2012年08月30日

◆ ダウン症の検査の問題

 ダウン症の新型の検査が導入される。これについて懸念もある。難しい問題なので、話を整理しよう。 ──
 
 まずはニュースを引用しよう。
 《 妊婦の血液でダウン症診断 中絶大幅増の懸念も 》
 妊婦の血液を調べるだけで、胎児にダウン症などの染色体異常があるかどうかがほぼ確実に分かる新しい出生前診断を(以下略)
 新しい診断法は、妊婦の腹部に細い針を刺す「羊水穿(せん)刺(し)」で羊水を採取する従来の方法に比べて安全にできるが、簡単な検査のため、異常が発見された際の人工妊娠中絶が大幅に増える懸念もある。米国では昨年から実施されており、国内にも導入の動きがあった(以下略)
 高齢出産だったり、以前にダウン症の子供を出産していたりするなど、染色体異常のリスクが高い妊婦で検査希望者が対象になる。保険がきかず、費用は20万円程度になる。
 検査は妊娠10週目以降から可能で、妊婦の血液中に含まれるわずかな胎児のDNA型を調べ、99%の精度で異常が分かるという。
 日本ダウン症協会の水戸川真由美理事は「出生前診断が胎児のふるい分けとして一般化したり、安易に行われることは断固反対。検査に対する基本的な考え方をしっかりと明示してほしい」と述べた。
( → 産経新聞 2012-08-30

 検査は米国の検査会社「シーケノム」が昨秋米国で始めた。妊婦から採血し、血液中にわずかに漂う胎児のDNAを集めて、23対ある人間の染色体のうちダウン症の特徴である21番染色体が通常より1本多いかどうかを判定する。精度は99%とされており、妊娠10週ごろから可能。他に発生頻度が比較的高い二つの染色体異常についても高精度で検出できるという。
 現在行われている出生前診断は数種類あるが、採血だけで胎児の遺伝子を直接調べられるものはない。例えば「羊水検査」は胎児の遺伝子を調べられるが、妊婦の腹部に針を刺して羊水を抜くため、0.5%程度流産のリスクがある。一方、「母体血清マーカー検査」は採血だけですむが、精度が低く、異常があるかを確実に知るためには羊水検査が必要になる。このため、流産のリスクがなく染色体異常を高精度で調べられるシーケノム社の検査に対し、世界中から注目が集まっていた。
( → 毎日新聞 2012-08-30
 つまり、便益があると同時に、乱用の危険という懸念がある。むしろ、堕胎のかわりに、「ダウン症の子供でもきちんと育てて上げよう」という心優しい見解が多く見られる。
  → j-cast
 また、障害者の声として、「障害者だということで堕胎するのならば、自分の存在意義が失われる」という反対論もある。
  → 障害者の twitter
 このような考えをいろいろとまとめたページもある。
  → togetter
 これを見ると、賛否両論のようだ。

 ──

 このあと、私なりに、問題を整理してみたい。

 まず、基本的態度として、私は次の二つの基本原則を取る。
 (1) 妊娠中絶は許容されるべきだ。(違法化しない。)
 (2) 妊娠中絶の決定権は親にある。


 (1) 妊娠中絶は許容する。米国の保守派やカトリックのような「妊娠中絶の禁止」を否定する。「受精の瞬間に生命は誕生するから、それを中絶することは殺人に当たる。ゆえに妊娠中絶は禁止」という方針を否定する。……これは生命観や倫理観の問題だから、科学的には是非は決まらないだろう。私としては「母体の保護」を重視する。仮にそうしなければ、レイプや婚約破棄などによる望まれない妊娠を中絶するために、闇中絶が流行して、多数の女性の命が失われることになる。男にとっては無関係だろうが、女性にとっては困る。ゆえに、妊娠中絶は許容する。
( ※ ただし代案もある。望まれない子供を児童施設で育てることにして、その費用を全男性から徴収する。成人男性一人あたり月3万円ぐらいを徴収して、児童施設の子供の育児費用とする。……この条件が満たされれば、妊娠中絶を禁止してもいい。 → エゴ男への皮肉たっぷり。 (^^); )

 (2) 妊娠中絶の決定権は親にある。つまり、国や他人にはない。だから国が、勝手に「妊娠中絶せよ」などと要求することはできないし、逆に、勝手に「妊娠中絶してはいけない」と要求することもできない。あくまで決定権は親にある。(現行法では、片親でなく両親の許可を必要とする。それでいいだろう。レイプの場合は例外。)

 ──

 以上の原則から、次の結論を得る。
 「障害児の妊娠中絶をすることは、親の権利であり、他人が是非を論じることはできない。また、それをもって『殺人』と見なすこともできない」
 このことを強調するのは、次のような見解があるからだ。


 けっこう有名な知識人でさえ、このように粗っぽい主張をする。つまり、「ダウン症でもないのにダウン症だと誤認されて堕胎された胎児」について、「 fatal なことが起こる」「人が犠牲になる」というふうに表現している。
 しかし、そのように「胎児は人である」という認識は、米国保守派やカトリックのように、「堕胎は殺人である」という認識そのものである。その場合には、あらゆる妊娠中絶は「殺人」と見なされて禁止されることになる。
 だが、そういうことはあってはならない、というのが、先に述べた基本原則だ。

taiji.jpg
出典:Wikipedia

 上手は、妊娠第10週目の胎児だ。(母体の命を守るため、子宮とともに摘出されたもの。身長 10cm 程度。)
 この時点の胎児は、いくらか人間的な器官は形成されているが、まだまだ未発達だとわかる。出産までには通常 40週ほどかかることを考えると、まだまだ未発達であり、特に脳の形成はほとんどなされていないはずだ。(脳の形成には莫大な時間がかかる。人間の胎児の脳がまともに形成されるには、40週では足りず、出産後さらに1年ぐらいを要する。これは人間に特異な現象だ。他の生物種ではそんなことはない。)

 要するに、妊娠 10週程度では、まだその胎児は「人間」とはなっていないのである。これの妊娠中絶をすることは決して「殺人」なんかではない。また、妊婦が流産したとしても、それを持って「妊婦が過失で殺人をした」などと責めるべきではない。妊娠中絶は殺人ではないのだ。少なくとも、親が決定する限りは。(自己決定権。)

 ──

 以上のことを踏まえた上で、ダウン症とはどういうものかを調べてみる。すると、最大の問題として、次のことがわかる。
 「親が死んだときに、ダウン症の子を誰が面倒を見るか」

 安易な考え方をする人は、「まわりの人が面倒を見ればいい」と言う。だが、「まわりの人」というのが、どこにいるのか?
 親が生きているうちはまだいいが、親が死ねば責任者はいなくなる。兄弟がいればまだいいとしても、兄弟は自分の子や配偶者や義父母の面倒を見る必要もあるから、大変だ。兄弟がいない場合だってある。また、兄弟もダウン症である場合もある。
 要するに、今の日本には、「ダウン症を支える」という公的な支援は存在しない。こういう状況では、多大な問題が残る。

 では、どんな問題が? 次のサイトに説明されている。
  → 中絶とダウン症を考える
 一部を引用しよう。最初はトラブルから。
  • 成人しても、公共の場で排泄することもある
  • 勝手に、豪華客船ツアーに申し込んでしまう
  • 親は、「障害児でなく、普通の本人に産んであげればよかった」と苦悩する
  • 兄弟は、ダウン症の兄弟を持っているということで、偏見にさらされる
  • 兄弟は、両親が亡くなった後は、ダウン症の兄弟の面倒を見なければならない
  • 本人は、普通に友だちをいっぱい作ることができない
  • 本人は、普通に学校の生活を満喫できない
  • 本人は、恋愛して好きな人と結婚できない
  • 本人は、成人しても普通の生活ができない
  • 本人は、親が死んだ後は、一人で生きていかなければいけない
 これを読むと、とうてい生易しいものではないとわかる。心優しい人道主義で解決する、というようなものではないのだ。
 「みんなが優しい心をもてばそれで解決する」というような楽観主義で済むような問題ではない。そいういう認識はあまりにも甘すぎる。いくら「優しくしよう」と思っても、ウンチを垂れ流す子供のオムツを何遍も替えていれば、うんざりしてくる。特に、親が老いて、肉体的に衰弱して、支える力をなくしたら、あとは親子心中しか手は残されていない。
 27日午前11時すぎ、神奈川県藤沢市大庭の公園トイレ内で、近くに住む会社員(54)と小学3年の次女(9)が倒れているのを、通報で駆け付けた県警藤沢北署員が見つけた。
 次女は首を絞められ死亡しており、男性は刃物で腹を刺し重傷。次女には障害があり、同署は男性が無理心中を図ったとみて調べている。
 同署によると、この約50分前、男性から「次女の将来を悲観している」という内容のメールを受けた妻が、男性がよく訪れる公園を捜し、鍵の掛かったトイレを発見。通行人に助けを求めたという。
( → 時事通信 2012/05/27
 これがダウン症かどうかは判明していないが、障害者にはよくある事例だ。
 つまり、単に「産めばいい」というような方針は、あまりにも無責任なのである。胎児が中絶されるのは特に罪が重くないが、9歳の女児を絞殺するのはとてつもない悪だ。そして、そのような悪をもたらしたのは、殺した親ではなくて、障害者を放置した世間なのである。

 ──

 以上のことから、私としては、次のように提言したい。
 (1) 大事なのは、何よりも、生まれてきた障害児である。いったん生まれたきた障害児には、きちんと手当てするべきだ。特に、現状では、ダウン症の子供への手当てがないから、莫大な費用をかけて、これらの障害児の扶養に当てるべきだ。(親が死んでも生きられるように。)
 (2) そのためには、世間が金を負担する必要がある。障害児の扶養の費用に充てるため、かなり巨額の増税をするべきだ。(巨額といっても、東日本大震災の補償ほどではない。そもそもあれは、健康な人々が地震の被害に遭っただけなのだから、巨額の援助をする必要はない。仮設住宅のために2年間で 600万円も出すなんて、馬鹿げている。壮大な無駄遣い。……それよりは障害児のために金を出すべきだ。そのためには増税も仕方ない。)
 (3) 世間が増税という形で負担をするからには、その負担を減らすための方策も採った方がいい。つまり、次のことだ。
 「ダウン症の検査のための費用を、全額、公費負担とする」


 ──

 さて。(3)の場合、二次検査も含めて、一人あたり20〜25万円程度の費用がかかるだろうが、やむをえまい。40歳以上の妊婦の場合、発症率は1%ぐらいらしい。
  → 典拠1典拠2
 そこで 20万円を 100倍すると、2000万円。障害の補償額が 2000万円を超えるようであれば、20万円の費用を負担しても、社会のコストはトータルで安くなる。
 現実には、ダウン症の子供の扶養費用は、普通の人間の生涯所得と同等程度であろうから、2億円程度か。( → 出典
 2億円に比べて 2000万円は格安だ。したがって、(1)(2)のような「社会が障害児を全面的に扶養する」という前提のもとでは、20万円程度の公費負担は、かえって安上がりだ、ということになる。

 ただしそれは、40歳の高齢者の場合だ。25歳の場合には、ダウン症の発症率は、その 10分の1になるから、同様のことは言えない。

 結局、私としては、次の線が妥当だと思う。(ダウン症の検査の公費負担の割合。)
  ・ 35歳以上は、全額公費負担
  ・ 30〜34歳は、半額公費負担
  ・ 29歳以下は、公費負担なし


 ──

 ただし、検査の公費負担にまして、何よりも大切なのは、「障害者の扶養の公費負担」の実現だ。老いた親を介護するためにはちゃんと保険があるのに、ダウン症の子供を介護するためには保険がないのは、おかしいだろう。
 日本の健康保険は、普通のケガや病気には過剰なほどにも完備しているようだが、ダウン症のような障害児に対してはあまりにも制度が不備すぎる。
 ひるがえって、福祉先進国のスウェーデンでは、こうだ。
 社会保障費全体は日本の約2倍です。特に障害者に対する福祉施策費は日本の約5倍強です。また、教育費は大学院まで無料ですし、教科書はもちろん、コミューン(市町村にあたる)によっては文具(鉛筆、ノート、消しゴム)まで支給されます。高齢者への福祉も充実し、老後も心配なく暮らせます。医療費も一定額以上は無料となるそうです。
 のグループホームに暮らすダウン症のカップルと祐希が一緒に写真をとりました。この2人は40歳男性と29歳の女性なんですが、婚約指輪は自分たちで買いに行って、ホームや友人たちを招いて結婚披露をしたそうです。訪問した時は2人でお茶をしていました。
 このグループホームの家賃は、月4800クローナで、食費は別です。障害年金が大体16000クローナですが、補助者は、市から派遣されるので個人負担はないそうです。このグループホームからデイセンターに通うわけですが、障害を持つ人には特別のタクシーやバスがあり、また毎日ガイドヘルパーが迎えに来てくれます。
( → 出典
 至れり尽くせりだ。これなら障害者にとっても天国だろう。ここまでやれとは言わないが、せめてこの半分ぐらいはできるようにしてほしいものだ。今のように「親が老いたら親子心中しかない」というのは、あまりにも寂しい。そして、そういう状況を直視しないまま、「子供を産めばいいんだ。子供は天使だ」と安直に言うような無知蒙昧では、あとで死ぬハメになる子供があまりにも不憫だ。
 多くの心優しい人々は、妊娠 10週の胎児の生命については「可哀想」と言って大切にするが、いったん生まれたあとの障害児については「親の責任」にしておいて、知らんぷりなのである。あまりにも御都合主義で薄情すぎる。
 
 「まだ生まれていない不完全生命よりは、きちんと生まれた生命を大切にせよ。そのために、社会全体で多大な金を払おう」

 これが私の提言だ。
 
   


 [ 付記1 ]
 ただし、この提言は、理解されにくい。というのは、日本では、「理想を実現したいが、金を払いたくない」と思う人が多すぎるからだ。
 たとえば、「原発を全廃しても、電気料金は上がらないはずだ」と思い込んで、原発を廃止したがる阿呆が多い。(それでいて「電気料金値上げ反対」という矛盾したことを言う。)
 こういうふうに阿呆が多いありさまだから、「金を払わずにエコができる」というエコキャップが流行して、多くの小学生や中学生が無駄な活動をするハメになる。
 ひどい無知蒙昧の国家。その名は「韓国」……じゃなくて、「日本」なんですね。悲しい。
 
 [ 付記2 ]
 本項の趣旨は、「ダウン症の子供を中絶せよ」ではない。決定権はあくまで親にある。誤読しないように。
( ※ こういうところをやたらと誤読する人がいるので、念のために注記しておく。)
 


 【 関連サイト 】
  → 妊婦のダウン症検査の話、陽性的中率

  検査の陽性と擬陽性の話。統計の話。
 


 【 関連項目 】

  → ダウン症で中絶するべきか? (次項)

   ※  妊娠中の胎児がダウン症だと判明したときに、中絶するべきか?
      この難しい問題を考える。
posted by 管理人 at 21:24| Comment(8) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
実に公平な意見だと思います。
僕も同じ考えです。全面的に賛成。
Posted by youkazu7777 at 2012年08月31日 01:14
いろいろな意見はありますが、染色体異常検査とダウン症発覚の場合の中絶を支持します。

私には2人の子供がいて、3人目もほしいのですが、もう夫婦35歳過ぎて二人ともやりがいのある大きな仕事を任されるようになり、もし次の子がダウン症だったらどうなるかと考えると軽々に踏み切れません。

同じ考えの人は多いのではないでしょうかね。とすると、この検査はたった20万円のコストで少子化をある程度軽減することができるのではないでしょうか。個人的にもこの検査には興味があります。異常があった場合に産婦人科が中絶を受け入れてくれるかが問題ですが。
Posted by ジョン・ヘンリー at 2012年08月31日 04:42
提言そのものには全面的に賛成。至極まっとうな方策だと思います。

ただ、検査の公費負担の根拠を「社会的費用負担の軽減」に求めるのはどうでしょうかね。そういう論理構成だと、必然的に検査の「推奨」→中絶の「推奨」ということになってしまう。管理人さんの意図がそうでないことはわかりますが、

「税金使って検査してやったのに産みやがって。あとは自己責任だからな。扶養の公費負担? 冗談じゃない。わかってやったくせに。」

という下品な知事があちこちに出てくることは、まぁ火を見るより明らかです。

ここは、素直に

(1)妊娠中絶の決定権は親にある。
(2)先天性、後天性を問わず障害者にはその度合いに応じた公費扶養を提供する。
(3)実際に扶養に携わる親の判断を支援するため、出産年齢に応じ検査を公費負担する。

とした方がよいような気がしますね。

何にせよ、妊娠→出産→育児というハードルはもっと下げてあげないといけない。生めよ増やせよは論外だし生まない自由も尊重されるべきですが、その上で、やはり新しい生命、子どもというのはそれだけで価値があると思うのです。
Posted by 深海 誠 at 2012年08月31日 08:32
私も全面的に支持したい。
センシティブな問題に対して、批判を恐れない明確な意見表明で感心します。

Twitterの意見に対して1つだけ疑問。
「精度99%」って1%の人が間違ってダウン症と判断される、ってことじゃなくて、ダウン症を1%の確率で見逃すってことじゃないですか?
もしかしたら、間違う確率と見逃す確率を両方あわせているのかもしれませんが、健康な胎児が間違ってダウン症と判断される可能性は、0%ではないにしろ1%よりはずっと少ない値のはずです。
Posted by T.M. at 2012年08月31日 13:53
正確な検査が有れば、高齢出産を回避していた多くのカップルが出産にチャレンジできますね。生命として日の目を見ずに終わっていた生殖細胞が、おかげで誕生できると考えると、プラス面の方が大きいと考えます。
Posted by MSどす at 2012年09月02日 13:32
読売の社説が嘘を書いている。以下、引用。
 ──
 《 出生前診断 「命の選別」助長せぬルールを 》
 ダウン症は知的障害や心疾患を伴うことが多い反面、医療や教育体制が整備され、多くの人は健やかに日常生活を送っている。

 http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120908-OYT1T01202.htm
 ──

 これは嘘だ。「医療や教育体制が整備され」ということはない。そのことは本項の本文で示した通り。
 なお、「多くの人は健やかに日常生活を送っている」というのは事実だが、それは親の犠牲の上に成り立っている。国の支援はまったく不足している。
 読売は保守主義らしく「中絶反対」なのだろう。しかし、中絶するかどうかは親の意思決定に委ねられる、というのが原則だ。今どき古臭い保守主義を唱えないでほしいものだ。
 それよりむしろ、「産まれてきたダウン症の子供の支援を拡充せよ」と唱えるべきなのだが、右翼の読売は決してそういうことを述べない。偉そうな顔して言っているが、実際には「福祉反対」が本音だ。

 ──

 なお、日本の福祉制度が貧困であることは、次のサイトからわかる。
 → http://www.downdiswalk.com/jiritu/system.html
 → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E5%85%90%E7%AB%A5%E6%89%B6%E9%A4%8A%E6%89%8B%E5%BD%93

 最も重い障害の場合でさえ、月にたったの5万円の支給でしかない。(これでは介護者を雇った場合には大幅な赤字となる。)
 普通に動けるぐらいのダウン症の患者では、手当てなしで、交通料金の割引ぐらいしか援助を受けられない。
 ま、実質的には「援助なし」と思った方がいい。それが日本の現状だ。特に、知的障害の場合には援助が貧困であり、親がどれほど精神的に負担を強いられても、行政からの援助は期待できない。
 読売の謝せツンはそういう認識がなく、勝手に勘違いして楽観している。嘘八百。
Posted by 管理人 at 2012年09月09日 11:56
朝日新聞 2012-09-30 から、情報を示す。
 ( http://digital.asahi.com/articles/TKY201209290430.html
 ──
 妊婦の血漿中には10〜15%ほど、胎児のDNAの断片が混ざっている。胎児のDNAの量のわずかな違いを判定できる。

 子どもがダウン症だった場合、ダウン症と判定できる精度は99.1%だった。反対に、ダウン症でないのに、ダウン症と判定してしまった率は0.1%以下だった。

 ダウン症の診断には、おなかに針を刺して羊水を調べる検査があるが、これだと流産の可能性がある。

 検査について各国の指針……
 国が政策や勧告として全妊婦に提供:イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スイス、デンマーク
 学界が全妊婦への提供を韓国:米国
(※ 欧州は2004年)
Posted by 管理人 at 2012年09月30日 08:53
私は現在妊娠12週目の妊婦です。30代前半です。
次回の検診時に検査を行い、胎児の染色体異常が発覚したら堕胎する覚悟でおり、
ダウン症について検索している際にこちらにたどり着きました。

私は妊婦でありながら、こちらの書き込みに全面的に同意します。
実は、検査を受けると表明した段階で、周囲からはある種「冷たい人」という扱いを受け、困惑しておりました。
(理解ある方は理解してくださいます)

ダウン症の方一人を一年間ケアするのに数百万円かかると言われており、
多くは公費から捻出されるようですが、それでも親の持ち出しも多くケアは決して充分ではない。
それ以上に、現実的におもに母親が、周囲の無理解や好奇の目に耐えねばなりません。
そのストレスはお金でどうにかできるものではなく、子供が天寿を全うするまで数十年続きます。

にも関わらず、「人道上の理由から」理由ある堕胎へすらも無理解な方が多いのが現実です。
自称「博愛主義者」に溢れる方の中のどれだけが、現在いらっしゃる障害者の方に関心をもち続け「人道的な」ケアをし続けていらっしゃるんですかね。
検査に反対の方は、一過性の博愛でその場を取り繕っているようにしか感じられません。

検査には数十万円かかるようですが、将来的に世間から受けるであろう非人道的な扱いと、
養育・療育のためのランニングコストを天秤にかけると、胎児の段階でふるいにかけるのがベストだと考えております。

ただし、検査費用の援助額を年齢により変化させるアイデアは、
年齢に関係なく一律にすべきと私は思います。
年齢により確率の変動があるのは事実ですが、親にとっては、その子のその事案がすべてになってしまうからです。
決して無駄遣いではないと思います。

現状いる方のケアを手厚くし、今後は、なるたけ福祉の必要のない個体を増やす方向にシフトする。
これは差別ではないと思います。
Posted by 通りすがりの妊婦 at 2014年04月28日 02:48
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