2009年12月04日

◆ 池田信夫の破綻

 前項 の続き。池田信夫は新見解を出した。そこでは立場を従来から変えている。新たな見解は、「並列型のコンピュータを促進せよ」というふうにも見える。だが、実は、「天から金が降ってくる」という発想になっている。破綻。 ──
      ( ※ 本項の実際の掲載日は 2009-12-12 です。)


 本項は、前項と趣旨は同様だが、もう少し話を深める。(本項の題名は、元々は「池田信夫の変節」とするつもりだったが、考え直して、「池田信夫の破綻」とすることにした。論理的な破綻でなく、学説としての破綻。)

 ──

 池田信夫の話をじっくり読んでみた。すると、彼の見解は、
 「独自 CPU のタイプでなく、安価な並列型 CPU のコンピュータを促進せよ」
 というふうにも見える。だが、そこでは、
 「安価な並列型 CPU のコンピュータを促進せよ」
 というふうに見えても、
 「安価な並列型 CPU のコンピュータを開発するために補助金を出せ」
 とは言っていない。かわりに、
 「政府が何もしないのがベストだ」
 という方針を取っている。つまり、
 「放置すれば自然に状況は改善する」
 というわけだ。これはほとんどダーウィニズムである。(放置すれば優勝劣敗により自然に進化する、という発想がダーウィニズム。自然淘汰説。)

 彼はこの方針のもとで、
 「イノベーションが大事だ。イノベーションを促進せよ」
 と主張しているが、そのために政府がやることは、
 「何もしないこと」
 である。ここでは、
 「何もしなければ自動的に状況は改善する」
 という発想を取っている。これはほとんど、
 「何もしなければ天から金が降ってくる」
 という発想と同じだ。馬鹿げている。(論理的に破綻しているというより、学説として破綻している。馬鹿の発想と同じ。「勉強しなければ自動的に頭が良くなる」というようなご都合主義。)

 仮に、彼の説が正しければ、何もしないでいる世界中の各国は、みんな素晴らしいスパコンを開発していたはずだし、みんな素晴らしいイノベーションを起こしていたはずだ。政府は何もしなかったのだから。特に、アフリカの途上国はそうだろう。政府は存在しないも同然のところがある。学校さえもまともにないところがある。ここでは池田信夫の大好きな「自由放任」が完璧に実現している。そして、そういうところでは、「市場原理によって素晴らしく進歩する」のではなくて、「いつまでも社会は停滞する」というふうになる。
 彼のように「金は天から降ってくる」という発想を取っていれば、いつまでたっても貧しいままだ。一方、必死に技術向上をめざして国を挙げて努力した明治時代の日本は、ものすごい近代化をなし遂げた。そこでは、政府は何もしなかったのではなく、「近代化」に向けて国を挙げて取り組んだのだ。(富国強兵で八幡製鉄を作ったりした。)
 無為無策は停滞をもたらし、必死の努力は向上をもたらす。……この歴史的な事実に学ぶべきだ。
 もう一つ、お手頃な見本がある。小泉の構造改革だ。小泉内閣の期間(2001〜2006)に、日本の一人あたり国民所得は、世界6位から世界18位まで大幅に低下した。
  →  一人あたり国民所得の推移
 これは日本の歴史上、最大の国力低下だ。これ以外にあるのは、第二次大戦ぐらいしか思い浮かばない。小泉はまさしく日本経済を大幅に破壊した。そして、その理由は、「市場原理主義」という方針を取ったからだ。(池田信夫の方針と同じ。)

 ──

 池田信夫は「イノベーションが大事」とか、「構造改革が大事」とか、小泉流の構造改革主義を主張する。しかしこの点は、私が「泉の波立ち」でかつて何回も批判したとおりだ。つまり、
 「政府がイノベーションをもたらすことはできない」

 小泉は「構造改革と唱えれば、それだけで(自由放任だけで)日本は生産性が向上する」とホラを吹いた。池田信夫は「市場原理(政府の無為無策)によってイノベーションが起こる」とホラを吹く。しかし、進歩というものは、「何もしないことによって起こる」のではない。
 このことは、ダーウィニズムと同じ原理で説明される。つまり、こうだ。
 「優勝劣敗の原理は、劣者を退出させるが、優者を誕生させない」

 市場原理があれば、そこでは劣ったものは市場からどんどん排除される。しかし、優れたものは、市場によって生まれるのではない。まったく別のところから生じる。それは、「市場の外」で生じるのだから、市場原理をいくら強めても、何の意味もないのだ。
 たとえば、モーツァルトを生み出すのには、音楽の価格競争を強めればいいのではない。モーツァルトが生まれるかどうかは、市場とはまったく関係のないところで決まる。ここでは、
 「モーツァルトを生み出すために、市場原理を強めよ。優れた音楽家だけが生き残るように、音楽の価格競争を激化させよ」
 なんて主張しても、あまりにも見当違いなのだ。(同様に、Google の創業者にしたって、市場原理から誕生したわけではない。スタンフォード大学の学究の場から生まれた。市場経済でなく学術的な研究(と本人の才能)が、イノベーションを起こしたわけだ。)

 ──

 では、どうすればいいか? 特に、イノベーションを起こすには、どうすればいいか? 
 実は、政府ができることは、直接的には、何もない。無為無策にすればいいのではなく、別のことをすればいいわけでもない。……ま、音楽で言えば、辻井伸行のような天才が生まれたら、母親がやるべきことはあるし、母親の貢献はとても大きかった。しかし、政府ができることは、ほとんど何もない。
 政府が何かできるとしたら、イノベーションを起こすことではなくて、マクロ的な総需要の調整だけだ。これだけは政府ができる。また、政府がなすべきことは、それだけだ。
 イノベーションというものは、政府の関与してできることではない。また、政府が関与しないことによってできることでもない。
 「政府はイノベーションを促進せよ」
 というのは、
 「政府は天から金が降ってくるように促進せよ」
 というのと同じだ。ただの雨乞い政策だ。「イノベーションを起こせ」という池田信夫の主張は、もはや、学問でも科学でも経済学でもない。ただの「雨乞い」であり、「お祈り」であり、迷信と同じである。
 祈祷師(きとうし)ならば、祈祷するだけ、まだマシかもしれない。しかるに、「何もしなければイノベーションが起こる」というふうに述べるのは、さらにひどい迷信だ。それは、「怠惰主義」とも言える。
 ものぐさな男は、「何もしないのがベストだ」と主張して、一日中、寝転んでいる。(ニートみたいなものか。もっとひどいな。)…… 池田信夫の説は、そういうものぐさな男の主張と、同じである。現代版の「ものぐさ太郎」と言うべきか。

 ──

 まとめ。(前項の話を含む。)

 池田信夫の言うような、「市場原理に任せれば、日本で優秀なスパコンができる」ということは、ない。理由は次の4点。
 (1) スパコンにはもともと市場はない。(民需はあまりにも小さい。)
 (2) 米国でさえ補助金を出している。
 (3) 日本が何もしない出れば、米国の独占となるだけだ。
 (4) 市場原理は、劣者を退場させるが、優者を誕生させない。


 「無為無策(自由放任でいればイノベーションが起こる」というようなことは、ない。それは「寝ていれば天から金が降ってくる」という、ものぐさ太郎の発想だ。あるいは、「待っていれば王子様が結婚してくれる」という夢見る少女の発想だ。ちょっとは現実というものを知ってほしいものだ。
 何も努力しなければ、何も得ることはできない、という現実を知るべきだ。そのことを、アフリカに行って、身にしみて感じるといいだろう。



 [ 付記 ]
 小泉の構造改革(池田信夫と同じ市場原理主義)は完全に失敗した、ということは、数字の上からもはっきりとしている。引用しよう。
財務省が出している法人企業統計調査によると、
 「 リーマンショックが起こる前の10年間で、法人企業の経常利益は28兆円から53兆円に増えた。(+25兆円)」
 「一方で、従業員に支払われる給与は147兆円から125兆円に減った。(-22兆円)」
( → 個人ブログ
 小泉時代には、企業業績が改善して、株価が上昇したので、うまく成功したと見えた。だが、実はそれは、「国民 → 企業」というふうに、所得が移転したから、企業業績が改善しただけだ。
 簡単に言えば、「金を稼ぐには、自ら富を生み出すかわりに、他人の富を盗めばいい」という泥棒主義によって、企業は富を増やしただけだ。それは決して成功ではない。
 では、泥棒の方法は? 池田信夫の大好きな「生産性の向上」である。そして、その意味は? 名前は「生産性の向上」だが、その実態はひどいものだ。
  ・ 良い生産性向上 …… 労働時間が同じで、生産量が増える
  ・ 悪い生産性向上 …… 生産量が同じで、労働者を解雇する

 実際にあったのは、前者でなく、後者である。リストラである。このことで、まさしく生産性が向上した。企業は支払賃金を減らすことで、業績を大幅に改善した。その一方で、労働者は所得をなくして失業者が続出した。
 これが「生産性向上」の実態だ。そして、それを促したのが、「市場原理」である。
 この経路をまとめると、次のようになる。
   市場原理を強める → リストラ → 企業への所得移転

 こうして国民はどんどん貧しくなり、デフレはいっそう悪化した。
 最初から最後までをまとめると、次のようになる。
   市場原理を強める → 国民所得が6位18位まで大幅低下

 これが構造改革の意義だ。池田信夫はそれをめざしている。つまり、国家破壊。一度失敗した道を、ふたたびやろうとしている。
( クルーグマン流に言えば、一度轢き殺した日本という被害者を、車をバックさせて、二度轢き殺そうとしている。車の名前は、市場原理主義。最初の運転者は、小泉。二度目の運転者は、池田信夫。)
 


 【 追記 】
 池田信夫の見解で破綻している点は、もう一つある。経理(会計)の分野だ。
 彼は「 1150億円のハコモノ」と批判する。しかし、経理の目で見れば、この見解は破綻している。
 (1) それだけのハコモノがあるならば、そのハコモノの現物を示すべき。
   よほど巨大なビルだろう。(都庁舎は 1569億円。それにほぼ匹敵。)
 (2) 1150億円がハコモノに流れたのならば、富士通には回っていない。
   批判するなら、富士通でなく、土建会社にするべき。
   ( 1150億円を、富士通と土建会社に、二重に計上してはならない。)

 (1) では 1150億円のビルがないことで、1150億円の金が消えてしまった。
 (2) では 1150億円が富士通に渡ったと言って批判し、ビル建設のゼネコンに流れたと言って批判している。金を二重に計上している。
 このようなずさんな会計処理は、とうてい許されない。「 1150億円が無駄になる」というふうに批判するなら、そのずさんな会計処理を正すべきだ。
 こんなずさんな会計をするくせに、経済学者を名乗らないでほしい。
( ※ そもそも、技術開発費はゼロで済む、という幼稚な発想をするから、こういうナンセンスに陥るのだが。)

 《 参考 》

 現実の建物は、ありふれた大きさのビルにすぎない。
   → 資料( PDF )
 隣に、県立大学院が併設されるが、県立の施設は直接の金銭関係はないだろうから、その金を計上する必要はない。(ただの文教予算だ。)
 この程度の小さなビルに、都庁の建設費に匹敵するほどの金がかかるはずがない。(そもそも、まだ建設されていない。Google のストリートビューによれば、2009年の時点でもまだ更地である。整地している状態。 → Google



 【 関連項目 】
 別項でも似た話題が続く。ただし、進化論の話である。「自然淘汰」や「優勝劣敗」では物事は片付かない、という話。
posted by 管理人 at 19:40| Comment(1) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最後に 【 追記 】 を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2009年12月13日 10:27
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