2010年01月18日

◆ 人間も単為生殖する?

 昆虫などの下等生物では、(オスなしで)メスだけで子を生むという「単為生殖」をすることがある。
 ところが人間も同様のことが可能である……と政府が決めるらしい。 ──

 人間も単為生殖する……とういのは、もちろん馬鹿げている。(人間の)女同士だけで、子を産めるはずがない。まして女同士から男が生まれるはずがない。
 ところが、である。「それはできる」という方針を政府が決めるそうだ。
 この方針は、「(生物学的に)女同士の夫婦から生まれた子供を、嫡出子として認める」というものだ。朝日の社説を紹介しよう。
 結婚している男女が、第三者の精子を使って人工授精で子をもうけたら一般的には嫡出子だが、性同一性障害のため性を変えた夫と妻の場合は非嫡出子とする。こうした法務省の認定に、兵庫県宍粟(しそう)市に住む夫と妻は納得がいかなかった。
 夫妻の強い思いを知った千葉景子法相は、現行の扱いを改善し、そうした子を夫妻の嫡出子として認める方向で検討することを表明した。
( → 朝日・社説 2010-01-14
 この方針が決まれば、冒頭で述べたとおり、「人間の女同士だけで、子を産める」という結論になる。本当は他人(第三者である男性)の精子が必要であるのだが、それを否定して、「女だけで単為生殖ができる」と主張するわけだ。  (^^);

 朝日の社説に従えば、嫡出子として認めないことは「親子関係について差別を受けるので不合理だ」ということになるらしい。しかし、これは成立しない。
 第1に、「差別」というのが法的な差別のことであれば、そんな差別は存在しない。なぜなら、その子供たちは全員が非嫡出子なのだから、嫡出子から差別されることはないからだ。(法定相続が半分、という件も、全員が非嫡出子ならば、問題は生じない。)また、「尊属殺」という殺人罪の場合は、嫡出子だけが重く罰せられるのであって、非嫡出子はかえって有利な立場にある。区別はあるが、差別ではない。(差別の逆だ。)
 第2に、社会的な差別感情について言うなら、これは法律の関与する問題ではない。(また、女同士の子供を「嫡出子」と決めたところで、差別がなくなるとも言えない。「女同士の夫婦から生まれた子供」ということがバレれば、結果は同じだ。)

 なお、たとえ人工授精であっても、男と女の夫婦が産んだ子供は、「嫡出子」として推定される。これは、仕方ない。なぜなら、人工授精であるか否かにかかわらず、男と女の夫婦が産んだ子供は、「嫡出子」として推定しないと、「あらゆる夫婦は子供が産まれるたびに DNA 鑑定をして、夫婦の子供であることを証明せよ」ということになってしまう。それは、現在ではかろうじて可能かもしれないが、数年前までは不可能なことだった。(今だって不可能かも。毎年百万人以上の新生児を検査する処理能力はない。)
 男と女の夫婦が産んだ子供は、「嫡出子」として推定される。ここでは「推定」が自然なことだ。しかし、女と女の夫婦が産んだ子供は、「嫡出子」として推定されない
 しかるに、推定されると見なすとしたら、「人間は単為生殖で産まれる」という推定が成立していることになってしまう。これが、法相や朝日の主張だ。馬鹿げている。
( ※ あるいは、ひょっとしたら、「女一人でなく女二人でなら子供を産める」という主張かも。この場合は、単為生殖でなく、レズビアニズム生殖という奇妙な新概念ができる。  (^^); )

 ──

 では、どうすればいいか? 私としては、こう提案したい。
 準嫡出子というカテゴリーを新たに設ける」
 準嫡出子は、夫婦から産まれた子供(嫡出子)でもなく、不倫によって生まれた子供(非嫡出子)でもなく、人工授精によって生まれた子供である。
 そして、夫婦が男と女であるか、女と女であるかにかかわらず、人工授精によって生まれた子供は準嫡出子として認定する。
 つまり、法律が現状に追いついていないのであれば、法律を現状に即して改定すればいい。それだけのことだ。

 差別をなくすためという目的はいい。しかし、そのために、生物学的な真実を塗り替えてしまって、非科学的な虚偽を真実であるかのごとく決めるというのは、滅茶苦茶だ。「人間は単為生殖をする」というデタラメな方針は、ひっくり返すべきだ。こんな説は、「人間は神が創造した」とか「進化はなかった」とかいう神学的な説よりも、さらにひどい。

( ※ 本来ならばトンデモマニアが「トンデモだ!」と批判すればいいのだが、トンデモマニアが攻撃する相手は弱者に限られる。政府がデタラメな主張をしたときには口を閉じて黙っている、というのが、トンデモマニアのポリシーだ。トンデモマニアは弱きを挫き、強きになびく。だから私が声を上げる。)
 


 [ 付記 ]
 相続税の非嫡出子の分が、嫡出子の半分だ、という点については、最高裁で違憲判決が出た。しかし、非嫡出子と嫡出子を同じにすると、今度は嫡出子が差別されてしまうことになる。
 嫡出子は、その両親の遺産を相続できる。一方、非嫡出子は、自分の母親(およびその再婚相手である義父)の遺産を相続できるし、生みの親の夫婦の遺産をも相続できる。二つの夫婦の遺産を相続できることになる。遺産の二重取りだ。
 これでは、嫡出子が差別されてしまうことになる。
 だからどうしろ、という話になるわけではないが、とにかく、「差別をなくせ」という単純な人道論で片付くわけではない、と理解するべきだ。 
 



  ※ 以下は余談なので、読まなくてもよい。というか、読まないでください。

 [ 余談 ]
 やたらと「差別は駄目」と言い出すと、レズ同士の結婚や、ホモ同士の結婚も、認められるようになるだろう。また、そこに生まれた子供も、「嫡出子」として認定されるようになるだろう。
 しかし、レズ同士やホモ同士を親とする子供は、かわいそうだ。まともな親をもてないことになる。ひどすぎる。
 女同士または男同士からは、子供は生まれない。それが生物学的な事実だ。そういう仕組みになっているのだ。それにあえて逆らおうとするのは、あまりにもおかしい。こんな方針が推進されたら、そのうち、人類はみんなレズ同士やホモ同士になって、滅亡してしまうかもしれない。  (^^);

 レズやホモは奇形なのだから、子供を産むべきではないのだ。というか、もともと産めないのだから、あえて人工的に生命を勝手に創造するべきではないのだ。(少なくともこの点については、ダーウィニズムや社会進化論の方が正しい。奇形の人間にも生存する価値は立派にあるが、奇形の人間がさらに増殖しようとするのをあえて推進するべきではないのだ。奇形という言葉には語弊があるので、ちょっと言い換えた方がよさそうだが。)
 
 「子供を産む権利」というのを主張する人もいる。だが、とんでもない話だ。
 男であれ女であれ、「子供を産む権利」なんてものはない。「子供を産む権利」なんてものがあるとしたら、女性または男性による強姦が正当化されてしまう。子供は、両性の合意による行為のあと、自然に生まれるものだ。権利によって生まれるのではない。
 どんな人間であれ、自分以外の人間の生死を決定する「権利」などはない。ここで「権利」を口にするのは、あまりにもおこがましすぎる。子供を親のペットだと勘違いしているのだろう。
 そう言えば、「子供の名前を付ける権利」というのを主張する馬鹿もいたな。そんな権利などは存在しない。権利があるとしたら、子供本人であり、親はその権利を委嘱されているだけだ。子供は親の私有物ではない。そのことを理解できない親がいるとしたら、そんな親をもつ子供はかわいそうだ。
 ともあれ、生物学的な真実は、法律や権利などの概念によって決まるのではない。両性の生物学的な行為(*)によってのみ決まる。

     (*) エッチ!    ホテル トイレ
posted by 管理人 at 19:41| Comment(18) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
現在の科学にてDNA鑑定が最有力である。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、
「性同一性障害者が次の5つの要件を満たす・・」の要件にDNA鑑定項目は無い。(各要件はWikipediaを参照)

管理人さんの「付録2」の主張は生物学的な見解なので、本来なら極稀に誕生するDNAにてXX男子、XY女子等を議論するのかと思います。現状の「専門的な知識を有する医師2名以上・・」「5つの要件・・」では、やれやれ、トホホ・・と感じます。ただ、このことに関して議論すると収拾がつかないので管理人様はあえてふれていないとも思えます。

上記の事より、身勝手な私見と願いを述べれば以下になる。
1)本件の夫がXY女子ではれば本人の主張を認めて欲しい。
2) 管理人様が指摘されているように、本来の夫婦は男XYと女XXであるので、自分達は極稀な特異なケースであり、その子供には無関係な事柄であってほしい。
3)本件夫婦が子供(特異な遺伝子か解らない)のために主張されているのであれば応援したい。

以上
Posted by pino at 2010年01月19日 14:36
何だか勘違いしている人がいるので注釈しておくが、本項は性同一障害者や同性愛者を差別せよ、という趣旨ではない。
 これらの人には特別な権利があるから、法律をねじ曲げて、虚偽を真実のごとく詐称させよ、という非科学的な主張を批判しているだけだ。

 誰が得をするとか損をするとかいう人間レベルの損得は関係ない。真実を語るか嘘を告げるかという問題だ。
 勘違いしないようにしてほしい。
Posted by 管理人 at 2010年01月19日 21:09
はてな から誤読する人が何人か来たので、注釈しておく。
 本項の趣旨は
 「非嫡出子を嫡出子と称してはならない」  …… (*)
 ということだ。
 これを批判するなら、
 「非嫡出子を嫡出子と称するべきだ」
 というふうに述べるべきだ。
 また、
 「そのことによって近親相姦の悲劇が起こっても構わない」
 というふうに論じるべきだ。

 なのに、勝手に曲解する人が多すぎる。
 たとえば、尊属殺人の概念を説明した文章を、「日本では尊属殺人の罪がある」と勝手に誤読している人もいる。
 概念があるということと、実態があるということとは、別のことなのだとわからないらしい。天使という概念について説明した人は、天使が実在すると主張していることになるらしい。

 ともあれ、はてな には、やたらと誤読する人が多すぎる。
 本項の趣旨は(*)なのだということぐらい、ちゃんと理解してほしいものだ。もうちょっと国語力をつけてほしいね。
Posted by 管理人 at 2010年01月23日 17:08
ホモやレズについて、

> ダーウィニズムとは無関係。

 と書いた人がいる。ま、無知だから、仕方ないが。下記リンクでも読むといい。

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=56686

他にも「ゲイ遺伝子 多産」で検索すれば、他のサイトが出てくる。
遺伝子を残さない個体がなぜどんどん増えるのか、という話題は、進化論の話題なんですよ。

ともあれ、子供を残せない人々が人為的に(人工授精で)子孫を増やそうとするのは、反ダーウィニズム的な行為である。つまり、自然の摂理に反する。……私はそう言っているわけ。
( ※ いちいち曲解しないでほしいものだ。)
Posted by 管理人 at 2010年01月23日 17:53
本項について「差別だ」と述べている人がいる。これも勘違い。
 ホモやレズという人自身を虐げようとするのならば、それは優生思想だし、阿久根市長と同じで、差別に当たる。この件は私も前に指摘した。
 → 阿久根市長と優生思想
  http://openblog.meblog.biz/article/2077193.html

 しかし本項は、優生思想ではない。ホモやレズという人自身を虐げようとするのではなく、その人たちの出産を妨げようとするのでもない。ホモやレズが(単為生殖で)出産したければ、勝手に出産すればいい。それなら「人類は単為生殖できる」ということを証明したことになる。別に邪魔しようとは思わない。

 本項で批判しているのは、人工授精による人為的な出産だ。要するに、「人間は試験管で勝手に生命をどんどん生み出す権利なんかない」ということだ。
 そして、そういうことを「差別だ」と言うには当たらない。なぜなら、普通の人だって、その権利はないからだ。あなたや私には「試験管で勝手に生命をどんどん生み出す権利」なんかない。それと同様に、ホモやレズにも、その権利はない。
 これを「差別だ」というふうに騒ぐ人は、頭の論理が狂っている。イカレている。……と言うと、「馬鹿に対する差別だ!」と怒り狂うんだろうな。

 まったく、はてなー というのは、度しがたい人が多い。もうちょっと日本語力を磨いてほしい。オタクの漫画ばかり見ているから、日本語力がなくなるんですよ。  (^^);
Posted by 管理人 at 2010年01月24日 10:24
ホモ(レズ、ゲイ)は奇形だから子供を産むべきではない、ホモの親はまともでない、という部分はちょっと酷いなぁと思いました。優生思想ではないと仰ってますが明らかに言ってることは優生思想ですよ
僕はホモで女性には性的興味はありませんが、価値観のあう女性がいたら結婚もしたいしその人との間に子供も持ちたいと思っています。実際同性愛者でも家庭を持つ人(昔は偽装結婚が多かったらしい)はいるので「ホモは遺伝子を残せない」というのは間違いです
あと子供を産む権利は強姦する権利とは違いますので、該当箇所は拡大解釈です
あと体に奇形があっても正常な子供を産んでる人はいますし、奇形であっても死産でもないなら生きるのが自然。また奇形でも繁殖能力あって繁殖を欲求するならそれも自然。そこに人為的処置があってもそれも含めて「自然の摂理のうち」ではないでしょうか(人間も自然の一部なのだから。セックスも人工授精のうち)
一方で「勝手に出産すればいい」と言い一方で「出産する権利はない」というのは矛盾してると思いました
是非、掲載と感情的でない反論をお願いします
Posted by parashute at 2010年06月07日 22:50
> レズやホモは奇形なのだから、子供を産むべきではない

 この意味を誤解していますよ。私が差別しているわけじゃありません。自然の摂理です。
 「レズやホモは(子供を産めるけど)子供を産むべきではない」と言っているのではありません。
 レズやホモは、子供を生む能力がない(=奇形である)のだから、もともと子供を産めない。もともと子供を産めないのに、人工的に生命を操作して産むべきではない、ということです。それが本項の趣旨。

 なお、ホモやレズの人が、異性とのあいだに子供を産むのならば、別に問題ありませんよ。ただしその場合、その人はホモやレズではなく、バイセクシュアルであることになります。したがって前提が破綻する。(異性を愛せるのだから。)
 一方、異性を愛していないで、それでいて子供産ませるというのは、好ましいことではありません。愛してもいない相手に子供を産ませることが素晴らしいと思うのであれば、その論拠を示してください。また、そんなことになれば、子供が不幸になるのは当然でしょう。そもそも、愛情なしに子供を産む行為をするとしたら、それは強姦か何かでしょう。そんなのを推奨する理屈がない。

 あなたは差別という言葉にとらわれすぎていて、ホモやレズというものの実態を知らないのです。私は差別しているわけじゃありません。ホモやレズには、素晴らしい人がたくさんいます。その人たちを否定しているわけではありません。ただ、愛のない男女間で子供を産むべきではない、と述べているだけです。これは愛情の問題なんですよ。
(なお、男女間で愛情が成立するホモがいるとしたら、その人はもはやホモではありません。ホモの傾向があるだけで、ホモではない。ホモというのは、異性を愛することができない人のことです。定義。)

 そもそも、「男と女は愛しあって結婚するべきだ」というのは、私の個人的意見ではありません。「男と女は愛しあって結婚するべきだ」というのを否定したければ、いちいち私にいわないで、どこかで大々的に唱えてください。

 あと、言葉の前に述べたように、これはあくまでも蛇足です。本論とは関係のない話に、いちいち騒がないでください。
Posted by 管理人 at 2010年06月08日 00:02
>優生思想

 優生思想というのは、自然に生まれるものを人為的に生まれなくさせることです。
 ホモ同士の出産というのは、自然に生まれないものを人為的に生まれさせることです。
 方向は違っていますが、生命の操作という点では同じです。そういうふうに生命を操作するのを批判しているのが本項です。
 だいたい、繁殖の要求があるから人為的な操作を認めるなどと言い出したら、ヒトラー(みたいな人)がクローンを大量に生み出すのを阻止できません。
 また、人間が人間牧場を作って、人間を養殖することも阻止できません。
 そのように生命を勝手に操作するな、というのが本項の趣旨です。
 それを、ホモ差別の話に、すり替えないでください。

 ついでですが、私の人生で最も私に影響を与えた傑出した人(偉人)は、ホモです。私は彼を非常に尊敬しています。彼なしには、現在の私はありえなかった。
 ホモであることで誰かを差別する意図など、私にはあるはずがないのです。ホモであるかどうかは、人間性には何の関係もない。私がいいたいのは、ホモ同士の間で、人為的に生命を操作するな、ということです。
 もう少し正確に言えば、人為的に操作したならば、それを隠蔽するな、ということです。本文をちゃんと読み直してください。
Posted by 管理人 at 2010年06月08日 00:26
はじめまして。

こちらの記事を拝読し、なるほどと感嘆していただけに、余談でのあなたの考え方残念でならずコメントを残しました。
この記事を見て悲しい思いをする者がいることを頭の片隅でよいので覚えておいて欲しいのです。

失礼かとは思いましたがコメント欄がありましたので書き込み致しました。
Posted by Hyakinthos at 2010年12月22日 06:28
同性愛者が子供を産めないのは自然の摂理であり、私のせいではありません。彼らがその事実を指摘されて、悲しい思いをするからといって、私を恨んでも仕方ありません。

 ただ、ご指摘を受けて、本文を少し書き換えておきました。
Posted by 管理人 at 2010年12月22日 20:48
もともと病気で子どもをつくれない・産めない女性は、奇形ですか?
その女性が人工的に生命を操作して産んだら、だめですか?
子どもをつくり産むことのできる身体で生まれ、異性愛者である女性が「正常」ですか?

この地球に生きる生き物として子孫を残していく能力をもつ人間を「正常」というのですか?

奇形、異常な生き物は、子孫を残してはいけませんか?
あなたのおっしゃる「奇形」に当てはまる人々は、たぶんあなたを「奇形」だと思うでしょう。つまりあなたに愛され育てられる子孫を残してほしくないと思うでしょう。それがたとえ、あなたのいう自然の摂理に反さない、人工的ではないやり方だとしても。

私のこの質問・意見は、あなたの意見を理解したうえでのコメントになっていますでしょうか?
私はあなたほど知識も経験も持ち合わせていないと思いますが、恐縮ながら、あなたの文章は色々と考えさせられることが多く、コメントしてみました。


あ、それから。
「正常」な男女が性行為をした末に「自然」に生まれてきた私は「正常」として育てられ、成人になってから、とある同性愛者に愛の告白をうけ、今現在その人と「恋愛」しています。つまり私は「正常」ではなくなりました。そのうえ「正常」な生殖を望まなくなりました。望めなくなりました。愛してくれ、愛することのできるパートナーを捨て、「正常」に生き、「正常」な生殖のできる男性を選んだほうが良いのでしょうか。人類の「正常」な繁栄のために。
また、両親からうけている「愛」と、今の私の同性のパートナーからうけている「愛」の違いはなんでしょうか。
私が今まで両親からうけていた「愛」と、たとえばいつか人工的につくった私たちの子どもにそそぐ「愛」には、どんな違いがあるのでしょうか。
「正常」に反した時、本当の「愛」は消えてしまうのでしょうか。
不思議なことばかりで、困っています。あなたの意見がききたいです。
正常から異常・奇形にうつった私は、この先どう生きていけばいいのかわからないのです。社会の中で、異常・奇形とよばれることが怖い。だからといって、今愛し合う人との関係を壊したくはない。
心の中で、矛盾してばかりです。私はもしかしたら、本当の愛の意味を知らないだけなのでしょうか。
Posted by ひつじ at 2011年11月05日 23:36
「読まないでください」と書いてある部分を無理やり読んで反応されても困ります。
Posted by 管理人 at 2011年11月05日 23:46
読まないでくださいと書いてありましたが、のっていたのですんなり読んでしまいました。
のせつつも読まないでくださいとかいているというのは、つまり反応がほしいということかな?と勘違いしてしまいました。
賢いあなたの意見を得れば、私は正常になれるのではないかと期待もしてしまいました。
困らせてしまってすみません。返信ありがとうございました*^^*!
Posted by ひつじ at 2011年11月06日 00:07
この件は、「奇形とはなんだ!」という非難ばかり寄せられてきたので、そちらの話は読みませんでした。
 しかし、お困りのようですので、読み直しました。その上でお答えします。
 レズビアンとして生きたいのであれば、人工授精なんかしなくても、よその男性から子種をもらえばいいんです。男なんて単純だから、誘惑すれば、簡単に引っかかります。頭の良さそうなウブな学者なら、いちころり。(イケメンは駄目です。)
 こうして子種を仕込んだあとで、「生んだ方がいいか?」とパートナーに相談します。返事がイエスなら、生めばいい。返事がノーなら、堕ろせばいい。もしくは、自分で一人で育てればいい。
 当然だけど、返事は「イエス」に決まっています。
 なお、事前に相談した場合は、「ノー」に決まっています。なぜならパートナーは、あなたがその男性のもとに走ってしまうことを恐れるからです。ゆえに相談するのは、必ず、事後でなくてはいけません。

 上記の方法がいやなら、子供はなしにしてください。
 人工授精には、私は反対です。本項で書いたとおり。それは神の摂理に反することです。天罰が下るかも。そもそも、子供がかわいそうすぎです。私が子供だったら、そんな形で生まれたと知ったら、自殺します。
Posted by 管理人 at 2011年11月06日 01:07
ありがとうございます!
一晩考えてみました。

人工授精はやめます。何故なら、あなたのような意見をもつ方が実際にいるからということ、それから多額のお金がかかるということです。しかも、私たちの子どもをつくるためにかかったそのお金を、どんな人(医者)がどんな目的で使うかわからない…そう思ったら気持ちが悪くなりました。(命を買うということにもつながりますよね?)

なので、同性愛者が子どもをもつひとつの方法として、里子をもらうことが一番良いのかもしれないという結果に至りました。
なぜなら、異性愛者の間で自然に生まれたが愛される機会を得られなかった命を、私たちのような同性愛者(または子どもを授かることのできいない身体の女性)が救えるかもしれないから…大げさにいえば、そうした命を救う義務を同性愛者たちは課されているのかもしれない…なんて考えました。

または、あなたのおっしゃるように理解のある男性に協力していただくのもいいかもしれませんね。でも私なら、ちょっと嫌です。(笑)やはり、友だちにしろ初めて会う人にしろ、パートナーとして生きていく気持ちのない相手とセックスするのは気が引けます。

ということでまとめますと、いつか私も彼女との間に子どもをもつとき、人工授精という批判をうけやすくお金のかかる方法より、すでにこの世に産み落とされた命と共に生きることを選べたなら、きっと素敵なことですよね。

すっきりしました。こういう内容を踏み込んで話せる大人は周囲になかなかいないため、とても楽しかったです。ありがとうございました。
Posted by ひつじ at 2011年11月06日 22:03
あなたの選んだことが一番いいと思います。里子というのは、私もあとで思いついて、コメントを書こうと思っていたのだが、そのまま忘れてしまいました。(あるいは書いたつもりになっていたのかも。いま見たら、書いてないですね。馬鹿みたい。)

 里子の場合、おっしゃるとおりで、親に見放された子供が愛を得ることですから、とても素晴らしいことです。とっても立派なことだとも思います。私も応援したくなります。あらゆる意味で最善だし、崇高なことです。

 ただし、一つだけ注意してください。幼児の里子の場合、失敗する例がすごく多いのです。子供は自分が「親なし」であることを自覚しているので、「養親の愛情を確かめるため」という気持ちで、徹底的に反抗します。ありとあらゆる手段で、養親にイヤガラセをします。最終的には喧嘩別れのような形で、養子は離れていきます。誰もが不幸になります。これを解決するのは難しい。
 だから、子供をもらうなら、物心が付いていない時期(2歳以下)になるようにするといいでしょう。
 それが駄目なら、10歳以上の子供がいいでしょう。その場合には、「不幸からの脱出」を実感できるので、養親に感謝します。

( ※ 養親が女性の場合に、養子が男か女か、どっちがいいかは、私にはわからない。10歳以上の場合は、男子だとまずいかも。色気が付くので。……やっぱり、2歳以下がいいですね。あと、幼児にするなら、神経質でないのんびりした性格の子にすれば大丈夫かも。)
 
 なお、ディックフランシスの小説に、ホモの養親に育てられた、という主人公(男子)の話があります。主人公はホモの養親にとても感謝しているそうです。
( ※ ただし、主人公が思春期になると、ホモの養親との関係を危ぶんだ実の親が、主人公をホモの養親から引き離してしまいました。実の親は流浪の母親。)

 この小説です。
 → http://www11.plala.or.jp/f-brown/syohyou/refrex.htm

 なお、幼い子供が養親に逆らう、という話は、新聞で読んだような記憶があります。ネットや本でも見つかるかも。確実な出典を知りたければ、施設の関係者に聞くと良さそうです。


 ずっと施設育ちだった人の例はこちら。
  → http://mamesoku.com/archives/2478682.html

 あと、「赤ちゃんポスト」というのを設けている自治体があるので、そこに頼むと、何とかなる可能性もある。
Posted by 管理人 at 2011年11月06日 22:33
丁寧なレスポンスをありがとうございます。

私も、里子を家族として向かい入れるのであれば、1歳か1歳に満たない子にしたいなと思っています。そのほうが「自然な親子」としてお互いに受け入れやすくなりますよね。それ以上年をとった子だと、自分の子どもと思い育てていく自信がないので…。
でも、たとえ幼児期、青年期をむかえた子を選ぶことになったとしても、常にその子をひとりの人間として尊敬し会話を重ねて付き合っていく努力をすることで絆を育むことができるのでは、とも思います。

あ、それからひとつ疑問なのですが、ここにコメントを書かれた何名かの方は「奇形」という言葉に怒り?悲しみ?を感じたようでしたし、私もそうでした。でも、あなたのおっしゃっていた「奇形」は、子孫を残せるか残せないかという立場から(この一点に限って)みて、「奇形」という言葉をつかったのですよね?
人によっては差別的に受け取れる言葉のために、感情的になって反論した方がいたのでしょうか…。
無知であるために、また、文章を書く際にどの言葉を選択するかによって、穏やかな意見の交流が失われてしまうのかもしれません。命に関わる大切なテーマであるため、他の方のコメントを読み残念に思いました。


それから、小説等、参考になるものを教えていただきありがとうございました。
私事ですが今卒論締め切り間近なため、落ち着いたらいろいろ調べてみようと思います。といいつつ、このページはみているのですが(笑)
Posted by ひつじ at 2011年11月08日 16:29
里子・養子の県については、読売新聞・朝刊 2012/10/27 に記事があった。「養子の養育が難しい。虐待問題の専門家ですら大変だ」という話題。
 それを読んで思ったことを記す。

 ──

 2〜10歳ぐらいの幼児は、反抗が大変なので、養子には向いていない。それというのも、実子として生きるか、養子として生きるか、本人にもわからないからだ。そこで愛情を確かめようという形や、不安の発露で、反抗が起こる。
 これを解決するには、どっちか一方に決めるしかない。

 反抗なしでうまく育つなら、実子と同様に扱って育てればいい。

 反抗があるときには、本人に養子としての意識が強いのだから、養子として育てるしかない。その場合、実子であることを完全否定するといい。そのためには、養子を月に二回ぐらい、養護施設に戻すといい。そのことで、「養護施設よりは養子の方がいい」とわかるし、「下手をすると養護施設に戻される」という恐怖にさらされる。そして養親との間で、安定した養子・養親関係を築ける。

 現状では、そのどっちでもなく、どっちつかずの形だから、幼児が反抗して、不安定な状態になるわけだ。
 なお、1歳以下ならば、実子として育てることが可能だろう。
 10歳以上ならば、養子として育てることが可能だろう。
Posted by 管理人 at 2012年10月27日 12:59
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