2009年10月11日

◆ 下等生物/高等生物

 下等生物・高等生物とは、何か? これらは、進化の順序関係を示す。
 進化の程度が低いものが下等生物で、進化の程度が高いものが高等生物だ。ただし、種レベルの細かな差は問わず、「哺乳類/爬虫類/両生類/魚類/……」というような大枠でのみ意味をもつ。

( ※ 一般には、魚類よりも下のものが明白に「下等生物」と呼ばれるだろう。場合によっては、人間を基準にして、哺乳類よりも下のもの(爬虫類など)が「下等生物」と呼ばれるようだ。)
 ──
    ( ※ 本項の実際の掲載日は 2010-01-24 です。)


 Wikipedia には、次の記述がある。
 下等生物(かとうせいぶつ)とは、ある種族に対して、決定的に劣っているとされる生物のことである。対比語であるため明確な基準は無いが、現状においてヒトが主観的に使っているため、ヒトと比較して劣っているというニュアンスで用いられる。
( → 下等生物
 しかしこの記述は滅茶苦茶だ。「劣っている」とは、何のことか? たいていの場合、同じ環境で競合することはないのだから、「劣っている」とは言えない。たとえば、酸素のない水中では、人間は生きられないが、魚類は生きられるし、嫌気性の菌類も生きられる。ここでは人間の方が劣っている。しかし、劣っているからといって、人間の方が下等生物であるということはない。
 そもそも、同一環境では、「劣っている」ものは、とっくに滅びているはずだ。そんなものはほとんど存在しえない。
 Wikipedia の記述は、「下等生物」という用語をあえて無意味化するために、勝手に用語を規定しているだけだ。ほとんど屁理屈。自己流の定義。

 ──

 小学館の国語大辞典( Bookshelf )によると、「下等動物」の定義は、こうだ。
 進化の程度が低いと考えられる動物。脊椎動物では、爬虫類、両生類、魚類など。
 これは、人間や哺乳類を基準とした場合の「下等動物」ということになる。ともあれ、ここでは「進化の程度」が示されている。進化の程度が「下等動物」という言葉の意味を決める。

 ──

 このような用語の底には、次のことがある。
 「進化は不可逆である。下等なものから高等なものに進化することはあるが、高等なものから下等なものに進化すること(進化の逆進)はありえない」

 たとえば、魚類がどんどん進化して、哺乳類になることはある。しかし、哺乳類が進化して、魚類になることはない。哺乳類が進化すると、鯨になることはあるが、サンマやマグロになることはない。
 また、進化の順は必ず、現実の進化と同じく、次の順序であるべきだ。
   無脊椎動物 → 魚類 → 両生類 → 爬虫類 → 哺乳類

 ひるがえって、次のような順序はありえない。
   無脊椎動物 → 爬虫類 → 両生類 → 魚類 → 哺乳類


 進化には明らかに、きちんとした順序がある。(簡単なものから複雑なものへ、という順序。蓄積のある順序。)
  この件は、下記で詳しく説明した。
  → 進化の本質
 
 ところが、これを理解できないのが、ダーウィニズムの信者たちだ。ダーウィニズムでは、「進化の蓄積」という順序的な概念はない。あらゆる進化は平等であると見なす。
 とすれば、そこには、「変化」という概念があるだけで、(順序的な)「進化」という概念そのものがない。
 ダーウィニズムは、進化を説明しようとして、「突然変異と自然淘汰」という原理を提出したが、そこでは、「変化」という概念だけを説明した結果、(順序のある)「進化」という概念そのものを否定してしまったのだ。進化を説明しようとして、「進化」という概念そのものを否定してしまった。ほとんど自己矛盾。
( ※ なぜそうかというと、「小進化」の理論だけがあって、「大進化」の概念がないからだ。小進化は可逆的だが、大進化は不可逆的である。小進化の原理だけがあれば、進化は可逆的だということになり、進化のレベルはすべて同一になる。)

 ──

 現代の進化論では、「下等生物」という概念を認めず、「菌類も魚類も人類も、進化の程度は同じである」と見なす考え方が主流だ。だが、「進化の程度は同じである」としたら、そこではもはや「進化」という概念は消え失せてしまうのである。
 たとえば、身長が人それぞれであれば、身長という概念は成立する。しかし、誰もが身長が同じであれば、「身長」という概念は無効化する。同様に、進化のレベルがすべて同じだとすれば、進化という概念は無効化する。

 現代の進化論は、このような自己矛盾に陥っている。



 [ 付記 ]
 Wikipedia には、次の記述がある。
 現在では、進化は進歩や前進という意味を持っておらず、全ての生物は進化の度合いは同等と考えられている。
( → 高等動物
 ここでも勝手に曲解している。「進歩や前進」という意味など、関係ない。進化には進化の順序関係がある。その順序関係だけが重要だ。
 なお、「全ての生物は進化の度合いは同等」ということは、やはり、進化という概念そのものを無効化させてしまっている。自己矛盾。



 【 追記 】
 質問に答える。

 Q1 進化の順序とは何か? あらゆる進化に順序があるのか?

 A1 本項でいう進化の順序とは、生物の大きな部門としての進化だ。具体的に言えば、本文中で述べたように、次の順序だ。
   無脊椎動物 → 魚類 → 両生類 → 爬虫類 → 哺乳類

 このような順序があるからこそ、左のものほど下等で、右のものほど高等だ、と言える。たとえば、魚類や両生類に比べて、哺乳類である犬や猫は高等である。
 一方、同じ部門のなかでは、進化の順序関係は成立しないのが普通だ。たとえば、哺乳類の枠内で、人間と鯨はどちらが高等か? それには「どちらが高等だとも言えない」と答えるしかない。なぜなら、共通祖先のあとで、まったく異なる方向に分岐してしまったので、人間と鯨には進化の順序関係が成立しないからだ。
 次の図を見るといい。

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 このような形で、左から右へと分岐したとする。
 一番左のものに対して、右上や右下は「右のものほど高等だ」とは言える。
 一方、右上と右下を比較すれば、「上のものほど高等だ」というようなことは成立しない。右上と右下は、順序関係が成立しないから、どちらが高等だとも言えないのだ。(ただし進化の程度が同等だとも言えない。上の図では判明ないだけだ。この点、勘違いしないように。

 Q2 次の図では、どれが高等でどれが下等なのか?
  → 系統樹の図

 A2 これは、すぐ上の  で「勘違いしないように」と述べたことを、そのまま勘違いしているだけだ。
 分岐の図は、分岐のレベルを示すだけであって、「下等/高等」を示すものではない。そこでは「下等/高等」は表示されないのだから、その図ではわかるはずがない。
 比喩的に言おう。色には「色相・彩度・明度」という三種類があるが、「色相」の図を見ても、「明度」はわからない。

sikisou.png

 この図では、「色相」だけがある。(中央に無彩色を置いて、外側ほど彩度が高くなるようにすれば、「色相」と「彩度」の双方を示すこともできる。)
 この図では、「色相」は表示されるが、「明度」は表示されない。では、「明度」が表示されないからといって、「明度」という概念は存在しないのか? もちろん、そんなことはない。「色相」を示す図に「明度」が現れないからといって、「明度」という概念が存在しないということにはならない。
 進化も同様である。「系統樹」を示す図には、「下等/高等」という概念は表示されない。それらは次元の異なる概念なのである。「系統樹」を示す図に「下等/高等」が現れないからといって、「下等/高等」という概念が存在しないということにはならない。
 したがって、「系統樹の図において、どれが下等・高等なのか?」という質問は、それ自体がナンセンスである。(詭弁のようなものだ。「身長の高さを示す図において、頭がいい人はどこにあるのですか?」と尋ねるようなものだ。次元の異なるものを比べようとしている。)

 Q3 では、上の図(再掲)は、何を意味しているのか?

 A3 この図が意味しているのは、「進化」ではなくて、「変化」の図である。さまざまな生物がいかに変化していったか、という図である。
 その意味では、あらゆる遺伝子の突然変異の頻度はほぼ同様であるから、あらゆる生物の遺伝子は同じように突然変異を繰り返してきた、と言ってもいい。(
 ただし、その意味が違う。
 通常の進化論では、「進化とは突然変異の蓄積である」(進化とは小進化の蓄積である)という認識であるから、上のこと()は、「あらゆる生物は同程度に進化している」という結論となる。(ただしそこでは、「進化 = 変化」である。)
 本サイトの進化論では、「進化とは重大な突然変異の蓄積である」(進化とは大進化の蓄積である)という認識であるから、上のこと()は、「あらゆる生物は同程度に変化している」というだけのことであって、「あらゆる生物は同程度に進化している」ということにはならない。(そこでは、「進化 ≠ 変化」である。)
 では、進化のためには、何が必要か? 答えよう。進化のためには、変化があるたけでは足りず、大進化をもたらすような大変化が必要なのだ。
 比喩的に言おう。野球で安打を打つことが小進化に相当する。得点を得ることが大進化に相当する。小進化がいくらたくさんあっても、その小進化の蓄積が得点に至るとは限らない。たいていの場合は、小進化がいくらあっても、得点にはならない。ただし稀に、小進化の蓄積によって得点が生み出されることがある。そのときのみ、大進化があって、新の進化があったことになる。特に、ホームランという特別な安打があれば、その安打一つによって大進化が起こる。(安打ないし小進化がたくさん蓄積する必要がない。)
 上の比喩からもわかるだろう。進化の本質は大進化なのである。それがどれだけあったかが、進化の結果として残る。
 特に、魚類・爬虫類・哺乳類というような「類」のレベルを超えるような進化は、特別な巨大進化を必要とする。そして、そのような巨大進化を経たものが、特別に高等なものとなれるのである。そして、そのような巨大進化を経ないものものは、特別に高等なものとはならずに、その類の枠組みのなかで、せいぜい種レベル(または属レベル・科レベル)の進化しか取ることはできないのである。
 そして、種レベルの変化(小さめの大進化)を見る限りは、どの生物も同じような進化をしているとしか見えない。そこでは巨大進化は表示されないからだ。……そのことが、上の図からはわかる。
( ※ 巨大進化を表示する次元のない図では、巨大進化は表示されない、ということだ。)

 ──

 最後にもう一度、繰り返しておく。
 「下等/高等」という概念は、次のような順序においてのみ成立する。
   無脊椎動物 → 魚類 → 両生類 → 爬虫類 → 哺乳類

 一方、同じ部門の内部では、順序関係が成立しないせいで、「下等/高等」という分類は成立しないことが多い。
 たとえば、たいていの哺乳類は、共通祖先となる部門から、一挙に放射状に分岐したので、たいていの哺乳類については「下等/高等」という分類は成立しない。具体的に言うと、鯨・馬・ウサギ・猿のそれぞれについて,どれが下等か高等かは言えない。それらは進化の種類が異なるだけで、順序関係は成立しない。
 一方、魚類のサンマと比べれば、どの哺乳類も、魚類よりは進化しているので、鯨・馬・ウサギ・猿のいずれも、サンマよりは高等だと言える。この比較では、「下等/高等」という分類が成立する。
 「下等/高等」という分類は、成立することもあるし、成立しないこともある。「常に成立する」というわけではない。ただ、そのことをもって、「下等/高等」という概念そのものが無効だ、と考えるのは、行き過ぎだ。



 【 関連項目 】
 詳しい話は下記で。
  → 進化の本質
  → 小進化と大進化
posted by 管理人 at 17:28| Comment(0) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
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