2012年08月29日

《 お知らせ 》

 前に書いた
  知的な書評ブログ: 「銃・病原菌・鉄」への私見2
 という項目の最後に、少し加筆しました。 その箇所を、下記に転載します。
 ──
 
 【 追記 】
 「スペイン人が征服できたことには、鉄が重要だった」
 というのが著者の説だ。一方、私の説は、
 「そもそもインカ人は戦争という概念がなかった。もし戦争をしていたら(原住民の側に戦う意思があったなら)、168人いる鉄の軍団は、8万人の原住民に、あっさり負けていただろう」
 というものだ。
 このどちらが正しいかは、自明の理だと思えるが、実際に歴史上でそのことが証明されていた。それは(世界一周の)マゼランがフィリピンに達したときだ。彼はそこで鉄の軍団で圧倒的多数の原住民を支配しようとした。「スペイン人もできたのだから、われわれだってできるぞ!」と。しかるに、フィリピンにいる相手は、戦う意思をもっていた。そこが決定的に異なった。その結果は? フィリピン人の圧勝だった。マゼランはその地で殺された。以下、Wikipedia から引用しよう。
 ラプ=ラプ王は……マゼランの49人に対して1500人の軍勢を配置していた。しかしマゼランは圧倒的に多数の敵を前にして部下に、
 「あのエルナン・コルテス隊長がユカタン地方で、200人のエスパニャ人でもって、しばしば20万、30万の住民たちを打ち破ったということを我々が耳にしたのはつい最近のことではないか」
 と演説し、寡兵にも関わらず戦闘に突入。しかし、30倍の数の敵に対しマゼランの兵はやがて敗走。多勢のラプ=ラプ王の兵の竹槍はマゼラン達の甲冑に通じず戦いは1時間に及んだが、ラプ=ラプ勢は防具をつけていない足に攻撃を集中し始め、遂にマゼランは戦死する。
 確かに鉄は有効だった。だが、竹槍しかない原住民でさえ、戦う意思があれば、49人に対して1500人という量によって圧倒できるのだ。まして、168人に対して、8万人の人員があれば、圧倒できただろう。
 以上のことから、インカ帝国を征服できた理由は、「鉄」ではなかった、とわかる。基本的には、インカ帝国には「戦う」という概念がなかったことが理由なのである。
( ※ その証拠が、戦う意思のある相手に殺されたマゼランだ。マゼランが死んだのは、「銃・病原菌・鉄」の著者と同じ思想を持っていたからなのだ。)
posted by 管理人 at 19:47 | Comment(0) |  ごみ箱 | 更新情報をチェックする
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