2012年10月09日

◆ iPS細胞と ES細胞

 iPS細胞と ES細胞は、どのような違いがあるか? 倫理的な問題の有無だけか? ──
 
 iPS細胞と ES細胞は、よく似ている。どちらも万能細胞だ。では、違いはどこか? 通常、次のように言われる。
 「 ES細胞は、受精卵を壊して作るので、倫理的な問題がある。iPS細胞は、受精卵を使わないので、その問題がない」

 なるほど、これはこれで理屈になる。しかし、「倫理的かどうか」ということは、科学の問題ではない。
 そもそも「受精卵を一つの生命と見なす」(だから生命の破壊はけしからん)というのは、宗教の問題にすぎない。というのは、「受精した瞬間に生命と見なす」というのは、ローマ法王の決めたキリスト教の見解であるにすぎないからだ。こんな見解は、定義しだいで、いくらでも変えることができる。次のように。
  ・ 受精する前の精子と卵子も生命である
  ・ 受精後、16分割以後が生命である。
  ・ 受精後、臓器が形成された時点以後が生命である。


born.png
出典:英語版 Wikipedia

   cf. 参考図1参考図2

 要するに、生命というのは、段階的に少しずつ形成されるものだから、どこかの段階で線を引くことは無意味なのだ。あえて線を引くのは、科学ではなく、宗教や倫理だ。
 とすれば、人の考え方しだいでは、「受精した瞬間に生命と見なす」という発想を捨てることができる。その場合には、ES細胞を使って万能細胞を作っても、何ら問題はないことになる。
( ※ 実際、胚の時期には、胚が魚類段階に過ぎない時期もあるし、そのような時期の生命は、たとえ生命だとしても、人間性のかけらもないのだから、魚類を処理するのと同様に処理したとしても、ちっとも問題ではないはずだ。……科学的に考える限りは。)

 ──

 では、iPS細胞は、ES細胞とまったく同様なのだろうか? いや、そうではない。原理的に違うのだから、どこかが違うはずだ。では、どう違うか? ── それが本項の問題だ。

 この問題について考えたすえ、私としては次のように結論した。
 「 iPS細胞が ES細胞と違うのは、(人間の)卵子を使うということの制約から逃れることだ」


 卵子を使うというときには、卵子というものに制約される。特に、人間の卵子の場合には、問題だ。卵子を好き勝手に採集することはできないからだ。
 仮に、どこかの女性を拉致して、その卵子を一つ奪ったとすれば、それは刑法の傷害罪に該当する。犯罪だ。
 また、仮にそれが傷害には当たらないような方法で合法的になったとしても、この方法で採取できることのできる卵子の数には限度がある。特に、「卵子を出すことを許容する」という女性の数はごく少ないはずだから、数の限界がある。仮に、「自分はもう子供を産まないから卵子は不要だ」という女性がいりるとしても、卵子がなくなると、月経不順やらホルモン異常やら、何らかの不具合が出る可能性がある。
 要するに、卵子というものは数の限られた生命資源だから、量的な限界があるのだ。

 しかるに、iPS細胞には、この限界がない。皮膚のように新陳代謝される細胞を利用できるからだ。また、治療を受ける患者自身の細胞を使うことができるので、「受益者と被害者とが一致する」という形で、問題を回避できる。

 結論。

 iPS細胞 と ES細胞の違いは、普通は、倫理的な問題の有無だと言われる。しかし、それは科学な問題ではない。科学的に言えば、iPS細胞は ES細胞と違って、量的な制約から解放される。そのことで、いくらでも容易に実用化することが可能である。(少なくとも原理的には。)
 このような「量的な自由さ」(制約のなさ)こそが、iPS細胞の科学的な意義だろう。そこには、「倫理的な問題からの解放」という意義だけでなく、「科学的な制約からの解放」という意義もあるのだ。
  


 【 関連項目 】

 iPS細胞についての過去記事。情報のまとめ。
  → iPS 細胞の話題 ( 2011年)
posted by 管理人 at 19:32| Comment(4) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちょっと思ったが、あと 30年ぐらいたったら、どのような臓器も再生できるようになるでしょう。そうなったら、癌の部位を交換することができたりして、癌死者が激減するかもしれません。
 たとえば、膵臓癌になったジョブズみたいな人は、膵臓を交換して、膵臓癌が治って、長生きできるようになる。
Posted by 管理人 at 2012年10月09日 21:37
不死って概念もあり得る気がしますね。
多少大袈裟にしても劇的に長寿化しそう。
しかし、それも一部の富裕層に限るのでしょうが。
Posted by ふらり at 2012年10月10日 20:19
> 不死って概念もあり得る気がしますね。

 さまざまな病気の治療が進んだことで、現在の死因の最大のものは癌になりました。つまり、病気を克服しても、(肉体の)細胞の老化は防げなかったわけ。

 iPS細胞のおかげで、「肉体の交換」は可能になり、不老不死に近づけるように見えます。しかしさすがに、脳の交換だけはできない。仮にやったら、別人になってしまう。
 「あなたの脳を交換して上げます。そうすれば長生きできますよ」
 と言われて、OKする人はいないでしょう。それは自殺と同様。
 というわけで、脳の不老不死はありえない。たぶんアルツハイマー病みたいな痴呆が最後に訪れるのでしょう。iPS細胞がものすごく普及すると、将来の人類は痴呆老人ばかりになるかもね。
 喜んで良いのか悪いのか。……

 でも、おかげで、面白い想像ができました。ヒントをありがとうございます。
Posted by 管理人 at 2012年10月10日 20:27
池田信夫の珍説を引用する。
 ──
iPS細胞の話もおなかいっぱいだが、実は遺伝子治療の用途はそれほど広くない。大部分の病気は、内科と外科の伝統的な医療でなおる。ハイテク医療が話題になるのは、珍しいからであって重要だからではない。
 → http://hiwihhi.com/ikedanob/status/255599570531270656
 ──
 
 iPS細胞と遺伝子治療を混同している。プッ。
 iPS細胞は、遺伝子治療じゃなくて、再生医療です。間違わないでね。
 また、再生医療は、本項のコメントで述べたように、非常に重要な意義があります。実用化は遠いけれど。
Posted by 管理人 at 2012年10月13日 15:24
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