2012年10月24日

◆ 冤罪と自白偏重

 冤罪の根源には、自白偏重という裁判所の体質がある。最近の冤罪事件でも、被告がいくら否定しても、おかしな自白調書が採用されて、冤罪が起こった。 ──

 まずは、記事を引用しよう。
 「なぜうその自白をしたんだ。やってないなら、やってないと言えばいい」
 68年に始まった水戸地裁土浦支部の公判で、裁判官に言われた一言が桜井さんには忘れられない。
 警察でも検察でも「やっていない」と訴えたが、延々と続く取り調べに屈し、「自白」した。裁判所できちんと説明すれば、正しく判断してくれると思っていたが、裏切られた。
 「警察が一度犯人だと決めつけると、検察も裁判所も加担して有罪に仕立て上げてしまう。マイナリさんと同じだった」
( → 朝日新聞 2012-10-30 有料版
 こういうふうに「自白偏重」の体質があることに、根本原因がありそうだ。「自白偏重」だから、証拠に頼るより、容疑者に強引に自白させようとする。

 その理由は、日本の裁判所の体質だ。自白なんてものは本来重視するべきではなく、裁判所における証言だけが重視される。なのに、裁判所で「あの自白は嘘です」と言っても、それは認められず、かつての自白を撤回できない。

 これは裁判官が悪い。裁判官は被告の証言よりも、かつての自白の調書を優先するという意味で、裁判所をないがしろにしている。裁判官は「法廷侮辱罪」で逮捕されてもいいくらいだ。
 本来ならば、裁判官は、被告に次のように尋ねるべきだ。
 「調書にある自白と、今のあなたの無実だという証言の、どちらが本当ですか? 本当のことを言いなさい。さもないと偽証罪で逮捕されますよ」
 こう言い聞かせたあとで、被告が「無実です」と証言したならば、自白調書を証拠採用するのをやめるべきだ。そして、検察側は、自白調書はもはや証拠にはならないと理解した上で、別の証拠を提出するべきだ。それが「証拠主義」である。(自白主義でなく。)
 
 ──

 ただし、裁判官がそうするべきだとしても、裁判官がそうするとは限らない。では、どうすればいいか? 

 一つの方策は、こうだ。
 「被告が望めば、裁判官による裁判でなく、(一般市民の)裁判員による裁判を受けることができる」

 もう一つの方策は、もっとドラスティックな案だ。こうだ。
 「被告が裁判官を忌避できるようにする。そのために、あらかじめ、裁判官の過去の判例を集めて、データベースを構築する。そして、非常に多くの被告から忌避されるような裁判官は、何らかの問題があると見なして、裁判員としては罷免されるようにする」
 これによって変な裁判官は排除される。特に「自白偏重」と見なされた裁判官は排除される。そういう人は、裁判官を退職して、弁護士にでもなればいい。

 ともかく、このような制度改革をすることで、「自白偏重」という前世紀の遺物みたいな旧体質を、排除できる。



 [ 付記 ]
 「自白偏重」というのは、昔の日本の旧弊だった。やたらと拷問によって自白を得ようとしたこともあった。
 今では拷問のかわりに精神的な圧迫を加えるようになっている。その一つが、「保釈もしないで、長期にわたって、精神的な圧迫を加えること」である。ここから冤罪が起こりがちだ。
  → 「ウイルスで誤認逮捕」の本質
  


 [ 余談 ]
 オマケとして、警察のひどい体質を赤裸々に示すページ。
  → 兵庫県警の『被害届を無視する不思議な能力』の話
  
  ※ 大津のいじめ事件でも、警察は被害届を無視した。
    尼崎の連続殺人事件では、それをはるかに上回る。
posted by 管理人 at 19:50 | Comment(2) | コンピュータ_03 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
取調べの完全可視化がされてない自白は無効になればいいと思う
Posted by linu at 2012年11月01日 04:35
江戸時代のような、石を抱かせるような拷問の果てに自白させたのをそのまま裁きに使う。そんな前時代的な伝統が残っている。ということでしょうか……。
Posted by 無機名 at 2012年11月01日 07:25
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ