しかしこれは統計の詭弁である。いかに詭弁があるかを示す。 ──
こんにゃくゼリー(こんにゃく入りゼリー)の危険度について、「飴(あめ)と同程度にすぎない」という報告が出た。
しかし、常識的に言って、こんにゃくゼリーが飴と同程度であるはずがない。飴の大きさは喉を詰まらせるほどではないが、こんにゃくゼリーの大きさはちょうど喉を詰まらせる大きさだ。また、飴は舐めるだけで吸い込むものではないが、こんにゃくゼリーは吸い込んで食べるものだ。危険度は大幅に違う。
なのに、こういうふうに「同程度」という危険度が出るとしたら、どこかに統計のインチキがあるはずだ。そのインチキを示す。
──
まずは、報道を示そう。
《 こんにゃくゼリー:危険性「あめ類と同程度」 食品安全委作業班が見解 》他社もだいたい、似たような記事である。ただし、読売と産経だけは、より厳しい報告を示している。
のどに詰まらせる事故の多い食品の安全性を審議している国の食品安全委員会の作業班は13日、こんにゃくゼリーについて「一口あたりの窒息事故頻度は、あめ類と同程度と推測する」との見解をまとめた。
( → 毎日新聞 2010-01-19 )
子供の窒息事故が相次いだこんにゃく入りゼリーの危険性について、科学的データをもとに検討していた内閣府・食品安全委員会の作業部会は13日、「(こんにゃく入りゼリーは)様々な食品の中でも餅に次いで窒息事故の頻度が高い」とする評価報告書を公表した。つまり、飴よりも危険だ、というわけ。
( → 読売新聞 2010-01-14 )
こんにゃくゼリーをのどに詰まらせて死亡する事故が相次いだ問題で、内閣府の食品安全委員会のワーキンググループ(WG)は13日、こんにゃく入りゼリーを含むミニカップゼリーはモチに次ぐ2番目に窒息リスクが高い食品群であるとする推計結果を公表した。こんにゃく入りミニカップゼリーだけでみると、モチ、アメに次ぐ3番目にリスクが高いという。
( → 産経新聞 2010-01-19 )
──
以上は、新聞の報道だから、あまり参考にならない。そこで、原典に当たるといい。これだ。
→ 食品安全委員会の報告(PDF)
これを見ればわかるとおり、「ケース1」と「ケース2」とに分かれている。このうち、「ケース1」では「危険度はモチに次いで高い」(2位)とされ、「ケース2」では「危険度は飴に次いで高い」(3位)とされる。この二通りでは、危険度が大幅に異なる。
では、そのどちらだが妥当か? 食品安全委員会は、両者をともに採用して、「片方では飴より上、片方では飴より下。平均して飴と同程度」と結論した。これが「飴と同程度」ということの根拠だ。
しかし、これは、インチキだ。
データを見ればわかるとおり、統計として意味を持つのは、「ケース1」だけである。
「ケース1」の場合には、救命救急センターの死亡事故の原因として、あらゆる食品が同等に評価されている。データに偏りはない。
「ケース2」の場合には、こんにゃくゼリーだけが、まったく別の統計データとすり替えられている。一方、他の食品は、ケース1と同様である。ここでは、データの取り方がまったく違うのだから、比較にならない。比較にならないものを比べて、「こんにゃくゼリーでは死亡例が低い」と結論している。
このような調査は、統計として、まったく意味をなしていない。したがって、「ケース2」のデータは無効である。無効であるものを評価の対象にしてはいけないのだ。
「ケース2」のデータは、死亡例で「死亡の理由がこんにゃくゼリーである」と報告されたものだけだ。現実にはこんにゃくゼリーで死亡したとしても、ただの「窒息死」または「事故死」として処理され、「こんにゃくゼリー」という言葉が出てこない例も多数あるだろう。その場合には、「こんにゃくゼリーによる死」としてカウントされないから、死亡例が低くなる。(要するに、数字が低くなったのは、そのための項目がもともとないからだ。「こんにゃくゼリーによる死」という項目がないから、その項目に計数されないだけなのに、そういうことをわかっていない。)
こういう理由で、「ケース2」のデータの数値は低くなったと思える。それゆえ、「ケース2」のデータの数値は信頼できない。
──
なお、食品安全委員会が「ケース2」の数値を取ったのは、「ケース1」の項目が「ミニカップゼリー」であり、「ケース2」の項目が「こんにゃく入りミニカップゼリー」だからであろう。
つまり、「ケース1」では、こんにゃく入りかこんにゃく入りでないかが、区別されていない。そこで、「ケース2」のデータを取った。しかし、そのとき同時に、データの全体が無効になってしまったのである。(データの取り方が代わってしまったため。)
──
結局、正しいデータは、「ケース1」のデータだけである。その場合には、次のように評価される。
「(こんにゃく入りかこんにゃく入りでないかを問わず)ミニカップゼリーの危険度は高い。飴の2〜3倍ぐらい危険度が高い。モチの半分程度である。前食品のなかで二番目に危険度が高い」
これに加えて、「こんにゃく入りゼリーは、こんにゃくなしゼリーよりも危険度が高い」ということを勘案すれば、こんにゃく入りゼリーは、飴の3倍以上、危険度が高いと見なしていいだろう。
つまり、これほどにも危険度が高いことになる。(モチと同程度か。)
──
では、どうすればいいか? モチを禁止処分にすることはできないから、こんにゃく入りゼリーも禁止処分にしないのが妥当か? いや、そうではない。
実は、「こんにゃく入りゼリーを禁止せよ」と主張している人はいない。(どこかの阿呆が勘違いして主張しているかもしれないが、まともな人で「こんにゃく入りゼリーを禁止せよ」と主張している人はいない。)
では、何が唱えられているかというと、こうだ。
「こんにゃく入りゼリーについては、ミニカップタイプを禁止せよ」
つまり、「一口サイズのものだけを禁止せよ」という主張だ。理由は次の二点。
・ 一口サイズのものは、大きさがちょうど気道をふさぎやすい。
・ 一口サイズのものは、食べるとき、吸い込んで食べがちだ。
(だから、食道でなく気道に入りやすい。)
というわけで、「一口サイズのものを禁止せよ」という主張がなされている。そして、そのような禁止があったとしても、特に困ることはあるまい。
モチならば、「モチを禁止せよ」というのは、やりすぎだろう。しかし、こんにゃくゼリーやただのゼリーならば、一口サイズのものを禁止したって、誰も困らない。一口ずつスプーンですくって(または口と歯で切って)食べればいい。それだけのことだ。
──
食品安全委員会の報告では、その点についての配慮があまりなされていない。「一口ずつ食べた場合の危険度」というものを調べていることからして、かなりおかしい。
調べるべきことは、そんなことじゃない。「こんにゃくゼリーを吸い込んだとき、気道をふさいで窒息死しないか」ということだ。それこそを調べるべきだ。
そして、そのときには、食品としての安全度を比べるだけでなく、他のことも考慮するべきだ。たとえば、こうだ。
「小さい子供の場合は、口にものを含んだまま遊んだり、口の中いっぱいにものを含んでいることを好むので、より危険性が増大する。」
( → 国民生活センター )
──
まとめ。
こんにゃくゼリーの危険性は、一口サイズのものを吸い込んで喉を詰まらせる、という点にある。だから、「一口サイズのものを禁止せよ」という結論が出る。
なのに、そのことから論点をずらして、単に「こんにゃくゼリーの是非」を論じるのでは、話の方向性がズレている。まして、統計のインチキをするなんて、とんでもないことだ。
[ 付記1 ]
細かな政府資料は、下記にある。
→ 第6回食品による窒息事故に関するワーキンググループ
これの一部を抜粋して HTML で紹介しているページがある。
→ 紹介サイト
表15によると、ケース1の救命救急センターの死亡例では、2007年に、飴の死者が6人、ミニカップゼリーの死者が3人である。これが実数だ。
日本全体における飴の消費量と、ミニカップゼリーの消費量を比べれば、前者の方が圧倒的に多いはずだ。(私の例で言えば、年間の飴の消費量は 100粒ぐらいで、こんにゃくゼリーはいまだかつて一口も食べたことがない。)なのに、ミニカップゼリーによる死者が、飴の死者の半分だとしたら、比率的には非常に多いと思える。
なお、団子の死者が 15人というのは、かなり大きい。これもサイズが影響している。禁止する必要はないだろうが、老人や子供は団子を食べない方がいい。
こんにゃくゼリーの問題の一つは、子供が食べたがることだ。団子を食べたがる子供はあまりいないだろうが。
なお、老人が団子で喉を詰まらせて死ぬとしても、「大往生」だろうが、子供がこんにゃくゼリーで喉を詰まらせて死ぬとしたら、あまりにも悲劇だ。その意味でも、(一口サイズの)こんにゃくゼリーは禁止した方がいい。
どうしても「禁止はやめてくれ」という人がいたら、自分の子供に与えてみるがいい。「窒息死するかもしれない」と思って、子供に(一口サイズの)こんにゃくゼリーを与える親は、ほとんど悪魔である。
[ 付記2 ]
どうしても販売を許可するのだとしたら、「危険です」という表示を大きく記すべきだ。ドクロマーク付きで、毒薬のように。
「子供が食べると、吸い込んで、喉を詰まらせて、死ぬかもしれません」
とはっきり表示しておくべきだ。大々的に。デカデカと。
( クリックで拡大 )
煙草だって、先進国では、危険性を表示している。こんにゃくゼリーだって、同様に(もっとそれ以上に)危険性を表示するべきだ。煙草の比じゃなく、危険なのだから。(煙草と違って即死である。)
なお、煙草の場合、自己責任で吸う。しかし、こんにゃくゼリーの場合は、親の責任で子供が死ぬ。それは自己責任ではない。……本人が自己責任が取れないような食品については、政府が禁止するのが妥当だろう。
なお、「親の自己責任で」なんていう論理は認めない。それは「親には子供を殺す権利がある」というのと同様だからだ。自己責任というものがあるとしたら、あくまで子供本人にある。そして、子供には、責任能力はない。……従って、政府が禁止する以外にない。
( ※ モチについても同様だ。モチで死ぬのはほとんどが高齢者である。だから高齢者はモチを食べるべきではない。しかし、高齢者がモチを食べて喉を詰まらせる例が多いからといって、一般にモチを販売中止にする必要はない。モチについては自己責任となる。こんにゃくゼリーは自己責任ではない。)
[ 付記3 ]
私としては、次のことを提案したい。
「ただのゼリーも含めて、一口サイズのものは禁止する」
「かわりに、棒状にして、歯で噛んで食べるようにする」
これで問題は解決する。あえて窒息しやすい一口サイズにする必要はないのだ。(ただのゼリーについてまで禁止する必要はない、という意見もあるだろうが、別に、そんなサイズのもゼリーがあるとしても、メリットはないのだから、禁止してしまって差し支えない。)
なお、私としては、一番おいしいタイプは、白滝みたいな形(細長い棒状の列)にすることだ。こういうタイプにして四角く固めてあるゼリーを食べたことがあるが、おいしかったですよ。食感がおもしろくて。プチプチした感じのゼリー。
なお、こんにゃく入りにするなら、アズキか大豆ぐらいの大きさの球状にした方がいいと思う。ビーズみたいな感じ。それならおいしいと思う。こんにゃくは小さい方がおいしい。(私の好みだが。)
ともあれ、一口サイズ以外のものならば、特に問題はないだろう。(ただし下記を参照。)
[ 付記4 ]
一口サイズ以外ならばOKか? というと……
「もともと大きなサイズにして、スプーンですくって食べるようにする」
というのは、まずいようだ。たとえば、話題の「蒟蒻畑」(マンナンライフ)のは、3口ぐらいの大きさがあり、スプーンですくって食べるようになっている。
→ 画像
しかし、それでも、1歳の子供の事故があった。これは不思議ではない。スプーンですくって食べるにしても、1歳の子供ならば、吸い込んで気道を詰まらせることは、十分にある。スプーンですくった大きさが、ちょうど一口サイズになるからだ。
この点、棒状にして、歯で噛んで食べるのならば、問題はない。しかし、スプーンですくうのでは、最終的には一口サイズになるから、問題がある。(特にこんにゃくタイプでは。一方、こんにゃくなしのゼリーならば、スプーンですくうのなら問題はない。)
こんにゃくゼリーは、やはり、棒状にするか、白滝状にするか、豆状(ビーンズ状)にするか、そのどれかだろう。それらならば、「噛んで食べる」ということが自然になされるし、仮に噛まなくても、喉を詰まらせることはないからだ。(たとえば、棒状のものを噛まずに呑み込んだなら、棒の一端がまだ口のなかに残っているはずだから、その一端を指で引いて、口から吐き出させればいい。)
この意味で、私は「蒟蒻畑は禁止」が妥当だと思う。少なくとも、命をかけてまで、子供に食べさせるほどのものじゃない。他にいくらでも別形状のものが作れるのだから、あえてミニカップにこだわる必要はない。
( ※ ついでに言えば、モチについては「一口サイズをやめよ」という提案はもともと存在しない。「モチを禁止しないから、こんにゃくゼリーを禁止しない」というのは、論理として成立していない。なぜなら、「食品としてのこんにゃくゼリーを禁止せよ」とは誰も述べていないからだ。こんにゃくゼリーの問題は、食品の禁止ではなく、サイズや形状の禁止である。間違えないようにしよう。サイズや形状を禁止しても、別形状にすればいいだけのことだから、特に問題はない。……世間には「食品の禁止」としてとらえている人がいるが、論点を混同しているようだ。)
[ 付記5 ]
そもそも「ゼリー」という言葉を付けるのがいけない。だからゼリーみたいにスプーンで食べたがるようになる。
こんにゃくならこんにゃくらしく、ちゃんと「こんにゃく」と名乗ればいい。たとえば「フルーツこんにゃく」というふうに。
その上で、こんにゃくらしく、四角い形にすればいい。家庭ではそれを包丁で切って、厚い板状にして出せばいい。各人はそれを箸でつかんで、口でちぎって噛んで食べる。普通のこんにゃくふうに。……それで問題ないはずだ。幼児は箸を使えないから、幼児は食べなければいい。
こんにゃくのくせに、変にゼリーっぽくするから、ゼリーみたいな食べ方をして、事故が起こるのだ。「こんにゃくなら、こんにゃくらしくしろ!」と活を入れたいですね。
[ 付記6 ]
古い記事の引用。
70人の従業員で、13年間に 17人も殺す。産業としては非常に殺人率の高い産業だ。
こんにゃくゼリーによる犠牲者はこれで17人にも上る。(2008/10/01)
従業員数は非正規社員10数名を含む約70人
( → 昔の記事 )
ちなみに、団子屋やモチ屋の従業員は、70人どころではないだろう。また、死ぬのはほとんどが高齢者であって、自己責任と言える。(こんにゃくゼリーは、親の責任。)
[ 付記7 ]
そもそも、「こんにゃくゼリーを許容するべし」と大人が主張する資格はない。「こんにゃくゼリーを許容するべし」と主張する資格があるのは、こんにゃくゼリーで死んでしまった子供たちだけだ。
「こんにゃくゼリーを許容するべし」と主張する大人には、「子供時代に喉を詰まらせて言え」と告げたい。つまり、「死んでから言え」と。
自分はたまたまうまく子供時代を乗り切ったくせに、他の子供をあえて危険にさらす資格はないのだ。「自分は大人になってからこんにゃくゼリーを食べたい」という理由で、子供を危険にさらすべきではないのだ。どうしても食べたいのならば、先に画像で示したように、「子供には危険」と大々的に表示をするべきだ。
※ 以下は読まなくてもよい。冗談半分なので。 (^^);
[ 余談 ]
こんにゃくゼリーが危険でないと思う人々は、自分が死ぬまで人体実験をするべきだ。
「窒息死する可能性は少ない」と思う人(たとえば食品安全委員会の委員や、こんにゃくゼリーのメーカーの社長)がいるとしたら、彼らを被験者として、こんにゃくゼリーを何度も何度も吸い込んでもらおう。十回ぐらいじゃなくて、百回も千回も吸い込んでもらおう。 (^^);
その際、そばに医者は置かない。万一、吸い込んで喉を詰まらせたら、救急車を呼ぶことにするだけだ。……こうして、死ぬまで調査を続行する。 (^^);
仮に、いつまでたっても死ななかったら、その被験者の家族をかわりに呼び寄せて、死ぬまで実行する。
とにかく、こんにゃくゼリーを噛まずに吸い込むのだ。そして、いつか吸い込んで気道を詰まらせて窒息するまで、何度も何度も実行する。
ま、とりあえずは、安全委員会の委員から実行してもらいたい。人体実験だ。彼らの調査が正当であるのなら、そうしてもいいだろう。
なお、その間、私は飴玉を舐めている。「飴玉はたいして危険じゃない」というのが私の主張だから、気道よりもはるかに小さな大きさの飴玉を舐めている。それで死んだら、私が自分で責任をもちます。だから私に飴玉をいっぱい下さい。あるいは、日本中の人に、飴玉をプレゼントしたらどう? (^^);
【 追記 】
ただし、飴玉にも、危険性は考えられる。それは「一口サイズの飴玉」だ。これは喉を詰まらせる危険性があり、やはり危険である。
私の舐める飴玉はたいていキャラメル・サイズだが、世間にはけっこう大きな飴玉もある。そういうのを舐めていると、喉を詰まらせる危険性がある。
だから、一口サイズの飴玉も、いっしょに禁止した方がいいだろう。それで困ることはない。単にサイズの小さいものを販売するだけのことだ。

散歩が安全などと言う人は、クルマに轢かれるまで人体実験を敢行すべきです(笑)
もちろん、子供を遊園地につれていく(それにともなって長距離運転を行う)など看過できません。危険を知っていながら子供をそんな目に合わせるなんて、酷い親以外の何者でありましょうか。自分はたまたま遠くの遊園地に行きつつも生き延びたのかもしれませんが……。
まぁ、とはいえ、こんにゃくゼリーの形状を変更するのは自分も賛成ですわ。
こんにゃくゼリーを食べなくても支障なく生きていける(たいていの人はそうだ)けど、歩くことは……
というふうに考えることはできませんか?
頭は帽子をかぶるためにあるんじゃない。
はてな の人は、頭は何のためにあるの? 他人の悪口を考えるためでしょう。たぶん。
しかし、「散歩」というのは本質的に必要に欠ける行為です。健康の維持のためであれば室内でも良い。太陽を浴びたいのであれば庭でよろしい。無目的にウロウロ歩く=散歩は、必要ではないのだから、こんにゃくゼリーと同じで「やらなくても支障なく生きていけること」ですわ。
まあ、つまり私が申し上げたいのは「親の都合で子供の命を危険に晒すこと」も、ときには許容されるってだけです。こんにゃくゼリーの形状変更については最初のコメントにあるように、私は賛成。
むむ、こうやって自分で単純にまとめてみると、ずいぶん詰まらない指摘をしたかもしれません。ただ、この記事の表現はずいぶんオーバーに思えたので、「そんな基準で良し悪しを決めると、現実的に色々と不都合も出るのではないか?」と言いたくなったのです。
結局のところ、「親の都合による子殺し(に近い行為)が認められる場合」もあるわけですわ。
子の情操教育やらQOL向上やらなんやらの理屈で。
管理人様のコメントから推察する限りでは、「子供を引きこもりにしない」は「子供の命の危険」よりも優先されるべき事柄なわけですよね。私も同じ意見ですよ。
失礼しました。
なんであの形のままなのか良くわかりません。あけるときに手について不便だし。
棒状、というのはナイスアイデアですね。
わははは、
それじゃあ噛んだ瞬間一口サイズと同じになるよね。
「直径4センチの棒状」なんて、ありえないでしょう。誰がそんなもの食うか。
という声もあるが、モチは規制しなくても、もともと規制された状態にある。
つまり、
「直径3センチぐらいのかたまりのモチ」
というのは販売されておらず、
「直径5センチよりもずっと大きい」
という形で販売されている。
塊のこんにゃくを薄く切って食べるのと同じで、もちはもともと「広くて薄い」という形になっている。
なお、仮に
「直径3センチぐらいのかたまりのモチ」
というのが販売されたとしたら、それについては規制するべきだと思う。しかし、そんなもの、誰が買うものか。焼くのだって大変だし。
似たものに、団子があるが、団子を丸飲みする人はいないはずだ。噛みちぎって食べる。というのは、串があるからだ。
串なしの団子があるとしたら、規制してもいいだろう。しかし、そんなもの、売っていることはほとんどない。十五夜のときに自分でつくって飾るぐらいだ。
というわけで、現実に規制対象となるのは、こんにゃくゼリーだけだ。
子どもに与える時にはカップのまま出さず、板状のこんにゃくを切って出すのと同じで切って出せば良いのでは?
大人が食べる時にも、カップの形状が秀逸ですので、少しつまんで出た部分をかじる事が出来ます。
あの形状で大人が手軽に食べられるからこそヒットした商品だと思うので、
形をおっしゃる様に変えるというのは発売禁止と同程度の措置ではないかと。
また、こんにゃくは一口大になっていないという主張ですが、おでんでよく見かける三角のこんにゃくを普通に噛み切ったら正に一口大ではないでしょうか?
もちろん、危険性を孕んでいるのは事実ですので、煙草などのようにしっかり目立つように表記する、というのには賛成です。
以上、百や二百の蒟蒻畑を食べ続けても喉を詰まらせない自信のあるいち蒟蒻畑好きでした。(お腹は一杯になりそうですが)
だったらメーカーが板状のものを販売すればいいんですよ。三角のこんにゃくの形状でもいいですよ。
> 三角のこんにゃくを普通に噛み切ったら正に一口大ではないでしょうか?
まさか。厚さ1センチのものを口で噛み切れば、その人ごとに適切なサイズになります。子供ならば、ごく小さな大きさにしかなりません。大人が噛み切って、子供に口移しで与えるのならば、詰まらせる可能性はありますが。それはありえない。
> あの形状で大人が手軽に食べられるからこそヒットした商品だと思うので、
それはそうです。だから言っているでしょ。「子供を死なせても自分が金儲けしようという悪魔的な会社だ」と。
子供を死なせてまでヒットさせる必要はないんです。
> 形をおっしゃる様に変えるというのは発売禁止と同程度の措置ではないかと。
売上げ減少と販売禁止は違います。棒状にしたって、板状にしたって、3割ぐらいの減少で済むでしょ。
> 百や二百の蒟蒻畑を食べ続けても喉を詰まらせない自信のあるいち蒟蒻畑好きでした。
誰もあなたの命の心配なんかしていません。まだ未発達な子供の命を心配しているんです。
子供の命を話題にしているのに、自分のことしか考えられない人が多くて、困りますね。
だから大人になれないといわれるのに。
なかなか大人になれない人は、涼宮ハルヒのオモチャをいじっているといいでしょう。かわいいですよ。
→ http://amzn.to/hL5XXU
こちらの発言のうち、子どもに対する危険性については始めの切り分けの話で締めたつもりだったので後半は対象を大人としての話です。
最後の一文(喉を詰まらせない自信)も、調査する人間が実際にやってみればよい、という一文に対するものであって、自分の命を心配している訳ではないのですが、言葉が足りなかった様です。
実際に命を落としている子どもがいるわけですから、何らかの対処が必要である事は間違いないですし、その部分に関して企業側の対応が足りないのではないか、とはこちらとしても感じます。
それにしてもやはり板状のものを出すというのはあまり意味が無いのではないでしょうか。カップから出して切る、というのはサイズ的にもおかしくない気がしますが…。使い切りなので衛生的ですし。
棒状にして出す、というのは面白いと思います。危険性の回避、食べやすさの維持、どちらもクリアしている印象です。
三角のコンニャクに関してはこちらの考えが浅かったようです。一口目にかじった後、一口大のものを更にかみ砕いて食べるのだから最初の大きさは関係ないのだ、と言いたかったのですが、その主旨に合う例ではありませんでした。すいません。
形状を変えることで売り上げが変わる、という話はこの議論の本質ではありますが、脱線しやすいものですし、実際にどれだけの変化があるのかがここで判るものでも無いので控えさせてもらいます。
以上です。失礼しました。
このくらいのサイズならば安全だということでしょうか。直径 1.5 〜 2.0 センチまで許容していいのかも。
ただ、白玉の場合、弾力がなくて、容易につぶれるので、比較的安全なのかもしれません。
>70人の従業員で、13年間に 17人も殺す。
この言葉、従業員に面と向かって言えますか?
こんにゃくゼリーによる死は会社のせいではなく親のせいだ、と、子供を亡くした親に面と向かって言えますか?
とは言えますよ。
「ちなみに責任の所在についてはわかりませんよ。決してあなたのせいとは言ってませんよ。」
と申し添えますが。
従業員を非難するのは、八つ当たりでしょう。そんなことをする方がおかしい。
また判決理由も「商品に製造物責任法上の欠陥はなく」ということであり、これは法律の不備を示したものとも言えるでしょう。法的な問題と危険性とは別のことです。
ちなみに、青酸カリで人を殺した場合も、危険性はありますが、商品に製造物責任法上の欠陥はありません。
「ゼリー」と報道されているので先歩きしているような気がしますが。。
どっちみち、一口サイズのものが喉に詰まりやすいことは同じ。名前が「蒟蒻畑」でも「こんにゃくゼリー」でも、詰まりやすさ(死にやすさ)は同じ。