いずれの項目も、朝日新聞社「ニッポン前へ」への提言募集に応募したもの。 ──
前項と次項は、いずれも、朝日新聞社「ニッポン前へ」への提言募集(〆切 05-10)に応募したものだ。(ただし、落選。)
なぜ落選したのか? どうも内容が、朝日新聞社の方針とは真っ向から対立するからだ、と推定される。「優れているとしても、当社の方針に反するのは、気に食わん」というわけだ。
そう推定されるのは、入選作品がいずれもひどい出来であるらしいからだ。
どうして「……らしい」と言うのか? 朝日新聞社は、奇妙なことに、これらの入選作を公開しないからだ。どうも、よほどひどい出来映えのものばかりが入選作となったらしい。
【 追記 】
8月1日に、当選作が公開された。これについては、コメント欄で言及した。
(たしかに、ひどい出来映えばかり。 (^^); )
──
話は、これでおしまいだ。もうこれ以上は、読む必要がない。
ただ、裏事情をめぐる勘ぐりみたいな話を読みたい人は、以下の話を読むといいだろう。
( ※ 推測が多いので、確度は低いが。)
朝日新聞社が「ニッポン前へ」という委員会を創設して、提言を募集した。しかしこれが奇怪なことになっている。
おかしな点は、いろいろとある。次のように。
(1) 2カ月間
募集締め切りは5月10日で、発表は7月17日である。
→ http://www.asahi.com/national/update/0717/TKY201107170463.html
2カ月以上も時間をかけるというのは、あまりにも遅すぎる。その間に復興会議は報告を出してしまった。(6月25日)
こんなに遅く提言を出しても、証文の出し遅れみたいで、意味がないかも。
(2) 未公表
どんなに遅れても、提言を出せばいい。しかるに、7月28日現在、いまだに当選作を公表しない。
やったことは何かと言えば、7月17日に受賞作を決めて、7月25日に授賞式をしただけだ。
→ http://www.asahi.com/national/update/0725/TKY201107250694.html
本来なら、紙面で全文または要旨を公開するべきだし、ネット上でも全文を公開するべきだ。なのに、そういうことを全然やっていない。まったくもって奇怪だ。
(3) 低レベル
受賞作はどんなものかと思って、ネットを調べると、あまりにもひどいレベルのものが多いようだ。
最優秀作は、こうだ。
「具体的なものというよりは、これから何をしたらいいのかという概念、哲学のようなものを書きました。」(本人談)で、この人は立派な人かというと、どうもそうではなくて、こういう経歴の持主である。(らしい)
( → 出典 )
→ 告発するブログ
佳作は、こうだ。
→ 佳作受賞
→ その内容
読んで、呆れてしまった。復興プランというよりは、「復興の財政プラン」ともいうべきものだ。財政面のことばかりを書いている。しかも、本人が物理学者だけあって、経済学的には素人丸出し(つまりトンチンカン)なことばかり書いている。経済学のプロがこれを見たら、あっさり却下するだろう。財務省あたりの役人(東大卒)が見れば、どこが駄目なのかをたくさん指摘してくれるはずだ。(素人のアイデアとしては良くできているが、経済学の専門家から見ればまったくの愚案にすぎない。)
この佳作は、はっきり言って、経済学の素人のたわごとにすぎない。検討する価値もない。
(4) 私の案
それでも、ゴミばかりみたいな案しかないのなら、ゴミのなかで一番マシなゴミを選んで、賞を与えるしかないだろう。
ただ、私としては、復興会議の提言とよく似たものを、応募作として提出しておいた。
→ 前項「復興会議の提言への対案」
復興会議の提言とそっくりなものを「落選」にするのだから、よほど優れた案が入選したのかと思ったが、実状は、上記の通りだ。
ついでだが、復興会議は、私の案の肝心な部分を取り入れて、「復興会議の提言」の骨格とした。
→ 復興会議の提言(その核心)
朝日の関係者には理解できなくとも、復興会議の専門家には理解できた、ということかな。
(5) 落選の理由
私の案はなぜ落選したか? 内容からすれば、他の案と比べて、格段に上のはずだ。ただし、私の案には、朝日の主張とは反することがいっぱい書いてあった。
「福島で太陽光発電をするな」
「仮設住宅を建設するな」
というふうな。特に、太陽光発電に慎重であることが、朝日の逆鱗に触れたのだろう。
( ※ しかし、自社と同じ意見を求めるのであれば、自社の社説だけ掲載すれば済む話だ。「自分とは異なる他人の意見を求める」という趣旨で募集しておきながら、「自分とは異なる意見は受け入れられない」というのでは、何をかいわんや。……もともと自己矛盾みたいなことをしていたわけだ。ハチャメチャ。)
[ 付記 ]
ついでに、朝日の「ニッポン前へ 委員会」というものについて述べる。
この委員会(つまり委員たち)が、いくつかの提言をしているが、呆れるしかない。
・「若者復興支援隊」と「東北自由大学」の創設
・ 復興や原発の担当をする委員会や役所の創設
呆れはててしまった。
(1)「若者復興支援隊」と「東北自由大学」なんて、ごく一部の話題にすぎない。復興のプランの本体とは何の関係もない。そういうことがまったく駄目だ、とは言わない。しかし、そんな話題は、あまりにもマイナーすぎる。重箱の隅にすぎない。
(2) 復興や原発の担当をする委員会や役所の創設なんて、そんなことは国会議員にでも任せればいいでしょう。問題は、役所じゃない。自分できちんとした提言をすることだ。なのに、
「提言をしてください」
と求められた委員会が、
「提言をする委員会を政府に創設しましょう」
というのでは、口あんぐり。
結論。
朝日の「ニッポン前へ 委員会」というものは、あまりにもひどすぎる。およそ委員会の体をなしていない。
これと比べると、菅直人の導入した復興会議というのが、いかにまともに働いたか、よくわかる。月とスッポン。雲泥の差。
菅直人を「無能」呼ばわりする朝日が、これほどひどい無能だとは、思いもよらなかった。呆れるしかない。
──
【 蛇足 】
ひょっとしたら、すべては私の勘違いなのかもしれない。朝日の入選作は、私の書いたもの(前項や次項)と比べて、格段に優れているのかもしれない。つまり、政府の復興会議の提言よりも、数段優れた大傑作なのかもしれない。
もしそうだとしたら、是非とも、公開するべきだろう。その素晴らしい入選作を、是非とも拝読させてもらいたいものだ。さっさと公開してくださいね。私のヘボな案と比較したいので。 (^^);

一読したが、提案としてはゴミばかり。ほとんどが次のいずれか。
・ ただの感情的なエッセー。
・ 特定の微小問題(重箱の隅。漁業など。)
・ 復興以外の問題(財政や太陽光など)
いくらかでも具体的な提案があったのは、次の提案だけ。
「太陽光発電の推進」
つまり、具体的な提案としては、「太陽光発電の推進」以外は、入選していない。(これは復興の提案ではなく、エネルギー問題の提案だが。)
結局、太陽光発電の推進、という出来レース。
そんな話を聞いて、復興のために何の役に立つのか? これじゃただの「心境エッセー」にすぎない。これがどうして特別賞になったのか、さっぱりわからない……と思ったが、最優秀賞からして、大同小異だな。
朝日はもともと、心境エッセーを求めていたようだ。つまり、復興の提案を求めていたのではなくて、一種の文学を求めていたのだ。
この女の子は、インタビューを受けて、「小説も書きたい」と述べている。そういうインタビューばかりが1面を費やして掲載され、肝心の提言は隅っこに追いやられてしまう。(優秀作は短い要約だけだし、佳作はたった1行の要約さえもない。)
今回の募集は、「朝日復興文学賞・エッセー編」だったようだ。
そういうわけで、実際的な復興の提案(実務的な具体案)は、すべて当選とならなかったことになる。
詐欺みたいなものですね。呆れた。
( ※ 仮に、被災地の自治体がこの提言を受けて何かをやるとしたら? 「復興のために頑張ります」という決意表明だけをして、実際には手足を何も動かさないことになるだろう。気持ちだけあって、具体策がゼロ。……朝日の受賞作を見るとわかるのは、そういうことだ。)
──
p.s.
この女の子の提案は、内容としては、ゼロだと思う。これが評価されたのは、朝日がロリコンだからだろう。それ以外には、理由はまったく見当たらない。
仮に、筆者が男子だったら、間違いなく落選していただろう。男子が「頑張るぞ」と決意表明したって、面白くも何ともない。女子だから面白いだけ。
朝日も萌えマニアだな。 (^^);
まず、話の前半は、心境エッセーであり、内容は空無である。(女の子の感想と大同小異。)
話の後半は、具体的な提言があると見えるが、素人の思いつきみたいな案ばかりだ。具体性も弱い。
そのなかで唯一、まともな案と見えるのが、「樹木霊園」というもの。「故人の生前に愛した樹木を植えて、霊園にする」というもの。一見名案だが、よく考えると、ひどい。
(1) 霊園
霊園とは、墓場のことだ。公園ならともかく、霊園なんて、街中にあって嬉しいものではない。名前だけでも、うんざりする。
まず、霊園というからには、墓場であり、骨が埋まっているはずだ。気持ち悪い。そんなもの(死者の骨)なんかを、街中で堂々と示さないでほしい。比喩的に言えば、原宿の駅前が、明治神宮でなく、青山霊園であるようなものだ。そんな駅前は、人々から敬遠される。
一方、死者の骨がないとしたら、なおさら悪い。霊園でもないものを霊園と呼ぶのは、言語の破壊だ。また、霊園でないものを霊園と呼べば、そのことの悪い宣伝効果が出る。たとえば、渋谷の 109を「109霊園」と呼ぶようなものだ。名前だけで集客力を悪化させる。気違いじみた発想だ。(青山墓地を青山霊園と呼ぶのは、別に悪くないが。)
(2) 植樹
植樹を勝手にやるというのは、とんでもない愚行だ。たとえば、次のものを植えたら、どうなる?
竹、銀杏、メタセコイア、
50年もたったころには、とんでもないことになっている可能性がある。たとえば、竹だらけとか、銀杏だらけとか、メタセコイアの巨樹があたりを枯らすとか。(断言はしないが。)
要するに、植樹というのは、きちんと練った計画が必要なのである。各人がてんでにバラバラに植樹すれば、そのあとには混沌や荒廃が起こりかねない。その意味で、きちんとした都市計画や環境デザインが必要だ。
こんな案を出す前に、環境デザイナーに相談するべきだ……と書こうと思ったら、ご本人が環境デザイナーだという。 (^^);
どうなっているんだ、これは? 絶句。
→ http://www.asahi.com/special/10005/TKY201107300390.html
佳作は、こちら。
→ http://www.asahi.com/special/10005/TKY201108030594.html
→ http://www.asahi.com/special/10005/TKY201108040788.html