鍼灸(しんきゅう)については、「効果なし」と断じる人もいる。
「本物の鍼(はり)と、形だけある偽鍼(にせばり)を比較したら、どちらも効果は同様だった」
ということを理由とする。
しかし、それは理由になっていない。もし「鍼灸は効果なし」であるならば、
「本物の鍼も偽鍼も、どちらも効果なし」
であるはずなのに、実際には、
「本物の鍼も偽鍼も、どちらも効果あり」
であるからだ。
では、その理由は? 「プラセボ効果だ」と推測する人もいるが、プラセボ効果ならば、偽鍼でなく、デンプン玉でも与えればいい。しかしデンプン玉を使うような真のプラセボには、ほとんど効果がないことがわかっている。
──
ここまで考えれば、次の推測が思い浮かぶ。
「鍼そのものには効果がないが、鍼を打つ場所を決めるツボに効果がある」
ここでは、鍼を打つかどうかは、あまり関係ない。むしろ、鍼を作用させて刺激するツボの位置こそが重要だ。
実は、鍼灸では、何よりも大切なのはツボを決めることだ。鍼そのものは二の次なのである。とすれば、「本物の鍼か偽鍼か」という発想は、最初から根本的にズレていたことになる。
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ツボ(経穴)が健康に有益だ、ということは、インチキ医療ではない。WHO もちゃんと効果を認めている。
概ね経穴の存在や効果に関して現代医学的根拠は無い。だが多くの経穴はWHOにおいても治療効果が認められており、一部の人々が考えているようなオカルトや迷信の類では無い。ツボというものは、現代医学ではまったく根拠がないのだが、それでも現実的には効果が確認されているのだ。(現代医学が万能ではないということ。)
( → Wikipedia )
その典型は、「肩凝り」だ。頭が疲れて、肩が凝ったときに、肩をもむと、頭の疲れが取れる。このことは経験的に、多くの人が体験している。これに対して、
「肩もみなんて、トンデモだ。現代医学では、そんな医学原理は確認されていない」
と主張しても、馬鹿馬鹿しいだけだ。医学原理などは、どうでもいい。肩もみで疲れが取れることを実感しているという人々の体験こそが重要だ。
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それ以外にも、ツボで効果があった、という経験を語る人は多い。
「仕事で非常に疲れたとき、足の裏のツボを刺激されたら、死ぬほどの猛烈な苦痛を受けた。ただし、そのツボ治療を受けていくうちに、慢性的な疲労が回復して、健康を取り戻した」
こういう体験を語る人もいる。(エッセイイストの岸本葉子の体験談。ただし私のうろ覚えだが、検索したら見つかった。 → 書籍解説 )
似た体験を語る人も多い。こういう例に対して、「あんたたちの集団暗示だ、プラセボだ」と語ってトンデモ扱いすることは、その人自体がトンデモだと言える。
──
では、ツボは立派な医療か?
私の考えでは、ツボ治療は有効だとしても、現代医学の考え方では「医学」になっていないと思う。というのは、個人差が激しいからだ。
たとえば、肩凝りにしても、肩をもむことで効果があることもあるし、背中をもむことで効果があることもあるが、一方、どこをもんでも あまり効果がないこともある。ケースバイケースの度合いが非常に高い。その意味で、「症状と対策」という一意的な対策が可能な「医学」にはなっていない。
しかし「医学になっていないからインチキだ(無効だ)」というのは、あまりにも横暴すぎる。西洋医学では解決のできない問題もまたあるのだ。
一般に、西洋医学が得意とするのは、分子レベルの薬効だ。一方、東洋医学が得意とするのは、人間の器官の作用のレベルのことだ。そして、人間の器官の作用のレベルは、分子のレベルよりも、はるかにレベルが上である。もともと西洋医学の発想にはなじまない。
だから、西洋医学的には「つかみどころがない」のだが、それでも、効果があったりなかったりするのだ。
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では、どうすればいいか? 私としては、次のように推奨したい。
「個別に効果の有無が異なるというのが原則だ、とわきまえる。その上で、ちょっと試して、効果があるかないかを、確認する。効果がある人は、治療を継続する。効果がない人は、治療をやめる」
これならば、必ず効果があることになる。効果率は 100%だ。また、やめた人の副作用は 0%だ。治療としては完璧である。どんな西洋医薬だって、これほどの完璧な効果は得られない。だから、
「効果がある人だけがやる」
という方法を取ればいい。これならば問題あるまい。あるとしたら、費用だけだ。というのは、ツボの治療は、けっこうお金がかかるからだ。鍼灸であれ、あんまであれ、お金がかかる。電気マッサージ器だって、20万円以上かかる。(4万円ぐらいの格安の旧式品を私は持っているが、たまに使うと、いくらか効果がある。)
ただし、低周波治療器というのは、かなり安い。(その分、効果も低い。)
高周波治療器というのは、ちょっと危険性があるらしくて、今ではあまり売られていないようだ。私は持っているが、猛烈な肩凝りのときには効果が少しあった。
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ただし、である。ツボの治療なんかをするよりも、最も効果が高いのは、休みを取ることだ。「死ぬよりはまし」とか、「あとで長期に入院するよりはマシ」と思って、比較的多めに休みを取るといい。これが最善だ。……そうわかってからは、私は、治療よりも予防を旨とすることにした。
つまり、ツボや鍼灸はそれなりに有効なのだが、そうなる前にのんびりと寝ることが最善なのである。グータラこそ、あらゆる治療に勝る。(疲労については。)
[ 付記 ]
本項では、鍼灸への否定論(トンデモ論)を批判しているが、だからといって、やみくもに鍼灸を是認しているわけではない。
特に、「整体」を名乗るところには、いかがわしいところがかなりある。というか、いかがわしい整体師が結構いっぱいいる。こういうのには引っかからない方がいい。(全員が駄目だ、とは言わないが。若い女性患者の場合、ときどき整体師による婦女暴行が発覚することがあるが、こういう点からして、整体師のレベルが知れるというものだ。整体というのは、鍼灸やあんまとはレベルが違って、公的には無資格である。)
※ 以下は統計学の話。細かな話なので、読まなくてもよい。
【 補説 】
「鍼と偽鍼とは、有効である率は同じぐらいだ」
というデータを主張する人がいるが、統計の取り方を完全に間違えている。
鍼というものが医療であるならば、そのような比較は意味がある。しかし、鍼は医療ではないのだ。個人差のある療法なのだ。効く人には効くし、効かない人には効かない。ここでは、単純に統計の数字を取っても無意味である。
「鍼と偽鍼とは、有効である率は同じぐらいだ」
という結論が出たなら、次のように結論するのが最善だ。
「鍼の効く人には鍼を使う。偽鍼の効く人には偽鍼を使う。双方が効く人には、どっちを使ってもいい。双方が効かない人には、どっちも使わない」
これが最善の道となる。この場合に、効用は最大化する。
また、偽鍼に対する鍼の有効性を統計的に調べるなら、次のようにしなくてはならない。
「鍼が効く人と効かない人とを、グループ分けする。鍼が効く人に限って、偽鍼を使う。その結果、全員に偽鍼が有効ならば、鍼が有効だとは言えない。鍼が効く人のうち、偽鍼が有効なのが半分以下ならば、鍼が有効だと言える」
こういうふうに、「鍼が効く人に限って調べる」というふうにしなくては、意味がない。その理由は、先に述べたとおり。「鍼が効く人だけが鍼を使うべし」という方針だからだ。
その点、「その薬が有効かどうかもわからないまま、とにかく薬を処方する」という西洋医学の方針とは違う。西洋医学におけるプラセボの調査と、鍼灸における偽鍼の調査とは、調査方法が根本的に異なるのだ。西洋医学の方法で鍼灸の有効性を調べるというのは、まるきりの見当違い。
仮にそのような調査が意味を持つとしたら、「鍼が無効だと訴える人にも強制的に鍼を打つ」という治療法が取られた場合だけだ。しかし、そんな治療法は無意味だ。無意味な治療法を前提とした統計調査など、まったく意味をなさない。
西洋医学は(原則として)個体差を無視するが、東洋医学は個体差を前提とする。この違いを理解できないで統計調査をする人々は、統計とは何かをまったく理解できていないのである。
( ※ 最近では西洋医学でも、遺伝的多型を考慮した医療がなされるようになってきた。しかし東洋医学では、そういう個人差をずっと昔から考慮してきたのだ。個人差を考慮しない西洋医学の調査法を、東洋医学に当てはめるというのは、それ自体が無知をさらけだしている。)
と述べている人もいるが、無意味である。鍼というのはツボに打つ場合にのみ有効なのだから、鍼の方はツボに打ち、偽鍼の方はツボでないところに打つ、という比較をしても、無意味。また、どちらをもツボでないところに打っても無意味。
こんな比較をすること自体が無意味だから、上記の引用のことは意味をなさない。
例。女性にのみ有効な生理治療薬を、男性に飲ませて、効果があるかどうかを比較しても、無意味。
「この薬を男性に飲ませた場合、効果はプラセボとの場合と同じでした。ゆえに、この薬はプラセボと同等です」
それと同じような無意味な比較をしていることになる。
という嘘を書く人がいるので、だまされないように注意。WHOはツボの標準化を行っているのだ。特に、位置の標準化。
http://point.umin.jp/
トンデモマニアは調べもしないで嘘ばかり書くので、引っかからないようにしよう。
いったい、どこをどう読んだら、そういう誤読ができるのか? 本項は西洋医学や統計学を批判していない。
誤読しないでほしいのだが……誤読する人は、アニメの見過ぎで、文章読解力が欠落しているのかも。
ところが、これを否定して「ツボや鍼灸はまったく無効だ」と全面否定する人々がいる。
彼らはもはや、自分たち自身がトンデモ集団と化してしまったようだ。
http://mainichi.jp/select/opinion/jidainokaze/news/20100801ddm002070056000c.html
しかし、それはサイモン・シンの誤りだ。にせ鍼には、あまり効果はないと判明している。
http://jsam.jp/jsam_domain/journal/online/pdf/56-2-3.pdf
ただし、「浅い鍼」という形のにせ鍼だと、そこそこ有効であることもある。その他、ちょっと形を変えた鍼が、そこそこ有効であることもある。
しかし、だからといって、「すべてはプラセボ効果だ」と断じるのは、論理になっていない。ただの皮膚表面の刺激でさえも有効だ、というふうにも考えられるからだ。
http://blogs.yahoo.co.jp/ktkbd382/43208328.html
東大教授たるもの、他人の受け売りよりは、自分の体験を信じた方がいいだろう。「有名な科学ライターが書いているから、すべて正しい」と思うのは、頭ごなしの思い込みすぎる。まずは自分の体に「事実」を聞いた方がいい。さもないと、「みんなが言っているから、王様は裸だ」と述べるのと同じだ。
そんな答えなんてない
ひとによって違うのだから