身も蓋もない言い方をすれば、「金を儲けるか否か」だ。 ──
科学と技術は、どう違うか?
この問いに対して、次のように答える人が多い。
「科学は『知る』ため、技術は『役立つ』ため」
こう語る人は、科学者が多い。
「技術なんてありふれた実用のための道具にすぎないが、科学は真実を探るものであり、人間精神の精華だ。真実を探求する科学はすごく偉いんだ」
という感じ。
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しかし、これでは、あまり良い対比になっていない。『知る』と『役立つ』とは対極概念ではないからだ。
そこで私なりに語れば、こうだ。
「金を儲けるか否か、というのが違いだ。金を儲けるのが技術。金を儲けないのが科学」
身も蓋もない言い方だが。 (^^);
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例としては、次の例がある。
太陽電池。ヒトゲノム。iPS細胞。
これらについては、たとえ同じこと(例:新構造の太陽電池の開発)をやるとしても、企業がやれば技術であり、大学がやれば科学である。
そのわけは、金儲けの有無だ。企業がやるのはあくまで金儲けのため。大学がやるのは金儲けのためではない。(たぶん名声や出世のためだろう。)
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さらに解説ふうに説明するなら、次の対比もできる。
・ 実際に役立って利益を得るのが技術
・ その技術の基礎を構築して、トンビに上前をはねられるのが科学
さらに、「科学者」「技術者」「経営者」「資本家」という区別もできる。
- 自分では乞食のように金をもらいながら(つまり人のふんどしで相撲を取りながら)、金を与えてくれる世間に対して、「おれは偉いんだ」と得意がって威張っているのが科学者。
- 会社内で「さっさと成果を上げないと白い目で見られるぞ」と怯えながら、金儲けになる新発見を必死になって探し、そのあと見事に探し出しても、その果実となる利益は会社にかすめ取られて、自分はちっとも儲からないのが技術者。
- 他人を鵜のように働かせて、その鵜の取った獲物をざっくり頂戴するという、鵜飼いの匠のようなのが経営者。
- その経営者に高給をはずむが、利益の大部分はちゃっかりいただくのが、何もしないで金儲けする資本家。
つまり、富めるものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなる。そういうのが、資本主義だ。
そして、それにだまされて、「頑張ったものが報われる」というアメリカンドリーム(虚構)を信じる人々がいる。
( ※ アメリカ人はそうですね。日本もちょっと似ているが。)
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ともあれ、科学と技術の違いなんて、コップのなかの騒ぎにすぎない。「バカと阿呆はどう違うか?」というような問題にすぎない。どっちにしたって、科学者や技術者は、世界最高レベルの知性を持っていても、ちっとも儲からないのである。
儲けるためには、創業するしかない。つまり、自分が経営者や資本家を兼ねるしかない。そして、それを理解しない限り、科学者や技術者は、ずるい他人を金儲けするために必死に働く、愚かな奴隷にすぎないのである。
科学者や技術者の共通点は、「知性のある奴隷」もしくは「知性のあるカモ」である。どちらが知性のあるか、なんてことは、意味がない。どっちも(いいように操られる鵜のように愚かな)奴隷またはカモである、ということが大事なのだ。どちらも操られているという点では損をしており、それに気づかずに「利口だ」と威張ろうとしているという点では、どちらも愚かである。

そういう意味では、科学者や技術者を使いこなせない経営者も、金を儲た挙げ句に市場を潰してしまっていつもさまよい歩いている投資家(投機家?)も、賢くないと思います。
今の日本は、そのような人ばかりの国に見えてなりません。本日付けの別のエントリに書かれているように。
出家したと思っても稼げなければ夢を追えません.死物狂いで一番上(独占状態)に上り詰めるしか,日本では何もできません.
団体主義の弊害で少し奇妙な感覚だと村八分に会うのが日本の世の常です.
海外に出るしか多くの場合,独自の夢を正直に追えないのが現実です.
日本は科学者に夢を持たせてくれません.