2012年09月08日

◆ ゲノムの非・遺伝子部分

 ゲノムのうちの遺伝子の部分は2%であり、残りの98%は役割がわかっていなかったが、遺伝子の ON・OFF の役割を果たしているとわかった。では、その意味は? ──
    ( ※ 本項の実際の掲載日は 2012-09-06 です。)

 
 ゲノム(つまりDNA)のうちの遺伝子の部分は2%であり、残りの98%は役割がわかっていなかった。「役割を持たないガラクタだ」と言われたこともあったが、「何の役割をしているのかわかっていない」と言われるのが普通だった。
 ところがこのたび、新たな研究成果で、8割の部分は役割があるらしいとわかった。その役割は、遺伝子の ON・OFF の役割だ。
 ヒトの設計図に当たり、病気の解明などを目指して盛んに研究されている全遺伝情報(ゲノム)の約8割は、遺伝子の働きを調節するなど生命維持に必要な役割を担っていることがわかった。これまで無駄と思われていた部分も有用であることを示しており、私たちの生命観を変え、創薬にもつながる成果として6日付英科学誌ネイチャーに論文が発表された。
 ゲノムは、私たちの細胞にある染色体を作るDNAのこと。2003年に解読完了が宣言されたが、身体を作るたんぱく質の設計図である「遺伝子」はうち約2%に過ぎない。そこの変異を調べて、病気になる可能性などを予測できることもあるが、残り約98%の働きはわかっていなかった。
 ところが、理化学研究所などが参加する国際共同チーム「エンコード計画」がゲノムの働きを詳細に調べたところ、80.4%が、生きていくのに必要なたんぱく質を必要な場所・タイミングで作るよう、遺伝子に指示するスイッチ役などを果たしているとわかった。
( → 朝日新聞・朝刊 2012-09-06)

 このような認識(遺伝子の ON・OFF)は別に目新しいものではない。現代では普通の認識だ。私も前に次のように述べたことがある。
 「生物が生きている限り、遺伝子はたえず作用している。ただし、作用しているのは、作用するべき特定の遺伝子だけであって、他の大部分の遺伝子は休止している」
 つまり、ごく少数の遺伝子だけが作用して、他の大多数の遺伝子は作用していない。作用するものと作用しないものとがきちんと選別されている。
 そして、どれが作用するべきかということは、その場その場で決まる。それは、場所に応じたり、周辺状況に応じたり、いろいろだが、とにかく、何らかの条件に応じて、作用するべき遺伝子が決まり、それ以外の大多数の遺伝子は作用しない(休止している)。
   ……
 生物の本質は、「遺伝子が作用すること」である。ただし、やみくもに遺伝子が作用すればいいのではない。作用するべき遺伝子だけが作用して、それ以外の遺伝子は作用してはならない。つまり、「ON−OFF」の ON だけがあればいいのではなく、「どれが ON か」という選別もまたなされなくてはならない。……そして、そういうことがトータルに制御されているものが、生物だ。
( → 生物と遺伝子 (その4)[ 分化の意義 ]
 問題は、そのスイッチ(ON・OFFをするもの)の意味だ。スイッチはいつどのように働くのか? つまり、スイッチの意味は何か? 
 それを考察しよう。

 ──

 (1) 個体発生

 スイッチのうち、最も重要なものは、「個体発生」だろう。この場合は、スイッチは次から次へとリレー式に働いて(リレーのバトンを渡すように働いて)、一連の作用をなす。初めは未熟な胚だったものが、時間を経て、次々と胚を形成していき、最終的には胚が個体となって誕生する。この過程では、スイッチはリレー式に働いているはずだ。
 個体発生に似たものとして、「第2の個体発生」つまり「第二次性徴」がある。ここでは、幼体(子供)だった個体が、成体(大人)に変化するように、遺伝子が大きく働く。たとえば、女性ならば乳房が大きくなり、初潮が起こる。ここでも、遺伝子のスイッチは働いているはずだ。
 
 (2) 免疫

 スイッチのうち、もう一つ重要なものは、「免疫」だろう。このことは、今回の記事では特に報道されていないようだが、常識的にはそのことが明らかなので、私としては初心者向けに解説しておく。

 第1に、今回のような「スイッチ」が正常に働かなくなった場合の疾患がある。報道では次のような例が示されている。
  ・ クローン病 ( → WSJ.com
  ・ ぜんそく,紅斑性狼瘡,多発性硬化症 ( → AFPBB

 これらの疾患は、免疫系の異常で起こることが推定されている。( → 詳しくは Wikipedia の各項。) そのことからしても、免疫系に関係があるとわかる。
( ※ ついでだが、リウマチも自己免疫の問題であることがわかっているから、リウマチもここに含めて良さそうだ。) 

 第2に、遺伝子の ON・OFF というスイッチの役割は、免疫と関連している。このことは利根川進の業績で有名だ。解説文を引用しよう。
 人間のような高等動物は、外部から体内に進入する病原体から身を守るために、免疫という複雑な防衛システムを備えている。リンパ球B細胞もその一つで、進入する多様な病原体に対応する多様な抗体をつくりだし、外敵を攻撃、 退治するのである。その場合、外敵の形にぴったり合う構造の抗体ができて、外敵をうまく捕らえるのだ。進入する外敵の種類は非常に多いが、通常、どのような外敵に対しても対応する抗体がつくられる。それには、何百万種類もの抗体をつくる能力を細胞が備えている必要があると考えられる。しかし、人間の場合を考えると、細胞にある遺伝子の数は、せいぜい十万種類しかない。とても何百万種類もの抗体(たんぱく質)はつくれないはず。だが、実際にはつくられている。なぜなのか。利根川はその謎を解明した。
 利根川はマウスのリンパ球B細胞が抗体をつくる仕組みを研究し、「免疫グロブリン遺伝子の再構成」という驚くべき現象を発見した。胎児期の未熟な細胞は抗体をつくる遺伝子の部品をたくさんもっており、成熟の過程で部品をさまざまに組み合わせた細胞ができる。抗体は「H鎖」と「L鎖」と呼ばれる2本のたんぱく質の鎖からなり、それぞれは一定不変の部分(不変領域)と外敵に応じて姿を変える部分(可変領域)からなる。可変領域にたくさんの部品があり、その組み合わせ方は細胞ごとに異なるので、何百万種類のB細胞ができるのである。人間でも同じ仕組みがはたらいている。
 また完成した抗体遺伝子には、抗体の生産には直接関与しない沈黙した部分(「イントロン」と呼ばれる)があることも発見した。 その後、人間などではDNAの大部分は遺伝子として機能しないイントロンであることがわかってきている。
( → 利根川進の業績
 ここで、「イントロン」というものが紹介されているが、これは Wikipedia に解説がある。
 イントロン(intron)は、転写 はされるが最終的に機能する転写産物からスプライシング 反応によって除去される塩基配列 。つまり、アミノ酸配列には翻訳されない。スプライシングによって除去されず、最終的にアミノ酸配列に翻訳される部位をエクソン と呼ぶ。
 イントロンは一見無駄に見えるが、選択的スプライシング や、エキソンシャッフリング を可能にし、また、mRNAを核 から運び出す過程や、翻訳 効率などに関わっていることがわかってきた。
( → Wikipedia
 エキソンシャッフリングについては、下記の解説がある。
エキソンシャッフリング …… 進化の過程で、最初は限られた数のエキソンしかなく、それが単位となって様々な組み合わせを取り、遺伝子が進化したとする考え。( → Weblio辞書
  ── 
 スプライシングで残る部位がエクソンと呼ばれ、除去される部位がイントロン(Intron)と呼ばれる。エクソンはタンパク質に翻訳されるコーディング領域と、翻訳されない非翻訳領域で構成される。
 エクソンの組み合わせの変化によって新たな遺伝子が作られることが、生物の進化に重要な役割を担っているという学説があり「エクソンシャッフリング仮説」と呼ばれる。( → Wikipedia
 以上が、ネットから得られる情報だ。

 ──
 
 ただ、どれを読んでも、隔靴掻痒の感がある。そこで、私なりに、見解をまとめたい。

 (A) 免疫

 遺伝子のスイッチが個体発生において重要であるのは当然だとして、もう一つ、免疫における重要性を強調しておきたい。このことは、特に私の見解というわけではないのだが、利根川進の業績を補完する形で、今回の研究成果を適用したい。次のように。
 「利根川進の業績では、遺伝子の組み合わせによる免疫作用が解明された。そこにおけるエクソンの組み合わせが重要だが、そのために、今回の研究におけるスイッチが大切だ。
 このスイッチは、単に遺伝子の ON・OFF をするのではない。遺伝子の部分であるエクソンに作用して、エクソンの働き方を制御しているのだ。それだからこそ、遺伝子の総数よりもはるかに多くの分量を必要とする。なぜなら、遺伝子の総数に比べて、エクソンの組み合わせの総数ははるかに多いからだ。
 そしてまた、この部分が非常に多いからこそ、それのエラーも起こりやすい。人間のうちの数多くが高齢になって免疫系の疾患(リウマチなど)にかかることも、これで説明される。また、白血病のような免疫不全の癌があることも、これで説明される。

 (B) 突然変異

 上の「エキソンシャッフリング」という説では、「エクソンの組み合わせの多様性」が重視されたが、私としては、「突然変異の多様性」を重視したい。
 標準的な突然変異の場合ならば、「遺伝子の塩基の突然変異」であるから、「遺伝子単位で変異の淘汰が起こる」ことになる。
 一方、遺伝子がエクソンに分断されている場合ならば、「エクソンの塩基の突然変異」であるから、「エクソン単位で変異の淘汰が起こる」ことになる。
 この二つの場合は、「最強のものが一つだけ残る」という場合には、差が生じない。しかし、「最強でないものも残る」という「中立説」の場合には、塩基に多様性が生じることになる。そして、その多様性は、遺伝子がエクソンに分断されている場合の方が、圧倒的に大きい。遺伝子が6個のエクソンに分断されて、各エクソンに3通りが許容されている場合には、多様性は 3の6乗、つまり、729通りの組み合わせが可能となる。これらの大部分は、「弱い者同士の組み合わせ」であるから、元の組み合わせよりは弱いだろう。しかし稀に、「弱い者同士の組み合わせでかえって強くなる」ということもあるはずだ。その場合には、弱者同士の組み合わせから、強者が誕生することになる。(これは「クラス進化論」の発想そのものだ。)
  → クラス進化論
 こうして、遺伝子がいくつかのエクソンに分断されることで、「遺伝子の進化が起こりやすい」とわかった。
 そして、このようなことが可能なのも、「遺伝子がいくつかのエクソンに分断されること」を可能にする仕組みがあるからだ。それが今回の ON・OFF のスイッチだ。
 このようなスイッチがあるシステムを備えているからこそ、生物は多大な進化をなしえた、とも言える。イントロンというものは、ある意味ではまったくの役立たずなのだが、遺伝子に多様性をもたらす役割を果たし、そのことで、生物の進化を促す。……そういうふうに解釈することができるだろう。(私見。)
  


 [ 付記 ]
 以上でだいたい説明されると思うのだが、まだ残る課題がある。次のことだ。
 (i) 「遺伝子の ON・OFF 」というのは、あらゆる細胞の遺伝子に対して発動されるのではなく、特定箇所の遺伝子にのみ発動される。たとえば、肝臓なら肝臓、というふうに。そのように箇所を指定する仕組みは、どうなっているのか?
 (ii)「遺伝子の ON・OFF 」をなすスイッチ部分は、あらゆる細胞にあるわけではなく、特定箇所にあるはずだ。たとえば、骨髄なら骨髄、というふうに。そのように箇所を指定する仕組みは、どうなっているのか?

 
 以上の (i)(ii)が課題だ。
 私は? わかりません。この分野(分子生物学)の専門家でもないし。私としては、外野から、問題点などをちょこっと指摘する程度です。詳しいことは誰かに聞いてください。……じゃなくて、これから十年ぐらいをかけて、研究者が研究するんでしょうね。誰も教えてくれません。 (^^);
 ま、その意味では、本項を読んだ人は、賢明かもね。あちこちさまよわないで済むし。
 


 【 関連サイト 】
 (1)
 イントロンについて、次の興味深いサイトがある。
  → 遺伝子の中の厄介者,イントロンはどうしてなくならないか
 別に賛同するわけではないのだが、興味深い話がある。

 (2)
 理研によるプレスリリース
  → 国際プロジェクト「ENCODE」がヒトゲノム機能の80%を解明
  
 (3)
 Wikipedia の関連項目
  → Wikipedia :ジャンクDNA
 ジャンクDNA(Junk DNA、junk gene ガラクタ遺伝子)とは、染色体あるいはゲノム上の機能が特定されていないようなDNA領域のこと。
 ジャンクDNAはいくつかのまだ認識されていない機能を含んでいるのかも知れない。例えば、いくつかの蛋白質をコードしないRNA(non-coding RNA; ncRNA)がジャンクと考えられていた領域から転写されていることが明らかになっている。
 ジャンクDNAは本当に何も機能を持たないのかも知れない。例えば、ゲノムの1%に相当するジャンクDNA領域(前述のノンコーディングRNA遺伝子など進化的にもよく保存された領域を含む)を除去されたマウスは生存可能であり、また顕著な表現型も示さないことから、多くのジャンクDNAは、少なくとも個体発生や生命の維持には重要ではないことが示唆されている。

 (4)
 ジャンクDNAの部分にあるスイッチの異常が、「遺伝子疾患」と呼ばれるものの原因である、と強く示唆される。
 →  http://j.mp/Q2YNUw
  ※ これは機械翻訳。原文はそのページ冒頭の URL。

 (5)
 機能停止した遺伝子と思われていた部分(偽遺伝子)が、何らかの機能を持っていた、とわかった。
 
 More significant are their findings on genes that do not contain genetic code to make proteins -- non-coding genes -- and the graveyard of supposedly 'dead' genes from which some are emerging, resurrected from the catalogue of pseudogenes.
(より重要ななことは、遺伝子についての次の発見です。タンパク質を作るために遺伝子コードが含まれていない遺伝子 -- 非コーディング遺伝子。および、偽遺伝子のカタログから復活して一部が現れるような、 '死んだ'と思われる遺伝子の墓場。)
 → http://j.mp/PNje53 (Google 翻訳),http://j.mp/NWQCVo (原文)



 【 関連項目 】
 
 → 統合失調症は自己免疫?
 → ゲノムの非・遺伝子部分 2
posted by 管理人 at 20:34| Comment(0) |  生命とは何か | 更新情報をチェックする
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