2010年03月16日

◆ のどちんこは何のため?

 のどちんこは何のためにあるのか? 「何の役にも立たない」という見解もあるが。 ──
    ( ※ 本項の実際の掲載日は 2011-02-09 です。)


 のどちんこ(口蓋垂)は、何のためにあるのか? この話題でネットを検索してみたが、上位に来るサイトでは「のどちんこは何の役にも立たない。のどちんこを削除しても問題ない」と記述してあるサイトが多かった。

 Wikipedia の記述はこうだ。
 発音の補助、誤飲防止、不要な部位など諸説ある。2008年9月時点では、口腔から鼻腔への異物の侵入を防止する役目があるとする説がある。
( → Wikipedia
 しかし、諸説がある、というだけでは仮説段階であり、心許ない。英語版を見ると、こうだ。
 During swallowing, the soft palate and the uvula move superiorly to close off the nasopharynx, preventing food from entering the nasal cavity. When this process fails, the result is called nasal regurgitation. It is common in people with VPI, the myositides, and neuromuscular disease.
 ([ 拙訳 ] 
 食べ物を飲み込むとき、軟口蓋と口蓋垂は、鼻咽頭をふさぐように優先的に動きをなして、食物が鼻腔に入るのを防ぐ。 この過程がうまく行かないと、その結果は鼻への逆流と呼ばれる。 このようなことは、VPI、myositides、および神経筋疾患の患者ではよく起こる。)


 似た説明は、次のページにも見られる。
 のどちんこは、スイッチです。何をするスイッチかというと、鼻と肺への気道をふさぎ、口から食道への一本道を確保するためのスイッチ。
 のどちんこ…正式名称、軟口蓋に物が当たると、以下の一連の運動が連鎖的に起こります。
  1. のどちんこが上がり、鼻腔との通路がふさがれる
  2. 舌根が後ろに下がり、舌骨と喉頭が持ち上がる(肺への気道がふさがれる)
  3. 喉頭筋が収縮し、食道の入口が開く
 のどちんこがないと鼻や気管に食べ物が入るわ、物はうまく呑み込めないわで、大変なことになっちゃうのです。
( → 教えて!goo
 この説明は、なかなかうまいが、少しおかしい。「のどちんこがないと……大変なことになっちゃうのです」というが、大変なことにならずに済む人も多い。そのせいで「のどちんこなんかなくたっていい」というふうに説明する人が多いのだ。(事実、そうなのだろう。)

 ──

 ここで、私なりに説明をしよう。
 「何のため」と仮説を出すのはいいが、ただの仮説では意味がない。事実によって証明する必要がある。では、事実とは? 
 そのためにはまず、のどちんこに触ってみるといい。とたんに、吐きそうになる。(試してみてください。)
 ほんのちょっと触っただけで、非常に大きな吐き気がする。これは相当に鋭敏なセンサーだ。これほど鋭敏なセンサーがあるのだから、まったくの役立たずというはずがない。
 そこで、私の説は、こうだ。
 「のどちんこの役割は、センサー(感知器)である」


 では、何を感知しているのか? そこに何かが触れることだ。では、何が? 食物以外には考えられない。だから、こう言える。
 「のどちんこの役割は、食物がそこに触るのを検知して、吐き気を催させることだ」

 換言すれば、こうだ。
 「のどちんこがあるおかげで、人は食べ物を咀嚼するときに、食物が喉の奥に行かないようにする」

 これは、ときどき、感知するはずだ。たとえば、モチのような大きなものを食べていて、つい飲み込みそうになったときに、喉が詰まりそうな感じがして、飲み込むのをやめる。つまり、のどちんこが、喉が詰まりそうな感じをさせて、飲み込むのをやめさせる。こうして、喉が詰まるのを阻止する。

 このことから、次のことが言える。
 「のどちんこがなくなっても、何の問題もない、という調査が出る。なぜならば、のどちんこがなくて問題になった人は、喉を詰まらせて、すでに死んでしまっているからだ」

 問題がある人は、すでに死んでしまった。これまでにまだ問題がなかった人は、少なくとも今のところは生きている。(そのうち死ぬだろうが、今はまだ生きている。)ゆえに、生きている人だけを調べれば、「のどちんこなんかなくても何の支障もない」と言えるのだ。
 比喩的に言えば、致死量と同程度の青酸カリを飲ませて、一週間後に調べる。10人に飲ませたら、3人が死んで、7人が生きた。一週間後に出頭した人を調べたら、出頭した全員(7人)が生きていた。そこで、
 「出頭した人は全員が生きていた。生存率は 100%だ。飲ませても生死には影響しない。」
 と結論する。こういうインチキ統計が、
 「のどちんこがなくなっても、何の問題もない」
 という統計においてなされているわけだ。

 ────────────────

 なお、他のサイトの説について言及しておこう。

 「食物が鼻腔に入るのを防ぐ」

 というのは、ちょっとおかしい。鼻腔は上方にある。食物が上方に入っていくということは、まったくないとは言わないが、そんなに起こりやすいことでもない。そういう効果があるとしても、主要な効果ではあるまい。

 「肺への気道がふさがれるのを防ぐ」

 というのも同様だろう。

 「喉頭筋が収縮し、食道の入口が開く」

 のは、食べやすくする効果だろうが、それも同様だろう。

 ──
 
 私の見解は、上記とはまったく異なる。
 のどちんこは、何か有益なことをなしているのではない。ある危険なことを防いでいるのである。何かプラスをなしているのではなく、あるマイナスを阻止しているのである。

 比喩的に言えば、崖沿いの道路の脇にあるガードレールだ。道の脇にガードレールがあっても、普通は何の役にも立っていないように思える。自動車は走りながら、直接ガードレールに触るわけでもない。しかしながらガードーレールには、「万一の場合に、転落事故を防ぐ」という役割がある。普段は役に立っていないようでも、いざというときには役に立つのだ。
 似た例に、火災報知器がある。火災報知器は、火事になりかけたときには、大きな音を鳴らして、火災を警報する。普段は役に立っていないように見えるが、いざというときには役に立つのだ。
 いずれにせよ、普段は役に立っていないように見えるからといって、「何の役にも立っていない」と思うのは早計だ。
 
 ──

 のどちんこは、何かプラスをなしているのではなく、あるマイナスを阻止しているのである。とても大きなマイナスであるを。

 ここで、「のどちんこはどんな役目があるのか? どんなプラスがあるのか?」と問うのが、多くの人々だ。しかし、そのような質問は、質問そのものが間違っている。

 「のどちんこは何のため?」
 という質問は、ある意味、質問そのものが間違っているとも言える。人々が予想しているようなプラスの効果は、ろくにない。マイナスを防ぐ効果こそが、主要な効果だ。
 なお、「死を防ぐため」ということは、「生きるため」とも言える。しかし、「生きるため」というのは、あまりにも漠然とした説明だ。
 となると、質問としては、
 「のどちんこは何のため?」
 という質問よりは、
 「のどちんこにはどういう機能があるの?」
 という質問の方が適切だ。そして、その質問には、
 「のどちんこは(喉を詰まらせることによる)死を阻止する機能がある」

 と回答することができる。
 のどちんこは、「何かをするため」にあるというよりは、「何かをさせないため」にあるのだ。




 [ 付記 ]
 喉が詰まる事故と言うと、次の二つが多い。
 → 老人がモチで喉を詰まらせる
 → 子供がこんにゃくゼリーで喉を詰まらせる

 この二つの例は、「のどちんこが未発達だから」と説明できるかもしれない。大人ならば、のどちんこが働いて、飲み込む前に吐き出すのだが、老人や子供ではその機能が未発達なため、飲み込んでしまって、喉を詰まらせて死んでしまうわけだ。
 なお、「のどちんこを刺激すると吐き気がする」というのも、理由はわかる。喉を詰まらせそうになったら、それをさっさと口から吐き出すべきなのだ。生理的な反射として。(ただの不快感だけでは足りない。判断しているうちに死んでしまうかもしれない。)
 こうして、「のどちんこを刺激すると吐きそうになる」ということも、説明がなされたことになる。吐きそうになるのは、まさしく吐くためなのだ。……ただし、胃にあるものを吐く(吐瀉する)ためではなくて、喉に詰まりかけたものを吐き出すためだ。

 [ 余談 ]
 「のどちんこは、何に役にも立っていない。切ってしまっても問題ない」
 というような説は、
 「子供のちんこ袋は、何に役にも立っていない。切ってしまっても問題ない」
 という説と同様である。( イテッ!)
 
 ふだん役に立っていないからといって、勝手に切ってしまえば、大変なことになる。
 そんなことにも気づかないほど、たいていの人々は愚かなのである。
 


 【 関連項目 】
 
  → 鼻の下の溝(人中)は何のため?
  → 人の鼻はなぜ高い?
  → 人の唇はなぜ赤い?
  → 猿の尻はなぜ赤い?
  → ゾウの鼻はなぜ長い?
  → キリンの首はなぜ長い?
  → キリンの前脚はなぜ長い
  → 馬の顔はなぜ長い
  → 眉毛は何のため?
  → クジャクの羽はなぜ華美か?
posted by 管理人 at 21:10| Comment(2) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは、たまたま拝見させていただいた者です。

私は、扁桃腺の切除手術において、同時に口蓋垂を切除してしまいました。
がしかし、特段不便という事もなく現在に至っています。

ですので、有ったら有ったで何かしらの役に立つのでしょうが、もしなくなっても通常通りの生活は送れるものです。

不便を感じる前に亡くなってしまうというのは、ちょっと乱暴ではないでしょうか。
Posted by 名無しです。 at 2012年06月04日 06:51
> 不便を感じる前に亡くなってしまうというのは、

 「不便を感じる前」というよりは、「喉を詰まらせる前」です。
 楽観しない方がいいですよ。「自分は喉を詰まらせやすい」と自覚した上で、餅などを食べるときに注意した方がいい。特に、高齢になってからは、喉を詰まらせやすいので注意。(若いときは比較的大丈夫だが。)

 喉を詰まらせて死ぬまでは、何一つ不便はないはずです。しかし、そうだからと言って気を抜いていると、死ぬかもしれない。甘く見ない方がいいですよ。
 私は別に「あなたはすぐに死ぬ」と言っているわけじゃない。「死ぬ危険が少し高いから、日常生活で注意してください」と警告しています。警告を無視するかどうかは、あなたの自由です。勝手にしてください。あなたの命はあなたのものですから、どうしようとあなたの勝手です。

 ※ ただしあなたの子供が泣くかもしれない。
Posted by 管理人 at 2012年06月04日 07:19
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