2011年11月07日

◆ 憲法第9条の詭弁的解釈

 自衛隊は、憲法第9条を字句どおりに解釈すれば、違憲である。この問題を回避する方法を示す。(アクロバティックな詭弁的解釈) ──

 自衛隊は、憲法第9条を字句どおりに解釈すれば、違憲である。とすれば、次の二つしか、解決策はない。
  ・ 自衛隊を廃止する。(丸腰になる。)
  ・ 改憲する

 しかし、このいずれも実現性が著しく低い。
 とすれば、違憲状態を維持するしかない。しかしながら、違憲状態を維持するというのは、好ましくない。それは法治国家を放棄することになる。
 では、この矛盾をどう解決するか? 
 
 ──

 以下では、アクロバティックな解決策を示そう。あっと驚く解決策。
 ただ、その前に、私の立場を示しておきたい。私の立場は、次の立場ではない。
 「何としても自衛隊を合憲にするために、徹底的に軍備を肯定する」

 いやね。私は軍事マニアじゃない。軍事の話はよくやるが、軍事が好きなわけじゃない。私の基本的な立場は、こうだ。
 「軍備をどうするかは、私の個人的な立場を取ってこだわることはしない。世間の大勢に従う。特に、地球人の大勢に従う。地球人の大勢が、自国の軍備に賛成するのであれば、それを容認する」

 この立場のもとで、次の方針を取る。
 「世界各国が軍備を是認するのであれば、日本だけが丸腰になるというのは非合理だから、日本が軍備をもつのも容認する」(むしろ推奨する)

 この方針の下で、次の立場を取る。
 「どうせ軍備をもつのであれば、金をかけて無効な兵器をもつよりは、金をかけた分だけの兵器をもつべきだ」(つまり金をドブに捨てるべきではない。)

 以上の形で、日本が軍備をもつことを容認する。これはあくまで「容認」であって、「推進」ではない。(私は本当は、世界中の人々が武器を捨てる平和状態が理想だと思う。ただし、それが夢想であることも、わきまえている。)

 ──

 さて。以上の方針の下で、現状の自衛隊を容認する。
 とすれば、あとは、「違憲状態を容認するかどうか」だ。
 ここで、私は、理論的整合性を常に重視したい。「違憲だけどほったらかしていいや」というのは、気持ち悪い。何とかして、理論的にきれいに整合させたい。
 そこで、あれこれと考えたあげく、自衛隊を合憲だと見なす方法を発見した。以下で述べよう。

 ──

 まずは、憲法第9条を掲げる。次の通り。
 《 憲法第9条 》
 (1) 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 (2) 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 箇条を示す数字の (1)(2) は、正式には存在しないが、便宜的に付けておいた。
 ここで (2) にある「これ」という言葉の意味が問題になる。
  ・ 陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
  ・ 国の交戦権は、これを認めない。

 ここで、「これ」とは何か? 通常は、その直前の語だと解釈される。つまり、次のように解釈される。
  ・ 陸海空軍その他の戦力を保持しない。
  ・ 国の交戦権を認めない。

 しかし、こんな用法は、現代の日本語では用いられない。文語では用いられるのかもしれないが、日本国憲法は文語じゃなくて口語で書かれているのだから、そんな解釈は成立しない。
 とすれば、「これ」というのは、別のものを意味するのだと考えられる。では、別のものとは? もう一度、読み直そう。(1) にも「これ」という言葉がある。その言葉は、何を意味するか? 
 (1) 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 (2) 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 読めばわかるとおり、(1) の 「これ」とは、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」のことである。
 とすれば、(2) の「これ」も、同じものを指すのだ、と解釈してもいいだろう。つまり、(2) は、次の意味だと解釈する。
 (2) 陸海空軍その他の戦力は、これ(= 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使)を保持しない。国の交戦権は、これ(= 国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使)を認めない。
 したがって、(2) は、次の二点を示す。
  ・ 陸海空軍その他の戦力は、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使を保持しない。
  ・ 国の交戦権は、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使を認めない。


 その意味は、こうだ。

 (A) 陸海空軍のような軍隊は、戦争や武力行使を開始するのはいいが、戦争や武力行使を継続する(=保持する)ことは許されない。どうせ戦争をやるなら、短期的にさっさと済ませろ。
 たとえば、真珠湾攻撃みたいな奇襲をやるのはいいが、やるならやったで、一週間だけでやめて、さっさと引き返せ。そのあとは「ごめんね」と詫びて済ませろ。たとえ賠償金を払うとしても、びっくらこいた米国(当時)は、もう二度と日本をなめてかからないだろう。石油封鎖(当時)も解くだろう。こういう超短期の戦争ならば許されるが、長期の戦争は許されない。
 北朝鮮を相手にするときも同様で、一週間だけの戦争ならば爆撃してやってもいいが、一週間だけでやめておけ。あとは賠償金を払って、復興してやれ。これで懲りて、金正日も、バカなことはしなくなるだろう。

 (B) 国の交戦権としては、国権の発動たる戦争や、武力行使を認めない。ただし、自衛としての戦争や、国連活動としての戦争ならば、まったく許される。いくらでもやり放題だ。



 [ 余談 ]
 あくまで詭弁的な解釈なので、論理のお遊びです。
 頭に血をのぼらせて、怒り狂わないでください。そういう喧嘩っぽい人は、憲法9乗を読んで、平和主義になってください。
 私は平和主義です。 (^^)v

 本項は、あくまで、論理的なお遊びです。政治の話ではなくて、論理の話。勘違いしないように。……もちろん、軍事の話じゃない。全然。
 
 なお、コメントを書きたがる人も多いでしょうが、まともなコメントは書かないでください。本項はまともに論じるようなことじゃありません。コメントを書くなら、ユーモアで書いてください。
posted by 管理人 at 20:43| Comment(3) |  戦争・軍備 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
管理人さんの解釈も傾聴に値しますが、一般にその用法で「これ」を用いる場合、「話や文章の中で**直前に**取り上げられた人物や事物をさす言葉」(大辞林。強調引用者)とされるので若干苦しいような気もいたします。

やはり「これ」は「これ」として素直に読むべきでしょう。実は、9条の中にある3箇所の「これ」は、それぞれ違う意味で用いられているのです。

まず第1項の「これ」は冒頭の意味で使われている。ここに異論はないでしょう。

次に、第2項の「戦力は、これを保持しない」の「これ」は、ギリシャ語の「kore'」つまりアルカイック期の若い女性の彫像を指します。軍隊にそんなものが保持されていては戦う気もなくなるでしょうから、禁じるのはまあ当然です。

三つ目の「交戦権は、これを認めない」の「これ」は感動詞で、同等以下の相手をしかったりとがめたりすることを示します(例:「これお久米どん,御茶あげまさんせ」洒落本・月花余情)。そんなふざけた態度で相手を見下して交戦したら負けるに決まってますから、やはり認めるわけにはいきません。

つまり、第2項はいずれも素直に、初歩の兵法として読めばよろしいのです。従って、自衛隊の存在は違憲ではありません。

内容はこのように平凡な9条ですが、あの混乱期にこれだけの用法を使い分け、コンパクトな条文にまとめた文章力は真に非凡と言えましょう。やはり「破壊は創造の母」(岡本太郎)なのかも知れませんね。
Posted by 深海 誠 at 2011年11月08日 18:13
外国の大使:貴国の憲法では武力を放棄するとなっているのにけしからんではないか?言うこととやることが違うではないか?
日本の大使:あの憲法は占領軍がつくったもので我々も困っているのです。改正したいのですがそれには高いハードルがあって現在にいたっている訳です。そこを察していただいて自衛権ぐらいは見逃してください(ここで土下座する:土下座外交)。
外国の大使:しかたないな(同情する)。
Posted by 備三 at 2011年11月09日 21:11
アメリカ「まさか本当に条文化するとは思わなかった」
Posted by さなか at 2011年11月11日 17:46
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