2011年02月26日

◆ イレッサ問題の本質

 イレッサ訴訟の判決があった。会社側が副作用の告知が不十分だったことと、国も一部責任があることが指摘されている。
 しかし、誰に責任があるという問題よりも、もっと根本的な問題がある。 ──

 世間では、「製薬会社に責任がある」「国に責任がある」という見解が多い。他にも、「医者に責任がある」「患者に責任がある」「マスコミに責任がある」というような見解も成立しそうだ。
 しかし私は、「誰に責任がある」というような問題ではない、と考える。人々の認識の仕方そのものが根源的に狂っている、と考える。

 ──

 まずは、平均的な認識を知るために、報道を知ろう。読売と朝日の社説を示す。
 《 イレッサ訴訟 副作用の警告を重んじた判決 》
 致死的な肺炎を起こす副作用の可能性を製薬会社は警告し、注意喚起を図るべきだった――。
 肺がんの治療薬「イレッサ」の副作用で死亡した患者の遺族らが損害賠償を求めた訴訟で、大阪地裁は製薬会社「アストラゼネカ」に賠償を命じる判決を言い渡した。
 その一方で、イレッサを承認した国の対応については、「著しく不合理とは言えない」として賠償責任を否定した。
 副作用死が相次ぐことを予想するのは難しく、対応に著しい誤りはなかったとの判断からだ。
 世界に先駆けてイレッサが日本で承認された2002年当時、ア社は、副作用が少ないことをホームページなどで強調する一方、間質性肺炎を発症する危険性は公表していなかった。
 発売時の添付文書でも、間質性肺炎は「重大な副作用」欄の4番目に記載されているだけで、「致死的」という説明もなかった。
 判決は、「注意喚起が図られないまま販売されたイレッサには、製造物責任法上の欠陥があった」と断じている。
 イレッサは、医師や患者の間では、副作用の少ない「夢の新薬」との期待が広がっていた。
 判決が指摘するように、イレッサは化学療法の知識・経験が乏しい医師も使用する可能性があった。しかも患者が自宅で服用できる飲み薬のため、副作用への警戒が薄いまま広く用いられた。
 そうした状況であったのなら、ア社はなおさら、詳しい副作用情報を提供すべきだったろう。
 安全性をおろそかにすることなく、いかに迅速な新薬承認を実現するか。イレッサの教訓を生かさなくてはならない。
( → 読売・社説 2011-02-26
       *      *      *      *
 《 イレッサ判決―情報はなぜ届かなかった 》
 肺がん治療薬イレッサの副作用被害をめぐる裁判で、大阪地裁は製薬企業に賠償を命じる判決を言い渡した。国については、副作用情報を明らかにするよう企業に一定の指導をしていたことなどを踏まえ、責任を否定した。
 多岐にわたる論点のなかで最も注目されたのは、薬には副作用が避けられないことを前提に、その危険情報をいかに適切に医療現場に伝えるか、という問題だった。
 イレッサの添付文書には当初、「重大な副作用」として四つの症状が記載された。「重度の下痢」が最初で、多数の死者を出した間質性肺炎は最後だった。企業と国は「順番は問題ではない」とし、被害を招いた責任は薬の特性を理解しないまま処方した医師にあるというような主張をしてきた。
 果たしてそうだろうか。
 死亡例が相次いだことを受けて、承認の3カ月後に緊急安全性情報が出た。添付文書の冒頭に「警告」として目立つ形で間質性肺炎の危険を書くと、被害は減った。
 「読むのは専門家なのだから」という言い分もあるだろう。だが当時、医学雑誌などを通じて、イレッサには副作用が少ない良薬とのイメージが広がっていた。
 インフォームド・コンセント(説明と同意)という言葉は定着したが、それを実効あるものにするには、医師が正しい知識を持ったうえで、患者に正面から向き合うことが不可欠だ。
 わらにもすがる気持ちで新薬を待つ患者がいる。その期待に応えつつ、安全に万全を期す。二つの課題を両立させることの重要性を、イレッサ問題は改めて社会に示したといえよう。
 それはひとり製薬企業だけの責務ではない。法的責任は免れたとはいえ、判決で「必ずしも万全の対応であったとは言い難い」と指摘された厚生行政もまた、くむべき教訓は多い。
( → 朝日・社説 2011-02-26
──

 読売であれ朝日であれ、「副作用情報の提供が不十分だった。だから副作用情報をもっと十分に提供せよ」という趣旨だ。その主語となるべき言葉が「国」であるか「製薬会社」であるかという点で、いくらか判断の差がある、という程度のことだ。
 
 しかし、この点は、おかしい。製薬会社も指摘しているように、当初は副作用の情報はあまりわかっていなかったのだ。ろくに情報もないまま、大量の症例適用がなされた。そして、そのせいで、大量の死者が発生した。(1カ月目は約50人、2カ月目は約80人。朝日新聞・朝刊 2011-02-26 の記事による。)
 この場合、たとえ適正な情報公開があったとしても、もともと死者の多発は防げなかったことになる。なぜなら、もともと情報がないまま、大量の患者に投与されたからだ。ここでは、患者は人体実験にさらされたことになる。
 
 とすれば、問題は、このように多数の患者が人体実験にさらされたということ自体だ。ここでは、「副作用情報の提供が不十分だった」のではない。「副作用情報そのものがもともとなかった」のだ。世界最初の保険適用であり、世界最初の大規模投与であり、これまでにたいして症例数もないまま大量の患者に投与されたのだ。つまり、情報不十分なまま、人体実験がなされたのだ。ここに本質的な問題がある。

 ──

 とすれば、なすべきことも、わかるだろう。
 (1) 「副作用情報の提供を十分にすべき」なのではなく、「副作用情報そのものがもともとない」とわきまえる。
 (2) 「副作用情報が不十分だ」という点を考慮して、大規模な保険適用を差し控える。(欧米での症例も不十分なのだから、人体実験である」とわきまえる。)
 (3) 国や製薬会社は、副作用の可能性を考慮して、当初は適用患者を絞る。なるべく末期の患者に絞る。あくまで人体実験(治験同然)の扱いにする。
 (4) 副作用情報の記載があるかないかに関係なく、医師としては「副作用については未解明」と理解しておく。その上で、慎重に投与する。


 しかしながら、今回の例では、そのいずれも実現しなかった。むしろ、その反対になっていた。
 (1) 「副作用のない夢の新薬だ」と大々的に宣伝された。マスコミが宣伝して、患者も信じて、患者が医師に要求したりした。政府への早期承認への圧力もかかった。
 (2) 「欧米での適用例もろくになく、副作用情報が不十分だ」という点を考慮せずに、保険適用を急いで、世界初で大規模な保険適用をなした。
 (3) 製薬会社は承認を急がせ、国は世論に押されて承認を急いで、いきなり大規模な保険適用がなされた。最も危険な薬剤でありながら、「夢の新薬」というマスコミの宣伝に踊らされて、世界でも異例の早期承認がなされた。さらにはマスコミの宣伝に踊らされた大量の患者たちが、やたらと安易に服用して、新薬として異例の大規模な症例適用が起こった。本来は当初の適用患者を絞るべきだったのに。
 (4) 副作用情報の記載があるかないかに関係なく、医師としては「新薬なのだから未知の副作用があるかもしれない」と慎重に対処するべきなのに、「副作用については製薬会社のパンフレットだけ見ておけばいい」という他人任せでいた。安全性の判明している既存の薬と同様に扱い、医師として注意不足でいた。慎重さに欠けていた。


 ──

 以上を見れば、何をなすべきだったかもわかるし、現実にはそれとは正反対のことがなされたともわかる。

 イレッサの教訓は、何か? 
 「未知の薬剤に対しては、慎重に対処するべきだ」
 ということだ。言い換えれば、
 「大規模な人体実験なんかするな」(やるなら小規模で慎重にやれ)
 ということだ。

 当時も現在も、新薬承認については、欧米に比べて承認が遅れる、という問題が起こっている。( → ドラッグ・ラグ
 ここでは、欧米ですでに使われている新薬が日本で使えないことが問題となっている。
 一方、イレッサの場合は、欧米でも承認されていない新薬を、日本だけが性急に承認したことによって起こった問題だ。これは、ドラッグラグの問題とはまったく異なる。イレッサの問題を、ドラッグラグの問題とからめるのは、まったく筋違いだ。
 イレッサの問題は、ドラッグラグを少なくするという問題ではない。ろくに治験もなされていない世界初の新薬を、人体実験として大規模に適用しながら、誰もがそれを認識しなかったということにある。製薬会社も、国も、マスコミも、医師も、患者も、誰もがそれを理解しなかった。ここでは、人々の認識が根本的に狂っていたのだ。
 
 ──

 上記の社説を見てもわかるが、責任を国や製薬会社に帰するマスコミが多い。しかし、責任は、「イレッサは夢の新薬だ」と報じたマスコミにもあるのだ。というか、マスコミこそが、最大の責任者だ。その妄想を世間に振りまくことで、医師や患者や世論を動かして、イレッサを異例の早期承認をもたらしたからだ。
 そしてまた、その嘘八百に安易にだまされた国民の軽率さも、指摘されるべきだ。

 イレッサの問題は、国や製薬会社の責任を問えばいい、という問題ではない。人々の根源的な認識に関わる問題だ。
 この問題は、簡単に言えば、「イレッサは夢の薬だ」という宣伝に踊らされたカモたちの問題だ。そして、カモられた人々の背後には、詐欺師がいる。そしてまた、詐欺師にだまされて手先となったマスコミもいる。
 この問題は、社会全体がだまされたライブドアの問題とも似ている。(社会の妄想、という点で。)

  → ライブドア・二重の虚構―夢から覚めたという夢

 人々は社会的に何度も大騒ぎして、だまされる。イラク人質事件でも、ライブドア事件でも、イレッサでも、やたらと騒いでは、とんでもないところに足を突っ込む。集団自殺するレミングの群れみたいに。
 そういう愚かさを理解するべきだ、ということが、イレッサ事件の最大の教訓だ。



 【 関連サイト 】

 関連情報を示す。

 (1)
 死者数については、朝日新聞・朝刊 2011-02-26 にグラフなどの詳しい情報があるが、下記にも情報がある。
  → イレッサの副作用で、どれくらいの人が亡くなっているのですか

 (2) Wikipedia には次の2項目がある。あまり役立たないが。
  → 国や製薬会社による薬害であるとする意見
  → 国や製薬会社のせいではないとする意見 (上項の続き)
 ( ※ ただし、この Wikipedia の記述は、当てにならない。ほとんどデタラメと言える記述もある。トンデモマニアが書いたらしいが、浜六朗のイレッサ批判を批判している。その理由は、「浜六朗のインフルエンザ批判がトンデモだから」という理屈。イレッサ批判を否定する理由として、インフルエンザ批判が間違っていることを指摘しても、何の理由にもならないのだが。トンデモマニアが Wikipedia を書くと、こういう論理倒錯を起こす。)

 


 [ 余談 ]
 ついでに、ドラッグラグの問題について。
 「欧米で使われている薬を早期承認するべきだ」
 という見解がある。
 私としては、原則、「自動承認」でいいと思う。「日本人の独自の体質」というものが話題になることがあるが、そういう人種差を考慮する必要はほとんどない、と思う。
 
 今までわかっている範囲での人種差というと、
 「イレッサはアジア人の女性では副作用がなくて効果的になる傾向がある」
 ということぐらいだろう。これは、「副作用がある」というよりは、「副作用がない」という例外だ。
 一般的には、遺伝子レベルの差は、アジア人と他人種と差よりは、アフリカ人の内部にある差の方が、ずっと大きい。(アフリカ人の内部にある差はとても多様だ)
 また、アメリカ合衆国のような人種のるつぼでは、さまざまな人種を通じた治験もなされているはずだ。
 その意味で、アメリカで十分な治験がなされているのであれば、いちいち日本で治験をする必要はない、とも言える。また、アメリカ内部で人種差を考慮しているかどうかは知らないが、もしアメリカ内部で人種差を考慮していないのであれば、日本だけが人種差を考慮する必要はろくにない、とも言える。
 ま、遺伝子と人種差と副作用という問題は、私の専門じゃないから、あまり詳しくは論じないが、上記のような論点があるということぐらいは、知っておいてもいいだろう。




 【 関連項目 】

 本項には続編があります。本項の2年後に、新たな情報を得て、次の項目を書きました。
  → イレッサ問題の根源
   ※  イレッサ問題の本質は、マスコミによる虚偽宣伝だが、その根源には、製薬会社によるマスコミ買収があった。
posted by 管理人 at 19:20| Comment(4) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確か記憶では強い副作用が報告されているのに係わらず患者が使用保険適用をせっついて 国が珍しく早く対応した薬(毒?)
いまさら副作用の告知がどうのこうのとかちゃんちゃんらおかしい すじが通らない・・・自己責任!!
Posted by 松本一歩 at 2011年02月28日 13:23
イレッサ最高裁判決。国が勝訴。原告側の全面敗訴。
  → http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130402-OYT1T01040.htm
  → http://mainichi.jp/select/news/20130403k0000m040068000c.html
Posted by 管理人 at 2013年04月03日 06:34
判決についての解説。誰が悪かったか。責められるべきは誰か。
 → http://togetter.com/li/487256
Posted by 管理人 at 2013年04月13日 21:50
イレッサ問題について、新たな項目を書きました。
  → 「イレッサ問題の根源」
   http://openblog.meblog.biz/article/15529976.html
Posted by 管理人 at 2013年04月14日 16:30
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