常用漢字表で「葛」という字は正字である。これだけが正字であるのはどうしてか、と読売が疑問を掲げている。それに答えよう。 ──
「葛」という字は常用漢字にはないが、新たに追加されるらしい。ただし、その字体は、正字である。つまり、下の方が
L人
になっている。一方、下の方が
ヒ
になっている文字もある。これは略字だ。83JIS ではこの字体だったので、2004対応フォントのない古いパソコンでは、その略字で表示される。
──
ところが、略字の大好きな読売の記者が、これに噛みついた。
・ 喝 渇 褐 の3字は、「ヒ」だ。
・ 葛 だけが 「 L人 」なのはおかしい。
つまり、「統一性が取れないから、混乱するぞ」と主張して、「 葛 も他の三つに合わせよ」( ヒ にせよ)と主張している。
また、「葛」を戦前の旧字に戻すのは、「復古調だ」とも非難している。
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以上は、あまりにも文字を知らない無知蒙昧な見解なので、正解を示す。
(1) 新字体と俗字
「葛」の「 L人 」という字体は、「旧字」ではなくて、「正字」である。一般に使われているのは「正字」だけである。古いパソコンでは「パソコン略字」というものが使われてきたが、それはあくまで俗字であるにすぎない。それは他の常用漢字のような「新字」ではなくて、「正字に対する俗字」であるにすぎない。
(2) 復古調?
したがって「復古調」と称するのは正しくない。略字の方が正式に採用されたことは一度もないからだ。略字の方は常に傍流であった。
つまり、「新字から旧字」に戻すのではない。最初から最後まで「正字」があっただけだ。ただ、一時的に、パソコンでは「俗字」の方が採用されていたというだけのことだ。
(3) 葛 だけが例外?
そもそも、「葛 だけが例外だ」というのは、まったくの間違いだ。
この部首については、「ヒ」になっているのは、指摘の3字のほか、「謁」を含めた、計4字だけである。
そして、それ以外のすべては、「 L人 」になっている。たとえば、一部だけ示すと、下記だ。
葛 臈 藹 曷 羯 蝎 鞨
見ればわかるように、すべて「 L人 」になっている。
なお、上記(7字)はシフトJISの文字だが、それ以外の UTF-8 の文字も含めて示せば、別表のようになる。
→ 別表
計20字ある。これらはすべて、「 L人 」になっている。
一方、「ヒ」になっているのは、常用漢字中の4字だけなのだ。
つまり、4字の方が例外なのである。葛の1字だけが例外なのではない。(視野があまりにも狭い。)
──
読売の記者は、漢字というものをまったく理解していない。「世の中の漢字は常用漢字がすべてだ」という貧弱な発想をしており、「それ以外に莫大な漢字がある」という事実を認識できない。
なるほど、新聞を書くときには、常用漢字がすべてだろう。しかし、漢字という世界のなかでは、常用漢字などはほんの一部にすぎないのだ。漢字の世界には豊かな文化としての多大な漢字があるのだ。
そのことを教えるのが、教育というものだ。そうすれば、正しい教育は、次のことだとわかる。
「 喝 渇 褐 謁 の4字は新字体で、 葛 という字は正字です。どうして 葛 という字だけが例外なのか、と思うかもしれません。しかし本当は、喝 渇 褐 謁 の4字が例外なのです。これらの4字は、例外的に、正字から新字体に変更されました。一方、変更されていない文字は、この4字以外にたくさんあります。たくさんあるうちから、一つだけが新たに採集されて、常用漢字表に追加されました。それが 葛 という文字です。このような歴史的な経緯があるので、 葛 という文字だけは正字なのです。ただし、それが特別に見えるのは、見る範囲を常用漢字だけに限っているからです」
また、次のように教えることも大切だ。
「 喝 渇 褐 謁 の4字と 葛 という文字とでは、部分字形が異なっています。このことを不統一だ、と感じるかもしれません。しかし、常用漢字のなかでは、もともと、部分字形の統一などは成立していません。たとえば、次のように。
例。 灯(← 燈)と、 澄
これ以外にも、たくさんの例があります。仮に、部分字形をすべて統一することにしたら、次のような書き換えが必要となります。
鐙 → 釘 (cf. 燈 → 灯 )
襲 → ? (cf. 龍 → 竜 )
書 → ? (cf. 晝 → 昼 )
品 → メ (cf. 區 → 区 ) 」
──
最後に、読売の疑問に答えておこう。
Q 「葛飾北斎の 葛 という字を正しく書け」
という疑問に対して、どう書けばいいのか?
A
第1に、固有名詞の文字を正しく(元々のまま)書く必要はない。固有名詞の文字は、日本語として正しく書けばいいのであって、本人の使った文字が正しいということにはならない。たとえば、「渡邊」の「邊」には、人名漢字がたくさんあるが、それらはほとんどすべてが誤字であるから、いちいち本人の使っている誤字に合わせる必要はない。きちんと正字の「邊」を書けばいい。
第2に、俗字が一般に流布している場合には、俗字を許容しても構わない。たとえば、「渡邉」という俗字もあるが、これは JIS にも入っている俗字だから、いちいち間違いと批判する必要はない。
同様に、「正字/俗字(略字)」という対立は、あったとしても、どちらも許容していい。
たとえば、「繩/縄」「兔/兎」など。これらに対して、「正字が正しくて俗字は間違いだ」というような教条主義を取るべきでない。俗字もまた歴史的に立派に使われてきた例があるのだから、このような使用例の大きな俗字は許容される。
同様に、「葛」も、二通りとも許容される。パソコンではどちらか一方しかでないが、どちらか一方が正しいということではなくて、どちらも正しいと見なしていい。
一般に、教育の場では、「正解は一つだけ」というような発想をするべきではない。
「世の中には正解が二通りある」
というような場合もある。そういう現実を教えることが大切だ。
「これだけが正しくて、他は全部間違いだ」
というような堅苦しい発想をするべきではない。このことは、1点しんにょうと2点しんにょうにも当てはまる。
→ しんにょうの1点・2点
【 関連サイト 】
略字が大好きな人は、次のページを読んでほしい。どうして「パソコン略字」なんてものがあってはいけないのか、という理由が詳しく記してある。
→ 略字 侃侃諤諤
※ パソコン略字を勝手に導入すれば、正字と略字の混在となる。
それが 2004JIS 導入以前の状況だった。大混乱。
そこで、どちらか一方に統一する、という方針で、正字に決まった。
ここで今さら、正字から略字に変更したら、ふたたび大混乱だ。
※ そして、このような混乱を引き起こそうとする人々は、次のように
勘違いをしているのだ。
「現状の常用漢字は、略字体で統一されている」
そんなことは決してないのだが。妄想の上に論を立てている。
たぶん、「澄」という字も「登」という字も知らないのだろうが。
2009年12月09日
過去ログ
中国語を学ぶ人だけで充分=そんな必要は全くない。
>多少暴論になるが中国語の素養が無い人には漢字に関係する委員会などの委員や担当者にになる資格は無いと思っている。
日本語の素養がない人には、日本料理を評価する資格がない、というのと同じ類の暴論。
英語に日本語を従属させようとする人がいたと思えば、中国語に日本語を従属させようとする人もいる。多様性に富んでいて結構なことだ。
ソンナコンダで、ここにたどり着きました。
何か、良く分からんですが、笑い話にはなると思う。
と言うか。文字は難しいですね。