2012年09月10日

◆ 北杜夫はなぜ死んだか?

 北杜夫が病院で死んだ。なぜ医療の整った病院で死んだのか? その理由を探ろう。すると、あなたもそうなる可能性が高いとわかる。
(ミステリーふう。) ──
 
 北杜夫が病院で死んだ。それも、有名大病院で。それは昨年のことだが、問題があったらしく、今になって話題になっている。
 昨年10月に84歳で亡くなった作家の北杜夫(本名・斎藤宗吉)さんは、死亡診断書で死因を「腸閉塞(へいそく)」とされたが、吐いたものを気道に詰まらせた窒息死だった可能性があることがわかった。当時、医師が不適切な説明をしたため病理解剖は行われず、入院先の病院は死因を確定できなかった
( → 朝日新聞 2012-09-09
 つまり、病理解剖がなされなかったことで、死因がはっきりしないことが問題とされた。病院側が「病理解剖は大変ですよ」というふうに遺族に説明したため、病理解剖ができなかったらしい。
 ではなぜ、病院は病理解剖をやらせようとしなかったか? 裏の事情があるのか? どうやら、あるらしい。記事はこう続く。
 北さんは昨年10月23日午後、脱力感と吐き気を訴え、救急車で東京都目黒区の独立行政法人国立病院機構・東京医療センター(松本純夫院長、780床)に運ばれた。その際は普通に会話ができ、救急外来の医師は「緊急性はない」と話したため、家族は午後8時ごろ病院を出た。ところが翌朝に容体が急変、午前6時過ぎ、死亡が確認された。
 遺族に開示された診療録によると、北さんは死亡直前の午前4時半ごろ、巡回の看護師に「変わりないです」と話した。しかし、5時15分ごろ再び看護師が見回ると、口のまわりに嘔吐(おうと)物が付着し、心肺停止状態になっていた。
 病院の説明では、救急搬送後の検査で腸の通過障害が判明。白血球が増え、炎症反応を示す値も高く、救急外来の医師は腸閉塞と診断し、抗生剤を投与し鼻から胃に管を入れて内容物の排出を促していた。
 病院は今年1月に症例検討会を開き、「診断や治療は適切だった」とした上で「窒息死の可能性も否定できない」と結論づけた。一方、当直医は「不快感、恐怖感を与えたのは申し訳ない」と話したという。
 (娘の)由香さんは「入院時に『嘔吐する心配があるので注意して下さい』と伝えていたのに、窒息死の疑いがあるのは痛恨の極み。死因を判断する解剖をしないように誘導されたと感じている」と話している。
 以上のポイントは、こうだ。
  ・ 国立病院機構・東京医療センターという超一流病院に入院した。
  ・ 入院した時点では特に異常はなかった。
  ・ 午前4時半から5時15分の間に、心肺停止状態になっていた。
  ・ 原因は嘔吐による窒息死らしい。それは予想され、警告があった。
  ・ にもかかわらず、まさしく嘔吐によって窒息死となった。

 これはまるで「赤信号で横断歩道を渡ると交通事故に遭いますよ」と警告されていながら、あえて赤信号で横断歩道を渡って死んでしまった、というような例だ。偶然なんかではない。(自分で死んだのではなく、不注意によって他人を死なせたのだから、「見殺し」に近い。)

 こういうことがあっていいのか? いいはずがない。医者が毒薬を注射したのではないが、適切な処置をしなかったことで、助かるべき命が失われてしまった。 

 ──

 ではどうしてこういうことが起こったのか? 医者が不注意だったからか? 医者の責任か? 
 いや、そうではあるまい。医者は VIP については十分に注意していたはずだ。それでも VIP を死なせてしまったとしたら、その理由は「対処不可能だった」という状況が考えられる。
 それは何か? 一言でいえば、「医療崩壊」だ。

 「医療崩壊」というと、あまり「ひどくはないよ。そばの病院もすいていたし」と感じる人も多いだろう。しかしそれは違う。真実はこうだ。
 「昼間はすいている病院も多いが、夜間の大病院は医師の不足のせいで、医療崩壊状態にある」

 このことは次の形で紹介されている。
医師  ちょっと待ってよ。夜はどうなのさ?
事務  夜間は、診てくれるお医者さんを探すのに苦労しますね。
看護師 夜間は医師不足ということかしら。
医師  外傷や24時過ぎの急病は誰が診るの?
事務  二次輪番病院や三次病院。
医師  外来での診療で済む患者は一次救急だよ。
看護師 でも、結局やっている所に行くしかないのよ。
        *
事務  医師不足の本態は勤務医不足なのですね。
医師  紛らわしいから、マスコミも医師不足じゃなくて勤務医不足と言ってほしいな。
看護師 じゃあ、勤務医を増やして、救急患者を診てもらえば解決するわね。
部長  ところが、勤務医は減るばかり。
事務  ここ数年、勤務医の開業ラッシュですね。
医師  開業すれば年収もアップするし、夜の当直は無い。
部長  病院内の会議も雑務も無いしね。
事務  それで皆、開業ですか。
医師  開業しないで残った勤務医は、益々過酷な労働を強いられていますよ。
事務  それで勤務医はさらに開業医や仕事の楽な科に転科するのですか。
部長  この勤務医の行動は「逃散」と言われているのだよ。
事務  江戸時代の農民が年貢のきつさに農地を捨てて集団でいなくなるという「逃散」ですね。  
部長  形を変えた勤務医のストライキとも考えられている。
事務  しかも、その悪循環がすでに始まっています。
看護師 救急を診る病院は皆、勤務医不足で廃院になっちゃうわね。
部長  そして、夜の救急患者は誰にも診てもらえなくなる。
事務  それが医療崩壊ですか。
( → 群馬保険医新聞2008年9月号
 医師が不足しているわけじゃない。医師は余っているぐらいだ。しかし、大病院の勤務医が足りない。医師会は開業医の団体だから、開業医ばかりを優遇して、勤務医は冷遇されているからだ。
 そこで、「勤務医を優遇しよう」という方針が出た。
  → [PDF] 平成24年度診療報酬改定の概要 - 厚生労働省
 これを見ると、かなり改善しているように見える。だが、現状はそれではとても足りない。医師は圧倒的に不足しているからだ。特に、夜間の病棟では。
 このことは、看護婦の告白を読むとわかる。

■ナースのお仕事
あたし・・・実は・・・ナースなんだ。
ずっと、黙ってて、ごめん。・・・隠してて、ごめん。
でも、どうしても言えなかったの。
あたしがナースだって知ったら、きっとみんな離れていっちゃうって思って。こわくて。
わかってる。わかってるよ。
ナースは国家試験を通った人だけがなることができる、人の命に関わる重要な任務だって。
でもね・・。
でもね、全然ちがうんだよ。
あたし、みんなが思ってるようなキレイなものじゃないんだよ。
あたしは汚れている。
あたしの手は、汚れているんだよ。
ナースになったとき、すごく嬉しかった。天使になったような気でいたの。
あたし馬鹿だから、人の命を救うんだ!なんて、本気で思ってた。
でもね、全然違ったんだよ。
国から言い渡されたナースの任務は全く別のものだった。
人の命を、まるでナイチンゲールのように平等に助けるようなものじゃなかった。
あたしたちナースに課せられた任務、・・・・それは、ふるいわけ だった。
生きるべき命と、それ以外の命のふるいわけ。
あたしたちは医師の命令が無いかぎり、何一つの医療行為もできない。
苦しいとナースコールを押し続ける人がいても、
あたしたちには薬も酸素も与えることはできないの。
ただ、ただ、走って先生を呼びに行くだけ。そして伝えるだけ。
でもね、この国の「先生」は非常に貴重な存在。
医師は稀有な存在。
夜なんかになれば、一つの病院に一人か二人とかしかいないの。
たくさんのナースたちが、一人の先生に群がっていた。
「先生、吐いている人がいます!」
「先生、胸が苦しい人がいます!」
「先生、脈が弱い人がいます!」
「先生、腹痛でもがいてる人がいます!」
懸命にナースたちが叫んでた。
でも医師は一人。
 ……
必死にあたしもふるい分けた。
今、一番いのちの危険がある人から、一番苦痛を感じている人から、手を差し伸べなきゃ。
「苦しい、苦しい、苦しい」と言う人のとこに走ったよ。
唇から色が消えていた。冷や汗をかいていた。
あたしは心臓だ!と思った。
一刻を争う病態。先生に聞いてる時間は無かったの。
あたしは医師の指示を待たずに心電図の検査をした。狭心症の波形だった。
急いで先生に連絡した。
「狭心症の波形です。ニトロ内服させていいですか?!」
「いや、波形を見ないとわからない、ただこっちの処置があるから、10分後に行く」
患者は胸を掻きむしるようにしていた。
「待てません!飲ませます!」
あたしは医師の指示無くニトロを内服させた。患者の苦しさはスッと納まった。
それは駄目なことだったけど、一人の患者を救ったことに、あたしは浮かれてたの。
貧相な正義感をぶら下げて、意気揚々とナースステーションに戻ってきたの。
ナースステーションの・・・・
ナースステーションのモニターの一台の波形が、フラットになってた。
あたしは急いで病室に飛んだよ。
でも、亡くなってた。
喋れない患者さんだった。
ナースコールも押せない人だった。
あたしは、その日、目の前の苦しい人に夢中で、モニターなんか見てなかった。
先生は患者の家族に「いつ何があってもおかしくないご年齢でしたから・・」と告げた。
患者の家族は「ありがとうございました」と涙を浮かべて頭を下げた。
そして、あたしにも「看護婦さん、ありがとね」と言ったの。
「まぁ、・・・歳だったし、家にも帰れないって言ってたからなー」
と先生があたしの背中ごしに言った。
あたしはモニターの記録を見てたの。
その記録には、波形が狭心症から心筋梗塞となり心停止するさまがしっかりと記録されていた。
歳だから死んだんじゃない、そこには心筋梗塞で死んでく命があった。
でも、そんなこと全部まるめこんで、死んじゃって仕方ないっていう命が、そこにはあったんだ。
似たようなことはざらにあった。
何人もの人が、私の手のひらから零れていったよ。
ナースって・・ほんと、なんなんだろうね・・・。
ナースなんて、なんの治療も許されていないのに、
くすり一粒すら出せないのに、
検査一つ指示できないのに、
命に関わることなんて、一つも独立してできないのに、
患者さんが持たされてるのはナースコールだけなんだよ。
どんなに辛くてもナースしか呼べないなんて。
医療が崩壊していく。
全然止められない速度で。
その砂上の城で、あたしは見てるんだ。
沈んでいく人の命を。
それがね、2008年版 ナースのお仕事。
( → はてな匿名ダイアリー
 医師や看護師は圧倒的に不足している。だから、「勤務医の待遇を改善して、勤務医の数を1〜2割増やせばいい」というような状況ではないのだ。もっと徹底的に医師や看護師の数を増やす必要がある。さもなくば、北杜夫のような事件は何度も起こるだろう。
 また、このページには、感想として、次の記述もある。
 いや、ナースがいるだけいいよ。
 高齢の知人が公立病院に入院したんだけど、最近はどこも人手不足なのかナースさんも患者を見てる余裕がなくて、しょうがないから家族がほぼつきっきりで面倒を見ててとても大変そうだったよ。
( → はてな匿名ダイアリー
 こういうふうに状況は悲惨なものだ。
 要するに、現状では、医師の数も看護師の数も足りていない。そういう状況では、夜間の病院に入院・宿泊することは、自殺行為にも近い。どうせなら入院しないで、家族のいる家にいる方が、まだしも危険性は低い。特に、心臓病のような生死に関わる重病でなければ、家族が看護している方がはるかに安全度は高いだろう。
 今回も、(腸の通過障害になった)北杜夫の、家族がそばで看護していれば、北杜夫の噎せる声に気づいて、家族が窒息を防ぐことができたかもしれない。……特に、「窒息」が予想されている場合には、その日ぐらいは入念に警戒することができただろう。
 ところが、大病院に入院させたせいで、北杜夫を死なせる結果となった。
( ※ それが悪いというわけではない。常識的には大病院に入れるのが当然だ。ところがその常識がまともではなかったことになる。)

 ──

 では、どうすればいいのか? 医師の数や看護師の数を増やせばいいのか? もちろん、そうだ。
 しかしそうするには、巨額の金がかかる。その金をどこから捻出するか? 

 実は、捻出する方法はある。次のことだ。
 「癌の終末期にかかる高額医療をやめる」

 一般に、抗ガン剤には、莫大な費用がかかる。
  → 通常の保険診療の範囲での治療費が年間で133万円
 これほどの金をかけても、それで治癒する(死を免れる)のではなく、寿命が数カ月延びる程度、ということが多い。
 抗ガン剤でうまく死を免れるとか、寿命が5年以上 延びるとか、そういうはっきりとした効果があるのならいい。しかるに、たったの数カ月ぐらいの延命効果しかなくて、しかもその間の生活の質(QOL)が著しく悪化するとしたら、それは「人生を削るために大金を投じている」というのに等しい。そんなことをするくらいなら、数百万円をかけて、短い余生をたっぷりと堪能する方が幸福だろう。

 なお、上記の「133万円」という数値を見て、「そのくらいなら捻出できる」と思う人もいるだろうが、それは勘違いだ。患者が払う金はその程度だとしても、国が払う金はその何倍にもなるからだ。というのは、次の制度があるからだ。
  → 高額療養費
 この制度のおかげで、患者の負担は一定限度以下で済む。しかし、国庫が払う支出は、ものすごい高額になっている。そのせいで健保が破綻の危機にある。
 つまり、ろくに効果のない延命治療のために超高額の費用を払うせいで、健保は破綻の危機にある。
 その一方で、わずかな看護費用を惜しむせいで、夜間の病院では北杜夫のような人々が次々と死んでいく。
 
 結局、現状は、こうなっている。
  ・ 莫大な金をかけても、効果なし。
  ・ 小額の金を惜しんで、莫大な死者が発生。

 同じことを言い換えれば、こうだ。
  ・ 効果なしの延命治療のために、莫大な金をかける。
  ・ 莫大な死者の発生を止めるための、小額の金を惜しむ。

 愚の骨頂。ほとんど狂人。頭の病気みたい。
 日本にいる病人を治療するよりは、「自分は正常だ」と思っている人々の頭を治療する方が重要かも。 (^^);
 


 [ 付記 ]
 以上のことは、他人事ではない。あなたもいつか、そのようなひどい目に遭うことだろう。
 あなたがたまたま交通事故や感染症になって、病院に運ばれる。そこで夜間に眠っていると、吐き気がして、噎せてしまって、喉がつっかえた。
 「苦しい、苦しい、看護婦さーん!」
 そう思って声を出そうとしたが、声を出せない。噎せるような声が出るだけだ。そばにあるナースコールのボタンを押そうと思ったが、うまく体が動かない。仕方なく、そばのベッドをたたく。トントントン。
 「気づいてくれ。気づいてくれ!」
 あなたは何度もベッドをたたく。しかしそばには看護婦さんはいない。
 「看護婦さん。いないのか? どこに行ったんだ! 来てくれ、来てくれ、来て…く……」 
 やがてあなたの意識が薄らいでいく。

 それがあなたの将来だ。



 【 関連サイト 】
 
 → 開業医 病院へ夜間出張
※ 勤務医不足を補うために、開業医が夜間に応援で出張勤務する。
 
 → 抗癌剤で治る癌と治らない癌
※ 「抗ガン剤は効く」という人と「利かない」という人がいる。
  実際には、「癌ごとに異なる」というのが実状だろう。
  そのための一覧表を求めてネットを検索したら、上記サイトが
  見つかった。その妥当性は不明だが、参考にするといいだろう。
 
 《 注記 》
 本項は「抗ガン剤は駄目」とは述べていない。
 「終末期の延命治療が無駄」と述べているだけだ。
 つまり、「利かない抗ガン剤は駄目」と述べているだけだ。
 「効く抗ガン剤は駄目」とは述べていない。混同しないように。
posted by 管理人 at 19:53| Comment(3) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
情報の転載。
 ──
医師の7割が「延命治療、自分なら控えてほしい」
根本的な回復が見込めない患者に対して、人工呼吸や輸血、輸液などによって生き長らえさせることを目的とした延命治療。医師の7割はもし自分が延命治療を行うかどうかの立場に立たされた時、治療を控えてほしいと考えているようだ。

→ http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1212/05/news063.html

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 一方、次の情報もある。
 ──
われわれ医療者は、好き好んで「地獄の検査(や治療)」をしている訳ではないのですが…

私も「終末期の患者に、こういった延命治療は不用」だと思いますが、
何故、こういう不本意なことになってしまうかというと、
「終末期の患者が、救急車で病院に運ばれてしまう」からです。
 その結果、急変してからご本人の意思を確認するのは不可能であり(当然ですよね)
ご家族の意向もすぐに決まらない以上は、医療者にとっても不本意な、高齢者に対する「地獄の検査や治療」を行わなければいけないのです。
 → http://blogs.yahoo.co.jp/taddy442000/32864157.html#
Posted by 管理人 at 2012年12月06日 06:45
去年84歳の父が手術後病院で亡くなりました。
病院に対する不信感の正体が、こちらのブログを読んで見えたような気がします。
医療崩壊という現実は、それまでは嘘だと思っていましたが、父の死で体験してしまったということです。
Posted by プピーユ at 2013年01月06日 11:19
勉強になりました。ありがとう。
Posted by 中川 at 2014年04月24日 06:46
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