2012年08月02日

◆ 血縁淘汰説の解明?

 ハミルトンの血縁淘汰説を実証的に解明した、という研究報告がある。しかしこれは事実に対する解釈が間違っている。つまり、認識ミス。そのことを説明する。  ──
 
 ハミルトンの血縁淘汰説を実証的に解明した、という北大による研究報告がある。一カ月前に報道された。記事を引用しよう。
 生物の進化は、生存と繁殖に有利な個体が残り、不利な性質を持った個体は淘汰されていくはずなのだが、ダーウィンは「集団で社会を作る蜂や蟻のワーカーに見られる、自分では子を産まず女王のため、社会のために働くという性質が、なぜ自然選択により進化できたのかわからない。」という疑問を残してこの世を去った。
 その疑問を解明すべく、北海道大農学研究院の長谷川英祐准教授(進化生物学)らが「シオカワコハナバチ」を使って研究を進めたところ、子を産まずに巣の維持に専念するメスがいる方が、幼虫の生存率が大幅に上がることが判明した。
( → カラパイア
 もう少し長い説明もある。
 北海道大学(北大)は7月4日、社会を作るメスと単独で巣作りするメスが共存する「シオカワコハナバチ」で調べたところ、複数のメス(働き蜂)が協力すると幼虫の生存率が大幅に上昇し、働き蜂たちは自分の母親(女王蜂)を経由して、単独のメスよりも多く、自分のものに近い間接的な遺伝子を弟や妹蜂を経由して残せる確率が高いことが確認され、結果として協力の大きな利益により各個体が得をするので、社会が維持されることが明らかになったと発表した。
 進化生物学の開祖ダーウィンの自然選択説は、残す子供の数がより多くなる性質が進化することを予測している。しかしダーウィンは、社会を作る蜂や蟻のワーカーに見られる、自分で子を産まず女王のために働くという性質が、自らの子を産まないにも関わらず、なぜ自然選択により進化できたのかわからない、という疑問を残して世を去った。
 この疑問に対して、1964年にW.D.ハミルトンは、社会を作ると自分で子を産まなくても母親である女王の残す子供の数が増え、母親経由で弟妹に伝わるワーカーの遺伝子量が増えるからだという理論的な説明を与えているが、以来50年を経ようとする今も、実際の蜂・蟻で証明されたことはない。
 この問題は、ヒトの社会にまで共通する社会システムの進化機構の重要な未解明問題として、長い間検証が待たれていた。
 シオカワコハナバチは、ごく一部のメスが単独で巣作りすることを利用して、単独のメスと協力するメスの次世代への遺伝子伝達量を測って直接比較することが可能だ。そこで長谷川教授らは、シオカワコハナバチを用いて上記仮説の検証を行った。
 実験の結果、複数のメスが協力する巣では、幼虫の生存率が単独の巣より9倍ほど高いことが判明。そのような巣のメスは、多くの子を育てられることが明らかになったのである。
 単独の場合は、成虫がエサ集めに出かけている間は幼虫が補食されないように見張ることができず、幼虫の生存率が下がってしまうことが原因と推測された。
 母親と協力する娘は、幼虫(弟や妹)の高い生存率により、直接子供を産まないというコストを払うにも関わらず、単独で巣を営む同世代のメスよりも、母親経由で次の世代に伝わる遺伝子量を大幅に増やしているのである。
 中には、血縁関係のないメス同士が直接産んだ子を協力して育てることで、多くの子を残すことに成功している巣もあった。協力相手が非血縁者の場合は自分の子を残すことで直接遺伝子を伝え、母親と協力する場合は母親経由で間接的に遺伝子を伝えていることが明らかになり、社会構築には幼虫の生存率を大きく高める効果があり、それが各協力個体の利益を高めていることが示された。
 これらの結果から、Hamilton則が成立していることが証明され、社会構築の利益が還元されることで個々の利益が高まるが故に、自身の子をあきらめるというコストを払ってでも社会的協力が維持されることが明らかになったのだ。
( → マイナビニュース
 これを説明する図もある。
  → 図と説明

 ──

 さて。以上を評価するに当たって、基本的な事実がある。それは、次のことだ。
 「ハミルトンの説(血縁淘汰説)が間違っていることは、すでに証明されている」

 理由は後述するが、とにかく、ハミルトンの説(血縁淘汰説)は間違っている。そして、間違っている説を解明したとしたら、その解明自体がおかしいのである。(事実錯誤や認識ミスがある、ということ。)
 これが核心だ。

 ──

 そこで、
 「ハミルトンの説(血縁淘汰説)が間違っていることは、すでに証明されている」

 ということに話題が移るが、それは、以下のようにして説明される。
 ハミルトン説によると、こうだ。「子との血縁度が 50%で、妹との血縁度が 75%。ゆえに、妹との血縁度の方が高い。だから、働きバチは、子よりも妹の方を育てる。その方が血縁度が高いので、子孫を多く残せるからだ」
 ドーキンス説によると、こうだ。「子との血縁度が 50%で、妹との血縁度が 75%。ゆえに、妹との血縁度の方が高い。だから、働きバチは、子よりも妹の方を育てる。その方が血縁度が高いので、遺伝子をたくさん残せるからだ」

 しかし、これらの説は、間違いである。なぜか? そこでは「世代の違い」が認識されていないからだ。遺伝子を残すには、自分と同じ世代の個体を残しても意味がなく、自分の次の世代の個体を残す必要がある。(「残す」という言葉の意味からして、同じ世代のままでは「残す」ことにならない。比喩的に言うと、「今日のものを明日に残す」というのは意味があるが、「今日のものを今日に残す」というのは意味がない。)
 そして、妹経由の場合には、妹は自分と同世代だから、「残す」ことについて比較対象とならない。比較対象となるのは、(次の世代である)子と同世代である「妹の子」つまり「姪」である。そして、姪の血縁度は 75%の 50%、つまり、37.5%である。これは、子の血縁度の 50%よりも低い。結局、妹経由で姪の遺伝子を残した場合、血縁度は 37.5%となるので、子に遺伝子を残す場合よりも、遺伝子は少ししか残らないのだ。かくて、ハミルトン説やドーキンス説は破綻する。
 このことは、前に「ミツバチとリカオン」という項目で、次のように述べた。
 ドーキンスは、どこをどう勘違いしたのか?
 彼は、「ミツバチが何かを育てる」という行動を見て、
 「ミツバチは自分の子を育てるかわりに、自分の妹を育てる」
 と認識した。(ここまでは正しい。)
 そのあと、この行動を説明しようとして、
 「自分の子を育てるよりも、自分の妹を育てる方が、遺伝子を多く残せる」
 と結論した。これは間違いだ。真でなく偽だというより、真にも偽にもならないような、トンチンカンな論理だ。見当違いと言える。
 なぜなら、「遺伝子を残す」という点で考えるなら、世代ごとに考える必要があるからだ。自分の妹をいくら増やしても、自分と同世代だから、自分の次世代を残すことにはならない。同じ世代では、「残す」ということが成立しないのだ。
 「残す」ということを成立させるには、自分の次世代に着目する必要がある。すると、次の図式が成立する。(数値は血縁度)

  現世代: 自分(100%) : 妹(75%) 
  次世代:  子 (50%)  : 姪(37%) 

 つまり、次世代で見るなら、自分の子は 50%なのに、姪は 37% だ。だから、妹経由で姪を残すのは、直接 自分の子を産むよりも、自分の遺伝子を多く残せない。つまり、ドーキンスの説は成立しない。
 というわけで、ハミルトン説・ドーキンス説は、間違いである。すでに証明済みだ。なのに、間違った説を実証してしまったとしたら、そのような研究はどこかが間違っていることになる。観察した事実そのものは間違いではないとしても、事実への解釈(認識)が間違っていることになる。
 
 ──

 では、どこをどう間違えたのか? 
 そのことは、次の箇所を読めばわかる。(再掲)
 実験の結果、複数のメスが協力する巣では、幼虫の生存率が単独の巣より9倍ほど高いことが判明。そのような巣のメスは、多くの子を育てられることが明らかになったのである。
 単独の場合は、成虫がエサ集めに出かけている間は幼虫が補食されないように見張ることができず、幼虫の生存率が下がってしまうことが原因と推測された。
 母親と協力する娘は、幼虫(弟や妹)の高い生存率により、直接子供を産まないというコストを払うにも関わらず、単独で巣を営む同世代のメスよりも、母親経由で次の世代に伝わる遺伝子量を大幅に増やしているのである。
 ここで観察されたことは何か? 次のことだ。
 「社会性のある個体群は、単独の個体よりも、遺伝子を多く残せる」

 
 このことが意味するのは、次のことである。
 「この生物において、社会性があるという形質は、自然選択で有利な形質である(遺伝子を多く残せる)」
  ……(*
 これはただの自然淘汰説である。ただし、ダーウィンの場合とは違って、個体間で競争があるのではなく、集合間で競争がある。
  ・ 社会性のある個体の集合
  ・ 社会性のない個体の集合(バラバラな個体群)

 この二種類が競争するわけだ。(個体同士で競争するのではなく。)
 このことはちょっと不自然に見えるかもしれないが、不自然ではない。ダーウィンのときには「個体淘汰説」が取られたが、今の主流は「遺伝子淘汰説」(遺伝子集合淘汰説)である。そして、遺伝子淘汰説では、
  ・ その形質をもつ遺伝子
  ・ その形質をもたない遺伝子(対立遺伝子)

 が競争する。だから、先のように、社会性という形質の有無で集合間に競争があるとしても、少しもおかしなところはない。

 ともあれ、以上のようなわけで、この研究報告が示したのは、(*) ということである。

 ──

 ここで、注意。(*)のことは、ハミルトン説とは何の関係もないのだ!
 ハミルトン説を証明するとしたら、次のことを証明しなくてはならない。
 「姪の血縁度は 37.5%で、子の血縁度の 50%よりも高い」
 つまり、
    37.5 > 50
 という不等式を証明しなくてはならない。( 75 と 50 を比較する、というハミルトン流は駄目だ、とすでに示したとおり。)
 そして、上の不等式は、絶対に証明されない。小学生でもわかることだ。というわけで、どんなに事実を観察しても、ハミルトン説を証明することはできないのだ。

 もう少し正確に言おう。研究報告は、次のように書く。
 「単独で巣を営む同世代のメスよりも、母親経由で次の世代に伝わる遺伝子量を大幅に増やしているのである。
 しかしそれは、ハミルトン説ではない。「環境で有利だから遺伝子の数を増やす」というのは、ダーウィン説であり、ハミルトン説ではない。ハミルトン説が示しているのは、「妹経由の方が血縁度が高いから、妹経由の形質を取る」ということだ。つまり、
       37.5 < 50
 という事実があるときに、これを
       75  > 50
 だと誤認して、
 「妹経由の方が血縁度が高いから、妹経由の道を選ぶ」
 というふうに結論している。本当は、
 「妹経由の方が血縁度が低いのだが、妹経由の道を選ぶ」
 というのが真実なのだが。

 ──

 では、今回の実験は、かわりに何を解明したか? もちろん、上記の (*) のことだ。
 つまり、
 「妹経由の方が血縁度が低いのだが、妹経由の道を選ぶ」
 ということに対して、理由を与えているわけだ。次のように。
 「妹経由の方が血縁度が低いのだが、残る個体の総数が多いので、血縁度が低くとも、妹経由の道を選ぶ」

 だから、今回の研究報告が何かを解明しているとしたら、「ハミルトン説が正しいこと」ではなくて、「ハミルトン説が間違っていること」(かわりに自然淘汰説が正しいこと)を解明しているのである。そう理解すれば、今回の研究報告は意義がある。
 一方、「ハミルトン説が正しいこと」を解明した、と思うのであれば、「壮大な勘違いをしているね」と評するしかない。

 ──

 結局、今回の研究報告は、自分が見出したものを、勘違いしてしまったのだ。彼らは「この生物種では社会性が有利だ」という事実を観察したのだが、どういうわけか論理が狂って、「ハミルトン説は正しい」という事実を観察したと勘違いしてしまったのだ。
 それが今回の顛末(てんまつ)である。



 [ 付記 ]
 話は以上で済んでいるのだが、それだけでは詰まらないので、もうちょっと解説を加えておこう。

 シオカワコハナバチでは、巣作りの際、単独行動をする個体と、集団行動をする個体との、二種類がある。「これは比較に便利だ! われ見つけたり! ユーレカ!」と大喜びして、研究をしたのだろう。しかし、勘違いだ。
 ここで比較されるのは、「単独の巣作り行動」と「集団の巣作り行動」という、二つの形質だ。これは、「シオカワコハナバチが不妊であること」の説明にはなっていない。
 ハミルトン説では、「妹育ての方が有利だから、妹育ての形質が残り、子育ての形質が消えた」という形で、不妊という形質が備わったことを説明している。
 一方、今回の研究報告で説明されているのは、「不妊である場合に、単独の巣作りでなく、集団の巣作りをする」ということの理由だ。ここでは「不妊であること」は説明されていない。ゆえに、一番肝心なことは説明されていない。
 今回の研究報告に似ているのは、リカオンの例だ。リカオンならば、「単独の繁殖行動でなく、集団の繁殖行動を取る」という形質があり、そのことが「社会性がある方が有利だから」というふうに説明される。その点では、今回の研究報告によく似ている。
 一方、ハミルトン説は、不妊という形質が備わったことを説明しようとしているのだから、「不妊を前提とした上で行動の種類を決める」という今回の研究報告はまったく別の話である。

( ※ 「真社会性」という用語を参照。生物における社会性の問題を扱うならば、「不妊」という問題を扱う必要がある。そのことを理解していない[不妊の理由を説明しようともしていない]という点で、この研究報告は生物学的な知識が不足している。)

 「不妊」ということが重要だ、という点については、下記項目で説明してある。
  → 血縁淘汰説 [ 核心 ]



  【 関連項目 】
 (1)
 ハミルトン説が間違っていることの説明。より詳しい説明もある。
  → [補説] ミツバチの利他的行動 3
 
 なお、これはシリーズなので、前後の項目を読むことで、ミツバチなどが不妊であることの理由もわかる。その本当の理由は、ハミルトン説とはまったく関係のない原理だ。
  
 (2)
 ハミルトンの説がいかにおかしいかを示すために、「血縁度」という概念がおかしいことを説明する。
  → 自分の遺伝子 3 (関連)
  「二人の兄弟または八人の従兄弟のためであれば、私は自分の命を犠牲にしてもいい」
 という珍説について説明している。
 これを読めば、「血縁度」という概念がいかに馬鹿げているか、よく理解できるだろう。
posted by 管理人 at 19:08| Comment(5) |  生命とは何か | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
獲得形質が遺伝しないという通説(定説?)に従うと結局生き残りやすい系統が生き残っているだけとなってしまうのでここらを深く考えてもしょうがない気もしてしまいますけどね(^^;。
どんな変な行動パターンを持っていてもそれが結果生き残りやすかったら生き残ってしまうのだし。
Posted by K at 2012年08月02日 20:23
> 結局生き残りやすい系統が生き残っているだけとなってしまう

 それは自然淘汰説なので、それを素直に信じていれば、何も問題はない。それ以上は何も考えなければいい。その方がマシ。
 ところが、下手な考え休むに如かずで、ハミルトンが変なことを考え出したから、おかしなことになる。
 「二人の兄弟または八人の従兄弟のためであれば、私は自分の命を犠牲にしてもいい」という珍説まで生じる。
  → http://openblog.meblog.biz/article/430651.html
Posted by 管理人 at 2012年08月02日 20:42
獲得形質が遺伝しないということは遺伝子レベルでの変化は突発的な突然変異だけ(?)と素朴に考えるとなりそうです。
すると、「二人の兄弟または八人の従兄弟のためであれば、私は自分の命を犠牲にしてもいい」というような変な思考(?)を持ちやすい突然変異が生じたとして、その種が生き残りやすいなら結果として生き残ってしまうのではないかということです。
個体が自分の遺伝子が濃くなるように行動パターンを決めるはずで甥や姪は子供より遺伝子が薄いから矛盾(?)しているというように考える必然性はなくなるのではないかという疑問が湧いてくるということです。

ゆえにハミルトンの説が正しいというつもりは毛頭ありませんが、否定するのも成り立つの?・・という疑問が湧いてきます。

読み方も十分じゃないので変なことを言っていたらすみません。
Posted by K at 2012年08月03日 19:49
幼虫の生存率は上がるのでしょうが、成虫1匹当たりの幼虫数
 生き残った幼虫の数÷子育てに参加した数
が気になります。

生存率が9倍で産む卵の数が同数なら子育てに参加する娘は9匹未満でないと単独の方が有利になりますが。
Posted by linu at 2012年08月04日 04:43
linu さんのコメントに示唆されて、次項の 【 追記 】 を書きました。
Posted by 管理人 at 2012年08月04日 05:59
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