( ※ 本項の実際の掲載日は 2012-09-04 です。)
シャープの衰退の理由は何か? これに関して、次の記事がある。
→ シャープの誤算 液晶頼み、値崩れ直撃
→ シャープはどこで間違えたのか、栄光と挫折の10年
「液晶に関して経営判断がまずかった」
というような話がある。具体的にいろいろと述べてある。しかし、それは病気の症状のようなものだ。そこでは病気の原因は述べていない。
では、「病気の原因」つまり「衰退の理由」は何か?
( ※ 「どういうふうに悪かったか」ではなく、なぜ悪かったか」という問題。)
──
ここで興味深い指摘がある。
「シャープは同族経営だったことが問題だ」
これは本サイトのコメントでも指摘された。
→ コメント
そこでネットを探ってみたところ、確かにひどい同族経営であったようだ。内部関係者からの指摘らしく、あれこれと指摘してある。
→ 2ちゃんねるのコピペ
一部抜粋すると、次の通り。
■佐伯旭さらに Wikipedia から引用しよう。
半年でとり壊すパビリオンよりも、企業体質の強化に専念するため 1970年大阪・千里で開かれる万国博へは出展せず、天理市にELSI工場を含む総合開発センターを建設することにしました。 一介の町工場に過ぎなかったシャープを総合エレクトロニクスメーカーに成長させたこの決断は、「千里から天理へ」の英断として大きな話題を集めました。 1970年の正式社長就任を機に、創業者一族(早川一族)の粛清に乗り出し、クーデーターに成功。 以降27年間の長きに渡り、経営権を握り、シャープを佐伯一族の同族企業として育てました。
■町田勝彦
京都大学農学部を卒業、雪印乳業時代、牛の乳しぼりの技を習得、 乳しぼりの技を人間に応用したことで、佐伯社長の娘との結婚に成功し婿養子の強みを発揮しシャープの実権をにぎりました。 シャープ入社後は、店頭実演販売でターンテーブル式の電子レンジの売り上げを伸ばし、営業部長に抜擢され、一貫して営業畑を歩み、社長に就任。 「今までの延長線上でやっていてはダメになる。他社と違う戦略が必要だ」 「ナンバーワンよりオンリーワン」というオンリーワン経営を提唱。 テレビが家電の花形商品だった時代に、 自社製ブラウン管をもっていなかったシャープの悔しさを原動力として 「国内カラーテレビすべて液晶に」という信念のもと、 シャープの液晶テレビを世界シェア一位にすることに成功。
■片山幹雄
東京大学工学部を経て、1981年にシャープに入社、液晶の技術畑を歩み、49歳の若さで社長に就任。 「千里から天理へ」という英断とは正反対の「黒字より堺へ」という暴挙を敢行し、2900億円の巨額赤字を達成した。 リスク回避のため核となるデバイスを常に複数もつ「スパイラル戦略 」という先人の教えを無視し、 「液晶一本足打法」という液晶がこければ会社がこけるというスリリングな経営を押ししすめ、見事にこける。 「ナンバーワンよりオンリーワン」という謙虚な経営をわすれ、目立ちたい一心のため、堺工場を建設し、 増収増益黒字経営だったシャープを、わずか5年のうちに倒産の危機に追いやった無能な経営手腕が評価されています。
片山 幹雄 (かたやま みきお、男性、1957年(昭和32年)12月12日 - )は、日本の技術者・実業家。現シャープ取締役会長(2012年4月から)。同族経営については次の発言がある。
2007年(平成19年)4月1日に、代表取締役社長に就任(49歳)。
2012年(平成24年)4月1日に、代表取締役社長を退任し、代表権のない会長職に就任(54歳)。
町田 勝彦(まちだ かつひこ、男性、1943年6月22日 -)は、日本の企業経営者。営業畑出身で姻族継承者。前・シャープ社長、2007年4月から会長。2012年4月から相談役。
1998年(平成10年)には、代表取締役社長に就任する。
2007年4月1日からは、代表取締役会長に就任(後任社長は片山幹雄)。
2012年4月1日からは、取締役相談役に就任(後任会長は片山幹雄)
同族企業の縁故採用の大きな問題点。──
やる気がない教育ができていない役員の子が縁故入社、入研時から居眠り・無駄話したい放題、講師が役員でも恐くて注意もできない役員の子。
そういう子の教育もできない者が役員、その子がトントン出世していく同族経営。それが大きな問題。
( → 2ちゃんねる )
というわけで「同族経営が原因だった」というふうに思える。
しかしながら、詳しく調べると、そうではない。
第1に、佐伯旭と町田勝彦は同族経営だったが、片山幹雄はまったく外部の人間なので、彼は同族経営には当てはまらない。
→ http://ameblo.jp/uranews/entry-10141198695.html#
第2に、佐伯旭と町田勝彦の時代には、同族経営だが急成長した。一方、片山幹雄の時代には、同族経営ではないのに経営が悪化した。
だから、「シャープは同族経営の時代が続いた」という認識は正しいのだが、「シャープは同族経営のせいで経営が悪化した」という認識は正しくない。どちらかと言えば、「同族経営でなくなってから急激に業績が悪化した」と言える。
( ※ 縁故が幅を利かせていたということはどうも事実らしいが、それは高々1割程度の悪化だろう。今回のように急激に悪化した理由は縁故とは別のことだ。)
──
では、シャープの経営が悪化した理由は何か?
ざっと調べると、状況の悪化はすべて片山幹雄の時代に起こったと言える。
ただ、彼はまったく無能だったというわけではない。彼は元々液晶には詳しくて、液晶ではきわめて有能だった。
→ シャープの新社長 2007/03/08
また、彼の時代には株価が急騰したことがある。主として液晶や太陽光発電が有望と目されたせいだ。
→ シャープの株価が急騰 2009/01/14
一方、この時期(2008年中)には、私が「このままではシャープは倒産するだろう」と予言していた。
→ 過去記事(サイト内検索)
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以上を見た上で、私なりに結論を下すなら、こうなる。
シャープが倒産する(しかけている)に至った理由は、片山幹雄の経営が理由である。
ただし、彼が無能であったことが理由ではない。彼は普通の人々よりもずっと有能であった。特に液晶では大成功を収めた。
ではなぜ、結果的に失敗したか? それは、無能であったからではなく、「自社は有能だ」と思い込みすぎたからだ。つまり、自惚れたからだ。(自分のことを、ではなく、自社のことを、だが。)
シャープは実はちっとも有能な会社ではなかった。あちこちの特許情報から明らかなように、品質面での特許は優れていたが、コスト面の特許は韓国勢に大幅に劣っていた。韓国はコスト低減のための特許をたくさん持っていたが、シャープはそうではなかった。結果的に、「良いけれども高い」という製品になってしまった。(かつてのソニーのように。)
それでもソニー並みのブランドがあればいいが、それもなかった。というのは、10年ぐらい前の液晶ならば、発色の良し悪しに差が付いたが、5年ぐらい前から、液晶の発色は良し悪しがほとんどなくなった。「亀山工場の液晶はきれいだ」なんて自惚れたとしても、その差は店頭ではほとんどわからない程度の差でしかなかった。
要するに、品質面では韓国メーカーにほとんど並ばれ、コスト面では韓国や台湾メーカーに大幅に劣った。にもかかわらず、「自社は優秀だ」と自惚れたあげく、「技術流出を防ぐために工場で秘密厳守をする」というようなことにこだわった。実際には、技術流出が起こったから負けたのではない。もともと技術開発の時点で負けていたのだ。にもかかわらず、「自社は優れている」「自社は優秀だ」と自惚れていた。そのせいで、コスト低下の努力がすっかりなおざりになってしまった。液晶であれ、太陽光パネルであれ、国内に工場を建てることばかり考えて、海外進出を考えなかった。大阪府から莫大な補助金をもらうという乞食根性ばかりがあって、自力で海外に出るという甲斐性がなかった。
まとめると、こうだ。
・ 無能なのに有能だと自惚れる唯我独尊
・ 自治体から補助金をもらう乞食根性
・ 海外に出ることのできない内弁慶(引きこもり)
こういう点がシャープにおいて致命的になった。さらに言えば、次の錯覚もある。
「液晶と太陽光発電は素晴らしい成長産業である」
実際にはそんなことはないのに、勝手にそう思い込んでいた。その思い込みに引っかかる形で、個人株主たちはどんどん株を買ったので、株価は急騰して、シャープは優秀な企業だと見えた。
しかし彼らは詐欺師に引っかかったも同様だ。結果的には、900円ぐらいで買った株が、今では 200円割れになっている。そのうち(倒産で)紙屑になるかもしれない。
ともあれ、シャープの経営者は、上記の錯覚をしたし、個人株主も上記の錯覚をした。そしてまた、日本の多くの人々も、上記の錯覚をした。
特に朝日新聞は、「太陽光産業は夢の未来産業だ」といふうな提灯記事を何度も掲載した。だから私は何度も批判したが、シャープの人々は私の記事を読まなかったのだろう。しかし、読めばよかったのに。たとえば、これらを。
→ 太陽光発電の嘘(シャープ) (太陽光発電の虚構性)
→ 太陽光発電の問題 (堺工場の問題)
→ 太陽電池産業の育成 (太陽光産業には未来はない)
こういう記事を呼んでおけば、太陽光発電に夢見ることもなかっただろうし、自社を「有望産業と取り組む有能な企業」と思い込むこともなかっただろう。
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結論。
シャープがこれほど悲惨な状況になった理由は、片山幹雄の経営のせいである。そのわけは、彼が無能であったことではなく、彼が「自社は有能だ」と自惚れたことである。
そして、そういう自惚れをしたのは、「シャープは倒産するぞ」という私の指摘を聞かなかったからだ。
「シャープは倒産するぞ」と私は 2008年のうちに警告していた。それは、悪口を言うためでなく、シャープを救うためだった。「このままじゃ駄目だから方針転換しろ」と。
しかしシャープは私の警告に従わなかった。猪突猛進で一本道をまっしぐらに進んでいった。そして、そのすえに、断崖絶壁から落ちてしまったのである。私の予言通りに。
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地
獄
[ 付記 ]
片山幹生が社長に就任したときはまだ40代であり、若手社長と言えた。その意味で、シャープの経営悪化の理由を「老害のせいだ」と見なすことはできない。
ただ、現状では、社長を初めとする経営者は老人だし、彼らが現状維持の路線を引っ張っている。その意味では、これまでの説明(シャープが倒産を避けているせいで状況が悪化するのは老害経営陣のせいだという指摘)は、特に間違いというわけでもない。
シャープの経営悪化の理由は、老害というよりは、若手社長の勇み足(イケイケどんどん)のせいだとも言える。そのあげく、一種のバブル状況になって、シャープは過剰にもてはやされた。そのあげく、バブルがはじけたのだ、……とも言える。
【 関連サイト 】
→ 2ちゃんねる
※ リストラ真っ最中の NECトーキンの内情について。
ちなみに片山の次の幻の縁故社長もいたらしいけどね(HB野)
ここが詳しいです。要は好調の時期に調子に乗って不義理をしまくったということ。
http://toyokeizai.net/articles/-/9845