2010年05月22日

◆ 三田紀房の医療改革案

 三田紀房が医療改革の提案をしている。(漫画で。)
  ・ 医療に市場原理を導入する
  ・ 医療ボランティアを導入する ──

 (ドラゴン桜で有名な)三田紀房が医療改革の提案をしている、という件については、前にも述べたことがある。そこではなかなか優れた提案がなされていた。
  → 医療崩壊への対策
 具体的には、次の二点。
  ・ 待合室で予診する
  ・ コンシェルジュになる

 ──

 それとは別に、漫画の最新号では、次の提案をしている。
  ・ 医療に市場原理を導入する
  ・ 医療ボランティアを導入する


 しかし、この二つは、まったく駄目だ。駄目だという以前に、あまりにも陳腐である。(わざわざ漫画で書くほどのことじゃない。)
 以下、個別に示す。

 (1) 医療に市場原理を導入する

 医療に市場原理を導入するという提案は、昔から何度もなされている。優秀な医者は高額の収入を得ることができるし、下手な医者は料金を引き下げて患者を招く。どっちもうまく行く、というわけだ。
 しかしながら、それはただの夢想にすぎない。現実には、失敗している。米国ではまさしく、医療に市場原理を導入しているが、その結果は、世界最低の医療制度だ。
 なるほど、金持ちのためには、高額の最高の医療が施される。その意味では、米米国の医療は、金持ちにとっては最高だ。
 しかしながら、たいていの庶民は、医療保険も利かず、ひどい目に遭う。また、実際に病気になると、保険会社があれこれと難癖を付けて、保険の支払いを拒否するので、医療を受けられなくなる。また、価格が自由に決まるので、ちょっとした外科手術でも百万円以上を請求される。(主たる理由は、公的な医療保険がないことだが、市場原理も理由だ。悪貨が良貨を駆逐する。)
 どうしてこういう滅茶苦茶なことが起こるか? それは、医療には、市場原理がもともと成立しないからだ。自動車のような大量生産品ならば、たがいに競争が起こる。しかし、大ケガをした患者にとっては、目の前にいるただ一人の医者しか頼りになるものはない。また、どの医者が名医かは、評判以外に判断のよすがになるものがない。評判が正しいという保証はない。特に、自分にうまく当てはまるという保証はない。
 医療というものは、大量生産品というよりは、ほとんどオーダーメードに近い。そこには、価格競争というものは成立しにくい。(同一のもの同士を価格で比較することが難しい。)そういう場において、やたらと市場原理を導入すれば、無理な歪みが生じやすい。何でもかんでも市場原理を導入すればいい、というわけではないのだ。特に、医療のような分野では。
 この件は、前にも詳しく述べた。
  → 医療と市場原理 ( そのリンク先。)

 (2) 医療ボランティアを導入する

 医療ボランティアを導入するが、ボランティアをした人にはポイントを付与する。そして、ボランティアを続けて、ポイントを貯めた人は、老後にそのポイントを使ってボランティアを受けることができる。
 ここで問題は、需給の調整だ。
  ・ ボランティアの需要が多いのに、供給が少ない。
  ・ ボランティアの需要が少ないのに、供給が多い。

 こういうふうに、需給の不均衡が生じることがある。その問題を、どう解決するか? 
 実は、この問題は、「子守組合」という形で、クルーグマンが話題にしたことがある。
  → 経済を子守りしてみると

 要するに、需給の調整は、とても難しい。たいていは需給が不一致となる。それをうまく解決することは、方法としてはあり得るが、現実にうまくやることはまず無理だ。それができるくらいなら、今の日本の不況はとっくに解決しているはずだ。日本経済という重要な問題で、経済学者がいくら頭をひねっても解決できないでいるのに、経済に無知な人々が子守組合や医療ボランティアの需給を調整しようとしても、無理に決まっている。
 
 さらにはもう一つ、「倒産」という問題もある。一生懸命ポイントを貯めても、組合が倒産してしまえば、ポイントはすべて消えてしまう。また、自分がどこかへ引っ越した場合も、ポイントを使うことはできなくなる。(他人に譲渡することはできるが。)
 ここで、譲渡の可能性を考えると、ポイントは結局は市場によって価格が決まる。となると、ポイント制度は、現金を給付するのと大差ない。だが、現金を給付するとなると、ボランティアという概念そのものが崩壊する。

 要するに、ここでは、根源的な難点がある。「ボランティアはタダでやる労働だから、ポイントを渡せば有効だろう」と思うのだろう。だが、そもそも、医療ボランティアというのは、無償でやることに意義がある。何かの実益を目的にするとしたら、もはやボランティアではない。ただの低賃金労働者(奴隷)みたいなものだ。
 ただし、低賃金労働者でも、金をもらえるならばまだいい。あとで倒産や解散の憂き目に遭うと、「詐欺的にだまされた」という被害者となる。だったら、最初から、低賃金でももらった方がマシだ。しかし、低賃金労働は、違法である。(労働基準法違反。)

 結局、ここでは、「ボランティアの名目で、超低賃金労働を実現しよう」ということにすぎない。そして、そのあとで、破綻したりして、詐欺的な被害に遭う人が出現する。

 ──

 結論。

 今回の三田紀房の提案は、まったくのペテンだ。「うまく行きます」というバラ色の夢ばかりを見せているが、実現性は皆無であり、失敗は確実である。そして、その理由は、経済について無知であることだ。細かな金儲けのことばかりを目的としているから、マクロ経済的な広い視点が欠けている。
 三田紀房の話は、個別企業のレベルでは、とても優れた話が多い。しかし、一国全体の制度に関わるようなことは、やめた方がいい。あまりにも見当違いすぎる。たぶん、取材した結果なのだろうが、取材した相手が、馬鹿すぎる。だから、こういうトンチンカンに陥る。

( ※ これは医療行政やマクロ経済の問題だ。個別企業の金儲けのレベルの話ではない。)
( ※ そもそも、医療を経済原理だけで片付けよう、というところに、問題がある。経済原理は、物事を効率化させるが、それがすべてではないのだ。経済原理の背後には、人間の欲望というものがある。下手をすれば、欲望が突っ走り、被害者が続出する。……アメリカの医療制度は、その典型だ。腕を骨折したら、治療費として百万円を請求されるような社会が、まともであるはずがない。)
  


 【 追記 】
 全般的には、今の日本は医療の供給が不足している状況だ。こういう状況で、経済的な自由化がなされれば、医療費は大幅に高騰する。その結果どうなるか? 過労死になりそうな医師たちは、勝手に休んで、高給を得ることができるようなるだろう。その一方、普通の一般市民は、必要なときに医療を受けられず、受けようとすれば途方もない高額の金を請求されるようになるだろう。
 現状は、医師の側の犠牲で、一般市民が医療を受けている、という状況だ。そういう状況が改まるのは、医師にとっては良いだろうが、一般市民にとっては困ることが多い。

 とはいえ、医療の自由化があった方が好ましい、という点もある。それは、救急医療だ。現状では、耳鼻科や眼科は楽をして金儲けするが、救急外科では奴隷状態にある。ここでは、医療資源の配分が不適正である。こういうふうに、配分の問題を是正するには、市場原理を導入すると好ましいとも言える。……とはいえ現状は、政府のやり方がまずいのが根本理由だから、政府のやり方を正せば、この問題はあっさり解消する。(救急外科を優遇するようにすればいい。それだけ。)

 ともあれ、医療全体の内部で配分を最適化するには、市場原理は有効だが、医療全体の不足という問題を解決するのは、市場原理では無理だ。むしろ、供給不足のなかで市場原理を導入することで、「インフレ」(供給不足による価格暴騰)が起こる。そして、「インフレ」という問題は、市場原理では決して解決できないのだ。それはマクロ的な問題だからだ。
 もし現状で、無理に医療の自由化を導入すれば、医者が不足気味であるせい、価格は高止まりとなるだろう。価格が2倍になるとしたら、同じ金額で受けられる治療は半分になる、とも言えそうだ。
 
( ※ どうしても市場原理を導入したいのであれば、医者の参入障壁をなくすべきだ。つまり、誰でも勝手に医者をできるようにして、医者の免許制を廃止するべきだ。そうすれば、供給不足の問題は解決する。……しかし、そのかわり、無知な素人が勝手に治療をすることになり、それによる死者は続出するだろう。その場合も、「駄目な医者が淘汰されればいい」という理屈で、「市場原理は正しい」と言われるだろう。)
( ※ もしそうなれば、多くの人命が犠牲になる。しかしながら、人間の命というものは、「サービスが悪かったので請求した代金を返上します」という具合には行かないのだ。人が死んだあとで治療費を無料にしてもらっても仕方ないのだ。……というわけで、人命に関する分野では、物事を経済原理だけではとらえきれない。この点を理解できない馬鹿連中を、「市場原理主義者」と呼ぶ。 → cf. ワーキングプアと市場原理主義

 [ 余談 ]
 私は前に、物理学の理論で、「同種の量子は、たがいにまったく同じであり、たがいに区別できない」と述べた。
 それと逆に、医療の分野では、「人間はそれぞれ唯一のものであり、たがいにかけがえが利かない」と述べたい。「一人死なせても、一人誕生させっれば、数は合う」という具合には行かないのだ。機械ならば、「故障品の代替品を送ります」ということで肩が付くが、人間が死んだあとでは、同じようなことはできないのだ。
 生命の唯一性を理解できない人々が、「市場原理」というものを持ち出す。(なぜなら、市場原理というものは、それぞれの商品がたがいに交替可能であること[等価であること]を前提としているからだ。……それが「価格調整による均衡」という原理だ。ワルラス的調整過程という。……市場原理の何たるかもわからずに、市場原理を語る連中が、多すぎる。その代表は、池田某という人だけど。  (^^); )
posted by 管理人 at 15:13| Comment(5) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最後に 【 追記 】 を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2010年05月23日 09:03
都市部にばかり医師の数が偏る問題はどう考えるべきでしょうか。

医療に関係する市場原理の問題の一つには医師が安い報酬では、働きたがらないので地方では医師が慢性的に不足する問題がありますよね。

医師は高い報酬を求めるという意味では現に医療の世界で市場原理が働いています。

これを是正するためには地方に勤務する医師に地方勤務手当てのようなものでも用意しないと、問題が何も解決しません。他にも何事か是正策はあるでしょうけども。

この問題は日本の国の構造の問題ですが、考えるべきかと思います。
Posted by まえやま at 2010年05月28日 20:22
地方勤務手当みたいなのはあります。地方病院では年収 4000万円とか。
 ただし年中無休で、1日20時間勤務、みたいな労働条件。過労死確実、という状況。
 お金じゃなくて、労働時間でしょう。いや、両方かな。

 私が医者だったら、お金でもなく労働時間でもなく、看護婦さんしだいかも。   (^^);

 でもまあ、それは本項の話題じゃないですね。話が逸れすぎ。

 なお、そちらの言う市場原理は、医療の市場原理じゃなくて、労働の市場原理です。
Posted by 管理人 at 2010年05月28日 22:43
ご指摘ありがとうございます。

ただ、この記事の追記部分でも医師の参入障壁の問題に触れておられるので、上のようなコメントを書いたのです。

今の医師不足の元凶は医師会の利害を代表する議員などの働きもあって、医学部の定員数が狭められたことにもよるはずです。(最近になって定員を増やし始めましたが)医学部の定員数は人為的にある程度増員できるはずなので、してほしいですけどね。教員確保の問題などあるので、そう大幅には増やせないでしょうけども。

フリードマンの資本主義と自由を読んでみると職業免許制度の章に医師免許制度の話題が出ていますよね、そこでは

たしかに「無能な輩に医者をやらせるべきか」と質問されたら、ノーと答えるしかなさそうだ。(275ページ)

とあります。フリードマンも別に無能な人間が医療行為をすることを望んでいない。免許制が参入障壁になることを問題視しているだけです。参入制限があるから医師の数が足りなくなると言っている。

私はフリードマンの意見に同意するわけではないですが、誰かが医師になる際の参入障壁は、いまより低くするべきとは思います。

いま、医療の問題として騒がれている問題は、多くは医師不足の問題だと思ったので、そう考えたのです。医師が増えれば一人の医師にかかる負担が減って過重労働がおきにくくなるので、ミスも減るでしょうし。

南堂さんと悪名高い経済学者では違う水準の問題を論じているのか。
Posted by まえやま at 2010年05月29日 19:15
市場原理で考えると、フリードマンや池田信夫みたいな結論になりますが、現実には無理です。というのは、一年間に増やせる医師の総数は、たかが知れているからです。たとえ倍増しても、医師の総数は全体ではたいして増えない。

 医療関係者の間では、ほぼ合意ができています。医療補助員となる人々を増やせばいいのです。「泉の波立ち」で「医療補助員」で検索すると、見つかります。具体的には次の二つのページ。

http://www005.upp.so-net.ne.jp/greentree/koizumi/a20_news.htm

http://www005.upp.so-net.ne.jp/greentree/koizumi/a37_news.htm

 同様の提案は、今ではあちこちで見られます。看護婦を高度に訓練して医師の仕事の一部を任せる、という案もあります。

 医師の数を増やすのでなく、医師の仕事を減らす。真に医師が必要な仕事のみを医師がやる。雑務や軽い仕事は、補助的な人に委ねる。

 何でもかんでも市場原理でやろうとすると、視野が狭くなる。
Posted by 管理人 at 2010年05月29日 22:21
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