2009年12月11日

◆ ほぼ中立説/ノイズ効果

 前項 の続き。
 自然淘汰という概念は、絶対的ではない。修正される必要がある。そのためには、「ほぼ中立説」および「ノイズ効果」という概念を理解するといい。

( ※ 「優者/劣者」という二項対立は、あまりにも粗雑すぎる。もっと精密に理解するために、この二つの概念を用いる。) ──
    ( ※ 本項の実際の掲載日は 2009-12-24 です。)


 自然淘汰という概念は、絶対的ではない。現実には、劣者が淘汰されないことはしばしばある。すると、
 「なぜ劣者が淘汰されないのか?」
 という疑問が生じるかもしれない。それには、以下のように答えることができる。

 (1) ほぼ中立説

 木村資生は、自然淘汰説を拡張する形で、「中立説」という概念を提唱した。「優者/劣者」もしくは「有利/不利」という二項目のほかに、「中立」(有利でも不利でもない)という項目を立てた。そして、現実の突然変異の大半は、「中立」であると判明した。
( ※ 1塩基変異の大半は淘汰にあまり影響しない、ということ。)

 木村資生の弟子である太田朋子は、「中立説」を拡張する形で、「ほぼ中立説」という概念を提唱した。ここでは、「有利/不利/中立」のほかに、「ほぼ中立(ちょっとだけ不利=弱有害)」という項目が追加される。すると、現実の突然変異のほとんどは、「ほぼ中立」(弱有害)であると判明した。
( ※ 1塩基変異や2塩基変異の大半は、ちょっとだけ不利になる、ということ。)(他に、中立の分もかなりある。 → 解説サイト

 (2) ノイズ効果

 さて。初めに戻って、次の疑問がある。
 「なぜ劣者が淘汰されないのか?」
 これは、(1) の「ほぼ中立説」に従えば、次のように書き直される。
 「強度の劣者(ひどく有害な形質をもつ個体)は淘汰されるだろうが、弱度の劣者(弱有害の形質をもつ個体)は淘汰されないだろう。ではなぜ、弱度の劣者は淘汰されないのか?」
 
 この疑問に対して、太田朋子は、次のように主張した。
 「弱度の劣者(弱有害)が淘汰されるか否かは、集団の大きさに依存する。集団が大きいと、淘汰の力が大きく働くが、集団が小さいと、ランダムな影響が強く出るので、淘汰の力は小さく働く。そのせいで、弱度の劣者(弱有害)が生き残る」

 これはこれで成立するだろうが、その効果はたいして大きくあるまい。というのは、現実に、人間という大きな集団においても、弱度の劣者(弱有害)が生き残るからだ。それも、非常に多く。
 つまり、太田朋子の説では、説明しきれない。したがって、別の原理が必要となる。

 そこで、別の原理で説明するのが、クラス進化論 の「ノイズ効果」という概念だ。これは、次のように説明する。

 淘汰は、遺伝子同士で起こるのではなく、個体同士で起こる。そして、個体においては、複数の遺伝子が同時に影響する。(マトリックス淘汰
 一つの個体には複数の形質の遺伝子がある。それぞれの個体が、いずれかの遺伝子において「弱有害」であれば、どの個体も何らかの意味で不利であるから、どの個体も淘汰されない。つまり、
 「誰もが(何らかの意味で)劣者であれば、誰もが淘汰されない」

 ということだ。
 それぞれの個体は、それぞれ別の意味で、劣者である。どの点で劣者であるかはともかく、何らかの点で劣者である。いずれも劣者であるから、いずれも淘汰されない。
 ここでは、何らかの意味で劣者である、ということがわかるだけであり、どの遺伝子が劣っているかということは、意味をなさなくなる。つまり、埋没してしまう。いわば、小さな声が、大きな雑音に埋没して、聞き取れなくなるように。
 これが「ノイズ効果」の概念である。
  
 ノイズ効果があるがゆえに、どの個体も、何らかの意味で「弱有害」の形質をもつ。
  ・ ある人は頭がいいが、スポーツが下手。
  ・ ある人は美人だが、性格が悪い。
  ・ ある人は心優しいが、金儲けが下手。
  ・ ある人は視力がいいが、持久力がない。

 人はみなそれぞれ、何らかの意味で長所や短所をもつ。こうなると、長所や短所の違いがあるだけであって、「短所を持たない人間」などはいないのだ。

 このことは、集団が大きいか小さいかには依存しない。常に見て取れる現象だ。そして、その根拠は、「マトリックス淘汰」という概念からわかる。つまり、
 「自然淘汰の対象は、個々の遺伝子ではなくて、たくさんの遺伝子を同時にあわせもつ個体である」
 ということだ。

 そして、このような「マトリックス淘汰」という概念を持たないがゆえに、現在の「自然淘汰」という発想は、あまりにも不正確なのである。(個体淘汰であれ、遺伝子淘汰であれ、不正確。)
 そこからは、阿久根市長のように、「劣者は滅びても当然だ」という発想が出てくる。なぜか? 「誰もが劣者である」という事実を理解できないからだ。……そして、その意味では、現代の進化論学者もまた、阿久根市長と大同小異なのである。
( → 阿久根市長と優生思想 で述べたとおり。)



 [ 付記 ]
 「マトリックス淘汰」は、「個体淘汰」でもなく「遺伝子淘汰」でもない。
 「個体淘汰」や「遺伝子淘汰」は、「個体」または「遺伝子」という1次元だけに着目して増減を考える。
 「マトリックス淘汰」は、「個体」および「遺伝子」という2次元に着目して増減を考える。そして、ここが大事なのだが、「個体」および「遺伝子」はたがいに独立していない! つまり、何らかの相関的な関係がある。
 その一例が、「ノイズ効果」である。弱度の「不利」な形質については、ノイズのようなものが大きくなりすぎて、独立性が消えてしまうのだ。独立性がノイズに掻き消されてしまう、とも言える。……強度の「不利」な形質については、ノイズを無視してもいいのだが、弱度の「不利」な形質については、ノイズを無視できない。
 この意味で、「弱有害」な形質は、(ノイズのおかげで)淘汰されずに生き残る。ゆえに、集団内には多様性が生じるわけだ。
 そして、「多様性が生じる」というのは、「自然淘汰が余り成立しない」ということだ。……というわけで、ダーウィンの「自然淘汰説」は、不完全ないし不正確なのである。



 [ 余談 ]
 ついでに、おまけの話。
 軽度の障害は、必ずしも悪いことではない。「災い転じて福となす」というふうに、不利を有利に転じることもある。
 その例が「アスペルガー症候群」だ。歴史上の天才のかなり多くが、軽度のアスペルガー症候群に該当すると見なされている。ダ・ヴィンチ、アインシュタインなど。近年では、ビル・ゲイツがそうだ。さらには、何と、進化論の御大 チャールズ・ダーウィンさえも該当するという!
  → 成毛眞 (元・日本マイクロソフト 社長)
  → Wikipedia

 「劣者が淘汰される」という説が成立するとしたら、ダーウィンは淘汰されてしまったはずなのだ。
posted by 管理人 at 20:46| Comment(1) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ノイズ効果については、別のページで質問があったので、答えておいた。
→ http://openblog.meblog.biz/article/4526069.html#comment

そこから抜粋しよう。以下、転載。
──

> 「一升瓶に比べて千分の1を摂取すれば、千分の1ぐらい危険だろう」

ということが成立するためには、「ノイズがないこと」が必要です。
たとえば、人の声が聞こえるからと言って、「その声の大きさが千分の1ならば、千分の1ぐらい聞こえるだろう」ということが成立するためには、ノイズがない(無音であること)が必要です。ノイズだらけのところでは、声の大きさが千分の1ならば、その声はまったく聞こえなくなります。(ノイズに埋没するので。)

> しきい値無し説のように屈曲したグラフになるのでしょうか?

 屈曲したグラフではなく、「足切りされたグラフ」です。足切りラインは、ノイズラインです。ノイズより下は「無害」になるのではなく、「無害か有害かわからない」状態です。
 音で言えば、ノイズよりも小さい声は、「声が消滅する」のではなく、「声があるのかないのかわからない」状態です。
 ここでは、「聞こえないこと」と「音が存在しないこと」とが、同等ではなくなっています。あなたはそこを誤解しています。

 あなたの発想は、ノイズ効果を理解していません。あなたの発想は、「この世にはノイズがない(=危険なものは何一つ摂取していない)」ということを前提とした発想です。現実には、「この世にはノイズがある(=微小に危険なものを多種多様に摂取している)のですから、その前提は成立しません。


 真っ白なところに、灰色の点が一つあれば、目立ちます。
 灰色の点がいっぱいあって濃度が絶えず微小に変動しているところに、灰色の点が一つ加わっても、そのことで影響があったかどうかはわかりません。誤差に埋もれてしまうからです。
 ここでは灰色の点が一つ加わったことが「なしになる」わけではありません。「あったとしても誤差に埋もれてしまう」という意味です。

 たとえば、毎日食べる量が100グラムぐらいの誤差で変動している人がいて、あるとき、食べ終えたあとで1グラムだけ余分に食べたら、そのことの影響はあるか? 「あるかもしれないが、誤差に埋もれてしまう(だからわからない)」というのが普通でしょう。「ない」と言っているわけではありません。
Posted by 管理人 at 2011年04月30日 00:57
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