「すでに支払った金は戻らない」という観点から、建設賛成論がある。
しかし、今後に払う金もまた、戻りそうにない。その点からして、私としては建設反対論を採りたい。 ──
八ツ場ダムの是非について論じと、「すでに支払った金は戻らない」という観点から、建設賛成論がしばしば出る。次のように。
総事業費が4600億円。すでに3300億円が支出されています。ということは、残り1300億円でダムが建設できるというわけです。下流域の都県の要望があり、住民の要望もあるという状況においては、どう判断すればいいのでしょうか。1300億円の支出と、その効果を判断すればいいのです。4600億円との効果比較ではありません。これは考え方としては、間違いではない。同じような見解は、国交省の関係者もしばしば語っている。また、政府寄りの経済学者もそう語っているようだ。たとえば、池田信夫がそうだ。
( → 八ツ場ダムに見る、「サンク・コスト(埋没原価)」 )
すでに3200億円が使われ、残る事業費は1400億円です。国土交通省の公式発表によれば、ダムの費用対効果は3.4だから、効果は1兆5000億円以上ということになります。これが事実だとすれば、ダムは建設すべきです。逆にその効果が費用を下回るなら、建設は中止すべきです。今まで地元の人々が苦労した気持ちはわかるが、そういう取り戻せないサンクコストは考えてはいけないのです。これは一見、もっともらしい。たとえば、次のように考える。
( → 八ツ場ダムとサンクコスト )
「ダムの地盤整備費などに、莫大な金を費やしてしまった。あとはコンクリートを構築するだけだ。その費用はたいしたことはない。だったら、最後の箇所だけ、ちょっとだけ金を払った方がいい。小額の金を惜しんで、全体を失うのでは、もったいない」
いかにも、もっともらしい理屈だ。たいていの素人は、こういう発想を取る。つまり、「損切り」ができない。そのせいで、たいていは、株式投資で大損する。
「せっかく 100万円を投資したんだ。80万円に下がったところで売ったら、20万円の損だ。ここは売らずに、我慢するべきだ」
こう思って、どんどん損を拡大していく。つまり、「損切り」ができないのだ。
似た例に、エルピーダメモリがある。「せっかく何千億円もかけた会社をつぶしてはもったいない」と思って、どんどん資金を投じていくが、いくら資金を投じても、赤字になって、その資金は消えてしまうだけだ。さっさと倒産させてしまえば問題ないのに、「倒産させることはできない」と思って、次々と資金を投入していく。倒産させておけば、1000億円の損で済んだかもしれないのに、「倒産させることはできない」と思って、1000億円を投入する。その 1000億円が消えると、「 2000億円を無駄にできない」とおもって、さらに 1000億円を投入する。その 1000億円が消えると、さらに……というふうに、際限なく赤字が拡大していく。
こういう「銭失い」の例は、たくさんある。いずれも、「損切りができない」という気質による。(素人はたいていそうだ。政府もまた、商売については素人だから、同じ失敗をよくやる。)
──
八ツ場ダムに話を戻そう。
実は、このダムでは、ダムの建設費用はいまだに1円も投資されていない。「ダムのコンクリの基盤を作る」というような建設費用は1円も投資されていない。では何のために 3200〜3300億円が投資されたか? 村の振興費(移転補償)のためだ。ダムそのものではなく、ダム周辺の道路建設費や、住居移転費や、鉄道建設費などに、 3200〜3300億円が投資された。ダム本体の費用は1円も投資されていない。
その意味で、「ここでやめたら、これまでの費用が無駄になる」というようなことは、一切ない。これまでの費用は、ダム建設とは関係のない費用だからだ。
──
そのあとで、話を進めよう。
以上のような事情にあるとしても、「サンクコスト」の計算は、同様である。つまり、 3200〜3300億円の費用は特に考えなくてよく、今後にかかるはずの 1400億円だけを考えればいい。
では、1400億円をかけることによって、それに見合う効果はあるか? 国交省の計算では、「効果は1兆5000億円以上」となる。しかしこれは、インチキだ。
私の試算では、「効果はゼロ同然」となる。その理由を、以下で示そう。
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八ツ場ダムの目的は、何か? 下記にある。
→ Wikipedia
→ 八ッ場ダムとは
→ 八ッ場ダムは疑問だらけ
要するに、多目的ダムだ。その目的は、次の三つだ。
利水・治水・発電
しかし、そのいずれも、効果はほとんどない、というのが私の見解だ。理由は、次の通り。
(1) 利水
利水というのは、農業用水と工業用水だ。
このうち、工業用水については、特に不足するほどではない。そもそも関東では(水を大量に使うような)工場がどんどん流出しており、地方や外国に出て行く。工業用水の需要は、増えるどころか減る。
農業用水も同様だ。農業用水といっても、水を大量に使うのは、稲作(水田)だ。しかし TPP の推進にともなって、関東の稲作は減っていくはずだ。八郎潟など、地方において大規模の稲作をすればよく、関東では田んぼを宅地などにする方がいい。それが長期的な傾向だ。
そもそも、稲作というのは、もともとが赤字の事業である。赤字の事業を推進するために、莫大な費用をかけてダムを建設するというのは、方針が正反対だ。「赤字だとわかっている事業を推進するために投資する」というようなものだ。そんな馬鹿げたことをするくらいなら、赤字の事業をやめる方が当然である。
というわけで、「農業用水を得るためにダムを建設する」というのは、あまりにも馬鹿げたことだ。
正しくは? 関東では稲作を拡大する必要はない(縮小するべきだ)。当然、ダムの建設は必要ない。たとえタダ(コストがゼロ)だとしても、やってはならない。(環境破壊というデメリットがともなうので。)
(2) 治水
治水の面ではどうか? これは、いくらかは、効果がありそうだ。先にタイの洪水があったという例を見ても、治水の必要性は十分にある。治水のためには、十分に金をかける必要がある。
問題は、治水の効果が本当にあるかどうかだ。これについては、次の地図(衛星写真)を見るといい。
→ 八ツ場ダム
→ 八ツ場ダムの周辺(広域)
見ればわかるように、八ツ場ダムのある位置は、本州のほぼ中央である。川の上流と言ってもいい。川の長さが 10割あるとして、そのうちの最初の1割ぐらいだけだ。面積で言えば、10%の二乗で、1%ぐらいか。そして、それ以外の 99%の領域は、八ツ場ダムの対象外である。
わかりやすく言おう。今、台風が来て、関東全域に大雨を降らせた。そのうち、上流にあたる1%の流域については、雨水が八ツ場ダムに集まる。一方、残りの99%については、もっと下流にあたるので、雨水は八ツ場ダムよりも下流を流れる。これらの雨水が八ツ場ダムに貯まることはない。(水は高きから低きに流れるからだ。低い平野部に降った雨が八ツ場ダムに貯まることはない。)
結局、関東の治水のためには、八ツ場ダムは何の効果もない。そもそも、治水のために必要なのは、洪水の起こりやすい平野部での対策だ。流れが急で水が貯まることのない上流部(山岳部)では、治水のためにダムを造ることの意味はない。
治水をするならば、平野部で、洪水防止の遊水池を作ったり、わざと農地に氾濫させる仕組みなどを作ったりすればいい。これならば、平野部における市街地の被害を確実に減らせる。一方、山岳部にダムを造っても、治水のためには何の意味もない。
いや、効果がゼロだというのは言いすぎだ。1%ぐらいは効果がある、と言える。しかし、たった1%のために莫大な費用をかけるくらいなら、平野部で治水のために金をかければいい。江戸の敵を長崎で取るような、見当違いのことをしても、金が無駄になるだけだ。
こんな馬鹿げたことをやると、「金をドブに捨てる」という慣用句が、「金をダムに捨てる」というふうになってしまう。
・ 金をドブに捨てる …… 数万円程度の金を無駄に捨てること
・ 金をダムに捨てる …… 千億円以上の金を無駄に捨てること
(3) 発電
残るは、発電だ。つまり、水力発電だ。
実は、これだけは、きっちりと効果が出る。千億円をかけてダムを造れば、それによって数百億円ぐらいの効果は出る。ざっと見て、300億円の発電所ぐらいの価値はある。(700億円ぐらいの大赤字は出るだろうが、30%ぐらいは回収できるだろう。)……その意味で、効果はゼロではない。
先に述べたように、利水や治水は、効果がほとんどゼロである。一方、水力発電は、効果がゼロではない。また、水力発電は、クリーンな再生可能エネルギーだ。とすれば、費用対効果の点では、普通の火力発電や原子力発電よりも悪いとしても、太陽光発電並みなので、国が援助しても良さそうだ……と思える。
しかし、である。水力発電としてのダムには、致命的な問題がある。次のことだ。
「発電量を最大化するために、常に、貯水量を最大化しようとする。そのせいで、台風の直前には、放水しないで、水をどんどん貯め込む。そして、台風が来て、水が貯まって満水になりかけたら、そのときになって急激に放水する。そのせいで、下流では急激に放水が生じるので、洪水が起こりやすい」
要するに、ダムがない場合に比べて、ダムがある場合には、「治水」とは逆の「洪水」が起こりやすくなるのだ。
このことは、先のタイの洪水でも起こった。台風が来たとき、あらかじめダムを空っぽにしておけば、ダムが雨水をいくらか吸収することができたかもしれない。ところが逆に、台風が来ても、放水をしなかった。「電力の元になる(金になる)水が、どんどん貯まるぞ」と思って、放水をしないでおいた。そうして水を貯めてから、満水の直前になって、急激に放水した。短期間に大量の放水がなされたので、下流ではたちまち洪水の氾濫が起こった。
タイの洪水事件の一因は、ダムにもあったのだ。(ダムが発電用だったせい。)
ここでは、建前と現実とが、食い違っている。
・ 建前:豪雨時には、空っぽのダムに水を貯めて、洪水を防ぐ。(治水)
・ 現実:豪雨時には、満水にしたあとで一挙に放水して、洪水を引き起こす。
つまり、電力会社が「自分だけは電力をたくさん得たい。10億円分の電気代を稼ぎたい」と思って水を貯め込んで、そのあとで、洪水を引き起こして、下流に数十億円規模の損害を発生させるわけだ。(泥棒や犯罪と同様。ただし合法的。合法的な泥棒。)
これはまあ、原発と同様である。電力会社が、「自分だけは 10億円分の安全費用を浮かせたい」とケチって、そのあとで、原発事故を起こして、国全体に数兆円の損害を発生させたのだ。(電力会社の社長は監獄に入らないので、合法的。合法的な泥棒。)
要するに、八ツ場ダムというのは、福島原発と同様である。国の金で電力会社の金儲けの手段を用意してあげる。そして、電力会社が金儲けをしようとするので、安全対策とは逆のことをやる。そのあとで、地震や台風が来たら、国民全体に莫大な損害が発生する。それでも電力会社はほおかむり。
「おれのせいじゃないよ。地震のせいだよ。台風のせいだよ。国のせいだよ。おれは責任取らないからね。ただし、利益はおれがいただき。利益はおれのもの。損は国民のもの」
で、こういうシステムを整備するのが、国家である。野ぶ田がプロデュース。
[ 補足 ]
八ツ場ダムが駄目なら、かわりにどうするべきか? 治水としては?
田んぼをいざというときの遊水池にして、そこに洪水を流すことにすればいい。これなら、「その部分の堤防だけを低くする」というだけの工事で済むから、ごく小額で済む。
[ 付記1 ]
八ツ場ダムはひどいものだが、似た例に、次のものがある。
→ 地下貯水管(東京都杉並区)
→ 環七地下調整池(1010億円)
ごくわずかな領域における洪水を防ぐために、千億円もかけている。これでは、「百億円の損害を防ぐために千億円をかける」というのに等しい。
( ※ 損害が起こってから補償すれば、損害額を払うだけで済むが、その十倍ぐらいの費用をかけている。)
( ※ そもそも、ここは窪地だから、窪地の一番低い部分でビルの地下室を利用すれば、費用は 10億円ぐらいで済む。コストは百分の1で済む。1000億円なんて、ただの無駄。)
八ツ場ダムは、あまりにも馬鹿げているが、環七地下調整池に比べれば、まだしも馬鹿の度合いは低いかもしれない。
[ 付記2 ]
八ツ場ダムは、すでに「建設」という決定がなされた。決めたのは野田首相。
こうして野田首相の下で、八ツ場ダムだの、F35 だの、無駄なことに大金をどんどん浪費するから、増税の必要が生じるんです。
増税は、財政再建のために必要なんじゃなくて、野田のやる浪費のために必要なんですね。(北朝鮮を笑えないな。)
【 関連サイト 】
コメント欄で教えてもらったが、次のサイトがある。
→ 八ッ場(やんば)あしたの会 - 八ッ場ダム計画の問題点
問題点がいろいろと詳しく指摘されている。
「発電も期待できない。発電量はかえって減ってしまう。もともと他の水力発電所があるのに、その分を食われてしまうからだ」
という指摘もある。
──
次のサイトもある。
→ 7割の金を使ったのに完成した道路は1割以下
工事継続の理由として、「すでに7割の金を使ったから」と言われるが、これは、事業の7割が完成したということを意味しない。1割以下だ。事業をすべて完成するには、このあとさらに大幅な事業の追加予算を必要とする。
というわけで、「4600億円の総予算のうち、あと 1400億円を使うだけで済む」というのは、大嘘だ。本当は莫大な追加資金を必要とする。政府はそれを隠しているだけだ。いったん事業が始まれば、「お金が足りなくなったので、あと 1000億円」というのを、何度も何度も請求される。そのたびに、「これまで大金を出したのだから」という理由で、何度も 1000億円を追加で支払うハメになる。
エルピーダと同様だ。数百万円の借金を重ねて、何度も親にせびる放蕩息子みたいなもの。親はスッカラカンになる。
いずれ増税だとしても、その前に巧く経済効果を加味した代替策でダイエットして増税幅を削減すべきであり、それをせずにあれもこれも欲しいと債務を増やす飽食を揶揄していると読みましたが、読解力不足でしょうか。
補正の諸事業も、単に事業名に「震災対策」と入れただけで従来事業と何の変わりのないものが「予算がついた」とばかり大量発注されているような気がします。
首相も大臣も中身を見ないで官僚の浪費に付き合うから、何をどう増税したって永久に足りることなどあり得ない気がします。
http://www.love-nippon.com/PDF/yamba_SPA.pdf
発電目的も果たせないようです
最初は2300億円だったのでしょう?
いったいいくらドブに捨てれば気が済むんですかね。
>(ダムが発電用だったせい。)
発電したいから水を貯めたのではなく、前年まで旱で水不足だったので貯めていたら昨年は想定外の降水量になったのです。タイ周辺国でも想定外の降水量だったようです。既に放水せねばならないかと思われていたとき、政権交代が有り、新政権は全くの素人(政治経験ゼロでも総理になれたお嬢さん)集団だったので、ダムの問題など放置していたのです。(タイ在住7年)
……読売新聞 2012/10/01 や Wikipedia から。
「年は雨季にダムの水量調節を誤り、貯水量が多かったため、大雨の中、大量放水せざるを得なかった。」
という説明もあります。
→ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120920-00000031-fsi-bus_all