2010年03月27日

◆ ホモ・サピエンスの誕生

 ホモ・サピエンスは、いつ誕生したか? 「化石からして、約 20万年前」という見解が普通だ。しかし、論理的に考えれば、およそ 50万年前と言える。 ──
    ( ※ 本項の実際の掲載日は 2010-03-29 です。)

 
 ホモ・サピエンスの誕生は、「化石からして 約 20万年前」という見解が普通だ。
  → 検索
  → 化石の分析による推定
 
 しかし、化石から言えることは、「その時期にはホモ・サピエンスがまさしく存在した」と確定できるだけだ。
 現実には、もっと古い時期にホモ・サピエンスが存在した可能性がある。(もっと古い化石がまだ見つかっていないだけだ。)
 実際、これは、過去の研究史からも明らかだ。この 50年ぐらいの間に、学界では、ホモ・サピエンスの誕生時期は、どんどん古くなっていった。次のように。

   10万年前 → 16万年前 → 20万年前
 

 これはどうしてかというと、時間がたつにつれて、いっそう古い化石がどんどん見つかっていったからだ。とすれば、将来的には、もっと古い化石が見つかる可能性がある。となると、25万年前や 30万年前の化石が見つかっても、不思議ではない。

 ──

 こういうふうに化石に依存するのでは、正解はなかなかわからない。そこで、化石とは別に、論理によって考えよう。

 先の デニソワ人 の項目では、次の記述があった。

  「現生人類とネアンデルタール人が分岐したのは 47万年前」


 ここで分岐したあとは、一方はネアンデルタール人となり、他方は現生人類(ホモ・サピエンス)となった。とすれば、この分岐の時点で、最古の現生人類が誕生したことになる。
 つまり、ホモ・サピエンスが地上に誕生したのは、47万年前である。これが正解だ。
( ※ なお、47万年前という値は、遺伝子の分析による推定値。)

 ──

 47万年前の分岐の時点では、ホモ・サピエンスはまだ現在のような形状にはなっていなかっただろう。とはいえ、この分岐の時点で、とにかくホモ・サピエンスは誕生した。それはおおむね、現生人類の形質をほぼ保っているはずだ。(分岐の時点で、ネアンデルタール人とはすでにはっきり違っていたはずだ。……クラス進化論からは、そう結論できる。)

 ホモ・サピエンスが誕生した時点(47万年前)では、それは早期ネアンデルタール人にいくらか似たところがあるはずだ。似て非なるもの。
 その後、20万年前になると、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人とは、かなり大幅に形質が異なるようになったはずだ。そして、この時点になれば、双方はもはや完全に別種となり、「交雑」のような形で遺伝子の交流は起こらなくなったはずだ。
 ……と思ったのだが、2010-05-07 の新聞記事によると、ホモ・サピエンスはアフリカを出たあとで、ネアンデルタール人と交雑した可能性があるという。新聞記事を参照。( → Google 検索
 ただし、私としては、これには否定的である。下記項目の最後で述べている。
  → ネアンデルタール人との混血
 
( ※ 遺伝子の違いは、人間とチンパンジーでは 1.2% または 3.9%だという。 一方、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人とでは 0.5% である。なお、現生人類の内部の違いは 0.1% である。)
   
 ──

 結論。

 ホモ・サピエンスは、いつ誕生したか? はっきりと化石で確定できるのは 20万年前だが、それよりずっと前にホモ・サピエンスは誕生したはずだ。
 最初に誕生したのは、47万年ぐらい前で、そのときは、まだ早期ネアンデルタール人との差もさほど大きくはなかった。
 しかしその後、急激に種として確立したはずであり、40万年前には、たぶん現代のホモ・サピエンスにかなり近い個体が出現していただろう。ただしその個体は、まだ急激に数を増やすことはなく、40万年前から 20万年前までは、(地中海近辺の)ネアンデルタール人の方が繁栄していた。アフリカでも、ホモ・エレクトスやハイデルベルク人の方が繁栄していた。
 しかし、20万年前になると、ホモ・サピエンスもかなり繁栄するようになった。その一部が、化石を残した。そして、その化石を見て、「ホモ・サピエンスが誕生したのは 20万年前だ」と結論する(そそっかしい)進化論学者がたくさんいるわけだ。
( ※ 化石で確定できるのは、「遅くとも 20万年前だ」ということだ。現実には、それよりもっと前に、ホモ・サピエンスは誕生したはずだ。単に化石を残していないだけで。……その違いがわからない人々が、「ホモ・サピエンスは 20万年前に誕生した」と語る。)( 私もそう書いたことがあるので、人のことを笑えないが。  (^^);  )

 [ 付記1 ]
 なお、仮にホモ・サピエンスが 20万年前に誕生したのだとすると、矛盾が起こる。
 ホモ・サピエンスが 20万年前にネアンデルタール人から進化したのだと考えると、「早期ネアンデルタール人の方がホモ・サピエンスに似ている」という化石事実に矛盾する。
 ホモ・サピエンスが 20万年前にハイデルベルク人から進化したのだと考えると、途中の(早期)ネアンデルタール人というステップを跳び越して、一挙に大幅に進化が起こったことになるので、不自然すぎる。
 この問題を解決する唯一の解釈は、
 「早期ネアンデルタール人を経由して、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが出現した( 47万年前に分岐した)」
 という解釈だ。詳しくは、下記の関連項目に記してあるとおり。

 [ 付記2 ]
 47万年前という数値は厳密なものではない。研究によって、さまざまな値がある。37万年前という説や、60万年前という説もある。
  → 各説の紹介60万年前という説37万年以上前という説
 おおまかには、50万年前ごろ、と言えるだろう。



 【 関連項目 】

  → 人類の進化のシナリオ

 ネアンデルタール人とホモ・サピエンスとの「共通の祖先」とは何か? 
 「それは早期ネアンデルタール人である」という見解。
  


 【 追記 】
 ホモ・サピエンスが誕生した地は、どこか? アフリカか?
 本項の趣旨に従えば、ホモ・サピエンスが誕生したのは 47万年前で、早期ネアンデルタール人から分岐した時点だ。とすれば、その場所は、早期ネアンデルタール人がいた場所だから、地中海沿岸のどこかだろう。
 一方、20万年前以降には、アフリカで化石がたくさん出土しているし、現生人類のルーツもアフリカにある。とすれば、ホモ・サピエンスが繁栄した地は、アフリカであろう。
 
 以上をまとめれば、次のようになる。
 「ホモ・サピエンスは、地中海沿岸で 47万年前に誕生した。その後、スエズ地峡を渡って、アフリカにも進出した。アフリカに進出したホモ・サピエンスは、ホモ・エレクトスやハイデルベルク人と競合するだけで、ネアンデルタール人と競合することもなく、徐々に繁栄していった」

 イメージ的に言うと、ホモ・サピエンスは地中海沿岸で    という黒点状に誕生し、アフリカに移動してから徐々に拡大して   ●  という黒丸状に増加していった。
 ●  という黒丸が出現したのはアフリカだが、しかしそれは、ホモ・サピエンスがアフリカで誕生したということを意味しない。黒点の誕生と、黒丸の出現とを、区別して考えるべきだ。
posted by 管理人 at 20:40| Comment(1) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最後に 【 追記 】 を加筆しました。
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Posted by 管理人 at 2010年03月30日 20:29
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