2010年01月21日

◆ 検視と解剖

 (病気・事故死などでなく)変死した死体を解剖することで、犯罪の有無がわかる。ところが日本では、解剖する率は 10%未満である。では、どうすればいいか? 妙案がある。 ──

 変死した死体を解剖して死因を調べることを、検視(検死)という。このことで犯罪の有無を確認できる。
 逆に、検視をしないと、犯罪が見逃される。たとえば先日、婚約者である男性を次々と殺した詐欺女がいたが、犠牲者のうちの一人は検視されずに「自殺」と判断された。こうして、犯罪が見逃され、次の犯罪を引き起こすこととなった。
 つまり、検視をすることは、犯罪を見逃さないことに結びつき、次の犯罪を予防する。これほどにも検視というものは重要だ。死刑よりもずっと重要だ。
 にもかかわらず、日本では予算不足で、検視する率が 10%未満である。2008年の数値では 9.7%だという。
 この問題に対処するため、警察庁は検視体制を強化するために、有識者の研究会を発足させるという。( → 読売・夕刊・社会面 2010-01-21

 ──

 なお、検視不足という件は、かなり前から話題になっていた。たとえば、下記。
  → ニューズウイーク日本語版の紹介
  → 東京新聞の孫引き

 ──

 では、この問題に対して、警察庁の方針は解決策になるか? たとえば、予算を現状から5割アップすれば、解決するか?
 否。5割アップしても、10% から 15% になるだけだ。焼け石に水である。調査される比率は5割増でも、調査されない比率は 90% から 85%に下がるだけだから、ほとんど変わらない。つまりは、予算を5割アップしても、ほとんど意味はない。
 それどころか、民主党の方針では、「事業仕分けにより、予算削減」を打ち出しかねない。増やす金など、どこからも出てきそうにない。

 さらに言えば、いくら金を増やしても、肝心の医者がいない。そもそも、死んだ人間でなく、生きた人間を治療するためでさえ、医者は不足している。特に救急医療や産科では不足している。医者不足のときに、死体を見るための医者を駆り出したら、ますます医療崩壊がひどくなる。
 というわけで、現状はほとんどお手上げだ。

 ──

 そこで「名案はありませんか?」という質問が出るだろう。となると、私の出番だ。  (^^);
 はい。さっそく名案を示します。こうです。

         


         


         


         


 検視の場では、死体が大幅に過剰である。
 その一方、死体が大幅に不足しているという場がある。それは、どこか? 大学の医学部だ。

 医学部では、医学部生のための死体がまったく不足している。献体してくれる篤志家が少ないからだ。仕方なく、ホルマリン漬けの死体を、チョビチョビと解剖したりする。
 だいたい、どこの大学でも、週に3,4日、それが3,4か月掛って、1体のご遺体を解剖するんです。ご遺体はその長期間、腐らないようにしっかり防腐処理されています。カビとか生えたらかわいそうですしね。
( → 実習のレポート
 しかし、これっぽっちでは、全然勉強にならない。もっと大量に解剖の実習をするべきだ。(そもそも、解剖の実習が少ないから、外科医になりたがる人も少なくなる。悪循環ふう。)

 こうして、一石二鳥の名案が浮かぶ。
 「医学部生が解剖の実習を兼ねて、変死の死体を解剖する」

 ということだ。
 これは非常に効率がいい。なぜか? 変死者には何らかの異常(つまり死因)があるはずだが、その死因を探ることが実際の課題となるからだ。ただの「解剖ごっこ」ないし「解剖の実習」ではない。実際の本番バリバリの解剖だ。それが医学部生に委ねられる。医学部生だって、本気にならざるをえない。
( ※ また、通常の献体は、老人が多いが、変死者の場合は、若い人が多いから、皺だらけの死体を解剖するより、ずっと興味深い。たとえば、オッパイのデカいストリッパーの殺人死体などがある。   (^^); )

 ただし、初心者がいきなりすべてをやるのも、無理だろう。だから、次のように階層化したグループを作ることが好ましい。
  ・ 実習をする1年生、2年生
  ・ それを指導する3年生、4年生
  ・ それを監督する5年生、6年生(および研修医)
  ・ 全体を統率するプロの検死官1名


 実際に検視をするときは、グループ体制で行なう。下級生から上級生までがかわるがわるという感じで、分担して、死体の各所を調べる。わからないところなどは、上級生に訊く。
 ときどき、面白い死因が見つかったら、検死官に報告する。そして検死官は、「おもしろいぞ、これを見ろ」と生徒たちを呼び集める。
 (例)青酸カリの死体では、口からアーモンド臭がするので、嗅がせる。
 (例)絞殺と扼殺の違いを、首筋の跡から判別させる。
 (例)一酸化炭素中毒の血液の色が鮮明なのを見せる。


 いやあ。勉強になりますね。
 医学部生は勉強になるし、検視の解剖率は上がる。一石二鳥。まさしく名案。

   (^^)v



 [ 付記 ]
 医学部生に解剖がなぜ必要か? ……わかりにくいかもしれない。「いちいち人間をバラバラにしなくてもいいだろう」と思うかもしれない。そこで理由を示す。
 解剖とは、つまりは、手術の練習なのだ。生身の健康な人間を相手に、手術の練習をするわけには行かない。だから死体を相手に、手術の練習をする。それを「解剖」と呼んでいるだけだ。
 解剖しても、実際には癌の病巣などが見つかるわけではないし、その病巣を取り出すわけでもない。おかしくなっている部分を修理するわけでもない。だから単に「解剖」と呼ばれる。とはいえ、その実態は、「手術の練習」なのである。
 そして、手術の成功率は、手術の経験にほぼ比例する感じで、向上する。だからこそ、解剖の実習をたくさん積んでおくことが必要なのだ。医学部卒業までに、百以上の死体を解剖することが好ましい、と思える。
posted by 管理人 at 19:40| Comment(19) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「医学部廃止論」というのがある。次の趣旨。
 「医学部を廃止して、医師国家試験の合格だけを要件とすればいい。合格者に対して、二年間の実技研修をすればいい。これは旧来の司法試験の場合と同様だ」

これについて、前に論じたことがある。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/greentree/koizumi/a37_news.htm#igakubu

 しかし、本項を読めばわかるように、医者には多大な実習が必要だ。今の医学部教育がなっていないというのは事実だろうが、その代案は、医学部教育をやめてしまえということではなく、医学部教育を充実させることだ。
Posted by 管理人 at 2010年01月21日 22:34
最近の管理人様のテーマは実に難解だ!
今回のケースも正論だが、難解だ!
要点:
人間は感情的な生き物だ!ゆえに、すべての行動が合理的ではない!

比喩:
仮に、あなたに最愛の妻、愛人、娘がいます。

不幸にも突然死(変死=ほとんど全てが変死扱いされる)してしまいます。

生前の彼女達の全裸を人前に曝す愚か者は、異常者を除き皆無です。

では、死後、自身の気持ちを瞬時に切換え、今回の妙案の如く、赤の他人のオッパイ星人?
達にかつての宝物を謙譲出来るでしょうか。
Posted by pino at 2010年01月22日 10:33
お医者さんに裸を見られるのがいやなら、今後、治療も受けず、出産も不可能になります。

そもそも、あなた自身が、母親が他人に裸を見せたから生まれたんですよ。

医者とか、風呂屋の番台とかは、普通の人間じゃないんです。小さな子供じゃないんだから、「恥ずかしいよー」なんて泣かないで。

あと、殺人などの犯罪性が明白でない変死の場合は、解剖には遺族の同意が必要ですから、いやなら「やだよ」と言えば済む問題です。
というわけで、お望み通り。よかったですね。 


  ↓


 ただし死んだ本人は悲しいかも。殺人で殺されたのに、自殺扱いにされたせいで、犯人が見逃されてしまう。
 「どうしてあたしを殺した真犯人を見逃すのよ!」と思って、成仏できないかも。
Posted by 管理人 at 2010年01月22日 12:36
どうも、初コメ失礼します。
私なぞの実習レポートを引用していただき光栄です^^

管理人様は医学教育における解剖をちと勘違いされているようです。
解剖に供される遺体が少ないからチマチマ解剖しているわけではなく、細部の構造をみるためにこうしているのだということです。
現に、解剖に供されるご遺体の要件に、事故死や変死ではないこと、があった気がします。(ちょっとあいまいですが)
医学教育での解剖(系統解剖、といいます)は、何が正常か、を学ぶ場なんです。
もちろん、開けてみてびっくりな構造が出てくることもありますが、それは死因にかかわるモノではなくバリエーションの問題になります。全てが教科書的なご遺体はほとんどないもんです。

さらにですが、死因究明のための病理解剖や司法解剖は、手術手技とはだいぶかけ離れてしまいます。

お近くに医学部を擁する大学があれば、ぜひ法医の講義を聴講してみてください。
そーっと潜れば聴講できますよ。
法医の解剖が手術の手技とはかけ離れたものであることがわかっていただけると思います。

。。。まぁ死因究明の後で残った部分(講義中のスライドでは絞殺とかでも全身くまなく解剖してたんでそんな場所があるか謎ですが)を手術の練習台にするのは。。。ちょっと良心が痛みますよね。
全く関係のない部分を壊すわけですから。

学生に実習の一環として法医解剖をやらせるというのは案としてはありだと思います。
解剖資格など法的な面でクリアすべき課題は多いですが。。。
時期としては臨床の座学が終わった4年の終わりか、臨床実習後の選択実習の一環として6年の前半が妥当なところでしょう。


最後に蛇足ですが、アメリカなどでは解剖実習自体がなくなりつつあります。
ホルマリンの暴露などの問題もありますが、バーチャルスライドがかなり進歩して来たためのようです。
実際、私も病理の実習で顕微鏡は一切覗いてません^^;
Posted by Kris.S at 2010年01月22日 16:54
おっしゃっていることはわかりますが、そのことはすべて承知の上での発言です。
 舌足らずの点もありますが、文字通りに( or 曲解で)受け取らず、そちらの趣旨に従って受け取るように、読み直してください。
 私の言っていることは、そちらの言っていることと、ほぼ同じですよ。細かい注釈はしていませんが。

 なお、本項の論点は次の二点です。
  ・ 病理医の養成でなく、外科医の養成。
  ・ 医師のためでなく、国民のため。

 医者のために病理解剖をすればいいのではない。国民のために外科医不足を解消する(医療体制を確保する)必要がある。
 この論点に沿って、本項を読み直してください。また、現状がどうであるかも認識してください。

 ついでですが、医学教育と実習という観点からは、次の項目でも言及しています。
 http://books.meblog.biz/article/1989632.html
Posted by 管理人 at 2010年01月22日 19:25
レスありがとうございます^^

私のブログが
"仕方なく"ちょびちょび解剖している
のソースになっているのが引っかかったので、そこに集中してコメントつけさせていただいたまでです。

さて、解剖が少ないから外科医を志す学生が減る、というのが論点の一つと受け取っていますが、医学生の立場から言わせてもらうとちょっと違うかな、と感じます。
この情勢でも医学生の中に外科を志す人は少なくないんです。
しかし、実際に実習などで外科を回ったときにそのあまりの忙しさに引いてしまうんですね。
ので、卒前の手術手技の習得によって外科が増えるかと言ったらそんなことはないと思うのです。

ゆえにメジャー科を増やす一番手っ取り早いのは医者の雑用を無くしてあげること、だと思います。先生方も書類の多いのがどうにかなれば。。。と授業中もおっしゃってますよ^^;
一部の患者の肥大しすぎた権利意識と合わせて、どうにかなれば中堅以上で第一線から離れてる医師も戻ってくるでしょう。
しかし、クラークの導入にしろ人を増やすにしろ金がないのが今の状況と認識しています。


ちなみに法医解剖の少なさが問題になっているのは承知です。
最も金をかけない解決法はAIになるでしょう。
しかし、AIにしても死体の画像診断はまだまだ発達していないので解剖に勝るシステムでは無いです。
ですが、今の医療リソースでは最も現実的かと思います。

管理人さまの提案する死因究明システムも、勉強にはなる、かもですが、それこそめちゃめちゃな死体検案書しか出来ないようになると思います^^;
しかし、全員参加ではなくアルバイトで募集する形にすれば、意欲のある人を使えるので(やる気無いのはクビにも出来ますし)、それなり形になるかと思います。

ちょっと話が広がりすぎるので各々簡単にですが。
Posted by Kris.S at 2010年01月22日 22:54
> 実際に実習などで外科を回ったときにそのあまりの忙しさに引いてしまうんですね。

 それはそうですが、「ろくに実習もしないで外科医になりたくない」と思う医学部生もたくさんいますよ。外科医になるというのは、「患者を殺す覚悟がある」ということです。それだけの勇気のある医学生は少ない。「自分は患者を殺したくないから、見殺しにした方がいい。見殺しにすれば、自分の責任にはならないから」という理由で、外科医になりたがらない医者も多い。
 外科医の大多数は、何人もの患者を殺しています。自分の技能不足のせいで。しかし、それにもかかわらず、何百人もの命を救っています。そういう勇気をもつ医学部生は、あまり多くない。

> それこそめちゃめちゃな死体検案書しか出来ないようになると思います

 最初から承知の上です。それでも、10%でもまともな死体検案書ができれば、それで十分。(先輩や指導医がいる、という条件なので、実現は可能。)
 現状では、「死体検案書は一切書かない」つまり「0%」です。0%よりもマシならば、いくらでもいいのです。
Posted by 管理人 at 2010年01月22日 23:33
誤読している人が他にもいるようなので、念のために注釈しておく。
 本項で述べた提案は「医学部生の勉強を兼ねた、法医解剖」である。「手術の練習台として死体を利用する」ということではない。その件は「解剖しても、実際には……」という箇所で述べたとおり。つまり、「解剖すること自体が自然に手術の練習になる」ということだ。
 これに対する反対概念は、「手術人形を使って実習すること」である。あるいは、「死体解剖の訓練を積まずに、いきなり生きた患者を相手に本番の手術をすること」である。「手術人形のあとでいきなり生きた患者を相手にする」というのは、経験不足になりやすい。だからその前に死体を相手に解剖すればいい。ただしそこでは、死体を相手に(人形みたいに練習台にして)手術の練習をするわけではない。単に法医解剖をするだけだ。
 そしてまた、解剖の量は、3カ月に1体というような僅少なレベルではなく、もっと頻繁に多数回の量にするべきだ。

 以上が本項の趣旨だ。いちいち語るまでもなく当り前のことなのだが、勝手に自己流に誤読する人が何人かいると判明したので、上記で注釈しておいた。
Posted by 管理人 at 2010年01月22日 23:36
> 法医解剖は外科医養成には役立たない

という見解があったので、注釈しておく。

ここでは「外科医」には、「外科専門医」のほかに「総合医」も含まれていると考えてほしい。外科手術をする総合医を養成するには、人形相手の経験よりも、法医解剖の経験がたくさんある方が、ずっとマシだ。(理想の教育は、生身の人間を相手に練習することだろうが、それは倫理的に不可能。となると、死体相手か、人形相手か、いずれか。)

総合医はあまり多くないという意見もあるだろうが、多くないからこそ増やす必要がある、と言える。総合医の必要な場面は、僻地だけじゃない。夜間の救急医療が該当する。そこにいる当直医が内科医だけなので、病院で受け入れられず、他の病院にたらい回しになる……という例は多数ある。
そもそも、外科手術ができないような医者は、医者としては未完成品だ、とさえ言える。(極言すれば、だが。)医者なら、誰しも、初歩的な手術ぐらいはできるようにしてもらいたいものだ。かつ、その経験を、普段から積んでもらいたいものだ。

> 外科医の志望者を増やすには外科医の待遇改善が重要だ

という意見もある。それはその通り。しかしそれは次元が異なる話だ。
本項では、志望者を増やす方法ではなく、可能者を増やす方法を述べている。「やりたい」と思う人を増やす方法ではなく、「やれる」能力のある人を増やす方法を述べている。現実には、その双方を増やす必要がある。両者は別次元の話だ。志望者をいくら増やしても、能力のない人ばかりでは、何の意味もない。能力があっても、志望しなければ、何の意味もない。あくまで両者は別次元の話だ。
Posted by 管理人 at 2010年01月25日 00:31
私も一枚噛んでいるみたいなんで、コメントしておきます。
 素人は解剖の教育的効果を過大評価しています。医師も、世代が古い人は、過去を美化しているのか、やっぱり解剖にこだわる。
 解剖実習(顕微鏡によるミクロ解剖を含む)って、冷静に見れば、ただのイニシエーションです。それ以上でも、それ以下でもない。
 近代医学が解剖から始まったという歴史的意義は理解してますが、リンゴの落下を観察しないと物理学を始められないというものでもないでしょう。
 むしろ、系統解剖は廃止した方が、医師免許取得者の数を増やすことができて都合がいい。あれを残して置くと、「献体数が足らないから定員を増やせない」「プレパラートが足らないから定員を増やせない」なんて話になります。いや、実際、医学部定員を増やせないのは、そういうことなんです。
Posted by 井上 晃宏 at 2010年01月25日 23:08
誤読だと思いますよ。

> 解剖の教育的効果を過大評価しています。

 私は過大評価の反対で、「現状の解剖実習には効果がない」と論じているのです。今みたいなこと(数カ月に1体)をやっていては駄目だ、と論じています。

> 解剖実習(顕微鏡によるミクロ解剖を含む)って、冷静に見れば、ただのイニシエーションです。

 これも同じ。こんなことだけをやっていては駄目だ、という趣旨。

> 系統解剖は廃止した方が、医師免許取得者の数を増やすことができて都合がいい。

 これも同趣旨。無駄な系統解剖じゃなくて、法医解剖を大量にやれ、というのが私の趣旨。

 ともあれ、数を増やすのは大事ですが、粗悪品ばかりをたくさん増やしても意味がない。

 ──

 法医解剖を大量にやれば、少なくとも次の効果があります。
  ・ 本物の人間を切り裂く、という体験。(心理的効果。)
  ・ 本物の内臓を切ったり、いじったりする。
  ・ 初歩的な手術の訓練ぐらいにはなる。(初歩的な手術とは何かは、ここでは合意していると見なす。)
  ・ 法医解剖の最後で、縫合の練習になる。

 ま、法医解剖ゆえに、ひどく無駄なこともやるし、逆に、大切な「上級手術の訓練」はできないけれど、法医解剖の際、普通の法医解剖のやり方とは違って、本当の手術のやり方を使うこともできる。(たとえば、ずばっと切らずに、わざと少しずつ切る、とか。)
 それに、少なくとも、検視の率が大幅に上がります。殺人という犯罪を減らす効果はあります。これだって、人の生命を救うためには、大切でしょ?
Posted by 管理人 at 2010年01月25日 23:26
限界効用低減法則が教育にも適用できます。
 何もしない状況に、系統解剖実習を入れれば、確かに効果はある。しかし、その経験数を2倍、3倍と増やしても、効果の微分値はどんどん減っていく。
 系統解剖を3ヶ月かけて終えた学生に、「もっとやりたいか?」と聞けば、「もういらない」って答えが大半ではないでしょうか。

>ともあれ、数を増やすのは大事ですが、粗悪品ばかりをたくさん増やしても意味がない。

 数を増やせれば、養成後にセレクションできるんです。使えない人を排除できる。
 大半の仕事はやらせてみないと、できるかどうかわからないものです。ペーパーテストでも、実習の評価でも、わからない。
Posted by 井上 晃宏 at 2010年01月27日 13:59
管理人さんは、「検視」とか「検案」の意味を勘違いしてます。

>変死した死体を解剖して死因を調べることを、検視(検死)という。

 検視は司法警察員が死体を調べること、検案とは医師が検案書を書くことです。ここでは、解剖の有無は特に問題になりません。
 また、死体検案は異状死体についてはすべて行われるので、病院内の死亡であっても、頻繁に行われます。死体検案書って、死亡診断書のタイトルを変えただけのものです。
Posted by 井上 晃宏 at 2010年01月27日 17:02
井上さんへの返信

 (1) 最初のコメントについて

 だから、系統解剖じゃなくて、法医解剖だってば。何度も言わせないで。  (^^);

 肝心の話題に戻ると、……

> 限界効用低減法則が教育にも適用できます。
>その経験数を2倍、3倍と増やしても、効果の微分値はどんどん減っていく。その経験数を2倍、3倍と増やしても、効果の微分値はどんどん減っていく。

 それは医者の立場。患者の立場に立つとどうなるか? 
 手術の成功率の伸びは 100%に近づくにつれてどんどん頭打ちになるが、手術の失敗率はちゃんと減っていきます。

 %で言うと
   8% → 4% → 2% → 1% → ……

 減る絶対量はどんどん縮小していきますが、失敗率は次々と半減(前回比50%減!)していきます。これ、重要。
 医者の立場から見れば、100人中2人死のうが1人死のうが、大差ないだろうが、患者の側に立てば、大問題です。医療水準を高めるというのは、そういうことです。

 どっちみち、今の医学部生の手術能力はすごく低いんだから、限界に達するどころじゃない。医学部卒業の時点の能力と、名医の能力は、どのくらい懸け離れているか? よく考えてください。上の数字で言えば、2%ぐらいの段階ではなくて、70%ぐらいの段階でしょう。ぶっつけ本番であることは確実。
 
> 大半の仕事はやらせてみないと、できるかどうかわからないものです。

 生きている患者を実験台にするのは困る、という趣旨です。死体を実験台にした方がマシ。

 参考。
 イブニングという漫画雑誌の最新号で、初めて手術をしたときに、本物の人間があまりにも生々しく、また、血管が普通の位置にはないので、思わずパニックになった、という話があります。

 ご自分の初めての手術ではどうでしたか? 手術の経験のない最初のときから、抜群の手術能力を備えていましたか? 思い出してください。人形でない人体に対する経験の必要性がわかるでしょう。

 ──

 (2) 2番目のコメントについて

> 検視は司法警察員が死体を調べること、検案とは医師が検案書を書くことです。

 検視と検案とは別のことです。本項では検視について述べています。検案のことは関係ない。(なお、検視というのは正確には「検死」もしくは「検屍」です。 Wikipedia の「検死」の項目を参照。記事では「検視」なので、本項でも「検視」という語を用いた。)

> ここでは、解剖の有無は特に問題になりません。  

 検案という用語ではそうですけど、本項の話題は「解剖をすることが大事だ」という趣旨。元の記事を読んでください。解剖をしないと、正確な死因はわからないんです。ご存じでしょ? 

> 異状死体についてはすべて行われるので

 それは「司法解剖」のことです。本項の話題は「行政解剖」の必要性です。記事を引用すると、こうです。

「警察が取り扱う「異状死」は2008年で約16万体に上ったが、検視官が現場に立ち会うケースは14・1%、解剖率は9・7%にとどまった。」

 これが本項の話題です。まずは引用元の記事を読んでください。
Posted by 管理人 at 2010年01月27日 19:12
管理人さんは、「検視」とか「検案」の意味を勘違いしてます。
>変死した死体を解剖して死因を調べることを、検視(検死)という。

井上 晃宏 殿

上記を勘違いしているのは管理人様ではなく、私です。管理人様が返信する前に申し出るべきですが、済みません。

ここで、改めて私なりに本項の議題を整理してみると、管理人様の妙案は下記

・・・
こうして、一石二鳥の名案が浮かぶ。
「医学部生が解剖の実習を兼ねて、変死の死体を解剖する」
・・・

上記は文字通り、2つの事柄を含んでいる。
1) 検視
2) 法医解剖
管理人様は少なくても上記にて、現状よりは「検視」の精度及び医学部生の技量向上が期待できると述べている。
私はこの主張は正しいと思う。しかしながら、既に議論されているように、その効果の度合が論点となっているので、現状にて、スッキリした解決は出来ないと思います。
私見:
また、ここで留意すべきことは、管理人様の主張には「現在、日本国において実現しやすい提案」が根底にあると思います。なぜならば、「日本の検視」を例にとれば、最大の問題点は日本文化における火葬であることは自明だからです。
Posted by pino at 2010年01月28日 11:10
北大西洋条約機構みたいな名前の はてなユーザーが、本サイトをせっせとブックマークする(揚げ足取りのために)けど、それで本サイトに来るアクセスは、あれこれ全部合わせても、一日にたったの 30アクセスぐらいです。人数では十人ぐらいの人しかアクセスしないようだ。微々たる量。
 ブックマークしてくれるのはありがたいが、その効果はほとんどないですよ。人生を無駄なことに費やしているだけ。(……というのは、トンデモマニアの生き方そのものだから、仕方ないか。)
Posted by 管理人 at 2010年01月28日 22:33
ニュースの転載。

> 肝臓の摘出手術の経験がないのに手術を行って患者を死亡させた

http://www3.nhk.or.jp/news/t10015485191000.html#
Posted by 管理人 at 2010年02月06日 13:17
参考情報。
 ──

法医学「40代半ばになろうとも、年収は同世代の開業医や臨床医よりははるかに低く、3年目の研修医の年収のほうが多い場合さえある。待遇面では国は無策のままであり、これでは、医師がなかなか集まらない」
http://j.mp/QJhGdG
Posted by 管理人 at 2012年07月01日 07:19
 本項で述べた提案(遺体で手術の訓練をすること)は、テレビのドラマでも紹介されていた。登場人物が述べている。
 「そういうふうにしたいのだが、そういうふうにすることは現在の法律では禁止されている。遺体は検死の目的以外に使うことは法的にできない。しかし外国では可能だ。だから学生を外国に派遣して、遺体で手術訓練させたい」
 「まったく今の法制度はバカげている。法を何とかできないものか」
 というようなことを、登場人物である医学部教授が語っている。

 番組は下記。
 「監察医 篠宮葉月 死体は語る11」
 https://fami-geki.com/detail/index.php?fami_id=03385
 https://www.tv-tokyo.co.jp/broad_tvtokyo/program/detail/201908/11287_201908181400.html

 本日午後の放送。

 なお、本サイトの別項も参照。
 → http://openblog.seesaa.net/article/456991666.html

Posted by 管理人 at 2019年08月18日 17:58
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