2010年09月07日

◆ トサカは何のため?

鶏などのトサカは何のためにあるのか? 「性的魅力のため」「放熱のため」という二つの理由が知られている。だが、私はまったく別の見解を示す。目的説ではなく、原因説で。 ──
                  cf. トサカ 画像1画像2画像3
 
 鶏などのトサカは何のためにあるのか?
 これは、問題自体が、目的説の問題だ。その回答は「××のため」という形になる。特に、次の二つだ。
  ・ 性的魅力のため
  ・ 放熱のため

 しかしこのいずれも、理屈としては成立しない。以下、順に説明しよう。
 
 ──

 (1) 性的魅力のため

 鶏のトサカは、オスでは大きく、メスでは小さい。オスでは大きいのは、オスの性ホルモンが影響している。そこで、「性的魅力のため」という説が出る。(いわゆる性淘汰説。)
 しかしこれは、話が逆だろう。性ホルモンの影響で、トサカが大きいと、メスには性的魅力があると見える。人間で言えば、次のような状態だ。
  ・ 顎先や頬骨が出ている。
  ・ 筋肉質である
  ・ 毛が少ない
  ・ ヒゲが濃い

 こういう形質を見ると、「男らしいな」と感じられる。しかし、それは「その方が女に人気があるから」というような理由ではない。実際には、「優男」みたいな、女性的な男性の方が、人気がある傾向にある。男っぽすぎる男は、かえって不人気だ。
 というわけで、「性的魅力があると有利だから、そういう形質になった」というのは、一般的には成立しがたい。むしろ、「男に特有の形質を、男らしく感じるだけだ」というふうに解釈するべきだ。(論理が逆。)
 トサカもまた同様だ。
 だいたい、トサカがオスのシンボルだとしたら、メスにも小さめのトサカがあることが説明できない。
 また、トサカが性的魅力のためであるとしたら、どのような鳥類(属レベル・目レベル)においても、性的魅力のためのトサカを備えた種があっていいはずだが、現実にはそんなことはない。トサカをもつ種は限られている。(後述 
 とすれば、性的魅力というような表面的な理由ではなく、もっと根源的な理由があるはずだ。
 もう少し詳しく言おう。
 トサカの有無は、種レベルではなくて、もっと上のレベルで、有無が限定されている。具体的に言えば、次の範囲でのみ、トサカは見られる。
  ・ キジ目   (ライチョウ・ニワトリなど)
  ・ ダチョウ目 (ヒクイドリなど)

 この範囲内であれば必ずトサカがあるというわけではないが、トサカがあるとすればこの範囲内に限られる。(鳥類では。)

 (2) 放熱のため

 「放熱のため」という理由は、はるかに道理が通っている。このこと自体は、間違いではないと思う。私としても、かなり肯定的に評価したい。
 ただし、「放熱のため」というのは、目的としては弱いのだ。なぜなら、その放熱器が、頭部にある必要がないからだ。むしろ、頭部にあることで、動作などの点で非常に不利である。空気抵抗にもなるし、枝の果物を食べるときに引っかかりやすくなる。
 どうせなら、後部の尾に放熱器が付いている方が合理的だ。また、翼や脇の下に大きな放熱器があるのでもいい。いずれにせよ、頭部に放熱器があるというのは、理屈としてはおかしい。

 さらに、根源的な問題がある。放熱器というのは、かなり重要な器官だ。ところが、それをもたない鳥類の方が、圧倒的に多い。
 このことは、体のサイズに依存しない。小さなスズメであれ、大きなアホウドリであれ、放熱器としてのトサカをもたない。
 放熱器は、それをもつ種にとってはとても重要である(不可欠である)のだが、それをもたない種にとっては不必要なのだ。ここには一種の矛盾がある。その矛盾を解かない限り、「放熱のため」という説は成立しない。
  
 つまり、その説を成立させるためには、次の二点を同時に説明する必要がある。
  ・ ニワトリでは、放熱器が必要である
  ・ 他の鳥類では、放熱器が不要である

 この正反対の事実を、同時に説明しなくてはならない。

 ──

 ここで、進化の面から着目すると、面白いことに気づく。
 「トサカをもつのは、最も進化した恐竜と、最も原始的な鳥類である」


 恐竜のうち、最も新しい時代のものに、「鳥形恐竜」というものがある。(オビラプトルなどだ。)これらは、見た目は鳥にとても近い。しかも、トサカがある。
 一方、トサカをもつのは、キジ目とダチョウ目だ(前述の通り。) この二つのいずれも、最も原始的な鳥類である。(見た目もかなり似ている。)

 ──

 上の進化的な事実から、次のように推論できる。
  • 恐竜は、恒温性を持たないが、体が巨大だったので、体温の変動はあまり大きくなかった。
  • しかし、恐竜が小形化して、鳥形恐竜が生じると、体温の変動は大きくなりがちだ。このことは、昼と夜との行動に不便である。そこで、鳥形恐竜では、恒温性を不十分な形で獲得した。つまり、半恒温性があった。
  • 半恒温性を持つ生物は、発熱機能をもつが、自動調整機能はまだ十分に発達していない。寒さに耐えるだけの発熱機能はあるが、熱さに対して体温を下げる(発熱量を自動的に落とす)機能が十分でない。そのせいで、体温が高くなりすぎることがある。
  • 体温が高くなりすぎると、脳に不都合である。(脳細胞は高熱に弱い。40度ぐらいまでしか耐えられない。他の肉体組織とは違う。)そこで、この問題を避けるため、脳に限った放熱装置が必要となる。それがトサカだ。
  • 要するに、トサカとは、不完全な恒温性(半恒温性)をもつ生物に限って備わった。そういうわけで、鳥形恐竜には、トサカがある。
  • 下等な鳥類もまた、半恒温性を受け継いだ。ただし、脳の発達にともなって、恒温性の機能も高まったので、種によってはトサカを必要としなくなった。それでも、トサカを維持している種も残った。それが、(原始的な鳥類である)ニワトリやライチョウやヒクイドリだ。
  • 原始的な鳥類であるキジ目やダチョウ目では、恒温性が完全ではなかったが、それ以後の鳥類では、恒温性が完全になった。つまり、体温が高まると、発熱機能を自動的に下げるように、脳が発達した。それにともなって、トサカは不要となった。だから、キジ目やダチョウ目よりも進化した種では、トサカがない。(トサカは飛行にも不便だから、ない方が好ましい。)
 ──

 以上は、私の仮説だ。このようにして、トサカの理由は説明できる。
 目的論で言えば、「放熱のため」と言えるが、特に、「脳の温度を上げないため」と言える。だからこそトサカは頭部にある。
 だが、より正確には、原因論で語るべきだ。放熱のためということであれば、他の生物にもトサカがあってしかるべきだが、他の生物にはトサカはない。これはなぜかというと、原因論で説明される。こうだ。
 「原始的な鳥類では、恒温性が不十分なので、体温が高くなることがある。その問題を避けるために、トサカがある。しかし、普通の鳥類や哺乳類では、恒温性が十分なので、体温が高くなりすぎることはない。2010年の夏みたいに、気温が 40度近くになっても、体温が 45度ぐらいまで上昇することはない。だから、普通の鳥類や哺乳類では、トサカがない」


 ここでは、恒温性が不十分であるか否かが、トサカの有無に結びついている。

 ──

 では、恒温性が不十分であるか否かは、どうして決まるか? これは、二つの点から説明される。

 (A)脳の発達

 恒温性を制御するのは、脳幹だ。特に、視床下部だ。ここでかなり複雑な作用があって、個体の恒温性を維持する。このような能力は、初期の哺乳類で獲得され、また、初期の鳥類でも獲得されたようだ。
 いずれにせよ、かなり十分な脳の発達が必要とされる。つまり、恒温性が獲得されるためには、脳の進化が必要であった。脳が進化した種だけが、恒温性を獲得できた。
( ※ ただし、一挙に獲得したわけではあるまい。脳の発達の途上では、半恒温性があったはずだ。)

 (B)肉体の発達

 恒温性が必要なのは、脳だけではない。肉体もだ。特に、哺乳類や鳥類では、体温が低くなりすぎると、「低体温症」という症状になって、死んでしまう。( Wikipedia 「低体温症」を参照。)
 これはどうしてかというと、哺乳類や鳥類では、一定の温度を必要とするように、体のシステムができてきているからだ。なぜそうなのかと言えば、一定の温度を前提とすることで、高度な機能を獲得したからだろう。そのことは、哺乳類や鳥類の俊敏さを見ればわかる。爬虫類はいずれも動きが鈍い( or 単純だ)が、哺乳類や鳥類の俊敏さははるかに上だ。
 たとえば、トカゲならば素早く動くことは可能だが、その動きはほぼ一定であり、急激な変更はない。しかるにネズミやスズメならば、敵が近づくと、さっと方向転換して逃げ出す俊敏さを見せる。その点では人間を上回るとさえ言えるほどの俊敏さだ。
 哺乳類や鳥類は、俊敏に動ける肉体を持つ。それは、肉体のシステムが、爬虫類のシステムとは根本的に異なっているからだ。(生化学的な酵素反応レベルでシステムが完全に異なる。)
 そして、そのようなことは、哺乳類や鳥類が「一定の温度」という条件を備えたことで、可能になった。(一定の温度で反応が最適化される酵素反応のシステムを備えることで、ATP などを十分に利用する高度なシステムを備えることができた。逆に、爬虫類では、一定の温度が保証されなかったから、レベルの低い生体反応のシステムしか構築できなかった。)

 《 注記 》

 哺乳類の場合、体温が低下すると、低体温症で死んでしまう。ただし例外があり、それは「冬眠」だ。熊のように「冬眠」をすれば、活動停止を代償として、生命を維持できる。
 逆に言えば、体温が低下しても生命を維持するためには、冬眠という活動停止状態になる必要がある。体温が低下しても活動できる爬虫類(変温動物)とは根本的に異なる。それというのも、生態システムが根本的に異なるからだ。


  ────────────

 以上をまとめれば、次のように言える。
 「トサカの有無は、恒温性と密接に関連する。鳥形恐竜や原始的な鳥類には、トサカがある。それは、生物がこれまで徐々に恒温性を獲得してきた進化の過程を示す」


 このことから、逆の形で、次のように言える。
 「キジ類やダチョウ類には、トサカをもつ種がある。それは、これらの種が、鳥類としては進化のレベルが低いことを示す。肉体のレベルはそれほど違っているとは思えないが、脳のレベルはいくらか違っているはずだ。キジ類やダチョウ類は、脳の発達レベルがいくらか劣っている。それゆえ、キジ類やダチョウ類は、一般の鳥類よりも、進化的に古い種だと見なせる」

 これは、次のことを結論する。
 「(ダチョウのような)走鳥類は、飛ぶ能力をなくした(翼をなくした)鳥類なのではない。逆に、走鳥類が先にあり、走鳥類から翼をもつ種ができて、一般の鳥類(翼のある鳥類)となったのだ。そして、一般の鳥類(翼のある鳥類)のうち、最も原始的なものが、キジ類である。キジ類は、恒温性も不十分であり、飛ぶ能力も不十分である。しかし、それ以後の種は、恒温性も十分となり、飛ぶ能力も十分となった」

 つまり、進化の順序としては、次のことが成立するはずだ。
   恐竜 → 鳥形恐竜 → 走鳥類 → キジ類 → 一般の鳥類


   ※ 「ダチョウ類」と「走鳥類」は、同義ではない。 → 別項
  
 上の結論(進化の順序)が、トサカの有無から、推論されるわけだ。
 逆に言えば、「鳥類から走鳥類に進化した」という説は、成立するはずがない。なぜなら、それは、
 「恒温性のある種から、恒温性のない種へと、進化した」
 ということを意味するので、「進化の不可逆性」という原則に反するからだ。
 脳が発達して恒温性を獲得した種が、さらに進化したなら、「脳が退化して恒温性を失う」というような進化はありえない。それゆえ、「鳥類 → 走鳥類」という進化はありえないのだ。
( ※ トサカを説明する本項の仮説に従えば、という条件が付くが。)
   
 [ 付記 ]
 注意しておくが、本項の全体は、仮説である。何らかの学術的な定説を紹介するものではない。また、明白な証拠によって実証されたわけでもない。あくまで仮説だ。そして、その理由は、合理的な推論だ。
( ※ 論理によって犯人を推定する名探偵と同様。あくまで推理。)
 


 [ 余談1 ]
 どうでもいい話だが……

 性的魅力のせいでトサカがあるのであれば、他の生物にもトサカがあっていいはずだ。特に、人間も。  (^^);
 しかし人間には、トサカはない。トサカがなくても、せめてモヒカン刈りにすればよさそうなものだが、モヒカン刈りにする人はごく僅少だ。
 逆に、真ん中で分けて、真ん中を凹ませるヘアスタイルの人は、とても多い。(一時期のキムタクもそうだ。)
 というわけで、「性的魅力」という話は、ありえそうにない。

 とくに、「トサカができたあとで、トサカが発達した」というのならば論理になるが、「トサカのない鳥に、トサカができたら、性的魅力が感じられた」ということは、絶対にありえない。
 そのような個体が突然変異で生じたら、「奇形」として嫌われるはずだ。人間だって、そうでしょう。トサカが突然できた人間は、「奇形」として嫌われるはずだ。(見た目はキン肉マンみたいな感じかな。  (^^); )
 
 何だか、気持ちの悪い話になったが、それというのも、私が意図したことではなくて、「性淘汰」という変な論理を持ち出す人々(ダーウィニズムの盲目的信奉者)が悪い。何でもかんでも性淘汰にしすぎる方が悪い。やたらとセックスを持ち出せばいいというものではないのだが。無節操すぎますね。   (^^);
 
 [ 余談2 ]
 なお、この論理(性的魅力のために器官がある)のインチキを示すには、次の例もある。
  「女性の乳房は、性的魅力のため」
  「男のヒゲは、性的魅力のため」
  「男性の筋肉隆々の体は、性的魅力のため」
 理屈としては成立しそうだが、こじつけにすぎない。

 実際は次の通り。
  「女性の乳房は授乳のため。ふだんは 乳房を見せずに隠す」
  「男性のヒゲは、むさくるしいので、なるべく剃り落とす」
  「男性の筋肉隆々の体は、肉体労働のため。(知的労働者には不要。)」

 要するに、「女性の乳房」「男性のヒゲ」「男性の筋肉隆々の体」などは、そこに性的魅力を感じることはできるが、だからといって、性的魅力のためにそのような器官が存在するわけではない。「性的魅力のためにある」というのは、論理が倒錯している。このような倒錯論理は、あまりにもキテレツだ。

 例。
 「水を飲むと小便が出る」 → 「水を飲むのは小便を出すため」
 「食事を取ると大便が出る」 → 「食事を取るのは大便を出すため」
 「昼間 起きていると、夜 眠くなる」 → 「昼間 起きているのは、夜 眠るため」
 「女性のあそこには性的魅力がある」 → 「女性のあそこは 男に見せてアピールするため」
 ……んなアホなこと、あるわけないでしょ。   (^^);

  


  【 関連項目 】

  → 鼻の下の溝(人中)は何のため?
  → 人の唇はなぜ赤い?
  → 人の鼻はなぜ高い?
  → 馬の顔はなぜ長い
  → キリンの前脚はなぜ長い
  → キリンの首はなぜ長い?
  → ゾウの鼻はなぜ長い?
  → 猿の尻はなぜ赤い?

  → 人は猿に進化するか?
 
   ────────────

 走鳥類の位置づけについては、(本項以後の)次の各項を参照。

  → 恐鳥類と走鳥類
  → 走鳥類の位置づけ[修正]
  → 走鳥類とドードー
  → 鳥類の本質
posted by 管理人 at 19:41| Comment(1) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
鳥類の本質についての新しい見解に目からうろこ状態でした。非常に参考になりました。
Posted by 金本 俊樹 at 2012年09月30日 23:15
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