2011年10月06日

◆ 疾走したジョブズ

 ジョブズが死去した。この天才は一生を疾走したと言える。 ──

 ジョブズが死去した。彼の死を悼む声があふれている。私もまた彼の死を悼む。しかしながらジョブズ自身は、自分の人生を後悔しないだろう。なぜなら彼は十分に生きたからだ。悔いることは何一つあるまい。
 ただ、彼は天才であるがゆえに、世間からはかなり誤解されている。その誤解を正して、彼がどのような人間であったかを、私なりにまとめてみよう。

 ──

 世間では、ジョブズの死を悼む声があふれている。
 たとえば、Google はトップページで、ジョブズの画面を掲載している。
  → Googleトップページも追悼モード
 また、かじりかけのリンゴや献花なども捧げられた。
  → アップルストア渋谷で

 ネット上でも、ジョブズを悼む記事がいろいろと書かれている。
 はてはブックマークでは、次の記事が人気だ。
  → どん底時代のスティーブ・ジョブズの思い出
 この記事には、次の文章がある。
 ある日のミーティングで「そろそろスティーブも暫定CEOというタイトルを単なるCEOにした方がいいんじゃないの?」という声がH&Qの社員の間から上がりました。
 でもその時にスティーブは「いや、これはまだ暫定のままでいいんだ」と強く否定しました。
 結局、誰からも文句を言わせないだけ十分に実績が出来るまで、スティーブは3年近くも暫定CEOというタイトルを使いました。
 その意地になった様子はまるで親と喧嘩して、すねた高校生のように感情が剥き出しでした。
 その時、我々H&Qの社員はスティーブがアップルを追い出された時、彼が心に負った傷がどんなに深かったかを思い知ったのです。
 しかし、これは誤解である。ジョブズ本人の言葉を引用しよう。そのときのことを、こう回想している。
 私は30歳にして会社を去りました。まさに社会的に追放された感じでした。私の人生のすべてを注ぎこむものが消え去ったわけで、それは心をズタズタにされた状態になりました。
 数ヶ月は本当にどうしたらいいのか分かりませんでした。自分が前世代の起業家の実績に傷をつけてしまい、手渡されたリレーのバトンを落としたように感じました。私はデイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスに会いひどい状態にしてしまったことをお詫びしようとしました。まさに社会的脱落者となりシリコンヴァレーから逃げ出そうと考えたほどです。
( → ジョブズのスピーチ
 このように、その時点ではまさしく、深く傷ついた。ではそのことで、彼は立ち直れなかったか? いや、立ち直れた。そして、立ち直ったあとでは、次のように回想している。

 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは、自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者の重圧が消え、再び初心者の気軽さが戻ってきたのです。あらゆるものに確信はもてなくなりましたが。おかげで、私の人生で最も創造的な時期を迎えることができたのです。
 その後の5年間に、私はネクストという会社とピクサーという会社を設立しましたし、妻となった素敵な女性と恋に落ちました。ピクサーは世界初のコンピュータによるアニメーション映画「トイ・ストーリー」を創りました。いま世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。思いもしなかったのですが、ネクストがアップルに買収され私はアップルに復帰することになり、ネクストで開発した技術は現在アップル再生の中核的な役割を果たしています。さらには、ロレーヌと私は素晴らしい家庭を一緒に築いています。
 ここで確かなのは私がアップルをクビになっていなかったら、こうした事は何も起こらなかったということです。それは大変苦い薬でしたが、患者には必要だったのでしょう。
 ここからわかるように、彼が復帰して暫定CEOになったとき、彼はクビになったことを悔いてはいなかった。もちろん、クビにした人々を恨むこともなかった。誰かに仕返しをしてやろうなどと思うこともなかった。すねることもなかった。むしろ、自分をクビにした人々に、感謝の念さえいだいただろう。「あなたが私をクビにしてくれたおかげで、私は生まれ変わって、とても創造的な時期を過ごすことができました」と。
 ではなぜ、彼は暫定CEOに止まったか? そのわけは、上記のスピーチの最後の一文を見ればわかる。
 Stay hungry, Stay foolish. (ハングリーであれ、バカであれ。)
 これを読めば、すぐにわかるはずだ。彼はハングリーでありたかった。創造性のためには、ハングリーな精神が必要だとわかっていたから、頂点たるCEOという名称を拒んだ。暫定CEOとCEOで、何が違うか? 人々は「対外的な肩書きの重みが違う」と思うだろう。しかしそれは凡人の勘違いだ。ジョブズはどっちみちアップルの唯一絶対的な支配者であり、肩書きがどうのこうのということは意味がなかった。他人にどう見えるかは意味がなかった。自分がどう思うかだけが重要だった。そして、自分が決して満足しないハングリーさを保つために、あえて「暫定」という言葉を好んだのだ。 Stay hungry  であることが彼にとっては何よりも大切だった。そして、そのせいで、他人には foolish に見えようと構いはしなかった。彼が Stay foolish という言葉を使ったとき、実際に馬鹿をやればいいと思うようでは勘違いだ。 Stay foolish という言葉の意味は、「他人にとって foolish に見えてもいい」ということだ。そこを勘違いしてはならない。(単に馬鹿をやるだけでは、どうしようもない馬鹿だ。)

 ──

 ジョブズのやっていることは、人々には誤解されやすい。それはなぜか? 一言でいえば、彼は「天才」であったからだ。天才という言葉は今は安っぽく乱用されがちだが、天才という言葉が本当に似つかわしい人物は少ない。しかしながらジョブズにはまさしくいこの言葉が似つかわしかった。
 小泉政権時代には、「ゲイツの真似をしよう」とか、「日本の子供たちから次世代のゲイツを生み出そう」とかいう、安直な金儲け主義が流行った。しかしジョブズに対しては、「ジョブズの真似をしよう」という声は出なかったようだ。なぜか? 「ジョブズの真似をしよう」というのは、それ自体が自己矛盾だからだ。
 ジョブズの精神は Think different であった。彼自身が指図したコマーシャルを見ればわかる。

【 Think different のコマーシャル(アップル)】


→ 解説1解説2


 Think different とは、他人の真似を拒むことでもあった。そのジョブズに人々が何かを学ぶとしたら、「他人の真似をするな」ということだ。なのに、人々がジョブズの真似をしようとしたら、自己矛盾となる。
( ※ 「真似をするな」ということを真似るとは、これいかに?) 

 ──

  " Stay hungry, Stay foolish." ," Think different."
 これらの言葉が出てくることは、彼の天才的な創造性を示している。だから、人々が彼の真似をしようということは、凡人が天才の真似をしようということだ。それは、蛙が自分を過大にしようとして腹をふくらませるのと同様である。無理をすれば、腹をふくらませて、パンクしてしまうだけだ。
 凡人は決して、体力的にウサイン・ボルトのようなことはできない。同様に、知的にもジョブズのような天才のようなことはできない。無理に真似をしようとしても、腹をパンクさせるだけだ。
 とはいえ、天才のマネをすることはできなくとも、天才に学ぶべきことはあるし、天才を理解することもできる。そのくらいのことはできるだろう。
 
 ジョブズがどのような人間であったかを示すことは、前に私が述べたことがある。
 ジョブズは凡人とはどこが違うか? 発想の仕方が異なる。凡人は「何ができるか?」を考えるが、ジョブズは「何をめざすか?」を考える。
( → ジョブズの発想
 これを書いたのは一カ月余り前の 8月28日だ。(それはジョブズ引退の報の数日後だった。それからほんの短い時間を経ただけで、ジョブズはもはやいない。言葉を失う。)

 また、ジョブズが何をしたかについては、その歴史的な評価を述べた項目がある。
 今や、まったく新しい時代に突入しつつある。それはパソコンとケータイが合体して無線を使う環境だ。それは Net 2.0 と呼べる。
 従来は、そうではなかった。たとえば、パソコンは、デスクトップに置かれているだけだった。それは会社にあるか、自宅の机の上にあるか、いずれかだった。ノートパソコンがいくら増えても、それは机上にあるだけだった。せいぜい、自宅の居間に持ち運びができる、というぐらいのものだった。
 パソコンというものは屋外に出ることはなかった。屋外ではあくまで(通常の)ケータイ端末が使えるだけだった。それはとてもパソコンのかわりになるものではなかった。
 ここで時代が変わった。iPhone と iPad というものが出現したからだ。同時に、Android 系の端末も出現した。それらに特徴的なことは、「ケータイとパソコンの融合」である。そこに現れたものは、パソコンとしては低機能だが、「屋外への持ち運び」は完璧に実現できた。もはや通勤途上でも、出張先でも、「そこに無線端子があるかな」というような心配をすることなく、どこでもパソコンを使えるようになった。正確には、どこでもネットを利用できるようになった。「どこでもネット」である。
 時代はまさしく替わりつつある。Net 1.0 から Net 2.0 へ。現代は新たな時代に入りつつある時期だ。それは「どこでもコンピュータ」の時代だ。
 かつて初期には、コンピュータはスタンドアローンだった。せいぜい専用回線で結ばれるだけだった。しかしやがて、コンピュータとコード(通信回線)が結びつくと、コンピュータは世界中のコンピュータと結びつくことができるようになった。これがインターネットの時代だ。
 そして今、コンピュータはコード(有線)を捨てて、ワイヤレスの時代になった。このことで、コンピュータは日常生活のあらゆる場に現れることができるようになった。
 これが Net 2.0 の時代だ。
( → Net 2.0 の時代
 これを読めば、ジョブズのなした業績の大きさがわかる。彼は「インターネットを広げた」というのと同じぐらい大きな変革をもたらしたのだ。iPhone と iPad というものは、ワイヤレスを通じて、「どこでもネット」「どこでもコンピュータ」をもたらしたという意味で、まさしく時代を変革するだけの衝撃を持つのだ。

 ──

 では、そのような大変革は、どうして生まれたか? それは、先に述べたとおりだ。すなわち、凡人は「何ができるか?」を考えるが、ジョブズは「何をめざすか?」を考えるからだ。
 このことを理解するには、数学の問題を思い浮かべるといい。

 中学でも高校でも、数学の問題を解くときに、どうするか? 凡人は、やたらと数式をいじくり回す。たとえば、
   式A = 式B
 を証明するときには、右辺を左辺に移項して、
   式A − 式B 
 というふうに書き換えてから、この値がゼロであることを証明しようとする。そのために式をあれこれといじくり回す。いじくり回していく過程は、簡略化の過程だ。すると、しきり簡略化していったあげく、いつかはこの値がゼロになるので、証明が完了する……というわけだ。
 同様にして、他の数学の問題も、あれこれと式をいじくり回す。すると、いつのまにか、式が変形されて、めざす式にたどり着く。つまりは、
 「大量のトライ・アンド・エラーのあとで、うまく目標の真実にたどり着く」
 というわけだ。これが凡人の方法である。

 一方、数学の天才は、まったく違う過程を取る。やたらと式をいじくり回すことはしない。その代わりに、この式が何を意味するかという本質を理解する。式をいじくるのではなく、式の本質を見抜く。その本質を見抜くと、天啓のように、すべてを一刀両断にする道筋が見えてくる。その道筋は、実際にさまざまな過程をたどることで理解されるのではなく、ぼんやりとした無意識下の試行錯誤が大量になされたあとで、急にひらめく。そして、その道筋が見えれば、最終目標の姿ははっきりとする。そこで、出発点から最終目標に至る過程を、一つずつ逐次的に数式で示していく。この場合、最終目標は見えているのだから、やたらと無駄な試行錯誤をすることはない。単に最短距離を進むだけだ。それはいわば、迷路パズルで、正解が一瞬にして見えるようなものだ。実際にその道筋に線を引くことは、あとでいちいち書くだけのことだ。
 これが天才の思考過程だ。迷路パズルの経路なら、凡人はトライ・アンド・エラーをするが、正解が見えている人はトライ・アンド・エラーをしない。そのことが、あらゆる場合に当てはまる。

 ジョブズの場合も、そうだった。彼には正解が見えていた。はっきりとした形にはなっていなくても、正解が見えていた。だからあとは、それをはっきりとした形にすることだけだった。
 凡人には、正解が見えていない。だからやたらと無駄に大量の試行錯誤をする。そして、どれが正解であるかは、実際に発売するまでわからないのだ。つまり、「市場に聞く」まで、わからないのだ。
 一方、ジョブズはそういう道を取らなかった。彼自身の言葉で言えば、「人々は自分が本当に欲しているものを自分では理解していない」のである
( ※ うろ覚えなので、原文とはちょっと違っていそうだ。出典を覚えている人は、コメント欄に書いておいてください。)

 
 ジョブズには最終目的たる正解が見えていた。他の人々には、見えていなかった。そこが、天才と凡人を分ける点だ。これは真似しようとしてできることではない。

 ──

 人々がジョブズに学べる点は少ない。しかし、人々がジョブズを理解することはできる。
 たとえば、次の情報がある。
  ・ アップルは、売上でも利益でも、マイクロソフトを超えた。
  ・ アップルのPC部門(ハードを含む)の売上は、MSの Windows 部門の売上を超えた。

 ( ※ 前者は、出典多数。後者は、出典を忘れた。出典を知っている人は、
     コメント欄にでも書いておいてください。)


 特に、近年は、次の図のように、伸びが著しい。

apple.png
  → 出典多数

 アップルは近年、非常に急成長して、マイクロソフトを超えるまでになった。それはジョブズの人生の集大成とも言えた。彼はまさしくその頂点に上りつめた。人生の急坂を大急ぎで駆け上り、まさしくその頂点に達した。それは彼のめざした点だとも言える。
 そして、そこに達した直後、彼は世界を去った。人々は彼を失ったことを惜しむ。しかし彼自身は、何も悔いてはいないだろう。なぜか? 彼は世界から離れたとき、地下に埋もれたわけではない。むしろ、その頂点において、地上を離れて、空に舞い上がっていったのだ。
 彼はおのれの望むことをすべてなし遂げた。それは、何かを得るということではない。何かをつかむということではない。彼の望みとは、全力で人生を疾走するということだ。つまり、良く生きるということだ。
 良く生きること。彼はそのことを、人生のすべてを通じてなしていった。彼はケータイゲームのできる iPhone を生み出したが、彼自身がケータイゲームで暇つぶしをするようなことはなかった。彼は典型的なリア充だった。彼はバーチャルな世界で暇つぶしをする代わりに、現実の世界で疾走した。特に、癌に蝕まれてからの彼は、鬼気迫るほどだった。彼の一年は他人の何十年にも相当した。それほどにも彼は密度の濃い人生を過ごした。
 われわれが学ぶべきことがあるとしたら、そのことだろう。晩年の彼は常に死を意識しながら、生をこの上なく充実させた。あまりにも生命を燃焼させた。百万馬力を持つ自動車のように。そのすさまじい勢いの疾走のあとで、彼は世界を離れた。

 ──

 ジョブズは去った。だが、彼が去ったあとにも、われわれには残されたものがある。贈り物として。……それは、何か? iPhone や iPad か? いや、そういうものは、いずれは時代遅れになる。あと 2〜3年もすれば、時代遅れの旧機種になってしまうだろう。十年もすれば、まったく新たな製品が主流となっているかもしれない。
 ジョブズが残してくれたものは、iPhone や iPad 自体ではない。それにともなう、「新しい時代」だ。そして、そのことは、iPhone や iPad に限ったことではない。彼が一番最初に作り出したころの、初期アップル・コンピュータにも、見て取れる。それ以来、彼は実に多くのものを生み出した。人々は忘れているかもしれないが、Windows というものは、マッキントッシュの物真似にすぎないのである。マウス操作によるアイコンのクリックとか、ゴミ箱とか、そういう基本的な枠組みは、ジョブズとともに生み出されたものだった。そしてまた、Android という製品もまた、iPhone の物真似にすぎない。
 ジョブズは常に新たな時代を生み出した。人類のIT社会は、ジョブズによって生み出されたと言っても過言ではない。仮にジョブズがいなければ、人類は、IT社会を構築するときに、正しい道を取らずに、横道に逸れて、遠回りをしていたかもしれない。……たとえば、日本では、電力が 50Hz と 60Hz で混在して、統一が取れない。どうすればいいかもわからないまま、勝手に試行錯誤を始めて、それがのちのちまで継続することになってしまった。今さらやり直そうにも、やり直すことは非常に困難だ。
 実際には、IT社会にはジョブズがいた。彼は何が正解かを見抜くことができた。だから人類は間違った脇道に逸れることもなく、きちんと正しい道を進んでいくことができた。ジョブズのもたらしたことは、それほどにも大きい価値があるのだ。

 真実を見抜ける人は、あまり多くはない。凡人が多い中で、一人だけ真実を見抜けば、異端の人間として、理解されがたいだろう。そういう道を進むのは、困難だ。だからこそ、ジョブズは言った。
  Think different.  Stay hungry, Stay foolish.
 彼の進んだ道を真似することは難しいだろう。しかし彼の進んだ道を理解することはできる。その上で、彼のもたらしてくれたものの大きさを、理解することもできるはずだ。

 ──

 彼が与えてくれたもの。それはあまりにも大きい。それはいわば、人生における最愛の人が与えてくれるものに似ている。
 とすれば、われわれは、「ジョブズに愛された」とも言える。彼はアップルの株式の多くを所有し、巨万の富を得ているが、その巨万の金を使って遊ぼうなどとは考えなかった。人生から引退して、優雅にのんびりと暮らそうとは思わなかった。彼は最初から最後まで疾走した。そして、非常に大きなものをもたらしたが、その大きなものを得たのは、彼自身ではなくて、世界中の人々だった。
 われわれはジョブズに愛されたのだ。そのことを理解するということが、われわれにとってなすべきことで、最も大切なことだ。



 【 関連項目 】

  → ジョブズの発想
  → Net 2.0 の時代



 【 関連サイト 】
  
  → スティーブ・ジョブズ名言集 : ギズモード・ジャパン

  → ジョブズの動画(18分間)
    ※ Google Chrome で見るといいかも。
 


 【 関連 書籍 】

   


ジョブズ・ウェイ   スティーブ・ジョブズ I


 ※ 前者は、かなり評価の高い書籍。お勧めできそうだ。
 ※ 後者は、ジョブズ公認の評伝。実質的な自伝。10月25日発売予定。
posted by 管理人 at 21:17| Comment(7) | コンピュータ_02 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本当のところは誰にもわかりませんが、もしかしたら天が天才に与えた最高の花道だったのかも知れませんね。妙な勘違いをして晩節を汚すこともなく。

「良く生きれば人生は十分に長い」と説くセネカの一節を思い出しました。感謝。
Posted by 深海 誠 at 2011年10月07日 00:48
一般的な知名度はあまり高くありませんが、現在のPCの基になった
マイクロコンピュータ(マイクロプロセッサ)の開発者である嶋正利
博士はWindows OSで市場を制覇してコンピュータの覇権がIBMからMic
rosoftに移行した初期に(90年代の)新聞のインタビューで「今の
パソコンの仕組みだと、OSがバージョンアップされる毎にユーザー
がパソコンを買い換える必要が出てくる。それはユーザーにとって大
きな負担になり、到底背負いきれるものではないだろう。今後はネッ
トワークを駆使してユーザーに負担の掛からないサービスを提供でき
る人間が、次世代のビル・ゲイツになるだろう」と言われておりまし
て、現在の状況を見るとまさにドンピシャリなのですが、その『次世
代のビル・ゲイツ』が『ジョブズ』であった事に二重に驚かされます。
管理人様の言われるとおり、天才に「常識」「固定概念」は無縁なも
のであると改めて思いました。
Posted by 七氏井 at 2011年10月07日 02:40
Think different は正しくは Think differently ではないか……と思って検索したら、次のページが見つかった。(英文)

 Grammar Girl : "Think Different" or "Think Differently" :: Quick and Dirty Tips ™
 http://p.tl/Xybw
> Although “think differently” is correct, perhaps “think different” is acceptable, too.

 まあ、だいたい、想像通りの内容である。
 とても平易な英文なので、一読することをお勧めする。
Posted by 管理人 at 2011年10月07日 12:19
> 「一方、ジョブズはそういう道を取らなかった。彼自身の言葉で言えば、「人々は自分が本当に欲しているものを自分では理解していない」のである。
>( ※ うろ覚えなので、原文とはちょっと違っていそうだ。出典を覚えている人は、コメント欄に書いておいてください。)

について、候補を挙げます。

“This is what customers pay us for − to sweat all these details so it’s easy and pleasant for them to use our computers. We’re supposed to be really good at this. That doesn’t mean we don’t listen to customers, but it’s hard for them to tell you what they want when they’ve never seen anything remotely like it. Take desktop video editing. I never got one request from someone who wanted to edit movies on his computer. Yet now that people see it, they say, ‘Oh my God, that’s great!’” [Fortune, January 24 2000]

http://money.cnn.com/magazines/fortune/fortune_archive/2000/01/24/272277/
Posted by りんご at 2011年10月08日 10:54
> なんか典型的なApple信者(ジョブズ信者)のブログのようだ。

という感想があった。
http://mechag.asks.jp/432705.html

 前にも述べたが、私はアップル信者でもないし、アップルの機械を買ったこともない。触ったことがあるだけだ。
 私は画像処理はほとんどやらず、大量の文章を打つだけだから、Windows が最適だ。アプリを使うときはカスタマイズするか、自作でアプリを作る。
 アップル製品は私には向いていないし、値段が高いだけ嫌いだ。マッキントッシュも好きではない。(初代を除いて。)

 ただし iPhoneとiPad はすごい。これ以後、私のジョブズ評は一変した。
 → http://openblog.meblog.biz/article/2725271.html

 Windows ユーザだからといってアップルを褒めることができないのは、偏狭だ。私はWindows を使うからこそ、アップルをちゃんと褒めることができる。
 ジョブズを褒めることができないWindows マニアなんて、アップルマニアの裏返しにすぎない。敵方のものであれ、優れたものはきちんと評価できるように、心が広くなくては。

 単純に言えば、こうだ。
 世の中には他人の欠点をアラ探しすることしかできない人もいる。(誰がそうかとは言わないが。)
 しかし私は、他人の欠点よりも、他人の美点を探したい。欠点をいくら探しても、それは無駄な徒労にすぎない。それよりは、少しでも学べる点を見出したい。それも、他の人の気づいていないような美点を。他の人が見失っているような美点を。
 それが私の狙いだ。そこを勘違いしないように。

(もしビルゲイツの訃報を聞いたら、今度はビルゲイツを称える文章を書く予定。今回はジョブズの訃報を聞いて、書きたいから書いたのではなく、書くべき責務があると感じたから書いただけだ。なぜなら私はアップル製品を使わなくても、コンピュータを使うことで、アップルに大きなものを負っているからだ。WYSIWYG という懐かしい言葉を知っている人なら、それがわかるだろう。)
Posted by 管理人 at 2011年10月09日 15:54
ジョブズの記念で、初代マッキントッシュでも買っておこうかな……と思って、ヤフオクに行ったら、とんでもない値段が付いていた。

 → http://j.mp/pXvwkW

 もはやビンテージのクラシックカーみたいな馬鹿高値が付いている。骨董品ですね。そのうちもっと値上がりするかも。50年後には百万円を突破しているだろう。(私はもう生きていないだろうが。)
Posted by 管理人 at 2011年10月09日 16:48
 NextStep 開発中のジョブズと過ごした従業員の話。

> 「私たちはNeXTの中でベストを尽くしました。少数ながら、強い意志を持って、資金調達に追われながら団結していました。地球上で最高のCEOと共に、偉大な頭脳を持った人たちが協力し、お互いに挑戦し合うことで、成功への行き当たりばったりの旅をしていました」
 https://gigazine.net/news/20201129-next-with-steve-jobs/


 逸話がいくつかある。
Posted by 管理人 at 2020年11月30日 10:20
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