日本では「誰もが平等」「みんな仲良く」「和を乱さない」という悪しき集団主義がある。そのせいで個性はつぶされ、エリートは目立たなくなるように育てられる。
その結果、日本ではエリートは育たない。というか、エリートは必要とされていない。
このようなことは、あちこちで指摘されているから、いちいち私が言うまでもないだろう。読者だって何度も聞いたはずだ。というか、身のまわりではよくある話だ。
( ※ 最新号の漫画雑誌「イブニング」で、「ヤング島耕作」という漫画があるが、そこではこのような「新入社員で能力がスーパーな美人女性」というのが出てくるが、仲間はずれになって、浮いてしまう。 (^^); )
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さて。こういうふうにして、日本ではエリートタイプの人材はつぶされる。すると、結果的に、どうなるか?
エリートがつぶされれば、エリートは生き残れない。結果的に、経営者となるべき人材は残らず、凡才ばかりが残る。傑出した能力のある人材は左遷され、派閥を組んで勢力争いや派閥争いに勤しんできた人材が生き残る。
こうして経営者は、「無能だけれど根回しのうまい人」ばかりになる。……これが日本企業だ。 (^^);
情けない話だが、あまりにも現実ぴったりの描写なので、読者も苦笑せざるを得ないだろう。
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だが、エリートがいないということは、企業のトップが能なしになるということだ。企業のトップが能なしなら、企業そのものが能なしになる。というか、脳なしの巨人みたいになる。
無能な経営者の日本企業 ≒ 脳なしの巨人
これがつまりは、エリート不在の国家の状況だ。
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この問題をなくすには、エリートをきちんと遇することが必要だ。ちなみに、日産のゴーンの場合は、こうだった。(前々項からの転写)
理工系エリートの養成校であるエコール・ポリテクニークを卒業したあと、ミシュランに入社し、27歳で工場長になり、31歳でブラジル・ミシュラン社の社長となり、のちにルノーの副社長となった。こういう経歴を経て、45歳で日産の社長になった。このような経歴は、日本ではありえない。必ず年功序列ふうになる。
実は、年功序列というのは、そう悪い制度ではない。それは「給料の後払い制度」と等価であるから、企業にとっては結構有利だ。
ただし、それを当てはめていいのは、凡人だけだ。一方、エリートについては、「年功序列制度」を取ることは、「若くて有能な人材を無駄につぶす」ということに等しい。こんなのは「ねたみとやっかみ」となくすことで、「集団の和を保つ」ということ以外、何の有益性もない。その一方で、「企業を脳なしにする」という、大問題が生じる。
これがつまりは、日本企業の根本的な問題だ。
このことを理解しないと、日本企業はこのあとどんどん韓国企業に負けてしまうだろう。
[ 付記 ]
現状では、この問題を回避する唯一の策は、「自分で起業すること」以外にはない。
そして、それを実行したITベンチャーでは、有能な人々が金を儲けている。(有能ではないが あこぎ なだけの人でさえ、金を儲けている。誰のこととは言わないが。ま、モバゲーとかいう下品な言葉を聞けば、連想できるはず。)

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120315/dms1203151810016-n1.htm
モデルとなった英国の学校。
http://konohana88.sakura.ne.jp/gurden/p_london/t0507_1.htm