2012年10月11日

◆ ノーベル物理学賞(2012)の意義

 ノーベル物理学賞(2012年)は、量子力学の研究者に与えられた。それはどのような意義があるか? それは「停止した波」という状態がある、と示したことだ。 ──

 ノーベル物理学賞(2012年)について、簡単に解説しよう。

 この研究は、量子の「停止した波」の状態をつくりあげたものだ。
 普通の量子は、陽子であれ中性子であれ電子であれ、粒子としての性質をもつ。しかし量子は波の性質をもつことがある。その波の状態の量子は、普通ははっきりとは見えなかった。
 たとえば、二重スリット実験では、(最初の)電子銃と(最後の)感光板で電子が観測されるが、そのいずれも粒子としての電子である。一方、真空中を走る電子は、波としての性質をもつが、真空中を走る電子は観測されなかった。

二重スリット実験

    電子銃から電子が発射される。電子は二つのスリットを
    通過して、感光板にぶつかる。そこでは干渉縞が描かれる。


 ところが、今回の実験では、「真空中を走っている電子」ではなく、「真空中で位置を固定されたイオン(≒原子)」が、波としての性質をもつようになったのである。
 つまり、波であるにもかかわらず、粒子のように「移動しないで位置を固定されている」という状態になったのだ。

 ──

 話としては、上のことで尽きている。このことさえ理解しておけば、完璧に理解されたことになる。
  
 ただ、同じことを、次のように説明する人もいる。
 量子の「重ね合わせ」の状態をつくりあげた
 これは、完全な間違いとまでは言えないが、正しくはない。
 この表現は、「一つの粒子でありながら、二つの粒子の状態が重ね合わせになっている」ということだ。しかし、そういう解釈(コペンハーゲン解釈)は妥当でない。
 ここでは、「一つの粒子でありながら、二つの粒子の状態が重ね合わせになっている」ということはない。そういうおかしな解釈をすると、「シュレーディンガーの猫」のようなおかしな結論が出てしまう。次のように。
 「一つの猫でありながら、二つの猫の重ね合わせの状態になっている」
 「一つの猫でありながら、生きた猫と死んだ猫という二つの猫の重ね合わせの状態になっている」
  しかし、そういうことはありえない、というのが、シュレーディンガーの指摘だ。そして、シュレーディンガーの指摘は正しい。つまり、
 「一つの猫でありながら、二つの猫の重ね合わせの状態になっている」
 という解釈は妥当ではない。では、何が妥当か? 「波としての量子は、粒子としての量子が重ね合わせになったものではない。波としての量子は、粒子としての量子ではないのだ」

 比喩的に言えば、こうだ。
 「回転しているコインは、コインの裏と表が重なりあった状況ではない。裏や表は、コインが停止した状態である。回転している状態は、停止した状態の重ね合わせではなくて、どちらでもない第三の状態である」
 そして、回転が終わったあとで、裏または表というどちらかの停止状態になる。そのどちらになるかは、確率的に決まる。

 そして、今回の成果について言えば、次のように言える。
 「回転しているコインは、裏でも表でもない状態である。それは、停止したときに現れる状態とは異なる。そのような状態は、これまでは観測されなかった。なぜなら、回転を止めた状態では、裏または表のどちらかになるしかなかったからだ。ところが、今回の実験では、回転を止めた状態でも、裏でもない表でもない状態が見つかった。つまり、裏でもない表でもない状態がまさしくあると、現実に観測された」

 イメージ的に言えば、それは、「コインが立った状態」である。コインを回転させたあと、通常は、コインは裏か表かどちらかになる。しかし、ある人は考えた。
 「コインが倒れそうになったときに、うまく両側からレーザー光線を発射してエネルギーを与えれば、コインを倒さずに置くことができるのでは? そうすれば、コインが回転エネルギーを失ったあとでも、倒れることはない。つまり、裏にも表にもならないで、コインを立てたままにすることができる」
 そして、そのアイデアを、まさしく実現したのである。かくて「停止したコイン」というものを実現して、「裏でも表でもないコイン」というものを観測可能にした。
 つまり、「真空中を走る電子」でなく、「停止したイオン」という形で、「裏でも表でもない状態」つまり「粒子でも反粒子でもない状態」を実現した。それは、「粒子でも反粒子でもない状態」なので、「粒子と反粒子の重ね合わせ」のように見える。しかしその本質は、「粒子でもあり反粒子でもある」という「重ね合わせの状態」ではなくて、「粒子でもなく反粒子でもない、波の状態」なのである。

 ──

 ここで問題だ。「波の状態」とは、何か? 答えよう。
 「波の状態」とは、「粒子でもなく反粒子でもない」ということだが、それは、「粒子や反粒子とはまったく無関係の状態」のことではなくて、「粒子や反粒子になりうる状態」のことだ。つまり、「まだどちらとも決定されていない、可能性の状態」のことだ。

 この「可能性の状態」は、確率的に示される。その確率が、「二つの状態の重ね合わせ」のように感じられる。
 たとえば、「表が 40%で、裏が 60%」というふうに表示される。
 これは、「表が 40%で、裏が 60%」という数字で、二つの状態が重ね合わせになっているのではない。二つの状態の可能性が重ね合わせになっているだけだ。ここを勘違いしないように。
 ここを勘違いしたのがコペンハーゲン解釈である。彼らは主張する。「生きている猫と死んだ猫が重ね合わせになっているのだ!」と。
 違う。「生きている猫と死んだ猫が重ね合わせになっている」のではなく、「生きている猫と死んだ猫という二つの状態の可能性が重ね合わせになっている」のだ。そして、それが、「波の状態にある」ということだ。
 たとえると、「波の状態」とは、「二つの粒子の状態の重ね合わせ」ではない。「回転したコインの状態」とは、「(停止したコインの)裏の状態と表の状態の重ね合わせ」ではない。それと同様だ。

rolling.gif
出典

 上の図では、立った女性が回転している。この状態は、
次の二つの状態の重ね合わせではない。
  ・ 伏 して 寝ている女性
  ・ 仰向けで寝ている女性
 
 女性が立っているエネルギーをなくせば、上の二つの状態のどちらかになるだろうが、立っている状態は、上の二つの状態の重ね合わせではないのだ。
 ただ、最終的にはどちらかになるだろうという意味で、「二つの状態の可能性の重ね合わせ」だとは言える。その意味は、「最終的な状態がどうなるかを示す可能性が、二つの状態の確率で示される」ということだ。それだけのことだ。

 比喩的に言おう。T字路に達したあなたは、右に行くか左に行くか、どちらかを選ぶ。その可能性は、たいていは五分五分だろう。あるいは、何らかの事情によって、右に行く可能性が高いかもしれない。いずれの可能性もある。その可能性は、「右は 60%で、左は 40%」というふうに、可能性の和で示される。しかし、それはあくまで可能性であり、現実には「未定」という状態だ。
 ところが、コペンハーゲン解釈では、「二つの状態の重ね合わせである」と解釈する。
 “ あなたの行動はすでに決定されている。その決定された数値は、「右は 60%で、左は 40%」である”
 というふうに。
 しかしそれは正しくない。「二つの(決定された)状態の重ね合わせ」ではなくて、「未定」の状態なのだ。ただ、その将来の可能性が、「右は 60%で、左は 40%」というだけのこととなのだ。

 そして、今回の実験は、「未定」という状態(つまり「波」の状態)が、まさしく現実に存在するということを、実験事実で示したのである。それはこれまで、真空中にあるだけで事実としては認識されなかったのだが、まさしく事実としてそういう状態(波の状態)があると、実験的に示したのだ。
 換言すれば、今回の実験によって、「(重ね合わせというものを主張する)コペンハーゲン解釈は妥当ではないこと」が証明された、とも言える。



  【 関連項目 】
 今回の研究が量子コンピュータにどう結びつくか……という話は、次項で。(下記)
 → 量子コンピュータの原理



 【 関連サイト 】

 → 【2012年ノーベル物理学賞】量子光学から量子コンピューターまで
 → 朝日新聞の解説記事(有料)

 前者は、かなりお勧め。
 後者は、「重ね合わせ」で説明している。あまり妥当な内容ではないが、参考ぐらいにはなる。
posted by 管理人 at 19:31| Comment(0) | 物理・天文 | 更新情報をチェックする
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