だが、現実にはその数値が達成された。かつての日本の「高度成長」時代を主導したのは、異端のトンデモ学者だったのだ。 ──
( ※ 本項の実際の掲載日は 2011-10-08 です。)
今ではほとんど夢物語に思えるだろうが、かつての日本には「高度成長」時代というものがあった。そこでは年率 11%もの高度成長が達成された。
ではなぜ、そのような高度成長は達成されたのか? 自然にそうなったのか? 違う。「経済成長率は 11%にできる」という数値を唱えた経済学者がいたからだ。彼は異端の学者だったし、学界からは猛反発を食ったが、異端の首相である池田勇人が、その異端の学説を採用した。
こうして、「所得倍増計画」という政策が取られた。その結果、まさしく、11%もの経済成長が達成され、所得倍増もまた達成された。
これが「高度成長」時代に起こったことだ。
そして、この異端の経済学者の名は下村治という。
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下村治という名前は、その業績に比して、あまり有名ではない。「所得倍増計画」を主導した池田勇人の名はあまりにも有名だが、「所得倍増計画」を提言した経済学者である下村治の名前はあまり有名ではない。Wikipedia でさえ、ろくに紹介していない。
→ Wikipedia 「下村治」
しかし近年、NHK の番組で紹介されたことをきっかけに、いくらか名を知られるようになった。番組の情報は、ネット上にもある。下記。
→ 所得倍増計画を支えた「下村理論」 (感想)
→ その時歴史が動いた:所得倍増計画
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ただ、それとは別に、読売新聞・朝刊 2011-10-08 には、詳しい特集記事がある。これがなかなか興味深い内容だ。私も初めて知った。電子新聞にはゴミみたいな記事ばかりがあるが、金を払えばまともな情報を得られる。(池田信夫みたいに電子新聞[無料版?]しか読まない人には届かない情報だが。)
詳しい内容は、金を払った読者が読めばいいが、ここで簡単に一部を紹介しておこう。
池田勇人は首相になる前に「所得倍増論」(賃金2倍論)を打ち出したが、その裏には私的な経済ブレーン集団「木曜会」があった。そこでは大蔵省出身の田村敏夫がイニシアチブを取ったが、彼は木曜会の中核として、近代経済学の数式を使ったモデル分析を駆使する下村治を据えた。
下村は東大卒で大蔵省入省。結核に悩んだ。そのせいで大蔵省では主流からはずれたが、独自の経済理論を深めていった。下村の考えでは、日本経済は現在「勃興期」にあり、民間の設備投資意欲は旺盛で、年率10%以上の成長を続けることができるはずだ、とされた。
56年の経済財政白書では、「もはや戦後ではない」と強調された。その意味は、これまでの高成長は戦後の復興需要によるもので、いったん戦前の水準に戻ったからにはもはや高成長は見込めない、という低成長論だった。このような低成長論が主流だったので、高成長を唱える下村理論は異端視された。(つまりトンデモ扱いだ。)
下村は当時、後藤誉之介との「在庫論争」など、名だたるエコミストとの論争を繰り広げた。
池田が「月給2倍論」を唱え始めた59年、下村は「成長率6.5%は低すぎる」と、新長期経済計画を批判した。計画の立案者である大来佐武郎は反論した。この論争は「成長論争」と呼ばれ、都留重人や吉野俊彦といった大物が大来に加勢して、戦後最大の経済論争に発展した。
所得倍増計画は、策定の途中で池田が首相になったため、作業が複雑化した。下村らの池田ブレーンとの調整が必要となったからだ。60年には池田は選挙の公約として、9%成長により 10年後の所得倍増を掲げた。その原案は、事務局案が成長率 7.2%だったのに対し、下村は 11%を主張した。最後には池田が「当初3年間は9%」と裁断して、これを公約とした。
この9%という数字は、経済審議会や系企業の議論とは懸け離れていた。大来の本音は「今までのような高度成長はもうないだろう。いいところ5%かな」だったという。そこで経済審議会の答申は年率 7.2%となったが、この答申に池田は不満だった。そこで当面の経済運営として、「当初3年間は9%」と書いて、双方のメンツを立てた。
しかし国民は池田の所得倍増計画に冷ややかだった。「10年後に実現するか?」という質問に、世論調査では「見込みがある 15%、見込みがない 40%、わからない 45%」だった。読売新聞はこれを評して、「10年後には月給が2倍になるなど『夢物語』という、これまでの生活経験から来た、勤め人階級の偽りない気持ちの表れ」と書いた。
さて。これが事前の評価だった。その後、現実は、どうなったか? 60年からの 10年間でまさしく平均11%超の成長率を示した。つまり、下村の試算にほぼ沿った形で推移した。国民総生産は、60年度の13兆円から 70年度の 40.6兆円にまで上がった。
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以上が、読売の記事の内容だ。
要するに、下村は世間ではホラ吹きの扱いだった。今の言葉で言えば、トンデモ扱いだった。ところが、現実には、下村の理論の通りに現実が進んだ。トンデモ経済学者の理論を採用した、トンデモ首相がいたから、日本は史上に例を見ない高度成長をなし遂げた。Wikipedia から引用しよう。
実質国民総生産は約6年で、国民1人当りの実質国民所得は7年(1967年)で倍増を達成した。経済成長率も驚異的な記録を見せ、計画開始1年目(1961年度)にして早くも目標が達成された。そして、それは、日本だけの現象に留まらなかった。数十年後にはアジア各国のモデルとなった。現在では「日本の真似をしよう」という形で、韓国や中国や東南アジア諸国が高度成長路線を取っている。(年7%ぐらいの国はたくさんある。下村理論に従って、「投資が成長をもたらす」というマクロ政策のもとで進んでいる。)
( → Wikipedia )
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結局、このようなトンデモ経済学者とトンデモ首相がいたからこそ、学界の標準的な「正解」をすべてくつがえして、まったく常識はずれな信じがたい方針を取ったのだ。そして、それ故に、日本はまったく常識はずれな信じがたい経済成長をなし遂げたのだ。敗戦後のガレキの山だった日本が、ようやく復興したと思ったら、あれよあれよというまに急成長となって、貧困国から一挙に先進国の仲間入りをしてしまったのだ。
では、今の日本は? 上記のような、トンデモ経済学者とトンデモ首相がいない。だから、常識はずれな信じがたい方針が取られない。そのせいで、日本は高成長をなし遂げられないのだ。
[ 付記 ]
本質的なことを言おう。
高度成長がなし遂げられたのは、マクロ的な経済政策が有効な状況にあったからだ。それは、多大な余剰労働力の存在である。高成長というと、すごいイノベーションがあったからだろう、と人々は思いがちだ。(たとえば池田信夫。)しかし、実際には違う。当時の日本には、多大な余剰労働力があった。これらの労働力が、まともに生産活動をするようになったので、「失業者がまともに働くようになる」という形で、急激な生産性向上と高成長が進んだのだ。
特にその根幹は何か? 多大な余剰労働力というのが、単なる失業者であったのではなく、農村の余剰人口だった、ということだ。高度成長の期間に、農村の人口は激減した。それでいて、農業生産の量はあまり変わらなかった。つまり、農業分野では、生産性が著しく向上した。そこで生じた余剰労働力は、出稼ぎなどの形で、都会に出て、工業の生産に寄与した。
これが「高成長」の本質だ。そして、これはまた、アジア各国でも起こった高成長の原因でもある。
( ※ そのことはクルーグマンが指摘した。彼の場合は、失業者の解消という形で指摘したが。いずれにせよ、イノベーションによる生産性の向上ではない。この点では、クルーグマンと私は共通する。池田信夫は、全然違う。)
( ※ なお、私の見解は、クルーグマンの見解のパクリに近い。クルーグマン先生の方に、独創性がある。高度成長については、私の見解はただの物真似です。クルーグマンの話を日本に当てはめて焼き直したのが、私の見解。)
なお、こういう理由があるから、「現在の日本でも高成長は可能だ」と言える。なぜなら、大量の余剰労働力があるからだ。特に、若年層で、失業者やニートや派遣社員が多い。これらの人々がまともに働けるようになるだけで、著しい高成長が可能となる。今という時期においてすら、「所得倍増計画」は可能なのだ。それは「この 20年間の停滞を取り戻す」という形で、成長を実現できる。そこでは、イノベーションなどは必要ない。
これが、日本経済について、現時点における私の見解だ。(クルーグマンの物真似ではない。 (^^)v )
( ※ ただし、それが実現するかと言えば、実現しないだろう。なぜなら、50年前とは違って、今の時代にはトンデモ首相がいないからだ。下村治みたいな人は、いることはいるのだが、政府の中枢とは無関係で、こんなブログで発言しているだけだ。そのせいで、日本は救われない。今の日本ができることは、何か? 私のブログを読んで、「トンデモだ!」と非難して、憂さ晴らしをすることぐらいだろう。……その結果、自分の首を絞めることになるとしても。 (^^); )
【 関連サイト 】
→ Wikipedia 「所得倍増計画」
→ ノーベル賞学者はトンデモだった (今年の化学賞)
【 参考書籍 】
下村治や高度成長を論じた詳しい書籍として、下記がある。
危機の宰相(沢木 耕太郎)

丹羽春喜先生です。
高度経済成長論をずっと前から唱え続けています。
・ 大規模公共投資または大幅減税
・ 物価は上がらない
・ 財源は政府紙幣の増発
です。一方、私は、
・ 大幅減税
・ 物価は将来的には上がる
・ 財源は将来の増税( or 物価上昇)
です。
丹羽さんの説は、基本的には私の説によく似ていますが、次の点で異なります。
・ 支出先が公共投資だと弊害が多発
・ 物価上昇が起こらないというのは嘘
・ 財源を政府紙幣で済ませるのはゴマ化し
基本的な筋はいいのですが、ペテンによってゴマ化しています。その意味では、その部分についてのみ、正真正銘の「トンデモ」です。
私が本項で言っている「トンデモ」は、「世間からはトンデモに見える天才・異才」ですが、丹羽さんは半分だけは天才的でも、半分だけは正真正銘のトンデモです。そのせいで真実の部分まで白い目で見られてしまいます。
彼の経済政策が「200兆円の政府紙幣発行」をめざすのであれば、あまりにも大規模で日本はひどいハイパーインフレになるので、やるよりはやらない方がいいです。200兆円の政府紙幣発行は、信用創造を含めて 2000兆円の経済拡大効果がありますが、現実の経済はせいぜい年1割ぐらいしか延びないので、その差額はハイパーインフレとなります。現在の GDPが 500兆円で、ハイパワードマネーが 100兆円なので、それとの比較では、2〜4倍ぐらいの物価上昇効果がありそうです。3年間で3倍になる物価上昇率。年率 50%の物価上昇が3年間。石油ショック時代の物価上昇の倍ぐらいの規模です。国家は大混乱。
まあ、正真正銘のトンデモと呼んだ方がいいかも。基本的な狙いはうまく真実を見抜いているが、重要な点(物価上昇)が抜けているので、底抜けの政策。
まあ、「政府紙幣発行」なんて言っている時点で、アレなんですが。どうせなら「日銀券発行」と言えばいいのに。同じことなんだから。……その理解ができないという点で、やはり本物のトンデモ系列なのでしょう。
今度はゼロ成長しか出来ないと言っています。
財政出動でその予測の的中は少し遅くはなりましたが、結局彼の予想通りほぼゼロ成長になりましたね。
化石燃料が高EPRの時代だからこそ高成長が出来たので有ってその条件が失われた現代に同じ事は出来ません。
東京で自噴するような超巨大油田でも見つかれば話は別ですが。
オイル・シェールなる低EPRな劣化油田が実用化しても経済にブレーキ或いは好意的に見てもブレーキの緩和にしかなりません。
なんか勘違いしているようですが、高成長というのは、物をたくさん生産することじゃなくて、金額をたくさん生み出すことです。
たとえば電力をいっぱい消費する真空管型コンピュータがなくなって、半導体型になると、消費電力は大幅に減りますが、生産額はかえって増えます。経済とは(物質量でなく)金額で測るものです。勘違いしないように。
例。画家や音楽家や小説家は、ほとんどエネルギーを消費しないで、莫大な金を稼ぐことがある。
発電量が同じだとするなら真空管コンピューターの時代にはその維持だけで電気を使い果たしてしまったものが、消費電力が大幅に減ることで(性能の向上でも同じですが)他に回せるようになった事が生産額増大の原資です。
食料生産に人口の大半が従事して居た状態から、化石燃料の使用で1%で済む様になったからこそ文化活動に回す人的な余裕が出来た訳で。
世界中の偉大なアーティストを幾ら集めても衣食住の供給が無ければ何も生産不能ですよね?
自給自足したとしても芸能サービスを買ってくれる膨大な人が居なければ膨大な金も稼げません。
余剰人口だけが存在してもエネルギーが伴わなければ活かせません。
そしてそのエネルギー採集に必要なコスト(人員)が増大すればする程今度は逆のベクトルが働くという話です。
例えば石油の価格が1バレル20ドル(2005年ぐらいまでの数値)だったとしたら2011年も2012年もそれだけで日本は貿易黒字に転換します。
先ほどのコンピューターの例なら消費電力や性能は変わらないけど電気代が安くなる事で生産額が増えるという状況。
経済成長というのは、途上国レベルでは量的な拡大を意味しますが、いったん先進国レベルになると、量ではなくて質的な向上によってもたらされます。たとえば軽自動車をやめてプリウスにするようなものです。エネルギー消費が多くなるのではなくて、高品質化する。
という事です。リッター3キロのアメ車の方がプリウスよりも安く走れたのが石油ショック前。
だから燃費なんて気にした無かった訳です。
現代の日本人は年間15バレル程の石油を使ってその使用量は仰る通り殆ど変化有りませんが、支払い費用は激増してます。
バレル20ドルなら300ドルで円を安く見積もっても3万6千円
対して100ドルなら1500ドルで円を高く見積もっても12万円
大凡消費税5%に相当する支払い増が発生してます。
日本の一次エネルギーの1割を占める原発が止まると終わりだなんて人も居ますが、同4割を占める石油の値段が倍になったら原発停止の4倍の影響ですよ。
naverのまとめで申し訳ないですが、既にシェールガス事業者が倒産するような状況で今の価格では維持不能です。供給過剰な上に保存も難しいので一時的に下がってるだけで、今後は悪い条件の井戸を掘らざるを得ない事も含めて採算ラインが上がる一方です。
もう一つの柱の石炭も事情は同じ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120524/232544/?P=2&prvArw
資源としての化石燃料は何万年分だとかそういうレベルで有るので枯渇はしません。
問題は安く使えるエネルギー源としての化石燃料が底を尽き始めてるという事です。メタンハイドレードも高い燃料ですし。
技術革新に期待したい所ですが、発電所などは既に熱効率60%なのでどう頑張っても後50%強しか物理的に改善不能ですし。
輸出禁止にしているから、米国内の価格が極端に下がっているだけです。輸出すれば、米国内価格は大幅に上がって、生産者は儲かります。また、日本などでは、今の価格よりも大幅に低い価格で購入できます。
> 問題は安く使えるエネルギー源としての化石燃料が底を尽き始めてるという事です。
それは50年以上後の話。あと 50年ぐらいは、今よりもずっと安い価格でシェールガスを使える。(ただし米国内だけは、今よりも上がる。)
太陽光発電はそれまでに十分に実用化しているから、なだらかに移行は可能。
あと、予備として、原子力もある。
何も心配することはない。
成長の制約要因として心配するべきことがあるとしたら、エネルギーじゃなくて、人口爆発です。このせいで、水や植物が不足しそうだ。
→ http://urx.nu/3YxY
ttp://www.gepr.org/ja/contents/20130507-01/
鉱区を買った会社の償却(損切り)、中堅会社の破綻、生産の頭打ち、価格の上昇等々書いて有るので是非一読お願いします。
私もガスには期待したいですがまだシベリアの在来型ガス田からパイプライン引く方が現実味有るかと。
脱LNG完全依存(パイプラインとの競合状態にする)はどちらにせよ損は無いですし。