2012年05月17日

◆ 虚構新聞と twitter

 「橋下市長が小中学生にツイッターを義務づける」という記事を虚構新聞というサイトが掲載したら、引っかかった人がツイッターで拡散した。その意味は? ──

 「橋下市長が小中学生にツイッターを義務づける」という記事を虚構新聞というサイトが掲載した。
  → 虚構新聞の記事

 これを真に受けて、「大変だあ」とツイッターで拡散する人が続出した。

 すると、「嘘記事に引っかかる何て馬鹿丸出し」と批判する声がたくさん出した。

 すると、「嘘を書いておいて、引っかかった方を馬鹿にするなんてけしからん」という反発も生じた。(そう書いた本人はあとで「アホを釣るための記事だ」と書いているが。)

 これでまた騒ぎが大きくなって、特に、はてな村では、あちこちに記事が掲載された。そして、それいちいち読んだ人がいて、秀逸なまとめを掲載した。
  → 試される虚構新聞: やまもといちろうブログ
 これを読むと、一連の情報が詳しくわかる。

 ──

 で、私の感想は? 
 まあ、「タイトルに『虚構新聞』という文字を入れろ」という注文は、わからなくもない。確かに、そうした方がいいだろう。
 だが、たとえそうしたとしても、引っかかる人は引っかかる。「嘘記事に引っかかる」という問題は、それによっていくらか緩和されるだろうが、状況にたいして変わりはあるまい。

 なぜか? 問題の本質は、次のことにあるからだ。
 「ネット情報を、裏も取らずに、いちいち真に受けること」
 …… 

 このことは、あちこちのサイトで指摘されており、「ネットリテラシーの低さ」というふうな言葉で示されている。
 だが、このことは、「ネットリテラシーの低さ」ということだけで済む問題だとは思えない。「信じたやつらは馬鹿だ」というふうに、馬鹿にして済む問題だとは思えない。もっと大事なことがあるはずだ。
 それは何か? 

 ──

 ここまで考えたすえ、じっくりと考え直すと、 の問題の本質は、次のことにあると思える。
 「普通ならば、何かを書くときには、じっくり考えてから書くものだ。しかし、ツイッターでは、頭で考える時間もなく、瞬間的な感想だけを書く人が多い。そして、その瞬間的な感想が、ツイッターで拡散していく」


 これを一言でいえば、こうだ。
 「ツイッターは、デマを拡散する装置である」


 しばしば言われるように、ツイッターはデマッターなのである。(デマッター = デマを拡散する装置)
 これが本質だ。

 マスコミなどでは、「ツイッターは時代の最先端の道具だ」とか、「ツイッターをやって情報戦略に生かそう」なんていう薄っぺらな記事があふれている。だが、実は、ツイッターは、有益な情報を拡散するだけでなく、有害な情報も拡散する。そこに本質がある。

 ──

 今回の事例に戻れば、次のように言える。
 「虚構新聞がデマを書いたこと自体は、少しも問題ではない。問題は、デマを拡散する、ツイッターという装置の危険性にある。その危険性を理解することが大切だ。その危険性を理解しない人々が、今回の騒動を起こした」

 
 結局、問題は、虚構新聞の側にあるのではなく、ツイッターの側にあるのだ。だから虚構新聞に対して、「ああしろ、こうしろ」と言っても、問題の解決にはならない。問題の解決には、「ツイッターの正しい使い方を知る」という一般大衆の側の対処が必要だ。
 そして、その対処とは、「情報のソース(出典)を確認する」ということだ。
 今回の事例で言えば、ツイッターでその情報(橋下がツイッターを……)を聞いたとき、その出典となるリンク先をクリックすれば良かった。それだけで、出典を確認できる。そしてそこに「虚構新聞」という文字を読める。
 それができた人ならば、自分がツイートするときには、次のようにツイートするだろう。
 「虚構新聞社によれば『……』とのことだ」

 そして、このように引用する形でツイートしたならば、その言葉に引っかかる人はいないはずだ。

 ただ、虚構新聞というのは、もともとわかりにくい嘘で読者を引っかけて楽しむ、という陰湿な喜びを起源とするらしい。
  → ウソ情報を流して他人の反応を見て楽しんでいる (推定)
 だからまあ、引っかかった方は被害者だとも言えるのだが、それにしても、罪のない嘘で引っかけるのは、そう悪いことではあるまい。これに懲りた人々が、
 「ネットに書いてあることは容易には信じまい」
 「ツイッターの情報なんかあっさり信じまい」
 と思うようになれば、虚構新聞には教育的効果があったことになる。
 というわけで、嘘は嘘だが、今回の嘘は許される嘘だし、むしろ、教育効果のある分だけ有益だ、とも言えるだろう。
( ※ 悪質なネット詐欺への予防接種みたいな効果がある。虚構新聞が有害だとしたら、あらゆる予防接種もまた有害であることになる。)
 
 ──

 ちなみに、まともにひっかった例としては、次の例もある。
  → モアイ、掘ってみたら、体あった!

 モアイ像の地中を掘ったら、頭部だけでなく胴体も見つかった、という写真。これを見て、「すごい、すごい」と騒ぐ人が続出した。見事に釣られた形。

 真相は? Wikipedia を見れば、すぐにわかる。
  → http://en.wikipedia.org/wiki/File:Ahu_Tongariki.jpg (写真)
 つまり、モアイ像はもともと頭部だけでなく胴体もあるのだ。「頭部しかない」というのは、人々の思い込みにすぎない。(渋谷のニセ・モアイ像を見慣れたせいかな? これは本当はモイ像ですけどね。引っかかる人が続出。)
 ともあれ、Wikipedia を見るという手間さえ惜しむせいで、インチキ情報をツイッターで拡散する人が続出した。
 ツイッターというのは、もともとそういうものなのである。この本質を理解した上で、ツイッターというものがどういうものなのか、よく考えるといいだろう。



 [ 付記1 ]
 ついでが、こういうデマ拡散装置を利用して、自分の見解を拡散しようとする……という点では、橋下市長は見事なデマゴークなのかもしれない。
 そもそもツイッターで長文を書くなんて、正気の沙汰じゃない。なぜなら、段落が逆順に並ぶから、普通に(正順に)読むことはできないからだ。(正順に読むためにはいちいち別サイトに行かなくてはならない。)
 なのに橋下は、ツイッターで長文を書く。何のために? おそらく、デマの拡散を狙っているのだろう。自分の書いたデマを、人々がツイッターで拡散することを狙っているのだろう。

 そして、その論理にもならない論理を使って、「はい論破」なんて語るインチキさを、虚構新聞は見事に指摘した。立派なものだ。
 今回の虚構新聞のヒットした点は、「橋下」と「ツイッター」という、あまりにもぴったりと当てはまるものを、見事に指摘した点にある。
  ・ ツイッター = デマッター
  ・ 橋下市長  = デマゴーク

 ぴったりじゃないですか。 (^^);

 [ 付記2 ]
 なお、このような(あやふやな)情報を、念を入れて確認したいときには、はてなブックマークのコメントが有益だ。コメントがたくさん並んでいるのを見ると、誰かがまともな指摘をしていることが多い。特にインチキっぽい記事については、ここで検証を得られることが多い。当初はだまされた人が多いだろうが、半日ぐらいたつと、修正情報がコメントされることが多い。
 今回の虚構新聞の記事についても、また、モアイの胴体の記事についても、はてなブックマークで確認すれば、事の真偽を確認できる。
  


 【 アフィリエイト 】
 虚構新聞も、その批判記事も、たいていはアフィリエイトが目的である。
 へえ。そうか。それだったら、私もアフィリエイトをつけよう。 (^^);



映画けいおん! (DVD 初回限定版)


 ──

 一方、こんなアニメは嫌いだ、という高尚な人向けには、下記の本がお勧めです。

  → 綿矢りさの小説「かわいそうだね?」 ( Amazon )
 このサイトでは、中身が数ページ表示されているので、試し読みができる。なかなかしっかりした文章なので、感心した。この人もずいぶんうまくなったものだ。これだけの文章が書ければ、立派なプロだと言えるだろう。

 なお、試し読みは冒頭だけだが、このあと後半に行くと、大きな盛り上がりがあるらしい。感想文にそう書いてある。(だけどちょっとネタバレふう。買うなら、見ない方がいい。)
  → 読者感想サイト

 評判がいいし、文章もしっかりしているので、私としてはお勧めです。ちょっと、けいおんっぽい。女性の気持ちを知りたい人向け。
posted by 管理人 at 21:43 | Comment(0) | コンピュータ_03 | 更新情報をチェックする
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