これは、第2のモナリザ or 若きモナリザ と呼ばれる。まずは記事を引用しよう。
20世紀初めに英国貴族の家で見つかり、レオナルド・ダ・ビンチの名画「モナリザ」とよく似ているとされてきた女性の絵が、ダ・ビンチ本人の手による「第2のモナリザ」であることが確実になったとの鑑定結果をスイスの財団「モナリザ基金」が27日発表した。他にも同種の報道はある。
モナリザ基金によると、この絵の鑑定は専門家らが 35年にわたり続けてきたが、デジタル技術を使ってルーブル美術館所蔵のモナリザの顔を11〜12歳若返らせてみたところ、20代とみられる「第2のモナリザ」とぴたりと一致し、二つの絵のモデルは同一人物と認定されたという。二つの絵の背景は異なるが、筆致にはダ・ビンチの特徴がよく表れているという。モナリザ基金は、以前からあった、ダ・ビンチがモナリザを2枚描いていたとの説が裏付けられたと指摘している。
この発表に懐疑的な見方もあり、AFP通信によると、英オックスフォード大のマーティン・ケンプ名誉教授(美術史)は「繊細な細部の描写がモナリザと異なっている」と述べ、第2のモナリザは別の画家による模写だとの見方を示している。今後真がん論争が続くことも予想される。
( → 読売新聞 2012年9月28日)
→ Reuters
→ NEWSru.com
→ 朝日新聞
「デジタル技術を使って」というのがミソだ。これが正しければ、デジタル技術が美術品の評価で素晴らしい成果を出したことになる。何というコンピュータ技術の発展! コンピュータ技術は美術的にはダビンチにも匹敵するほど水準に達したのかもしれない。
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そこで、報道はさておいて、私が実際に鑑定してみよう。
まず、この絵画は、昔からある。Wikipedia にも画像があるので、それを転載しよう。

出典:Wikipedia
出典:Wikipedia
上の二番目の画像は、もちろん、本来のモナリザの画像である。(ただし私が少し色を補正した。元の画像は黄色すぎるので。)
もっと拡大した画像を見たければ、下記のサイトに大きな比較画像がある。(下記サイトで小さなサムネイルをクリックすると、大きな画像が表示される。)
→ 比較画像のサイト
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さて。この二つを比較して、私が判定した結果は? 三つの結論が得られる。こうだ。
・ 第2のモナリザは、模写画像である。
・ 二つのモナリザの年齢は同じである。
・ 第2のモナリザは、ダビンチの作ではない。
以下では順に説明しよう。
(1) 第2のモナリザは、模写画像である
第2のモナリザは、別の作品ではなく、元の作品の模写画像である。そのことは、次の2点から明らかだ。
・ 腕と指の配置がまったく同じである。
・ 右腕と左腕の服のシワも、ほとんど同じである。
このようなことは偶然ではありえない。ゆえに模写であると断定できる。
さらに言えば、次の点もある。
・ 背景がまるきり省略された未完成絵画である。
このように(重要でない)一部分だけ未完成であることは、模写であることの特徴だ。
(2) 二つのモナリザの年齢は同じである
両者は年齢もまた同じである。その根拠は次の3点だ。
・ 髪の毛がほぼ同等である。(年を取れば髪の毛が減るのに。)
・ 目の垂れ方が同じである。(年を取れば下がるのに。)
・ 頬肉は、第2の方が垂れている。(年を取れば下がるのに。)
これらの点から、両者の年齢は同じである(または本物の方が若い)と結論される。
ただし、見た目では、一見して、第2の方が若々しく見える。それは、模写した画家の癖によるものだろう。彼が普段、顧客の肖像画を描くときに、皺をなくしたり、目の下のたるみをなくしたりして、若々しく(というよりは美しく)描こうとする癖が付いている。その癖のせいで、ついつい、モナリザの模写でも、「実物よりも美しく描こう」という傾向が出たのだろう。
あるいは、「おれはダビンチよりももっと美しい絵画を描こう」と思ったのかもしれない。ま、たしかに、第2のモナリザの方が、ずっと美人である。それは間違いない。
ただし、絵画として美しいかどうかは、また別の問題だ。
(3) 第2のモナリザは、ダビンチの作ではない
第2のモナリザは、ダビンチ自身の描いた模写である可能性もある。いわば習作のような扱いだ。
しかし、画像をざっと見ただけでも、「これはダビンチの作ではない」と判定できた。拡大画像を見て、ますます確信した。(私の鑑定。)
理由は下記。
(A)ダビンチの絵画には、「高貴な微笑」とも言えるような、独自の口元がある。これが絵画の精神性をものすごく高めている。しかしながら、模写の方は、その精神性を表現することができていない。このことだけで、決定的な違いとなる。最も重要なものが欠落しているからだ。
(B)模写の方は、鼻の下の陰が、真っ黒である。まるでちょびヒゲだ。そのせいで絵画の雰囲気を台無しにしてしまっている。そんなことにも気づかないのだから、この模写の画家は画家として二流であるとわかる。(技術はかなり高いが、画家としての審美的判断力がペケ。自分では創作できず、模写するぐらいしか能がない画家だ。)
(C)二つの目の間の鼻筋が、異様に高くなっている。人間として、このような顔の造形はありえない。まるでマネキンだ。要するに、模写としては失敗している。うまく模写できていないのだ。「人間としてありえない顔」になってしまっている。この意味で、模写の画家としても二流である、と判定できる。(ただし色を塗る技術だけは高い。)
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以上の諸点からして、次のように判定できる。
「第2のモナリザは、模写である。それも、技術は高いが絵画力の低い画家による模写である。おまけに、『より美しく描こう』という余計な欲(スケベ心)が出てしまっている。そのせいで、元のモナリザよりは、若く見える。それだけだ」
では、デジタル技術の認定は、どう判定されるか? こうだ。
「模写の画家が歪めて描いた模写画像に、デジタル技術はすっかりだまされてしまった」(引っかかってしまった)
要するに、デジタル技術はお馬鹿さんだ、ということだ。なのに、「デジタル技術で判定されたから正しい」と思うようでは、どうしようもない阿呆だとしか言えないね。
ダビンチのような至高の画家の作品を見ても、二流の模写画家の作品と区別が付かないようでは、現代の美術評論家はあまりにもひどいというしかない。
( ※ オタクの萌え画像ばかり見ているせいだろうか? ……というのは、イヤミです。 (^^); )
【 追記 】
モナリザの制作途中で描かれた模写には、いずれも両側に柱があるそうだ。
→ http://www.geocities.jp/sonosono159/mona1.htm
このことからすると、第2のモナリザは、本物のモナリザの制作途中に描かれた模写だと考えていいだろう。その時点では、ダビンチはまだ背景を描いておらず、柱だけを描いていたのだろう。だから、模写の方も、背景が描かれていないわけだ。つまり、第2のモナリザは、背景を描くのを忘れたのではなくて、まだ本物の方の背景が描かれていなかったから、その状態を忠実に模写したのだろう。
そう思って本物のモナリザの両肩の左右を見ると、柱の下端であった位置に、痕跡みたいな黒いシミが見える。これは、柱を消して上塗りしたあとで、にじんでしまったもの(か何か)だろう。ともあれ、この位置に、もともとは黒い柱があったことが推定される。
両者の関係は、以上のように推定できる。
【 関連サイト 】
YouTube の動画。「第2のモナリザ」の拡大画像がある。

タッチが違うし、どこか薄っぺらい感じがします。
→ http://sankei.jp.msn.com/world/news/120928/erp12092808300000-n1.htm
→ http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/09/28/kiji/K20120928004216850.html
→ http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2904339/9592403
→ http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120928/k10015348201000.html
以下は情報量が少ない。見なくていい。
→ http://www.asahi.com/culture/update/0928/TKY201209280185.html
→ http://mainichi.jp/select/news/20120928k0000e040167000c.html
→ http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5143060.html
→ http://j.mp/Ss5fRr
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> ダビンチ研究の権威、オックスフォード大のマーチン・ケンプ教授は米ABCテレビなどに、「よくできた複製品」と指摘。イタリア美術を研究する宮下規久朗・神戸大准教授も「(財団以外で)アイルワースのモナリザをダビンチ作とする専門家はいない」と話す。
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121123-00000580-san-soci