあるのを読んで、うんざりするだけだろう。
 だから、いちいち彼の悪口に付きあうつもりはない。その旨、お断りしておきます。
  
( ※ 喧嘩を期待していた人には残念かもしれませんが。 (^^);  私は誰かさんと違って、他人を攻撃して喜ぶ趣味はない。せいぜい、ふりかかった火の粉を払うぐらいだ。)
 
( ※ 私が攻撃する対象は、原則として、政府とか、巨大組織とか、そんなところです。弱い者いじめはしません。いじめ事件の場合もそうだが、私は、いじめの被害者の側に味方します。加害者の側に賛同して、いじめて喜ぶことはありません。)

( ※ なお、元はと言うと、NATROM 氏が劣性遺伝について指摘したことが皮切りだ。これに私は感心したので、敬意を表して引用してから、自分なりのコメントを付け加えた。ところがそれを読んだ NATROM 氏が、いきなり攻撃を仕掛けてきた。敬意を表した相手に攻撃を仕掛けてくるというのは、私としてはまったく理解できませんね。どういう性格をしているんだか。……なお、私の場合は、私に対して敬意を表してくださった方に、攻撃を仕掛けるようなことはありません。いじめ体質じゃないので。ご安心ください。 → 「嘘付け!」という陰の声が出る危険もあり。びくびく。 (^^); )
 



 【 関連項目 】

  → 専門家と素人

    ※ NATROM 氏の悪口が見当違いであるということを示す。
posted by 管理人 at 20:49| Comment(0) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
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