※ 本項の続編として、新しい記事があります。こちらの方が正確です。
→ デニソワ人・ネアンデルタール人との混血 1
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記事を引用しよう。
クロアチアで出土した約3万8000年前のネアンデルタール人3体の骨の化石の細胞核からDNAを取り出し、ゲノムを解析。
アフリカ南部
同西部
パプアニューギニア
中国
フランス
のヒト5人のゲノムと比較した。その結果、アフリカ人を除く3人の方がネアンデルタール人のゲノムと一致する率がわずかに高かった。
チームは、アフリカで誕生したヒトの一部が8万年前以降にアフリカを離れた後、ユーラシア大陸に広がる前に中東近辺でネアンデルタール人と混血した可能性があると指摘。「ヒトの遺伝子の1〜4%はネアンデルタール人に由来している可能性がある」と推測している。
( → 毎日新聞 2010-05-07 )
この研究の趣旨そのものは、(後出の [ 付記 ] の点を除けば)あまり間違っていないと思う。
ただし、いかんせん、サンプル数が少なすぎる。アフリカ系2人と、その他3人だ。あまりにもサンプル数が少ない。
「ネアンデルタール人は、アフリカ系とは混血しなかったが、非アフリカ系とは混血した」
と言える信頼度は、半々の 50% よりは高いだろうが、60% ぐらいにしかならないだろう。(いちいち計算しないけど。)
何らかの結論を出すには、信頼度が最低でも 90% ぐらいはほしい。となると、サンプル数を、5人ではなく、もっと増やすべきだろう。少なくとも、20人。
それまでは、何とも言えないと思う。ただの偶然のバラツキでも、このような結果が出る可能性は、十分にあるからだ。
今のところは、「ネアンデルタール人がホモ・サピエンスと混血した可能性は、少しはある。ひょっとしたら、そうかもしれない」という程度だ。科学と言える水準に達していない。ヤマカンよりはいくらかマシ、という程度。
別のサンプル5人を取ったら、今回の研究を否定する結果が出ました、……という報道が出ても、ちっともおかしくない。
[ 付記 ]
ホモ・サピエンスの遺伝子については、次のことが知られている。
「アフリカ人の遺伝子は非常に多様だが、非アフリカ人の遺伝子はごく狭い範囲にまとまっている」
とすれば、非アフリカ人の遺伝子集団が、他の何らかの集団と比べて、一致度が高かったり低かったりすることは、いくらでも考えられる。
たとえば、人間とチンパンジーの遺伝子を比較したとしよう。
・ アフリカ人 とチンパンジーの遺伝子の一致度
・ 非アフリカ人とチンパンジーの遺伝子の一致度
この両者を比較すれば、必ず、いくらかの違いが出るはずだ。たとえば、次の結果が出たとしよう。
「チンパンジーとの遺伝子の一致度は、アフリカ人よりも、非アフリカ人の方が高い」
仮にこの結果が出たとして、それは、
「非アフリカ人とチンパンジーは混血した」
ということを意味するか? もちろん、意味しない。このような違いは、偶然による違いとして、十分に起こりうる。それだけのことだ。
このような偶然の違いがどの程度あるかは、いちいち調べる必要があるだろう。今回のネアンデルタール人との比較で言うなら、「人間とチンパンジーの遺伝子の一致度」を、同様にして調べる必要がある。その結果、
「チンパンジーとの場合よりも、ネアンデルタール人の場合の方が、はるかに顕著な差が出た」
というのであれば、今回の研究は信頼できそうだ。しかし、そうでないのなら、今回の研究は何の意味もなかったことになる。
いずれにせよ、今回の研究は、科学として言うためには、統計処理があまりにもお粗末だ。学問と言える水準に達していない。
私としては、今回の研究を「間違い」と断じるわけではないが、信頼するにはあまりにもデータ不足というしかない。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という程度。五分五分よりはマシで、「当たるは六分、当たらぬは四分」かもしれないが、まだまだ何とも断じえない。
( ※ 参考データを示しておこう。遺伝子の違いは、人間とチンパンジーでは 1.2% または 3.9%だという。 一方、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人とでは 0.5% である。なお、現生人類の内部の違いは 0.1% である。ホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人やチンパンジーと共通の遺伝子をもつが、だからといって、それらの遺伝子が混血によって得られたとは言えない。特に、調査する標本の数が少ないときには、まったくあやふやとなる。)
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【 追記 】
今回の調査では、サンプルの取り方がおかしい。
非アフリカ系の集団では遺伝子のバラツキがきわめて小さいことがわかっているのだから、3種類を取る必要はない。どれか一つだけで間に合わせていい。常識的には、中近東の一人を取ればいい。
一方、アフリカ系の集団では遺伝子のバラツキが大きいことがわかっている。とすれば、2種類のサンプルだけでは足りない。アフリカ北部・南部・東部・西部から一つずつ、計4種類のサンプルを取るべきだ。そして、そのいずれでも、非アフリカ系(中近東)に比べて同傾向の差が現れたら、その場合にようやく、一定の結論が出る。
今回の調査では、アフリカ系のサンプルはたったの二つだ。しかも、出た結果は、「微差」だ。これでは、何らかの傾向がわかったとしても、あまりにも小さな証拠でしかない。とても何らかの結論を出すには足りない。
今回の研究からわかったことは、「混血の可能性がある」ということではなくて、「証拠(となる差)が小さすぎて、ここからは何とも言えない」ということだ。
結論の出し方にせよ、新聞報道にせよ、あまりにも非科学的だ。「ネアンデルタール人との混血」を、あたかも新たに判明した真実であるかのごとく扱うのは、ほとんどトンデモに近い。
【 補説 】
私の個人的な推定を言うなら、ネアンデルタール人との混血はなかったと思う。かなり強い度合いで確信している。
そもそも、種というものがいったん確立したあとでは、異なる種では混血は起こりにくい。また、仮に仮に交尾・交配があったとしても、子供は生まれない可能性が高い。また、たとえ子供が生まれても、その子供は生殖能力がないだろうし、病弱だとも言える。( ラバ や ライガーと同様だ。対になる遺伝子が揃わないことが原因だろう。)
ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが分岐した時期( 50万年前)の直後ならば、交雑が起こった可能性は高い。しかし、それから 30万年以上もたって、完全な別種となったなら、混血は起こりにくいと思う。さもなくば、種の確立ができない。中間種の個体がたくさん存在してしまう。そうなったら、ホモ・サピエンスとしては奇形(できそこない)であり、ネアンデルタール人としても奇形(できそこない)である、という多様な個体が分布することになり、どちらの種も総数を激減させてしまうだろう。だから、そのような個体が存続し続けるはずがないのだ。(そのような中間的な個体が淘汰されてしまった場合にのみ、どちらの種も種の全体を維持できる。)
進化論的に言えば、ホモ・サピエンスのなかでネアンデルタール人の遺伝子をもつ個体は、(ホモ・サピエンスとして)不利な遺伝子をもつことになり、子孫を残せない。その遺伝子は途絶えてしまう。だから、ホモ・サピエンスのなかでネアンデルタール人の遺伝子が残るはずがないのだ。
仮に、ホモ・サピエンスのなかでネアンデルタール人の遺伝子と同じものが見出されるとしたら、それは、ネアンデルタール人に由来するものではなくて、たまたま偶然的に一致しているだけのことだろう。その遺伝子は、まともに作用しない(有利でも不利でもない)ので、共通祖先からたまたま維持されていただけであって、特にネアンデルタール人の遺伝子とは言えないだろう。
つまり、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人とで、同じ遺伝子が見出されたとしても、それは決して、「混血があったから」ということにはならないのだ。
結局、生物学的に論理を働かせるなら、「異なる種のあいだで混血の系統が生き残ることはありえない」となる。
ダーウィン流の「小進化の蓄積による大進化」という立場を取るならば、「中間種はいてもいい」というふうになるのだろうが、クラス進化論のような「進化は大進化として突発的に起こる」という立場を取るならば、進化は常に異なる種という形で起こり、中間種というものはありえないのだから、混血の系統が生き残るということもありえないのだ。
( ※ 短期的に小規模に混血の個体が生じることはあっても、種レベルで広範に混血の系統が中間種として生き残ることはありえない。簡単に言えば、もしそんな個体が例外的にあったとしても、ただちに淘汰されて滅びてしまうだろう。その場合にのみ、種の全体は維持される。)
【 関連項目 】
→ 異種間の交雑 (次項)
→ ネアンデルタール人の滅亡
→ ホモ・サピエンスの誕生
→ 眉毛は何のため?
( ※ ネアンデルタール人には眉毛がないはず。なぜ?)
もう一つ出ている論文と合わせると、Scienceに載った理由はネアンデルタール人のゲノムを読んだことそのものにありそうですね。ところでわたしもこの論文の結論について、引き続く検討が必要であることに同意いたしますが、違いますのは、わたしは多分この結論は将来的に正しいと受けいられるのではと考えているところです。「サンプル数が少ない」ことはおそらく問題ではないだろうと勘で思います。というのも、この論文は全ゲノムシーケンスですが、これまでのところ高々10万〜50万のSNPというマーカーを使っただけでも白人、アジア人、アフリカ人というのはバッチリ区別できます。複数の人間を集めてくる必要はありません。個体のジェノタイプそれだけで十分です。つまり、対象とするマーカー数が十分多い上、ゲノムというきわめて安定した情報を対象とした場合、このような混血などの可能性を探るためにあまり多くのサンプル数を必要しないのではないかな、と思います。もちろんこれと全く同じ問題ではないので、検討の余地はありますが(著者らはやっているでしょうが)、だから勘という言葉を使いましたが、多分いけるんじゃないかな。ネアンデルタール人は40億塩基なんですね。
ゲノムを主成分分析した結果を経済学者に見せたときに、大いに驚かれたと聞いたことがあります。彼らにとっては信じられないくらい主成分スコアが安定していて、人種をハッキリ区別することが出来ていたからです。例えば東京にいる韓国人の50万SNP情報があれば、それだけで韓国人だと同定できてしまうほどです。混血がなければ。そして混血があるなら、これもある程度の確信を持って推定できます。これが数百程度のマーカーでは無理です。アジア人と白人を分けるには数千〜数万、アジア人の中で分けるためには数十万のマーカーが必要であるようです。そして今回の研究はもちろんドラフトとはいえ全ゲノムの情報があるわけです。ドラフトであることは、混血などを検討するための多型情報を解析する分には問題ではないでしょう。
参考文献は山ほどありますが、やはり僕ら日本人としては日本人の解析が興味あるところでしょうからこれなどどうでしょうか。統計解析など必要ないくらいバッチリ民族別(日本人、琉求人、中国人)にわかれていることが図からわかります。アイヌ、韓国がないのはサンプルに入っていなかったからでしょうね。韓国らしきクラスターは存在しますが。
http://www.cell.com/AJHG/retrieve/pii/S0002929708004874
ヨーロッパ人はこんな感じですね。ヨーロッパ人は地続きで、かなり混血があるだろうと予想されるわけですが、まあそのとおりの結果になっています。この論文だとちょっと汚いですけど、統計解析したプロットのみで、ヨーロッパの地図すらかけてしまったりもします。ほんとうに各国の位置に各国の民族が分布してしまうのですよ。
http://www.plosgenetics.org/article/info:doi/10.1371/journal.pgen.0040004
ゲノムの結果を分子生物学を含め、遺伝統計学の外にいる専門家に見せると・・・なんだか怒られてしまうと言うのはよく経験するところです(泣)。「そんなわけないだろう!」「そんな簡単に結論するな!」みたいな。欧米ですら事実として受け入れるのに少し時間がかかったように思いますが、日本ではまだまだであることは感じています。頑張らないと、ですな。
最近はほかですと、わずか数人の全ゲノム解析で遺伝性疾患の原因の同定(これは裏付けありです)までいった論文とか報告されてます。最近のこの業界はこんな感じですよ。
たまたまこのブログに立ち寄り、記事を読んだおかげで原論文を読みました。お礼と思って書かせていただきました。
ただし、今回の研究結果は、
「バッチリ差が分かれている」
というものではなく、
「アフリカ人を除く3人の方がネアンデルタール人のゲノムと一致する率がわずかに高かった。」
というだけのことですから、サンプル数が影響するでしょう。
タイムスタンプは 下記 ↓