このことから、技術開発や独創性について、彼が何も理解していないことがわかる。独創性とは何かというテーマで語ろう。 ──
( ※ 本項の実際の掲載日は 2009-12-13 です。)
池田信夫は富士通のスパコンを「筋が悪い」と批判している。自分で批判しているというよりは、業界紙の記者の言葉を真に受けている。( ※ この件、前出項目 のコメント欄でも言及したが。)
→ http://twitter.com/ikedanob/status/6553091179
池田信夫は「筋が悪い」という言葉の意味を、よく理解できていない。
ここで「筋が悪い」というのは、経済観念で言うと、「投資価値がない」というような意味だ。その意味は、「成果が少ない」というよりは、「リスクが高い」という意味だ。とすれば、たとえ成果が多くとも、リスクが高いがゆえに、経営的には避けたい道だ。
しかし技術開発というものは、「筋が良い」ものばかりを狙っていてはうまく行かない、というのが常識だ。なぜか? 「筋が良い」ものを狙う人はあまりにも多いからだ。その道を進めば、成功する可能性は高いが、その成功者が自分である可能性は非常に低い。1000中 999は、ライバルが勝利する。自分が最初の一人となる可能性は、千に一つしかない。(たいていは一歩遅れる。)
その逆に、「筋が悪い」ものを狙えば、ライバルは少ないから、自分が最初の一人となる可能性は十分に高い。だから、能力が十分にあるなら、他人とは異なる道を行く方がいいのだ。つまり、「筋が悪い」方を進む方がいいのだ。
実際にそれで成功したのが、中村修二だ。誰もが進む「筋の良い」道を捨てて、あえて見込みの薄い(ライバルの少ない)「筋の悪い」道を取った。それゆえ、研究費の少ないまま遅々とした歩みではあっても、大成功を収めることができた。
──
では、常に「筋の悪い」道を取ればいいのか? それで成功するのか? いや、そんなことはない。
一般に、研究開発というものは、何通りもの道をすべて取るのがいい。(個人ではなく、国全体または企業全体で見た場合。)
ここでは、
「最も成功しそうな道を選ぶ」
という効率主義の発想を取ってはならないのだ。つまり、研究開発の場は、経済的な効率概念とは別の原理によって支配されているのだ。
なのに、「市場原理による効率の最適化」などという概念を持ち込むと、研究開発そのものが否定されてしまう。
そして、それをやらかしたのが、例の「科学の事業仕分け」だ。「効率の重視」という原理に従えば、科学などはすべて経済的な採算性がないから、科学はすべてばっさり切られることになった。……ここでは、科学音痴が、科学の場に経済観念を持ち込んだから、とんでもないことが起こった。
そして、それと同じことをずっと主張しているのが、池田信夫だ。彼は、科学音痴でありながら、科学のことについて知ったかぶりをしている。研究開発とはどのようなものであるかも知らないまま、研究開発の場を経済観念によって支配しようとする。
はっきり言って、科学をみんな経済観念でとらえて、科学をぶっつぶそうとしたという点で、蓮舫と池田信夫は、どちらも同じレベルにある。
この人たちに、悪意があるわけではない。ただし、科学に対する無知があまりにも甚だしい。そのせいで、状況を改善しようとして、かえって状況を悪化させてしまう。その理由は、技術開発を経済的な視点からとらえてしまうことだ。一種の倒錯である。……そして、その倒錯に気づかない理由は、彼らの科学音痴にある。
(ほんの少しでも独創的な技術開発の経験があれば、独創性とはどういうものかを理解できるはずなのだが、もともと科学音痴だから、独創性も何もわからない。単に事後的に成功の例を見るだけで、成功のためには事前にどれほどの失敗や試行錯誤がなされていたかを理解できない。多大な失敗があるからこそ一つの成功があるのに、「一つの成功だけを効率的になしたい」と考えて、結局は、何もなし遂げられなくなる。……素人はこれだから困る。)
[ 付記 ]
「筋が良い」ものだけを追っていると、ろくなことはない、という例を示す。
それは、「燃料電池車」だ。10年ぐらい前には、「燃料電池車こそ最も筋が良い」と見なされて、自動車メーカーの各社は実現に血眼になっていた。
昔の新聞記事から、ホンダ、ベンツ、フォード、トヨタの見解を示そう。
本田技研工業は七日、ガソリン車に代わり将来の自動車の主流になるとされている燃料電池車を二〇〇三年にも実用化する方針を明らかにした。二〇〇四年を実用化の目標としている独ダイムラー・ベンツ、米フォードに先んじて、開発を進める意向を示したもの。トヨタ自動車も二〇〇三年をめどに開発を目指しており燃料電池車の開発で先陣争いが激しくなりそうだ。つまり、ホンダ、ベンツ、フォード、トヨタは、「2003〜2004年に燃料電池車を実用化する」と表明したわけだ。で、その結果は? もはや撤退同然だ。
(朝日新聞 1998-07-08 の記事)
( ※ この箇所、別項 に書いたことの再掲。)
その一方で、誰もやらなかったハイブリッドを独自開発したトヨタは、この分野で一人勝ちの状況だ。また、先んじて燃料電池車から電気自動車に転向した日産自動車も、電気自動車の分野では先頭を切っている。
トヨタであれ、日産自動車であれ、その当時の業界の常識では「筋が悪い」と思われていた方向に進んだ。(燃料電池車も研究していたが、他の道も取った。)
一方、「筋が良い」と思われていた燃料電池車だけに突っ走っていたビッグ3は、後れを取ってしまった。
結局、研究開発の分野では、「筋が良い」「筋が悪い」という見込みだけで判断してはならない。この分野は、ギャンブルのようなもので、どれが勝つかは、先を見通せない。
したがって、そこでは、有望なものだけに全財産をかけるのではなくて、さまざまな分野に投資を分散することで、リスクを最小化することが大切なのだ。効率の良さばかりを狙うことは、研究開発の分野では、かえってリスクを非常に増大させる。それは賢明な方針ではない。
物事を「効率」や「市場原理」でばかり考えていると、物事を正しく認識できなくなる。特に、研究開発の分野では。
( ※ 効率だけを考えるなら、保険料を払って保険をかけることは効率が悪いが、万一の場合に備えて保険をかけることは十分に合理的だ。保険料をケチると、最悪、すべてが破滅的なことになる。……スパコンの予算は、国家全体で見ればごく微小なのに、その微小な額をケチって、国家全体が衰退する危険にさらす、というのは、あまりにも愚かだ。)
[ 参考 ]
なぜ「筋の良い」ものを狙ってはいけないのか? それは、技術開発ないし自然というものは、迷路のようなものだからだ。
→ 迷路の例
凡人が「筋の良い」ものを狙うと、出発点からゴールまで、最短距離(直線)を狙う。それが最も効率的だと信じて。……しかし、最短距離(直線)で進もうとすると、迷路の行き止まりに迷い込んでしまって、ゴールにたどりつけなくなる。
一方、天才的な人は、素晴らしい勘によって、正しいルートを探り当てる。とはいえ、そのような天才的な勘をもつという例は、きわめて稀だ。現実には、正しいルートを探り当てる唯一の方法は、「シラミつぶし」ふうに、「たくさんの試行錯誤をすること」だけだ。これが正解だ。
逆に、最初から「これだ」と信じて、一つの道しか進まなければ、間違っていたときには、いつまでたってもゴールにたどりつけなくなる。……たとえば、燃料電池に経営資源を集中した会社がそうだ。( GMの場合には、ゴールにたどり着く前に、いったん倒産してしまった。)
[ 余談 ]
一般に、研究をしようとする研究者の立場は、次の二通りに別れる。
・ 独創的な業績を上げよう
・ 効率的に(手っ取り早く)業績を上げよう
ノーベル賞を取るような人は、前者の道を取る。
池田信夫や勝間和代は、後者の道を取る。(勝間和代の場合は、それで成功しているし、実際に金儲けをしているが、池田信夫の場合は、何も成功していない。業績も金も得ていない。単にアフィリエイトで小金を稼いでいるだけだ。)
【 関連項目 】
本項のテーマである「独創性」については、他の項目でも論じた。
→ 間違える勇気
→ 意見の多様性
→ ケペル先生の教え
→ 独創性と道具
→ しがらみ (2)
別サイトでは、次の項目も示した。独創性の極みとも言える、天才数学者 ペレルマンの人となりを示す評伝。世俗的な成功を狙わず、自己の信念を貫き通す。
→ ペレルマンの評伝

偉い研究者でもこのブログのように達観できていない。むしろ,効率成果を強調しなければダメな研究者と見なす。独創的なことをやろうとする環境はまだない。皆自分の成果強調に必死。その点まだ西洋の方が新しい発見をする気概を感じる。
日本では,まだまだ,筋のいい研究に多数の研究者が群がり,研究費を吸い尽くす。筋の悪い独創的な研究は,軽蔑される。
「理研」の「利権」に、ちょっと疑念を抱いております。
ライバルが多い分野は避けて通る。
ライバルが多い分野で凌ぎをけずって
人類に貢献している人には可哀想ですが
個人の才能の限界を感じるようになったとき
かつそれでも個人として成功しようと思った場合、まるで誰もいない分野をいくのがいいのですね
ミーハーでブームに乗った研究分野で
くたびれ果てた人間にはそろそろ転機かも
知れません。