鶏が先か卵が先か?
この問題については、長年、次のように信じられてきた。
「卵が先である。なぜなら、進化は突然変異によって起こるが、その突然変異は、卵の段階で生じたからである」
つまり、鶏でないもの(親)の遺伝子に、突然変異が生じて、鶏であるもの(子)が誕生した。ここで、鶏であるもの(子)は、最初の卵の段階から鶏であった。ゆえに、卵が先である。
以上は、ダーウィンの進化論から得られる、当然に結論である。(論理的な推論。)
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今回、新たに出たのは、次の結論だ。
卵の殻と鶏の卵巣に共通して含まれるovocledidin-17というたんぱく質に着目。スーパーコンピューターを使って、生命体の内部で無機物や固形物が生成されるバイオミネラル化の過程をシミュレーションした。こうして、スパコンを使って計算することによって、「鶏が先だ」という結論が得られた。
その結果、このたんぱく質には鶏の体内で卵の殻の形成を促進させるはたらきがあるらしいことを、世界で初めて突き止めた。これまで ovocledidin-17にどんな働きがあるのかは分かっていなかった。
さらに、鶏の卵巣の中にこのたんぱく質がないと、卵ができないことも判明。ここから、鶏の方が卵よりも先だとの結論に結びついた。
( → 翻訳1 ,翻訳2 ,英文 )
つまり、鶏の段階になってようやく、生物は卵をもつようになれたのだ。鶏よりも古い生物では、卵をもてなかったのだが。…… ん? (^^);
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もちろん、「鶏よりも古い生物では、卵をもてなかった」ということは、ありえない。ゆえに、「鶏が先」という結論は得られない。
上の記事から得られることは、次のことだ。
「どんなにスパコンを使って計算しても、論理がすっぽ抜けていると、滅茶苦茶な結論が得られる」
まったく、スパコンを使って、何やっているんだか。
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では、正しくは?
(1)
第1に、ダーウィンの進化論に従うのなら、「卵が先」という結論は得られない。なぜか? ダーウィンの進化論では、「進化は漸進的に進む」ということになっている。いわば白から黒へとなだらかに進む。途中には無限の灰色の段階がある。「ここまでは白で、ここから先が黒」というような線は引けない。
ゆえに、論理的には、次の結論が正しい。
「ある時点以前と以後で、鶏であるか否かを決定できないので、卵と鶏のどちらが先とも言えない」
つまり、「どちらでもない」というのが正解である。強いて言えば、
「どの段階であれ、卵と(誕生後の)個体は常にレベルが同じであるが、個体とそれの産む卵とはレベルが微小に違う」
ということから、「卵の方がちょっぴり先だ」と言えそうだ。
(2)
第2に、クラス進化論に従うのなら、進化をもたらすのは、突然変異ではなく、交配である。複数の遺伝子が、交配によって組み合わされ、一つの個体になる。
たとえば、 A,B,C,D という遺伝子は、それまでは鶏ではない個体に備わっていたが、A,B,C,D のすべてを備えた個体が、交配によって新たに誕生した。このとき、最初の鶏が誕生したことになる。……ここで、この場合にも、その個体は卵の状態で誕生した。だから、「卵が先」と言える。
ただ、上記 (1) のように、「少しずつ進化する」という事情があるから、厳密に言えば、「卵の方がちょっぴり先だ」と言えることになる。
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私の見解は?
「この問題は、最初からトンチみたいなものであり、生物学や進化論には馴染まない」
と言える。もともと線引きができないのだから、「どこに線引きをするか」という問題がもともと狂っている。
トンチみたいなものをまともに扱う方が、馬鹿げている。無理にこじつけみたいな結論を出せば、冒頭の科学者みたいに、馬鹿をさらけだすだけだろう。
[ 付記1 ]
なお、私なりにうまく答えるなら、トンチつきの科学で、次のように答えたい。
「鶏は、生物種ではなく、家禽である。鶏の原種は、(野生種の)セキショクヤケイである。セキショクヤケイは鶏ではないが、セキショクヤケイが家禽になったものは鶏である。両者は生物種としては同じである。品種・亜種としては違うが、本質的には同じものだ。ゆえに、鶏以前のもののも、鶏以後のものも、どちらも同じである。同じものの間に、線引きはできない。ゆえに、『解なし』が正解である」
[ 付記2 ]
ただし、話をずらさずに答えるなら。……
「一般的に、新種については、個体と卵のどちらが先か?」
という質問には、上記の (2) を支持したい。「つまり、卵が先」である。ただしその理由は、突然変異ではなく、交配だ。
このことは、「ミトコンドリア・イブ」という発想でも理解できる。一番最初のイブは、あるとき突然誕生したのではない。「ミトコンドリア・イブ」のほかに、「Aという遺伝子のイブ」「Bという遺伝子のアダム」などがたくさんいた。そういう部分的なイブや部分的なアダムがたくさんいたあとで、交配により、最初の人類が出現した。
当然だが、「たった一人のイブがいた」という説は成立しない。「たくさんの部分的なイブや部分的なアダムがいた」というのが正しい。
このような発想をしないで、「あるとき突然、最初の人類が誕生した」とか、「あるとき突然、最初の鶏が誕生した」という発想を取るのは、あまりにも見当違いなのである。そこでは話の前提そのものが狂っている。
「鶏が先か卵が先か?」
という問題に対しては、「問題そのものが間違っている」というのが、正解だろう。
比喩。
「人が最初に食べる食事は、朝食か、昼食か、夕食か?」
どう答えても、誤答である。
正しくは、「人が最初に食べる食事は、おっぱい(母乳)である」だ。つまり、問題そのものが間違っている。

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研究チームのシェフィールド大の研究者が「鶏が先という科学的証拠が得られた」と勇み足気味のコメントを出すなどしたため、「難問がついに解決」と騒ぎになった。同じチームのウォリック大の研究者は15日、「謎そのものが無意味。今回の成果は人工骨の開発などに役立つだろうが」とのコメントを追加で発表、沈静化に走っている。
シェフィールド大の広報担当者は取材に「今回の研究の範囲では『鶏が先』だが、完全な回答にはならない。解明は哲学者や進化生物学者に任せたほうがいい」と答えた。
http://www.asahi.com/science/update/0720/TKY201007200106.html