2011年07月28日

◆ 朝日新聞社「ニッポン前へ」

 前項と次項は、掲載日は 2011-07-27〜28 だが、執筆日は 2011-05-10 である。
 いずれの項目も、朝日新聞社「ニッポン前へ」への提言募集に応募したもの。 ──

 前項と次項は、いずれも、朝日新聞社「ニッポン前へ」への提言募集(〆切 05-10)に応募したものだ。(ただし、落選。)

 なぜ落選したのか? どうも内容が、朝日新聞社の方針とは真っ向から対立するからだ、と推定される。「優れているとしても、当社の方針に反するのは、気に食わん」というわけだ。
 そう推定されるのは、入選作品がいずれもひどい出来であるらしいからだ。
 どうして「……らしい」と言うのか? 朝日新聞社は、奇妙なことに、これらの入選作を公開しないからだ。どうも、よほどひどい出来映えのものばかりが入選作となったらしい。
   
    【 追記 】
    8月1日に、当選作が公開された。これについては、コメント欄で言及した。
   (たしかに、ひどい出来映えばかり。 (^^); )
 
 ──

 話は、これでおしまいだ。もうこれ以上は、読む必要がない。
 ただ、裏事情をめぐる勘ぐりみたいな話を読みたい人は、以下の話を読むといいだろう。
 ( ※ 推測が多いので、確度は低いが。)




 朝日新聞社が「ニッポン前へ」という委員会を創設して、提言を募集した。しかしこれが奇怪なことになっている。

 おかしな点は、いろいろとある。次のように。

 (1) 2カ月間

 募集締め切りは5月10日で、発表は7月17日である。
  → http://www.asahi.com/national/update/0717/TKY201107170463.html
 2カ月以上も時間をかけるというのは、あまりにも遅すぎる。その間に復興会議は報告を出してしまった。(6月25日)
 こんなに遅く提言を出しても、証文の出し遅れみたいで、意味がないかも。

 (2) 未公表

 どんなに遅れても、提言を出せばいい。しかるに、7月28日現在、いまだに当選作を公表しない。
 やったことは何かと言えば、7月17日に受賞作を決めて、7月25日に授賞式をしただけだ。
  → http://www.asahi.com/national/update/0725/TKY201107250694.html
 本来なら、紙面で全文または要旨を公開するべきだし、ネット上でも全文を公開するべきだ。なのに、そういうことを全然やっていない。まったくもって奇怪だ。

 (3) 低レベル

 受賞作はどんなものかと思って、ネットを調べると、あまりにもひどいレベルのものが多いようだ。

 最優秀作は、こうだ。
 「具体的なものというよりは、これから何をしたらいいのかという概念、哲学のようなものを書きました。」(本人談)
( → 出典
 で、この人は立派な人かというと、どうもそうではなくて、こういう経歴の持主である。(らしい)
  → 告発するブログ

 佳作は、こうだ。
  → 佳作受賞
  → その内容
 
 読んで、呆れてしまった。復興プランというよりは、「復興の財政プラン」ともいうべきものだ。財政面のことばかりを書いている。しかも、本人が物理学者だけあって、経済学的には素人丸出し(つまりトンチンカン)なことばかり書いている。経済学のプロがこれを見たら、あっさり却下するだろう。財務省あたりの役人(東大卒)が見れば、どこが駄目なのかをたくさん指摘してくれるはずだ。(素人のアイデアとしては良くできているが、経済学の専門家から見ればまったくの愚案にすぎない。)
 この佳作は、はっきり言って、経済学の素人のたわごとにすぎない。検討する価値もない。

 (4) 私の案

 それでも、ゴミばかりみたいな案しかないのなら、ゴミのなかで一番マシなゴミを選んで、賞を与えるしかないだろう。
 ただ、私としては、復興会議の提言とよく似たものを、応募作として提出しておいた。
  → 前項「復興会議の提言への対案
 復興会議の提言とそっくりなものを「落選」にするのだから、よほど優れた案が入選したのかと思ったが、実状は、上記の通りだ。

 ついでだが、復興会議は、私の案の肝心な部分を取り入れて、「復興会議の提言」の骨格とした。
  → 復興会議の提言(その核心)
 朝日の関係者には理解できなくとも、復興会議の専門家には理解できた、ということかな。

 (5) 落選の理由

 私の案はなぜ落選したか? 内容からすれば、他の案と比べて、格段に上のはずだ。ただし、私の案には、朝日の主張とは反することがいっぱい書いてあった。
 「福島で太陽光発電をするな」
 「仮設住宅を建設するな」
 というふうな。特に、太陽光発電に慎重であることが、朝日の逆鱗に触れたのだろう。

( ※ しかし、自社と同じ意見を求めるのであれば、自社の社説だけ掲載すれば済む話だ。「自分とは異なる他人の意見を求める」という趣旨で募集しておきながら、「自分とは異なる意見は受け入れられない」というのでは、何をかいわんや。……もともと自己矛盾みたいなことをしていたわけだ。ハチャメチャ。)



 [ 付記 ]
 ついでに、朝日の「ニッポン前へ 委員会」というものについて述べる。
 この委員会(つまり委員たち)が、いくつかの提言をしているが、呆れるしかない。
  ・「若者復興支援隊」と「東北自由大学」の創設
  ・ 復興や原発の担当をする委員会や役所の創設


 呆れはててしまった。

 (1)「若者復興支援隊」と「東北自由大学」なんて、ごく一部の話題にすぎない。復興のプランの本体とは何の関係もない。そういうことがまったく駄目だ、とは言わない。しかし、そんな話題は、あまりにもマイナーすぎる。重箱の隅にすぎない。

 (2) 復興や原発の担当をする委員会や役所の創設なんて、そんなことは国会議員にでも任せればいいでしょう。問題は、役所じゃない。自分できちんとした提言をすることだ。なのに、
 「提言をしてください」
 と求められた委員会が、
 「提言をする委員会を政府に創設しましょう」
 というのでは、口あんぐり。

 結論。

 朝日の「ニッポン前へ 委員会」というものは、あまりにもひどすぎる。およそ委員会の体をなしていない。
 これと比べると、菅直人の導入した復興会議というのが、いかにまともに働いたか、よくわかる。月とスッポン。雲泥の差。
 菅直人を「無能」呼ばわりする朝日が、これほどひどい無能だとは、思いもよらなかった。呆れるしかない。

 ──

 【 蛇足 】

 ひょっとしたら、すべては私の勘違いなのかもしれない。朝日の入選作は、私の書いたもの(前項や次項)と比べて、格段に優れているのかもしれない。つまり、政府の復興会議の提言よりも、数段優れた大傑作なのかもしれない。
 もしそうだとしたら、是非とも、公開するべきだろう。その素晴らしい入選作を、是非とも拝読させてもらいたいものだ。さっさと公開してくださいね。私のヘボな案と比較したいので。  (^^);
     
posted by 管理人 at 19:29 | Comment(4) |  震災(東北・能登) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本日の朝日・朝刊に当選作が掲載された。
 一読したが、提案としてはゴミばかり。ほとんどが次のいずれか。
  ・ ただの感情的なエッセー。
  ・ 特定の微小問題(重箱の隅。漁業など。)
  ・ 復興以外の問題(財政や太陽光など)

 いくらかでも具体的な提案があったのは、次の提案だけ。
 「太陽光発電の推進」

 つまり、具体的な提案としては、「太陽光発電の推進」以外は、入選していない。(これは復興の提案ではなく、エネルギー問題の提案だが。)

 結局、太陽光発電の推進、という出来レース。
Posted by 管理人 at 2011年08月01日 11:45
中学三年生の女の子が「特別賞」として入選した。その内容は、「中学生だって何とかしたいという気持ちはある」というだけ。その一行に尽きる。ただの心境告白。それ以外は、あれもこれもと考えた末に、「この案じゃ駄目だな」と自分で却下した案ばかり。で、最後に、「それでも何とかしたい気持ちはある」と示すだけ。

 そんな話を聞いて、復興のために何の役に立つのか? これじゃただの「心境エッセー」にすぎない。これがどうして特別賞になったのか、さっぱりわからない……と思ったが、最優秀賞からして、大同小異だな。
 朝日はもともと、心境エッセーを求めていたようだ。つまり、復興の提案を求めていたのではなくて、一種の文学を求めていたのだ。

 この女の子は、インタビューを受けて、「小説も書きたい」と述べている。そういうインタビューばかりが1面を費やして掲載され、肝心の提言は隅っこに追いやられてしまう。(優秀作は短い要約だけだし、佳作はたった1行の要約さえもない。)

 今回の募集は、「朝日復興文学賞・エッセー編」だったようだ。
 そういうわけで、実際的な復興の提案(実務的な具体案)は、すべて当選とならなかったことになる。

 詐欺みたいなものですね。呆れた。

( ※ 仮に、被災地の自治体がこの提言を受けて何かをやるとしたら? 「復興のために頑張ります」という決意表明だけをして、実際には手足を何も動かさないことになるだろう。気持ちだけあって、具体策がゼロ。……朝日の受賞作を見るとわかるのは、そういうことだ。)
  
 ──

 p.s.
 この女の子の提案は、内容としては、ゼロだと思う。これが評価されたのは、朝日がロリコンだからだろう。それ以外には、理由はまったく見当たらない。
 仮に、筆者が男子だったら、間違いなく落選していただろう。男子が「頑張るぞ」と決意表明したって、面白くも何ともない。女子だから面白いだけ。
 朝日も萌えマニアだな。  (^^);
Posted by 管理人 at 2011年08月01日 12:32
最優秀作というのも、仔細に見ると、あまりにもひどい。

 まず、話の前半は、心境エッセーであり、内容は空無である。(女の子の感想と大同小異。)

 話の後半は、具体的な提言があると見えるが、素人の思いつきみたいな案ばかりだ。具体性も弱い。
 そのなかで唯一、まともな案と見えるのが、「樹木霊園」というもの。「故人の生前に愛した樹木を植えて、霊園にする」というもの。一見名案だが、よく考えると、ひどい。

 (1) 霊園
 霊園とは、墓場のことだ。公園ならともかく、霊園なんて、街中にあって嬉しいものではない。名前だけでも、うんざりする。
 まず、霊園というからには、墓場であり、骨が埋まっているはずだ。気持ち悪い。そんなもの(死者の骨)なんかを、街中で堂々と示さないでほしい。比喩的に言えば、原宿の駅前が、明治神宮でなく、青山霊園であるようなものだ。そんな駅前は、人々から敬遠される。
 一方、死者の骨がないとしたら、なおさら悪い。霊園でもないものを霊園と呼ぶのは、言語の破壊だ。また、霊園でないものを霊園と呼べば、そのことの悪い宣伝効果が出る。たとえば、渋谷の 109を「109霊園」と呼ぶようなものだ。名前だけで集客力を悪化させる。気違いじみた発想だ。(青山墓地を青山霊園と呼ぶのは、別に悪くないが。)

 (2) 植樹
 植樹を勝手にやるというのは、とんでもない愚行だ。たとえば、次のものを植えたら、どうなる? 
   竹、銀杏、メタセコイア、
 50年もたったころには、とんでもないことになっている可能性がある。たとえば、竹だらけとか、銀杏だらけとか、メタセコイアの巨樹があたりを枯らすとか。(断言はしないが。)
 要するに、植樹というのは、きちんと練った計画が必要なのである。各人がてんでにバラバラに植樹すれば、そのあとには混沌や荒廃が起こりかねない。その意味で、きちんとした都市計画や環境デザインが必要だ。
 こんな案を出す前に、環境デザイナーに相談するべきだ……と書こうと思ったら、ご本人が環境デザイナーだという。   (^^);

 どうなっているんだ、これは? 絶句。
Posted by 管理人 at 2011年08月01日 19:07
最優秀賞の提言論文(全文)は、こちら。

 → http://www.asahi.com/special/10005/TKY201107300390.html

 佳作は、こちら。
 → http://www.asahi.com/special/10005/TKY201108030594.html
 → http://www.asahi.com/special/10005/TKY201108040788.html
Posted by 管理人 at 2011年08月04日 18:55
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