2012年08月25日

◆ 原人との混血はあったか?

 原人(ホモ・エレクトス)との混血はあっただろうか? ネアンデルタール人との混血があったとすれば、原人との混血もあったはずだ。 ──
 
 「原人との混血があった」と主張すると、「馬鹿な。ありえない。トンデモだ!」と思う人が大半だろう。
 しかし、「ネアンデルタール人との混血があった」とすれば、「原人との混血があった」という結論になる。

 ※ 論理的には、「偽 ならば 偽」という命題は真だ。
   例。 「1=0 ならば 2=3」という命題は真である。

 ──
 
 「ネアンデルタール人との混血があったとすれば、原人との混血もあったはずだ」
 このことを、以下で証明する。

 まず、普通の進化論では、次のことが成立するはずだ。
 「ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは、共通祖先を持つ」

 
 ここで、共通祖先は、ネアンデルタール人ともホモ・サピエンスとも、近縁である。一方、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスとは、遺伝子的には距離が2倍もある。

bunki.gif

    共通祖先とネアンデルタール人は、近い。
    共通祖先とホモ・サピエンスは、近い。
    ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、遠い。
    (共通祖先を経由する分、2倍の距離。)


 これは前項で示したのと同じ図だ。
 ここでは、ホモ・サピエンスから見て、ネアンデルタール人よりも、共通祖先との距離の方が、ずっと短い。(近縁である。)
 ゆえに、次の結論が出る。
 「ネアンデルタール人との混血が可能であるならば、より近縁である共通祖先とも混血可能である」 ……(*

 これは論理的に絶対に正しい。間違いはありえない。
 ( ※ ただし  型の分岐をする、という図式を前提とした場合。)

 一方、進化論の常識では、次のことが成立するはずだ。
 「(ネアンデルタール人とホモ・サピエンスとの)共通祖先は、ホモ・エレクトス(ハイデルベルク人)である」
……(**
 これは、次の図で示されることが多い。( → 出典

rhodesi.png
図の解説はフランス語版 Wikipedia

 こうして、(*)(**)という二つの結論を得た。
 再掲しよう。
 「ネアンデルタール人との混血が可能であるならば、より近縁である共通祖先とも混血可能である」 ……(*
 「(ネアンデルタール人とホモ・サピエンスとの)共通祖先は、ホモ・エレクトス(ハイデルベルク人)である」……(**

 この二つから、三段論法で、次の結論を得る。
 「ネアンデルタール人との混血が可能であるならば、より近縁であるホモ・エレクトス(ハイデルベルク人)とも混血可能である」
 簡単に表現すると、次のようになる。
 「ネアンデルタール人との混血が可能であるならば、原人とも混血可能である」
 ……(***

 こうして、「原人との混血もあったはずだ」という冒頭の結論が得られた。
 



 とはいえ、「原人との混血もあったはずだ」という冒頭の結論は、明らかに偽である。ホモ・サピエンスと原人との混血が、あったはずがない。そのことは、原人の化石を見れば、一目瞭然だ。

heider.jpg
ハイデルベルク人の一種であるホモ・
ローデシエンシスの化石( replica )
→ 写真の出典 

 
 上の写真を見ればわかるが、あまりにも原始的であり、ほとんど猿のようですらある。ホモ・サピエンスからは、あまりにも遠い。これとホモ・サピエンスが混血したはずがない。仮に交雑しても、流産してしまうはずで、個体が誕生することはないだろう。(たとえば脳の形成に失敗するので、個体発生の途中で胚が崩壊する。遺伝子的に距離が遠いと、そうなるものだ。)
  
 結局、「原人との混血もあったはずだ」という冒頭の結論は、明らかに偽である。にもかかわらず、(***)という結論を得た。これをどう解釈すればいいか?

 それは、論理学を知れば、簡単だ。背理法を取ればいい。
  ・ 「AならばB」という文全体は真である。
  ・ Bは偽である。
  ・ Aを真だと見なすと、矛盾が生じる。
  ・ ゆえにAは偽である。
 こうして、「Aは偽である」という結論が得られる。
 つまり、「ネアンデルタール人との混血が可能であるならば、原人とも混血可能である」という文において、「ネアンデルタール人との混血が可能である」という前件が偽であるわけだ。

 ──

 ただし、話はもうちょっと複雑だ。実は、前件は「ネアンデルタール人との混血が可能である」だけでなく、もう一つあるからだ。つまり、次のことだ。
 「ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の共通祖先は、ホモ・エレクトス(ハイデルベルク人)である」

 つまり、前件(A)は、次の二つである。
  ・ 「ネアンデルタール人との混血が可能である」
  ・ 「ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の共通祖先は、ホモ・エレクトス(ハイデルベルク人)である」

 
 この二つがともに成立すると矛盾が生じる、というのが、本項で述べたことだ。
 とはいえ、そのことは、あまり問題ではない。どっちみち、普通の進化論では、その二つが真だと見なされているからだ。だから、どっちみち、普通の進化論は崩壊する。

 では、二つの前件のうち、どちらが間違いか? (論理的には)どちらが間違いであってもいいのだが、実を言うと、どちらも間違いだ。正しくは、次のことだ。
  ・ 「ネアンデルタール人との混血は可能でない
  ・ 「ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の共通祖先は、原ネアンデルタール人であって、ホモ・エレクトス(ハイデルベルク人)ではない。」


 こうして、何が間違いで、何が正しいかが、説明された。

 ──

 まとめ。

 次の二つの前提を取る。
  ・ ネアンデルタール人との混血は可能だった 
  ・ 共通祖先はホモ・エレクトスだった。
 この二つの前提から、次の結論が得られる。
 「ホモ・サピエンスはホモ・エレクトスと混血可能だった」
 しかしこの結論は成立しない。ゆえに、上の二つの前提の少なくとも一方は偽である。二つのうち、後者が真だとすれば、前者が偽である。つまり、ネアンデルタール人との混血は可能でなかった。



 [ 付記 ]
 「原ネアンデルタール人」は、次の図で示される。


 ━┳━ ホモ・エレクトス(ハイデルベルク人)
  ┗━ 原ネアンデルタール人 ━┳━ ネアンデルタール人
                 ┗━ ホモ・サピエンス


 解説は下記で。
  → デニソワ人・ネアンデルタール人との混血 2
posted by 管理人 at 09:28| Comment(11) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
専門外の素人が学会の常識とされる定説に反する論理を掲げるとはけしからん。これらの文献を読め。そして専門家集団がどの様に考えてきたのかを考察し、それを基に反論せよ。となるんでしょうか。
その場合、コメント者による引用文献の短い要約を期待します。長文コメントを記載し、それを理解せよというのは読者の立場から勘弁願います。
今回の仮説も、専門家による事実からの考察が、誤解である可能性を指摘しているのであり、早々に何らかの形で発表しないと、他者が発表すると「後の祭り」になります。
だから管理人殿は自らのサイトで自らの意見を発表しているのであり、それを他人が妨害する事は赦されざる行為と考えられます。
Posted by 京都の人 at 2012年08月25日 16:23
> ゆえに、次の結論が出る。
> 「ネアンデルタール人との混血が可能であるならば、より近縁である共通祖先とも混血可能である」 ……(*)
> これは論理的に絶対に正しい。間違いはありえない。
 
残念ながら遺伝的な近縁度と交雑可能かどうかは必ずしも一致しません
 
生殖的な隔離障壁に関与する遺伝子には様々なものが存在しますが,
http://www.hokudai.ac.jp/fsc/usujiri/chapter1.pdf
例えば,下の分岐図で地域の地域集団Aで生殖隔離に関与する突然変異が生じた場合,
AはBCDとは交雑不可能になり生物学的種として別種になります
   ┏━━━━━━━━A
   ┃  ↑                
  ┏┫ 生殖隔離
  ┃┗━━━━━━━━B
 ┏┫
 ┃┃
━┫┗━━━━━━━━━C
 ┃
 ┃
 ┗━━━━━━━━━━D
しかし,BがAと分岐したのはCやDよりも最近ですから,
遺伝的な近縁度でいえば,Bは交雑可能であるCやDよりもAに近縁となります
分岐学に対する批判として有名な「種が側系統になりうる」というものです
 
>種が側系統になりうること
>分類学の基本単位である「種」が側系統になる場合があるのに、側系統を認めない分岐分類学は
>矛盾を孕んでいるという批判がある[1]。
>この点に対する反論としては、種階級は特別とし、その単系統性は考慮しないとする考え方がある。

>1^ 『動物分類学の論理』p.142
http://ja.wikipedia.org/wiki/分岐学
 
実際に,爆発的な種分化を起こしているヴィクトリア湖産シクリッドにおいては
「種間の遺伝的距離はゼロである」という研究もありますね

>A01:シクリッドの爆発的多様化の分子機構

>当研究室でも、このSINEを用いてヴィクトリア湖に生息するシクリッドの系統関係の解明
>を目指したが、得られた結論は中立的遺伝変異(レトロポゾンの挿入)の種内及び種間に
>おける多型であった。
>このことは、表現型としては非常にバラエティーに富んだ形態あるいは生態・行動を持つ
>ヴィクトリア湖産シクリッドの、そのゲノム構造は種間で比較するとほぼ同一でありお互い
>の遺伝的距離はゼロである、ということを意味している。
http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/f_tokutei/tokutei/studyA01.html
   
ちなみに,ホモ・エレクトスが現生人類やネアンデルタール人と交雑する場合は,
同時代に共存している集団でないと意味がないので(タイムマシンでも使わない限り共通祖先との交雑は不可能)
例えば,同時代に共存したアジアのホモ・エレクトスと現生人類の遺伝的距離は
ネアンデルタール人と現生人類よりも遠くなることはあり得ますね
    ┏━━━ネアンデルタール人
    ┃                  
  ┏━┫ 
  ┃ ┃
  ┃ ┗━━━現生人類
━━┫
  ┃
  ┗━━━━━ホモ・エレクトス(東アジア)
(上の分岐図は南堂さんが引用したフランス語版 Wikipediaの図と同じ形です)
 
また「アフリカでホモ・エレクトスから現生人類が分岐した直後の」アフリカのホモ・エレクトスは
アジアやヨーロッパのホモ・エレクトスよりも現生人類に遺伝的に近縁だったでしょう
(最初に例に挙げた集団BがCやDよりもAに近縁だったのと同じことです)
仮に,
「ホモ・エレクトスが互いに交雑可能でホモ・エレクトスと現生人類が交雑できなかった」
としても
それは遺伝的な距離と必ずしも一致していたとは限らないんですよ
Posted by shinok30 at 2012年08月26日 14:40
距離の大小だけじゃなくて、同じ経路を取っている、という点がポイントですね。
 A,B,Cがそちらの図のようにフォーク型にへ移行していれば、距離の大小と交雑の可能性は一致しないこともある。
 しかし本項の場合は、(一筆書きのような)途中経由型ですから、上記の例外は当てはまりません。

> それは遺伝的な距離と必ずしも一致していたとは限らないんですよ

 フォーク型の事例を元にして、一筆書き型の事例を説明することはできません。それじゃ説明になっていない。
Posted by 管理人 at 2012年08月26日 15:18
>しかし本項の場合は、(一筆書きのような)途中経由型ですから、上記の例外は当てはまりません。

「(一筆書きのような)途中経由型」とは何ですか?
実際の生物集団の進化において有効な説明なんですか?
Posted by shinok30 at 2012年08月26日 15:52
> 「(一筆書きのような)途中経由型」とは何ですか?

 本文中の図に  < 形の図があるでしょう? 右上から左へ行って右下まで、一筆書きで書けます。左は途中経由する。
 右下から右上に行くには、必ず左を途中経由しなくてはならない。数値的な距離の大小に関係なく、幾何学的に短い。つまり「絶対的に短い」わけ。位相幾何学の発想で理解するとわかる。
 これでもまだわからなければ、仕方ない。わからなくてもいいです。
Posted by 管理人 at 2012年08月26日 16:11
>本文中の図に  < 形の図があるでしょう? 右上から左へ行って右下まで、一筆書きで書けます。
>左は途中経由する。
> 右下から右上に行くには、必ず左を途中経由しなくてはならない。数値的な距離の大小に関係なく、
>幾何学的に短い。つまり「絶対的に短い」わけ。位相幾何学の発想で理解するとわかる。
>これでもまだわからなければ、仕方ない。わからなくてもいいです。
 
現実には時間は逆行できませんから,一筆書きは不可能です
時間はあくまでも共通祖先から子孫に向けて流れていきます
SFのアイデアならともかく,科学的な仮説の説明なんですから
Posted by shinok30 at 2012年08月26日 16:47
遺伝子の距離を見ているだけですから、時間は関係ありません。
 時間的に言うなら、原人と、ネアンデルタール人・ホモサピエンスとが共存していた時期は必ずあるはずです。さもなくば(人類のいない)空白時期ができてしまいますから。
 で、共存していたなら、交雑もあった、という結論になりそうです。実際、「ホモサピエンスとジャワ原人との共通遺伝子が見つかった」という研究報告もあるそうです。(非公認)
 → Wikipedia 「ジャワ原人」
Posted by 管理人 at 2012年08月26日 17:32
>遺伝子の距離を見ているだけですから、時間は関係ありません。
 
実際に同一時間に共存している集団について議論しているのであれば,
集団の分岐はshinok30書いたようなフォーク型?になるはずですし,
交雑可能かどうかは遺伝的な距離と一致するとは限りません
 
ホモ・エレクトスは現生人類やネアンデルタール人と共存したようですが,
現生人類やネアンデルタール人が生じた後のホモ・エレクトスという種は
おそらく側系統になっていて,
各地のホモ・エレクトス同士の遺伝的距離の方が
現生人類やネアンデルタール人との距離よりも大きくなっていたのではないかと思いますよ

例えば,
http://openblog.meblog.biz/article/3794684.html
でも,紹介したように,
ヒグマUrsus arctosの中に,他の地域のヒグマよりもホッキョクグマU. maritimus
集団に遺伝的に近縁な集団も含まれています
>Phylogeography of Mitochondrial DNA Variation in Brown Bears and Polar Bears
>Molecular Phylogenetics and Evolution
>Volume 15, Issue 2, May 2000, Pages 319-326
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1055790399907303 
>分岐学と進化分類学 投稿者:shinok30 投稿日:2009年 2月22日(日)15時36分14秒
http://6609.teacup.com/natrom/bbs/9671
 
同様に,アフリカのホモ・エレクトスの中には遺伝的に現生人類に近縁なものもいたでしょう
でも,そのことと実際に交雑したかどうかは別のことです
遺伝的に近くても(ヴィクトリア湖産シクリッド類のように遺伝的な距離がゼロであっても)
生殖隔離は生じ得ます
どの程度,交雑があったのか(あるいはなかったのか)は
一筆書きによる遺伝子の距離の比較ではなく,実際の証拠によって判断されるべきでしょう
そもそも,現生人類と共存したホモ・エレクトスと
「共通祖先とされるホモ・エレクトス」は集団としては別のものですし,
分岐図を一筆書きで理解することはできないのですから
Posted by shinok30 at 2012年08月26日 18:17
私の進化論に従えば、直系の先祖と子孫は、大きく隔たっていないはずです。「小進化の蓄積は大進化をもたらさない」というのが私の主張です。たとえば、現生人類は、20万年前から亜種レベルの違いしか生じていない、と考えます。ホモエレクトスも同様だったろう、と考えます。
 なお、本項は、「実際に交雑したかどうか」を結論するのではなく、「交雑可能だった」という結論を出します。(その上で「それはおかしい」と否定します。)
 私は別に「原人との交雑があった」と主張しているわけじゃないですよ。本項の結論は「ネアンデルタール人との交雑があるとすれば矛盾。ゆえにネアンデルタール人との交雑なし」です。これが結論。
 論理を見失わないでください。本項は論理ゲームであり、事実認識ではありません。

 ついでですけど、ホッキョクグマとヒグマは別の種とは見なされませんよ。交雑可能ですから。地理的隔離による亜種と見なすのが私の立場です。動物学者や分類学者は反対するだろうけど。
Posted by 管理人 at 2012年08月26日 19:24
読み返したら、性欲が満たせていないからこそ“(種の)交わり”があった事を想像し肯定したいと思えたから南堂さんの説に反論したかったのかなと思えました。

南堂さんがトバ・カタストロフの存在に否定的な事については「?」ですが……この辺は何故ですか?
Posted by ヒルネスキー at 2012年09月01日 17:30
「トバ・カタストロフ」でサイト内検索すれば一発でわかります。
Posted by 管理人 at 2012年09月01日 17:48
  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ