2009年11月27日

◆ 池田信夫のスパコン論 2

 前項 の続き。
 池田信夫の発想のどこがおかしいか? それは、彼の経済学の発想による。彼の頭のなかには、「買う」という概念だけがあり、「作る」という概念がないのだ。 ──
      ( ※ 本項の実際の掲載日は 2009-11-29 です。)


 池田信夫の発想( → 前項 )の、どこがおかしいかを、きちんと説明しよう。
 これを理解するには、あらかじめ、「怠け蟻 … 無用の用」という項目を読んでおいてほしい。

 池田信夫は、「コストの低いものを買えばいい」と主張する。そして、それを正当化する論理として、「市場原理」「自由競争」を持ち出す。「市場原理と自由競争で、状態は最適化する」という発想だ。(古典派経済学)
 しかしながら、市場原理と自由競争というものが成立するためには、競争者がすでに存在している必要がある。一方、競争者がいなくなれば、単に独占状態が生じるだけだ。
 スパコンも同様だ。政府が補助金を出さなければ、富士通が市場原理で急激に進歩するのではなく、富士通が撤退して競争者が消えるだけだ。つまり、米国の独占となるだけだ。

 このようなことは、進化論的には、次のように言える。
 「すでに競争者が存在していれば、競争者の間で優勝劣敗が起こる。しかし、競争者が出現していない状況で、単に淘汰の圧力を強めても、進化は起こらない。単に大量の脱落者が出現するだけだ」
 比喩的に言おう。人を船から海に放り出すとする。そこに、泳げる人と泳げない人がいれば、泳げる人だけが生き残る。しかし、全員がカナヅチであれば、カナヅチが急激に水泳力を向上させることはない。カナヅチの人々は溺れて死ぬだけだ。
 つまり、単に自由競争だけを強めても、それだけで進歩は起こらない。

 要するに、「優者を誕生させる」ことと、「劣者を滅ぼす」こととは、まったく別なのである。劣者をいくら滅ぼしても、優者が誕生するわけではない。優者が誕生するためには、自然淘汰や市場原理とはまったく別の原理が必要だ。
 そして、優者が誕生するためには、通常、「優勝劣敗が起こる」のとは逆に、「多様な劣者が共存する」という優しい環境が必要だ。そこは、多様性が許容された環境だ。

 そして、それゆえ、私は「多様な研究開発をせよ」と主張する。タイプ1,2,3,4 という四つのタイプのスパコンを研究開発すればいい。
 そして、そこでは、「効率を上げる」という市場原理は必要ない。そこでは、効率よりも、多様性の方が重要なのだ。(優者を新たに誕生させるには。)(ただし、劣者を滅ぼすには、市場原理は役立つ。)

 ──

 以上のことを経済学的に言うなら、こう言える。
 「作ることと買うこととは別である」

 池田信夫のように、「コストを下げろ」とだけ主張するのは、スパコンを買う立場だ。自分では何も作れない人々は、他人の作ったものを買うしかない。その際には、国際競争でも何でもやって、徹底的に購買コストを下げればいいだろう。
 しかし、世の中には、「自分で作ること」が大切な場合もある。専業主婦ならば、亭主の稼いだ金で、宝石でも靴でも好き勝手に買うことばかりを考えているだろうが、まともな男であれば、「自分で何かを作り出す(生産する)」ということを考える。パソコンとは限らない。手作りの靴だっていいし、タイ焼きだっていいし、床屋というサービスだっていい。彼らはみな、自分の手で何かを作る。それは買うのとは別のことだ。
 なのに、池田信夫は、買うことばかりを考えていて、作ることを考えていない。

 一般に、市場原理というのは、売り手買い手のことばかりを考えている。しかし、マクロ経済学の発想を取れば、「生産者」というものが出現する。生産者は、自分で商品を作り出して、その商品を売って所得を得る。これが「生産活動」だ。
 マクロ経済学では、「生産」と「所得」が重要となる。そして、景気を良くするには、「生産」と「所得」を増やすことが目的となる。
 しかし、古典派経済学者は、そのことを理解できない。単に「市場原理で配分が最適化される」と述べるだけだ。なるほど、「市場原理で配分が最適化される」ということは成立する。しかし、そんなことでは、「生産量の拡大」も無理だし、「所得の拡大」も無理だ。なぜならそこでは、「生産量」と「所得」という概念が初めから欠落しているからだ。(市場という概念だけがあるので、売り手と買い手だけしか存在していない。)

 池田信夫の発想では、(商売で)売ったり買ったりする市場のことばかりを考えている。そこには「物を作り出す」という発想がない。だから彼は「スパコンは安いものを買えばいい」とだけ考えて、「スパコンを作る」ことの重要性を理解できないのだ。
 池田信夫が「スパコンは他人の作ったものを安く買えばいい」とだけ主張するのは、彼の経済学に根本的な理由がある。彼の頭にはもともと「買う」という概念以外には、何もないのだ。つまり、「作る」という概念がもともとないのだ。
 
 彼の説が根本的に間違っている理由は、彼の経済学の発想があまりにも矮小であることに由来する。(「生産量」を重視するマクロ経済学の発想がなくて、単に「市場原理」だけで済ませている点。)



 [ 付記 ]
 H2A ロケットが発射され、成功した。( 2009-11-29 各紙報道。)
 池田信夫の主義に従うなら、10機も成功した H2A ロケットをやめてしまえ、となるはずだ。なぜなら、これは国内市場を満たすだけで、外国には全然売れていないからだ。「市場競争力を持たないロケットは廃止してしまえ」ということになるはずだ。
 なるほど、 H2A ロケットは、コスト的には外国製よりもちょっとだけ高い。だが、それでも、日本が国産の宇宙技術を持つということには、大きな意義がある。このような先端技術を通じて、波及する技術が外部にも好影響を及ぼす。

 「他人の作ったものを買えばいい、そうすればコスト的に安上がりだ」
 という市場原理主義の発想を取る限り、どんな物も作り出せなくなってしまうのだ。そして、その典型が、池田信夫のブログだろう。彼のブログの文章は、ゴミばかりだ。いや、悪臭を放つ有害汚染物だ。経済学者として、まともなものを作る能力が欠けている。それどころか、日本経済を破壊しようとする。それというのも、もともと「金がすべて」という発想しかないからだ。



 【 書評 】

  → 売れないモノは俺に任せろ!

 ※ 米国で豆腐の市場を自ら開拓した人の体験談。物を売るためにも、
   単に市場に任せるだけでなく、創造性が必要となることがわかる。
 ※ 私が書いた書評ですが、本項の続きとして、別サイトに掲載します。
posted by 管理人 at 23:22| Comment(2) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
近頃は生産よりも売り手の方が大きくなったから世界は大きな混乱を作っている。それの復興中なのに関わらず混乱を大きくする。
日本の貿易成長は素材の輸入と生産の輸出(技術力)を武器に発展させたものなのに民主党はそれを壊そうとする。
それを壊すことなら日本を壊す事と同意。
たかが年間数千億円を捻出のために年間数百兆円を捨てる。その数百兆円で人類はまた生産出来るのにそれを壊す。
この影響で生活に苦しみ、時には犯罪を行い生活を支える。こうして民主党は世界も壊す。

非常に大げさな表現だが、これで合っているかな?
Posted by 匿名 at 2009年11月29日 19:25
それは池田信夫も真っ青の誤読。  (^^);
  ・ 池田信夫と民主党は違う
  ・ 生産量を考えないことと生産量を壊すこととは違う
  ・ 数百兆円を無視することと数百兆円を捨てることとは違う
  ・ 生産量を重視することと科学技術を重視することとは違う

 ただし、「日本の貿易成長は素材の輸入と生産の輸出(技術力)を武器に発展させたものなのに民主党はそれを壊そうとする。 それを壊すことなら日本を壊す事と同意。」というのは、おおまかには、正しいことを言っている。本項の趣旨(池田信夫批判)とは全然関係ないけれど。
Posted by 管理人 at 2009年11月29日 21:00
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