2010年02月25日

◆ 臓器移植法の実効性

 日本の少女が、わざわざ外国に行って、臓器移植を受けようとするという。
 つまり、日本では、臓器移植法があるにもかかわらず、その実効性がないのだ。では、どうするべきか?
 
 ──

 臓器移植法が前に成立し、7月にも施行される予定だ。にもかかわらず、日本の少女が外国に行って、臓器移植を受けようとする。
   → 読売新聞 (小6少女)
   → 毎日新聞 (中3少女)

 つまり、臓器移植法があるだけでは駄目だ。法があっても、臓器がない。そのせいで実効性がなくなっている。
 では、どうすればいいか? 

   ※ 本項の「臓器」とは、死者の臓器のこと。死体腎。生体腎ではない。

 ──

 この件は、私が前に述べたことがある。
  → 病気腎移植

 大事な話なので、以下に一部抜粋ししよう。
   
  ──    
 実は、世間にある態度は、こうだ。
 「自分はドナーになって臓器を提供したくないが、他人がドナーになってくれるならその臓器をもらいたい」
 二重基準。これがすべての根源である。

 この問題を根本から解決するには、次の方針が適切だと思える。
 「臓器移植に『賛成するか/反対するか』の意思を、各人ごとに登録させる。」
 「賛成論者は、他人の臓器を受け取れるが、自分も臓器を提供することがある。反対論者は、自分の臓器を提供しないが、他人の臓器を受け取る権利もない」


 つまり、賛成なら賛成、反対なら反対。そのどちらかを選ばせる。しかるに現状では、「受け取るときは賛成、与えるときは反対」である。
 二重基準。
 ──

 要するに、大切なのは、法ではなく、人々の意識である。
 「自分はドナーになって臓器を提供したくないが、他人がドナーになってくれるならその臓器をもらいたい」
 こんなことを思っているようでは、法だけがあっても駄目なのだ。

 したがって、対策は、次のような運用基準を立てることだ。
 「臓器移植を受ける権利は、生前に臓器の提供を確約した人を優先する」
 
 この運用基準があれば、人々は生前に臓器の提供を確約するようになる。かくて臓器の提供が増える。(正確には、臓器の提供を拒否する家族が減る。)

 《 注記 》

 正確には、本人の意思はあまり重要でなく、家族の意思が重要となる。
 (改正後の)臓器移植法では、本人の生前の意思があってもなくても、遺族の許諾が必要とされる。どのような許諾かは、細かな話になるので、下記の条文を参照。
  → 改正案

 私としては、家族の意思よりも、本人の意思を重視するよう、法を改正した方がいいと思う。「家族がいやだといっても、本人がいいと確約している場合には、本人の意思を優先させる」というふうに。
 また、家族に対しても、「本人がいいと言ったのに、家族が拒否した」という場合には、その家族に対して、将来的に臓器移植を認めない、というふうにペナルティを課すべきだろう。(当り前だ。)
 このようにしないと、臓器提供の数はあまり増えないだろう。

 とはいえ、現実にどうなるかは、まだはっきりとしないから、とりあえずは改正法の施行を見守った方がよさそうだ。改正法をさらに改正するべきかどうかは、即断しなくてもいいだろう。
 とはいっても、そんな現状だから、移植の必要な少女は外国に行くわけだ。病気の進行は、法改正を待ってくれない。(かわいそ。)

  ※ 記事によると、少女は昨年末に「余命半年」と宣告されたそうだ。



 【 後日記 】
 関連サイトがある。

 その後の展開については
  → 日本臓器移植ネットワーク | 臓器移植解説集

 実際の件数については
  → 臓器提供数/移植数 - 臓器移植に関する提供件数と移植件数(2016年)

  提供件数は9カ月で 72件。
  移植件数は9カ月で 254件。
   ※ 一人の提供者から複数の移植が可能だから。
 
  なお、この件数は十分だとは言えない。需給の釣り合いはまったく取れない。
  また、白血球型の適応から、免疫抑制剤の使用も必要になりそうだ。
  ただし、下記を参照。
   → 免疫抑制剤と臓器移植: Open ブログ

posted by 管理人 at 19:11| Comment(0) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
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