まずは、話のとっかかりとして、次の新聞記事(紙の新聞)を示す。
《 都立高推薦入試、集団討論導入 》ここでは、集団における意見発表の能力を見るわけだ。いわば、プレゼン能力である。自分のいかに強く他人に訴えるか、という能力を見る。「小論文」の口頭版みたいなものだ。
東京都教育委員会は14日、都立高校推薦入試に、受験生による「集団討論」を導入する方針を決めた。
集団討論は5人程度のグループごとに行う。試験官が司会役を務め、受験生はあるテーマについて一人ずつ意見を述べ、その後、他の受験生の意見も踏まえて、再び自分の考えを語る。ディベートのように意見を戦わせることはしない。
都教委は、「他人の話を正しく理解する力や、自分の意見を明確に伝える表現力を評価する」としている。
推薦入試では平均で配点の7割を占めている内申書の比重を5割以下にし、残りは集団討論や個人面接、小論文・作文の成績で判断する。
推薦入試は、入学者全体の26%を占めている。
だが、「合格基準が曖昧」などの批判があり、全国的に見直しや廃止の動きが出ている。埼玉、千葉・神奈川は、すでに廃止したか廃止の予定。
( → 2012年6月14日・夕刊 読売新聞 )
しかし、このような能力によって優劣を決めるとしたら、アインシュタインのような性格の人は、間違いなく落第するだろう。
そして、そういう難点があるとわかっているからこそ、推薦入試の比率を縮小したり、全面的に廃止する動きが出ているわけだ。
ところが東京都に限っては、その反対に、推薦入試を強化しようとしている。(内申書の比率をいっそう下げようとしている。)
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だが、以上は、話の取っかかりだ。東京都が推薦入試をどうしようと、私の知ったことではない。それで東京都の生徒はひどい目に遭うだろうが、それは本項の話題ではない。
ここで、プレゼンというものについて考えてみよう。
プレゼンというと、TED というのが有名だ。「学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう」とのことだ。
→ Wikipedia
その動画も公開されている。
→ TED 英語版
これは、音声版であり、英語のスピーチのヒアリングの練習になるとして有名だ。ただ、日本語の字幕が付いているものもある。使い方は簡単だ。
→ 日本語字幕の設定方法
さらには、日本語字幕のあるものだけを抽出したページもある。
→ TED 日本語版
ここでは、タイトルを日本語で検索することはできず、英語で検索することしかできないのだが、それなりに日本人向けになっている。
この TED の内容は、実に充実していて、あちこちで話題になっている。
→ NHKが厳選。15本。
→ TEDのプレゼン10選
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さて。以上で TED を紹介したわけだが、そのうち、次の一本が興味深い。実に素晴らしい。
→ スーザン・ケイン「内向的な人が秘めている力」
( ※ 日本語字幕を表示させるには、下方の ▼ を
クリックして、 Japanese を選択する。)
このプレゼンは、何を言っているか? 「すばらしいプレゼンの仕方」を述べているのか? いや、その逆だ。彼女が述べているのは、次のことだ。
「プレゼンするとか、他人にアピールするとか、そういう行動は、外向的な人が得意なものだ。しかし、外向的であることが大切だとは言えない。思考するためには、内向的であることがとても大切である。歴史上の偉人は、内向的な性格であることが多かった。他人とペチャクチャ語ることで思考するのではなく、一人で孤独で沈思黙考することで思考を育てたのだ。今の米国では、外向的であることが大切だとされ、内向的であることは軽視される。しかし、内向的であることは、とても大切なことなのだ」
上の文章は、あまりにも短いので、是非とも原文を見てほしい。とても有意義な話がある。
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ここで、話は初めに戻る。
都立校の入試では、「集団における知識交換の能力」のような、外向的な知力を重視する。それはたしかに、学力とは別の意味で、大切な知力だろう。
しかし、それを重視して合格にするのは、あくまでもごく一部にするべきだ。たとえば、全体の5%程度。なのに東京都は、全体の26%も、この方式で合否を決めようとする。
だが、大切なのは、外向的な知力ではない。「沈思黙考する」という、内向的な知力だ。もちろん、彼女(スーザン)が語っているように、その両方の能力が大切だが、外向的な知力ばかりを優先する方針を示すと、生徒たちの学力形成を歪めてしまう。
私の判断を言うなら、内向的な知力としての「小論文」を2割、外向的な知力としての「集団討論」を1割、内申書を7割、というぐらいの比率が妥当だと思う。そしてまた、推薦入試で取る枠は、全体の1割以下が妥当であると思う。
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ただ、推薦入試をどうするか、というのは、本項の主題ではない。本項の主題は、次のことだ。
「集団討論のような、外向的な知力よりも、一人で沈思黙考するような、内向的な知力こそが大切だ。人と人とで会議しながら意見を集約していくことよりも、一人で黙ってじっくり考えることの方が大切だ。その意味で、外向的な知力や性格ばかりを重視して、内向的な知力や性格を軽視する世間は、判断基準が妥当でない」
そして、そういう世間に警鐘を鳴らした上のプレゼンは、とても有意義である。このプレゼンを見ながら、「外向的/内向的」ということについて、(内向的に)じっくりと考えてみるといいだろう。そしてまた、そのことについて、(外向的に)人々の間で集団討論してもいい。
外向的であることと、内向的であることは、ともに大切だ。そのうちの前者だけを重視するような世間の判断の歪みを、理解しておくといいだろう。上のプレゼンを見ることで。
【 関連項目 】
→ nando ブログ 「なぜ言語力が重要か?」
※ 言語力は、自分自身との対話のために重要だ。
→ nando ブログ 「考える力」
※ プレゼン能力は大切だが、そこで本質的なのは、プレゼンの表現技術ではなくて、物事の核心を的確に表現することだ。
【 関連サイト 】
→ プレゼンをするときに気をつけたい8つのことがら
※ 初歩中の初歩。こんなのをありがたがって読んでいるようでは、お先は真っ暗かも。
→ 同上の はてなブックマーク
※ 1182人がブックマークしている。大人気。 (^^);

で、委員の一人には、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんも含まれているそうだ。
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どうやら、内向的な人ばかり、集めたようだ。で、委員長が外向的で、一人で委員会を振り回す。
こういうところでは、内向的な人というのは、困りものかもしれない。委員会というのは、外向的な知力の使われる場なんだから、内向的な人ばかりでは、委員会がまともに機能しなくなる。
もっとも、わざとそうしたのかもしれないけど。悪のたくらみ。(田中さんは利用されてしまったか。)
「ハーバードはどうしてホームレス高校生を何人も合格させるのか? 」
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2012/06/post-445.php
高校の体制については、このページにこう書いてある。
> 高校から「生徒と用務員の二重在籍」を認めるという特例を受けて、放課後は校舎の掃除をして生活費を得て、勉強に打ち込んだのだそうです。