2012年06月15日

◆ 外向的な知力/内向的な知力

 入学試験では、勉学の学力を測るが、それだけでは十分ではないようだ。プレゼンの能力も大切らしい。そこで、知力とは何かを、考えてみる。 ──

 まずは、話のとっかかりとして、次の新聞記事(紙の新聞)を示す。
《 都立高推薦入試、集団討論導入 》
 東京都教育委員会は14日、都立高校推薦入試に、受験生による「集団討論」を導入する方針を決めた。
 集団討論は5人程度のグループごとに行う。試験官が司会役を務め、受験生はあるテーマについて一人ずつ意見を述べ、その後、他の受験生の意見も踏まえて、再び自分の考えを語る。ディベートのように意見を戦わせることはしない。
 都教委は、「他人の話を正しく理解する力や、自分の意見を明確に伝える表現力を評価する」としている。
 推薦入試では平均で配点の7割を占めている内申書の比重を5割以下にし、残りは集団討論や個人面接、小論文・作文の成績で判断する。
 推薦入試は、入学者全体の26%を占めている。
 だが、「合格基準が曖昧」などの批判があり、全国的に見直しや廃止の動きが出ている。埼玉、千葉・神奈川は、すでに廃止したか廃止の予定。
( → 2012年6月14日・夕刊 読売新聞
 ここでは、集団における意見発表の能力を見るわけだ。いわば、プレゼン能力である。自分のいかに強く他人に訴えるか、という能力を見る。「小論文」の口頭版みたいなものだ。
 しかし、このような能力によって優劣を決めるとしたら、アインシュタインのような性格の人は、間違いなく落第するだろう。
 そして、そういう難点があるとわかっているからこそ、推薦入試の比率を縮小したり、全面的に廃止する動きが出ているわけだ。
 ところが東京都に限っては、その反対に、推薦入試を強化しようとしている。(内申書の比率をいっそう下げようとしている。)

 ──

 だが、以上は、話の取っかかりだ。東京都が推薦入試をどうしようと、私の知ったことではない。それで東京都の生徒はひどい目に遭うだろうが、それは本項の話題ではない。

 ここで、プレゼンというものについて考えてみよう。
 プレゼンというと、TED というのが有名だ。「学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう」とのことだ。
  → Wikipedia

 その動画も公開されている。
  → TED 英語版

 これは、音声版であり、英語のスピーチのヒアリングの練習になるとして有名だ。ただ、日本語の字幕が付いているものもある。使い方は簡単だ。
  → 日本語字幕の設定方法

 さらには、日本語字幕のあるものだけを抽出したページもある。
  → TED 日本語版

 ここでは、タイトルを日本語で検索することはできず、英語で検索することしかできないのだが、それなりに日本人向けになっている。

 この TED の内容は、実に充実していて、あちこちで話題になっている。

  → NHKが厳選。15本。
  → TEDのプレゼン10選

 ──

 さて。以上で TED を紹介したわけだが、そのうち、次の一本が興味深い。実に素晴らしい。
  → スーザン・ケイン「内向的な人が秘めている力」
    ( ※ 日本語字幕を表示させるには、下方の ▼ を
        クリックして、 Japanese を選択する。)

 
 このプレゼンは、何を言っているか? 「すばらしいプレゼンの仕方」を述べているのか? いや、その逆だ。彼女が述べているのは、次のことだ。
 「プレゼンするとか、他人にアピールするとか、そういう行動は、外向的な人が得意なものだ。しかし、外向的であることが大切だとは言えない。思考するためには、内向的であることがとても大切である。歴史上の偉人は、内向的な性格であることが多かった。他人とペチャクチャ語ることで思考するのではなく、一人で孤独で沈思黙考することで思考を育てたのだ。今の米国では、外向的であることが大切だとされ、内向的であることは軽視される。しかし、内向的であることは、とても大切なことなのだ」


 上の文章は、あまりにも短いので、是非とも原文を見てほしい。とても有意義な話がある。

 ──

 ここで、話は初めに戻る。
 都立校の入試では、「集団における知識交換の能力」のような、外向的な知力を重視する。それはたしかに、学力とは別の意味で、大切な知力だろう。
 しかし、それを重視して合格にするのは、あくまでもごく一部にするべきだ。たとえば、全体の5%程度。なのに東京都は、全体の26%も、この方式で合否を決めようとする。
 だが、大切なのは、外向的な知力ではない。「沈思黙考する」という、内向的な知力だ。もちろん、彼女(スーザン)が語っているように、その両方の能力が大切だが、外向的な知力ばかりを優先する方針を示すと、生徒たちの学力形成を歪めてしまう。
 私の判断を言うなら、内向的な知力としての「小論文」を2割、外向的な知力としての「集団討論」を1割、内申書を7割、というぐらいの比率が妥当だと思う。そしてまた、推薦入試で取る枠は、全体の1割以下が妥当であると思う。

 ──

 ただ、推薦入試をどうするか、というのは、本項の主題ではない。本項の主題は、次のことだ。
 「集団討論のような、外向的な知力よりも、一人で沈思黙考するような、内向的な知力こそが大切だ。人と人とで会議しながら意見を集約していくことよりも、一人で黙ってじっくり考えることの方が大切だ。その意味で、外向的な知力や性格ばかりを重視して、内向的な知力や性格を軽視する世間は、判断基準が妥当でない」


 そして、そういう世間に警鐘を鳴らした上のプレゼンは、とても有意義である。このプレゼンを見ながら、「外向的/内向的」ということについて、(内向的に)じっくりと考えてみるといいだろう。そしてまた、そのことについて、(外向的に)人々の間で集団討論してもいい。
 外向的であることと、内向的であることは、ともに大切だ。そのうちの前者だけを重視するような世間の判断の歪みを、理解しておくといいだろう。上のプレゼンを見ることで。



 【 関連項目 】

 → nando ブログ 「なぜ言語力が重要か?」
  ※ 言語力は、自分自身との対話のために重要だ。
 
 → nando ブログ 「考える力」
  ※ プレゼン能力は大切だが、そこで本質的なのは、プレゼンの表現技術ではなくて、物事の核心を的確に表現することだ。
 


 【 関連サイト 】

 → プレゼンをするときに気をつけたい8つのことがら
  ※ 初歩中の初歩。こんなのをありがたがって読んでいるようでは、お先は真っ暗かも。

 → 同上の はてなブックマーク
  ※ 1182人がブックマークしている。大人気。 (^^);
posted by 管理人 at 19:35 | Comment(3) | 一般(雑学)1 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
新聞報道によると、国会事故調では、委員長が一人で仕切っており、他の委員は異を唱えたりすることがないそうだ。
 で、委員の一人には、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんも含まれているそうだ。

 ──

 どうやら、内向的な人ばかり、集めたようだ。で、委員長が外向的で、一人で委員会を振り回す。
 こういうところでは、内向的な人というのは、困りものかもしれない。委員会というのは、外向的な知力の使われる場なんだから、内向的な人ばかりでは、委員会がまともに機能しなくなる。

 もっとも、わざとそうしたのかもしれないけど。悪のたくらみ。(田中さんは利用されてしまったか。)
Posted by 管理人 at 2012年06月15日 22:15
入試の選考については、次のページが参考になる。
 「ハーバードはどうしてホームレス高校生を何人も合格させるのか? 」
 http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2012/06/post-445.php

 高校の体制については、このページにこう書いてある。
> 高校から「生徒と用務員の二重在籍」を認めるという特例を受けて、放課後は校舎の掃除をして生活費を得て、勉強に打ち込んだのだそうです。
Posted by 管理人 at 2012年06月16日 09:52
すごく考えさせられますね。いかに普段何気なく思っていることが、実際と食い違っていることがあるかということがわかります。教育という未来を担う人材を育てる場所においてもいろいろとすれ違いがあることは、問題と考えずにはいられません。また勉強させて頂きます。ありがとうございます。
Posted by 太陽光 at 2012年06月24日 12:21
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