2011年03月07日

◆ 中間種の問題(進化論)

 ダーウィン説に従うと、進化は連続的な変化となるはずだ。
 しかし現実には、中間種の化石が見つからない。つまり、化石における進化は、連続的でなく、断続的だ。
( ※ その問題を探る。これは論理の穴を探る論理クイズにもなっている。) ──

 ダーウィン説は、進化の原理を「突然変異と自然淘汰」で説明する。とすれば、その進化は、連続的であるはずだ。
 しかしながら、化石を見ると、進化は断続的に起こっている。
 つまり、理論と事実とが一致しない。このことは、次の図で説明される。

danzoku.gif

 理論は図の上半分だが、事実は図の下半分である。このように、理論と現実が食い違う。(ダーウィン説の弱点。)

 ──

 別の表現もできる。
 断続的な進化は、階段状の進化として示せる。次の図のように。

 stage5.gif

 ここでは、「階段と階段の中間がない」という批判が生じる。つまり、「中間種がない」という批判が生じる。
 そこで、中間種を加えて、次の図のようになったとしよう。

 stage4.gif

 これで中間種は存在したことになるか? いや、ならない。これでもやはり、階段状の進化になってしまっているので、ここでも「階段と階段の中間がない」という批判が生じてしまうのだ。
 ダーウィン説では、連続的な進化が起こるはずだ。とすれば、進化は階段状とは倣う図、連続的な斜線で示されるはずだ。次の図の青線(斜めの線)のように。

 stage6.gif

 しかしながら、このような連続的な進化は、化石では見出せない。化石では常に、断続的な進化の化石となる。下の図のように。

 stage7.gif

 この図からわかるように、理論では青い斜線のようになるはずなのだが、現実に見つかるのは、A または B のような水平線となる。ここで、A または B のような水平線は、「種」を意味する。
 そして、種と種の中間にあるものが見出せないということが、「中間種の化石が見つからない」というふうに表現される。
(ここでは、途中に何かがないことが大切なのではなくて、AとBが一定の集団であることが大切だ。仮に、AやBが1個だけだったとしたら、「中間種はまだ見つかっていないだけだ」と言える。しかし、AやBが一定のものとして各十個以上見つかっているのに、AとBの中間のものが一つもないとしたら、「中間的なものが見つからないのは確率的に変だ」と言える。)

 
 ※ 以上は、すでに述べたことの再掲(要点)である。元は、下記項目。
    → 断続進化 (断続平衡説)
 ※ 本項末の  【 補説 】 (1) も参照。




 ここで、新たに考え直そう。テーマを「中間種」に絞る。
 中間種の化石は見つからない。それはいったい、何を意味するか? 

 ダーウィン説に従えば、「中間種の化石はまだ見つかっていないだけで、そのうちいつか見つかるさ」となる。
 しかし、そのようにして新たな化石が見つかったとしても、「中間種の化石は見つからない」という問題は解決しない。階段の二つの段の中間に、もう一つ段を作ったとしても、段々があることには変わりはないからだ。(それは決してなめらかな斜面ではない。)

 しかしながら、中間的なものがまったくない、というのは不自然である。無から有が誕生することがないように、旧種から新種が急に誕生することはありそうにない。そこには何らかの連続的な変化の過程があるはずだ。

 ──

 以上のことをまとめると、次のようになる。
  ・ 事実: 中間種は存在しない。(化石的に判明。あらゆる種で成立する。)
  ・ 原理: 中間的な過程なしで一挙に跳躍的な変化をすることはありえない。


 この二つは矛盾か? いや、矛盾ではない。この二つをともに成立させることは、論理的にはただ一つしかありえない。
  ・ 中間的なものは存在したが、それは種ではなかった。

 つまり、中間種は存在しないのだが、中間的なものは存在したのだ。

 では、中間的なものとは、何か? それは、種ではなくて、別のものだ。つまり、進化は、種単位で起こったのではなく、もっと小さな単位で起こったと言える。単純に言えば、「個体」または「小集団」の単位で起こった。
 このことは、次の図で示せる。(下から上へ、時間順に進化する)
 
       henka.gif
         ( ※ 右側で なめらかさが不足しているのは、ごめんなさい。)


 左図は、ダーウィン説を示す。そこでは、種がだんだんと連続的に変化するが、変化する主体(主語)は、種の全体である。全体が、種の同一性を保ったまま、いっせいに変化する。
 右図は、クラス進化論を示す。そこでは、旧種のなかに新種の個体( or 小集団)が突発的に誕生する。その後、旧種がなだらかに減り、新種がなだらかに増える。そこでは中間種というものは存在しない。

 ※ このことは、すでに述べたことの再掲(要点)である。元は、下記項目。
    → 進化は 変化か交替か




 以上で、二つの論点を示した。あらためて要約すると、次の通り。
 「中間種が存在しないという意味は、(二つの段の)途中の段がないという意味ではなく、連続的な斜線が見出せないということだ。その意味で、化石では、中間種は存在しないと言える」
 「中間種は存在しないが、種レベルではなく、小集団のレベルで、中間的なものは存在したはずだ。種のレベルでは連続的な進化はありえないが、小集団のレベルでは連続的な進化はあったはずだ」

  
 このことから、次の結論を得られる。
  ・ 中間種というものは、化石的に認められない。
  ・ 中間種というものは、理論的にも認められない。(クラス進化論で)
  ・ 種レベルの進化は、断続的に起こったはずだ。(化石に裏付けられる。)
  ・ 連続的な進化を主張するダーウィン説は、化石に矛盾するので、妥当でない。
  ・ 断続的な進化を主張するクラス進化論は、化石に矛盾しないので、妥当である。
  ・ 進化は、種レベルでは断続的だが、小集団レベルでは連続的だ。
  ・ 大進化は、小集団レベルで短期間に起こった。
  ・ 種がひろく形成されたあとでは、種内では小進化だけが起こった。
  ・ 種全体における小進化は、種そのものを別種にするほどではない。(種の同一性)
  ・ 種の同一性があるので、進化は階段状になる。(長期の停滞。)


 ──

 まとめ。

 化石レベルでは、「中間種」というものは見つからない。これは、ダーウィン説に矛盾する。
 ここでは、事実が間違っているのではなく、理論が間違っているのである。従って、理論を事実に合わせて変更するべきだ。(科学主義。)
 とはいえ、「突発的な変化」というのは不自然であり、「連続的な変化」というのは自然である。事実は不自然で、理論は自然だ。そこには謎がある。この謎を解決するアイデアは、ただ一つ。こうだ。
 「中間的なものは存在したが、それは種ではなかった。つまり、中間種は存在しなかったが、種ではない中間的なものが存在した」
 ここで、「種ではない中間的なもの」というのは、化石を残さなかったのだから、ごく少数であったと理解される。つまり、小集団だ。だから、進化というものは、次の二段階で起こったことになる。
  ・ 小集団における大進化 (化石は残らない)
  ・ 種全体における断続的進化 (化石は残る)

 このように理解できる。
 


 [ 付記1 ]
 最後に述べたことについては、比喩的に、次の図で説明される。

river1.gif

river2.gif


 川があり、橋がある。初めは上図のように、全員( ● )が左岸にいた。
 その後、しばらくすると、全員が右岸に移っていた。

 最初と最後を比べると、「全員が左岸にいる」という状況から、「全員が右岸にいる」という状況に変化したことになる。では、この全員はどうやって、左岸から右岸へ移ったのか? 
 
 ダーウィン説の信者ならば、次のように答えるだろう。
 「全員が連続的に少しずつ移動したのだ。全員が一歩また一歩と移動したのだ」
 
 しかし、それはありえない。もしそうすれば、全員が川に溺れてしまうはずだ。
 では、全員が少しずつ移動したのではないとしたら、実際にはどうしたのだろう? 
 正解は、次のページの最後で。
   → 断続進化 (断続平衡説)
 
( ※ ここで、左岸と右岸の間には、川がある。つまり、中間陸地がない。中間陸地がないということが、中間種がないということに相当する。「中間種はまだ見つかってないだけであり、本当は存在するのだ」とダーウィン説の信者ならば思うだろう。しかし、そう思って一歩ずつ移動すれば、川に溺れるだけだ。)
( ※ 要するに、中間種というものは、原理的には存在しえない。しかしながら、ダーウィン説の信者は、「中間は存在する」と勝手に思い込む。そこでは、「中間的な小集団」が存在することと、「中間的な」が存在することとを、混同してしまっているのである。)
 
 [ 付記2 ]
 中間的な小集団は存在したはずだが、中間的なは存在したはずがない。
 にもかかわらず、「中間的な種は存在したはずだ」(まだ見つかっていないだけだ)と主張するのは、あまりにも非科学的だ。それは宗教に近い。「神は存在する」(ただし人間には見えないだけだ)というふうな理屈と同様である。
 中間種が存在しなかったということは、科学的にほぼ証明されている。(先に「A または B のような水平線」というふうに示した箇所。中間種の存在は確率的にありえない。)
 なのに、科学的な証明を否定して、「見つかっていないだけで、存在したはずだ」と思い込むのは、神を信じる宗教とほとんど同様である。その意味で、ダーウィン説は、近代科学というよりは、「中間種というものを信じる宗教」に近い。
 




 ※ 以下は、細かな話なので、面倒ならば読まなくてもよい。

 【 補説 】
 本項で述べた言葉については、言葉の点での注意が必要となる。「中間種」「連続的」という言葉を使うとき、その言葉の概念が誤解されやすいのだ。

 (1) 「中間種」

 本項では「中間種」という言葉を用いたが、この言葉については注意を要する。
 中間種とは、普通に言われているときは、「二つの種のあいだにある、第3の種」というふうに理解されている。そして、「第3の種はまだ見つかっていないだけだ」というふうに説明される。しかし、これは妥当ではない。
 ダーウィン説の発想では、進化は連続的となる。とすれば、そこでは(時間的に)「二つの種」という発想そのものが成立しないのだ。なぜなら、「旧種と新種」という発想は、「階段状の進化」というものを前提としており、それは「連続的」でなく「断続的」な進化を前提としているからだ。
 だから、ダーウィン説における「中間種」とは、「二つの種のあいだにある、第3の種」のことではなくて、「種という概念そのものが成立しないで、古いものから新しいものへと続く」という前提の上で、「古いものと新しいものとを結ぶ連続的な変化の状態」のことを言う。
 図で言えば、下図の青線のことを言う。(連続的な変化)

 stage6.gif

 ところが現実には、この青線のような連続的な変化は見出されず、階段状の変化が見出される。(下図のように。)

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 例。
 ホモ・サピエンスは、この 20万年ぐらい、ほとんど変化していない。(図のB )
 ホモサピエンスの先祖に当たる種を探しても、ホモ・エレクトスなど、いくつかの種が見つかるが、いずれも長期間にわたって変化が少ない。(図のA)
 仮に、ホモ・サピエンスよりも古い何らかの祖先種が見つかったとしても、その祖先種の変化は、青線のようになることはありえず、やはり水平線状の変化になるはずだ。(本項冒頭の例で図示。)
 中間種というものは、ダーウィン説では青線のようになるはずなのだし、それが中間種というものの意味である。そして、そういうものが見つかるはずなのだが、現実には、階段状のものしか見出されない。── これが、「ダーウィン説における中間種が見つからない」という問題の、真の意味だ。「中間種が見つからない」というよりは、「中間状態が見つからない」というべきか。
 単純に言えば、「ホモ・サピエンスが 20万年ぐらいほとんど変化せずに同一種を保つ」ということ自体、ダーウィン説を否定する。ネアンデルタール人であれ、他の種であれ、いずれも何十万年にもわたって同一種を保っており、種の進化を示さない。……こういうことからも、「連続的な変化」という発想は否定される。


 (2) 「連続的」

 本項では「連続的」という言葉を用いたが、この言葉については注意を要する。
 本項で「連続的な進化」というときの「連続的」というのは、器官の長さなどが量的に変化することを言うのではない。では何かというと、新たな形質(新たな遺伝子)が質的に次々と獲得されて連続的に変化することを言う。
 たとえば、「馬の中指がだんだん大きくなる」というような量的な変化のことではなく、「キリンにはキリン独自の形質があるが、それらの形質が小進化の過程で連続的に一つ一つ備わっていく」というような質的な変化のことを言う。
 そして、そのような連続的な変化(小進化の蓄積)は、起こりえない。つまり、遺伝子が塩基レベルで1塩基ずつ変化していって、旧種から新種に変化するということはありえない。むしろ、たくさんの遺伝子が、短期間のうちに大幅に置き換わる。(それが「大進化」である。)
  
 大進化というものは、「小進化の連続」つまり「小進化の蓄積」では説明できない。それがダーウィン説の難点だ。ダーウィン説に従う限り、「急激な進化」など起こりようがないのだ。
 一方、クラス進化論に従えば、「急激な進化」は容易に起こるはずだ。なぜなら、いちいち突然変異はなくとも、「交配」があれば、急激な進化は起こるからだ。そして、その条件は、「突然変異が急激にたくさん生じること」ではなくて、「あらかじめ遺伝子に多様性があり、それらが交配で結合する(組み合わさる)こと」である。
 もともと多様な遺伝子があれば、交配によって遺伝子が結合する(組み合わさる)。これが大進化の原動力だ。それは小進化の原動力とはまったく異なる。
  → 小進化と大進化(形質の数)
  → 小進化と大進化(原理) 【 重要!】



 【 関連項目 】

 本項では、いろいろと話を書いたが、いずれも要約ふうに短い話となっている。より詳しい話は、それぞれ、リンク先に示してある。それらのリンク先を読んでほしい。(関連項目として。)

 なお、下記項目は本項と同様に、ダーウィン説の問題点を指摘している。
  → 小進化の蓄積
  → 小進化の蓄積で大進化?(嘘)
posted by 管理人 at 18:33| Comment(1) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おそらく中間種が存在しないのはシンクロニシティ
Posted by - at 2012年02月05日 22:51
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