2009年10月06日

◆ 最古の人類(ラミダス猿人)

 ほぼ最古の人類(ラミダス猿人)の化石が復元された。樹上生活と直立二足歩行ができたらしい。これは、「草原への進出で二足歩行」という従来の説(草原説)を否定するものと言えるだろう。 ──

 まずは、報道から。
 最古の時期の人類は森で暮らし、木登りをする一方で、二足歩行も可能だった。
 約440万年前の人類、アルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)の化石から全身像を復元することに成功し、生活の様子がわかった。
 同じ地域から36体分、110標本が見つかった。復元された個体は94年から破片の状態で発見され、約15年かけて復元と分析を続けてきた。
 女性と推定され、「アルディ」の愛称が付けられた。身長120センチで体重50キロ、脳の大きさは300〜350ccとみられる。
 地上での二足歩行が可能で、こぶしを地面につけるチンパンジーのような歩き方はしていなかった。足裏に土踏まずがないなど、アウストラロピテクスより原始的な特徴も備えており、木登りもしていた。
 硬いものや草原性の植物はほとんど食べないものの、森の中の果実や葉、昆虫などを食べる雑食性だったこともわかってきた。
 これまで全身に近い人類骨格は、「ルーシー」の愛称を持つ約320万年前のアウストラロピテクスのものが最古だった。ラミダス猿人より古い人類化石には、チャドで見つかったサヘラントロプス・チャデンシス(約700万年前)、ケニアで見つかったオロリン・ツゲネンシス(約600万年前)などがあるが、化石が部分的で姿や生活についてはよくわかっていない。
( → 朝日新聞 2009-10-02

 チンパンジーのように足の親指で枝をつかむことができ、森林では木登りも得意だが、平地では直立二足歩行をしていたとみられる。
 発見場所はアワシュ川中流域の遊牧民が暮らす半砂漠地帯だが、当時は開けた森林だった。
 骨盤上部の構造からは、現生人類と同じように身体がS字カーブを描き、直立二足歩行をしていたと推定されるが、骨盤下部は木登りに向く構造。足には土踏まずのアーチ形状がなく、長距離の歩行はまだ苦手だったようだ。
( → 時事通信 2009-10-02

 諏訪元・東京大教授(古人類学)は「古人類学史上、非常に意義がある。ラミダスは森林に住み、木に登ったり、地上で直立二足歩行していた可能性が高い。チンパンジーは、樹上では懸垂運動をし、地上では前肢の中指を地面に付けて歩くが、ラミダスにはそうした特徴の名残はなく、チンパンジーとは相当異なった祖先から進化したようだ」と話している。
( → 毎日新聞 2009-10-02

 二足歩行に適した形の骨盤と、二足歩行には非効率的な、土踏まずのない足を併せ持つ。全身骨格の発見で、樹上から地上へ生活の場を移す中間段階の人類の姿が、初めて確かめられた。
( → 読売新聞 2009-10-02
 読売の記事には画像があるが、これを見ると、足指の形が手指の形によく似ていることがわかる。手をぺたんと地面に付けただけ、という感じである。前後に細長い形ではないし、親指が他の4本指といっしょに並んでいるわけでもない。記事によれば、足で樹上の幹をつかんでいたらしい。
 つまり、二足歩行ができるのは、腰の骨格から言えるのだろうが、足指はまだ二足歩行に適していない。その意味で、過渡的な形態にある。
 その意味で、今回の化石はまさしく「直立二足歩行の過渡的な形態」と言えるだろう。かなり重要な発見である。

 ──

 今回のことから、次のことがわかる。
 「『草原への進出で二足歩行』という従来の説(草原説)は否定される」

 なぜなら、草原に出る前の段階(森林にいる段階)で、直立二足歩行をしていたことになるからだ。

 また、このことは、私がかねて主張していたことに合致する。
 「草原に進出したから、直立二足歩行ができるようになった、ということはありえない。猿が草原に進出すれば、肉食獣に食い殺されるだけだ。正しくは、因果関係が逆。つまり、直立二足歩行ができるようになったから、草原に進出した」

 このことは、一般的に、次のように言える。
 「新しい環境に進出したから進化した、ということはない。旧種が新しい環境に進出すれば、進化するのでなく、絶滅するだけだ。正しくは、旧種が新種に進化したから、新しい環境に進出できたのである」

 例。

 × 魚が陸上に進出したから、魚に足が生えて、新種になった。
 ○ 魚に足が生えたから、新種が陸上に進出できた。
   (魚が陸上に出れば、干上がるだけだ。)

 × 陸生動物が水中に進出したから、足がヒレになり、鯨などになった。
 ○ 陸生動物の足がヒレになったから、鯨などになった。

 いずれにせよ、「新しい環境に進出したから進化が起こる」というシナリオは、成立しない。
 つまり、ダーウィン以来の進化論は、まったく成立しない。発想が根源的に間違っている。……そのことが、今回の化石からも判明した、と言えるだろう。
( ※ この意味で、進化論は、ダーウィン以来まったく進化していない、と言える。せいぜい小進化があっただけで、大進化は起こっていない。進化の本質は、可逆的な小進化ではなく、不可逆的な大進化なのだから、その意味で、進化論は全然進化していないとも言える。)

 ──

 環境は進化をもたらさない。
 では、何が進化をもたらすのか? それこそが進化論の核心だ。
 そして、それについての私の考えは、「クラス進化論」に書いてあるとおり。つまり、「進化の理由は、遺伝子の急激な進化が起こったから」だ。
 そして、遺伝子の急激な進化がなぜ起こったかといえば、詳しいメカニズムの説明が必要となる。それは、下記にある。
  → クラス進化論 (特に、「第2部 概要」に詳しい。)

 長々とした説明だが、ごく簡単に一語で言えば、「ネオテニー」が原因だ。ただし「ネオテニー」という一語で、わかったつもりになっては、困る。「ネオテニー」と「遺伝子の急激な進化」がどう結びつくかが、問題だ。それは、上記に長々と書いてある。その長々とした説明を読んでほしい。

( ※ 特に遺伝子レベルで言えば、「偽遺伝子」というものが、ネオテニーをもたらすのに決定的な重要性を持つ。)
( ※ なお、これを読んで誤読したあげく、「これはトンデモだ」と騒ぐ人が出てくるだろうが、これはあくまで「仮説」であるにすぎない。いちいち言うまでもないのだが、「仮説」である旨、お断りしておく。)



 [ 付記1 ]
 本項のタイトルは「最古の人類」である。しかし、実を言うと、ラミダス猿人は、「人類」と呼ぶにはふさわしくない。脳の容量を見ても、チンパンジー(394ml)よりもやや少ない。ゆえに、人類とは言えず、あくまで類人猿であるにすぎない。
 ついでだが、かつて話題になった「トゥーマイ」(700万年前)も、類人猿レベルである。
 これらは、「人類直系の祖先」であるようだが、「人類の一種」というよりは、「人類直系の類人猿」と言うべきであろう。つまり、「最古の人類」と呼ぶのは、不適当である。
 仮に、そんな理屈が成立するなら、(人類直系の祖先である)メガネザルみたいな古代種だって、「最古の人類」と呼ばれかねない。ひょっとしたら、原始的なアメーバが「最古の人類」と呼ばれかねない。
 「最古の人類」と呼ばれるのに値する種は、私見では、脳容量が 800cc ぐらいの段階、つまり、ホモ族の初期のもの(ホモ・エルガステル)段階だと思う。ただし、どうしてそこから人類扱いしていいのか、という話は、長くなるので、ここでは割愛する。
( ※ 簡単に言えば、人類の特徴とは、「脳の高度化」であり、それは「二次ネオテニー」という特別な生物原理を取ることによる。おそらくこの段階で、体表が無毛化したのだと思える。それ以前の段階の猿人は、無毛化してもいないし、脳の容量もあまり大きくない。これは人類ではなく、類人猿の一種だ、と私は考える。ともあれ、詳しい話を書くには、ここは余白が不足する。   (^^); )

 なお、ヒントとなる情報を知りたければ、下記を参照。
    → 人類の進化の系統の図

  ※ 後日記

  この件については、あとで説明する項目を新たに書いた。下記だ。
   → 人類進化の水辺説(半・水生説)
   (ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスの関係を述べている。)


 [ 付記2 ]
 上記のこと(ラミダス猿人などが人類でなく類人猿にすぎないこと)は、次の結論をもたらす。
 「直立二足歩行は、人類の特徴ではない」

 多くの本には、逆のことが書いてある。「直立二足歩行は、人類の特徴である」と。しかし、直立二足歩行をしても、脳の容量はまだまだ小さいし、脳の容量が急激に拡大していくわけでもない。脳の容量が急激に拡大するのは、直立二足歩行(ラミダス猿人の頃)よりも、ずっと後のことだ。
 実を言うと、「直立二足歩行は、人類の特徴である」というのは、話が逆であって、「直立二足歩行をするものを、人類と呼ぶ」というふうに、逆に定義しているからだ。そのせいで、ラミダス猿人を「最古の人類」と呼ぶようになる。
 そして、そういう本末転倒が起こることの理由は、「直立二足歩行をしたせいで、脳の容量が急激に拡大した」という発想があるからだ。実は、その発想は間違いなのだが。
 話を整理しよう。
 人々はこう思った。
 「直立二足歩行をすると、脳の容量が急に拡大する。だから、直立二足歩行をするものは、人類だ。ラミダス猿人は、直立二足歩行をするから、人類だ」
 しかしながら、ラミダス猿人は、チンパンジーよりも脳の容量は小さい。直立二足歩行は、脳の拡大を意味しないのだ。そのことが今回の研究成果からわかったことだ。
 そして、直立二足歩行が脳の拡大を意味しないとすれば、直立二足歩行はもはや人類の特徴ではないのだから、ラミダス猿人は、たとえ直立二足歩行をしていても、人類ではないのだ。これはあくまで「直立二足歩行をする類人猿」であるにすぎない。
 直立二足歩行をすることをもって人類の特徴とするのであれば、エリマキトカゲを人類と呼んでもいいことになる。
  → トカゲの二足歩行

( ※ 「エリマキトカゲを人類と呼んでもいいことになる」というのは、もちろん背理法による虚偽命題である。冗談交じりの皮肉とも言える。ただしこれを額面通り読む人がいる。「エリマキトカゲを人類と呼んでもいいだと? そんなことを言う奴はトンデモだ!」と。……馬鹿丸出し。読解力がゼロ。こういう阿呆がネットにはたくさんいる。とくに、はてな というところには、たくさんいる。猿知恵?)

 [ 付記3 ]
 なお、脳の発達は、直立二足歩行よりも、ずっと後のことである。このことは、[ 付記1 ]で述べたとおり。なお、脳の発達が起こる前に、直立二足歩行だけをしていた類人猿は、アウストラロピテクス属と称される。いわゆる猿人。それ以後、脳の発達がいくらか起こって、ホモ族が出現する。ホモ・エレクトスなど。

 [ 付記4 ]
 直立二足歩行については、次の参考記事がある。
  → Wikipedia 「直立二足歩行」
 これによると、次のことがわかる。
 「直立二足歩行は、歩くためには、はなはだ効率が悪い」

 実は、効率が悪いだけでなく、速度も遅い。日本猿は四つ足で高速で駆けるが、人間は日本猿ほど早く駆けることはできない。歩くにも非効率で、走るにも低速だ。何もかも劣る。(四足歩行に比べて。)

 このことから、次のことが結論できる。
 「直立二足歩行の特徴は、歩行することでなく、直立することだけだ」
 つまり、直立さえできればいい。あと、ちょっと移動できればいい。(熊やレッサーパンダの直立は、歩くことがほとんどできないが、それほどひどい停止状態でなければいい。)
 
 推測するに、ラミダス猿人などは、直立はできても、歩行はろくにできなかったのだと思う。骨盤下部も発達していないし、足指は手のようだし、ヨチヨチ歩きができた程度だろう。高速で走ることなど、とても無理だっただろう。
 とすれば、彼らが草原に進出したことなど、ありえない。彼らは森林に暮らして、ヨチヨチ歩きをして、木登りもした。(足指の形は木登りに適している。)
 つまり、彼らが直立したのは、「新たな環境に適するため」ではない。環境とは別の理由で(= 今までと同じ環境にいたまま)、そういう進化が起こったのだ。
 結局、直立二足歩行を、環境のせいだと見なすのは、妥当ではあるまい。進化を引き起こすのは環境ではない。環境は、進化の方向性を制限するが、進化そのものを引き起こす力はない。
 森林においては、猿は地上歩行をするようになった。だが、それは、「地上歩行ができる」とか、「直立二足歩行ができる」とか、そういう新たな能力を獲得したからではあるまい。地上歩行や、直立二足歩行は、有利な能力ではなく、むしろ不利な能力だからだ。できれば、そんなことはしないで、樹上にいる方がよほど有利だ。
 これに関しては、次の動画を参照。森林にいる限りは、猿の方が虎やライオンよりも有利だ、とわかる。
  → 猿に負けたライオン
  → タイガーをおちょくる猿
 つまり、有利でいられる樹上を離れて、わざわざ草原に出るはずがない。猿が草原に出れば、虎やライオンに食い殺されるだけだ。
 
 [ 付記5 ]
 小型猿 monkey でなく、類人猿 ape が地上に降りたのは、その方が有利だったからではなく、そうせざるを得ない事情があったからだ。それは、何か? 「体の大型化」だ。「体の大型化」があれば、もはや樹上に留まることはできなくなる。地上を歩いたり、地上で寝ていたりする方が、ずっと楽になる。
 「猿が直立二足歩行するようになった理由は、体の大型化だ」

 もう少し詳しく言うと、こうだ。
 「樹上で暮らしていた猿が、大型化した。すると、樹上で暮らすよりは、地上で暮らす方が、楽になった。そこで地上に降りた。地上に降りると、四つ足の方が便利なのだが、地上から樹上に戻るときには、直立する体つきの方が有利だ。(体がまっすぐになって背が高くなるので。)つまり、樹上と地上という双方を往来する境界領域(= 森林)においては、直立二足歩行が有利だった。こうして、森林に過ごす猿が大型化したときに、直立二足歩行が実現した
 これを私の結論としたい。

( ※ 大型化と直立二足歩行は、必然的ではない。ゴリラは、大型化しているが、直立二足歩行しない。大型化は単に「樹上から地上へ」を意味するだけだ。その後、ゴリラのように主に前肢で歩く種も生じたし、チンパンジーのように歩かない種も生じたが、ラミダス猿人のように後肢だけで歩く種も生じた。ただしラミダス猿人は、直立二足歩行はできても、まともに歩けなかった。ゴリラのように高速に歩くことは無理だっただろう。直立二足歩行の意味は、歩行ではなくて、あくまで直立だ。それはたぶん地上では不利な形質だっただろうが、時代を経るうちに、まともに歩く種が登場するようになった。それにともなって、まともに歩けない種は絶滅した。……直立二足歩行は、地上では、当初は有利な形質ではなく、不利な形質だったのだ。)
( ※ 不利な形質なのになぜ存在できたか? それは、先に述べたとおり、「地上と樹上を往来する」という境界領域[= 森林]にいたからだ。また、もう一つ、別の理由も推定できる。それは、淘汰圧が弱かったことだ。敵となる肉食獣が少ない 森林で、かつ、果実などの食糧が豊かであれば、さまざまな多様な種が共存できる。特に、記事のように雑食性であれば、主として草食性であるゴリラとは、食性も競合しない。 森林では何種類かの大型類人猿が共存できるはずで、そのなかには直立する類人猿があってもおかしくない。……ただし、それが誕生したときはまだ、将来的に進化して草原を走れるようになるとは、気づいていなかったはずだ。)

 [ 付記6 ]
 体の大型化とともに地上に降りる、というのは、私自身が幼児の頃に体験している。4歳ぐらいのころには、体が小さいので、窓からぶら下がったり、窓の外の木に飛び移ったり、木登りしたり、いろいろと楽しむことができた。
 しかし、体が大型化すると、木登りも非常に困難になった。枝の上で体重を支えることにも苦労した。
 樹上で過ごすには、体重がせいぜい 10〜20キログラムであることが必要であり、それより大型化すると、樹上から降りたくなる。これが私の体験談だ。   (^^);



 [ 補足1 ]
 ついでだが、ダーウィンの説もまた、「仮説」である。この「仮説」を真実であるかのごとく信じている人々がいるが、ダーウィンの説はあくまで「仮説」であるにすぎない。学界の常識。
 「ダーウィンの説という真実に反する説はトンデモだ」と騒ぐ素人もいる。だが、勘違いしないよう、注意しよう。……彼らは「ダーウィン教」という宗教の信者と同じで、教祖様の教えに反する科学を、理解できないのである。その意味で、今の進化論は、科学というよりは、「創造説」と同様の宗教に近い。あまりにも非科学的。だから彼らは、
 「動物が新しい環境に進出すると、遺伝子に有利な突然変異が急激に発生する」
 という、非科学的な主張を唱える。
 その例。
 「魚が陸上に出ると、魚のヒレが足になるという遺伝子の変化が、急激に発生する」
 この例では、たったの1時間ぐらいで、急激な進化が発生して、魚が両生類になるはずだ。……実際、さもなくば、魚は干上がって死んでしまうので、絶滅するだろう。

 [ 補足2 ]
 では、正しくは? 前述の通り。進化があったから、新しい環境に進出できたのである。そして、進化をもたらす場は、「新しい環境」ではなくて、「境界領域」なのである。両生類で言えば、「陸上」が進化をもたらすのではなく、「境界領域」が進化の場となる。そして、いったん進化が起こると(つまり足ができると)、境界領域を脱して、新しい環境に進出できる。
 人類の直立二足歩行も同様だった、と思える。つまり、こうだ。

 × 草原という新環境に進出したから、直立二足方向をした。
 ○ 境界領域で直立二足方向をする進化をしたから、草原に進出できた。

 では、境界領域とは? 今のところ、二つの説がある。
  ・ 森林の地上 (樹上と草原との境界)
  ・ 水辺 (いわゆる水生説・アクア説)

 どっちが正しいかは、私は論じない。今のところ、データ不足。(ただし、草原説が間違いであることは、断言してもいいだろう。それが私の立場。)

 [ 補足3 ]
 先に本文では、「直立二足歩行の過渡的な形態」と述べた。
 このような生物は、樹上生活も地上生活もできるが、どちらにも適しているというより、どちらも不十分である。本来、自然淘汰説の発想では、あっさりと淘汰されてしまっていいはずだ。
 ただし、私の発想では、次のようになる。
 「過渡的な形態の種は、樹上でも地上でも劣者となる。そのどちらでも滅んでしまうだろう。ただし境界領域においては、樹上の優者も、地上の優者も、どちらも入ってこられない。だから、境界領域では、過渡的な形態の種も生きることができる。そこが進化の場となる。そこでは、既存の場では劣者となるものが起源となって、次の新種の芽となる」
 
 猿が地上に降りれば、通常は肉食獣に食い殺される運命にある。アフリカでもライオンやヒョウなどが現れると、猿は大あわてで地上を逃げ回って、樹上に逃れる。猿は四つ足で速く駆けることができるから、何とかなる。
 一方、今回の動物は、四つ足でも、二足でも、早く駆けることはできそうにない。肉食獣が近づいたら、あっさり殺されてしまいそうだ。
 とすれば、そばに肉食獣がいないような環境があったのだろう。たとえば、樹木が密生する森林。そこでは肉食獣は高速で駆けることができないから、鈍重な類人猿も生きていける。枝をつかめる足指があれば、樹上に逃れることもできる。
 一方、この化石種のあとで、足指が歩行に適する形になることで、森林を離れて、草原その他に進出したのだろう。
 とすると、今回の発見の重要な点は、次のことだ。
 「直立二足歩行は、一挙に進行したのではない。まず、骨盤が直立二足歩行に適した。その次に、次の種において、足指が直立二足歩行に適した。そういうふうに進化は二段階でなされた」

 つまり、直立二足歩行は、次の二つの順序で進化が起こった。
     骨盤の進化  →  足指の進化

 そして、その途中では、「骨盤の進化だけがあり、足指の進化はまだない」という種が生じた。それが、今回の種だ。
 
( ※ 「骨盤」といっても、記事にあるように、「骨盤上部」のみ。「骨盤下部」は、まだ発達していないらしい。)
( ※ 骨盤がなぜ大切かというと、きちんと直立した姿勢を取るためだ。チンパンジーやゴリラは、きちんと直立できない。腰が曲がった姿勢になる。これは骨盤が直立に適していないせい。)

 [ 補足4 ]
 「草原に進出したから直立二足歩行ができた」という説(草原説)は、成立しない。そのことが今回のことからわかる。(森のなかにいるのに直立二足歩行ができる。ただし上手ではない。)
 進化論学者が「草原に進出したから進化が起こる」という発想(草原説)を取りがちなのは、「突然変異と自然淘汰」というダーウィン説に従っていて、「環境が進化をもたらす」という発想を取るからだが、そんな発想では事実を正しく認識することはできないのだ。
 
 [ 補足5 ]
 草原説は、そもそも、理屈が成立しない。ほとんどデタラメである。(トンデモと言ってもいいかも。  (^^); )
 なぜか? 類人猿は、草原に進出することなど、ありえないからだ。というのは、草原に進出するメリットが皆無だからだ。
 草食動物ならば、草原に進出するメリットはある。(当り前。草を食う。)
 肉食動物ならば、草原に進出するメリットはある。(草を食う草食動物を食う。)
 しかし類人猿は、草を食うこともないし、草食動物を食うこともない。(初期の段階では狩りをすることが不可能だから。)
 類人猿は、森にいる限りは、果実を取れるし、肉食動物から身を守れる。なのに、わざわざ草原に出ることには、メリットは皆無だ。
 それはいわば、「魚が陸上に進出する」というような愚行である。魚が陸上に進出すれば、魚が両生類になるのでなく、魚が干上がるだけだ。類人猿が草原に進出すれば、類人猿が直立二足歩行するのでなく、餓死するか、肉食動物に食い殺されるかだ。
 要するに、「猿が草原に進出したから、猿は直立二足歩行するようになった」というのは、ただのご都合主義である。それは、理屈から言って、まったく成立しない。猿が草原に進出したら、猿が二足歩行するのでなく、猿が死ぬだけだ。(餓死・捕食死)
 草原説を唱える進化論学者は、頭がイカレているとしか思えない。そういう人間は、ライオンの檻に入るといい。「人間がライオンの檻に入れば、人間は食い殺される」と私は思う。しかし草原説を唱える進化論学者は、人間の進化を唱えるだろう。「人間がライオンの檻に入れば、人間がライオンよりも強くなる(進化する)」と。草原説特有のご都合主義。  (^^);
 
 [ オマケ ]
 オマケの話。ネットに、次のニュースある。
  → 2足歩行は4足歩行より効率的
 これは、インチキ研究の典型だ。
 「2足歩行は4足歩行より効率的だ」
 と結論しているが、そのときの比較対象は、こうだ。
  ・ 2足歩行 …… 人間
  ・ 4足歩行 …… チンパンジー

 つまり、「チンパンジーの4足歩行より、人間の2足歩行の方が効率的」というもの。何だってチンパンジーなんかを持ち出すんだか。ひどいペテンですね。
 チンパンジーは4足歩行する動物じゃない。そもそも歩行する動物じゃない。地上でなく樹上で生活する動物だ。
 この手のインチキ研究をやるなら、カワウソとかビーバーみたいな水生生活をする動物を例に出して、
 「2足歩行は4足歩行より効率的だ」
 と結論することもできそうだ。ひどいペテン。
 どうせなら、馬や鹿みたいに効率的な4足歩行をする動物を持ち出せばいいのだが、そういうふうに、馬や鹿をもちだす発想がない連中を、何と呼ぶべきか? 「馬 鹿」か?  



 【 参考 】
 ラミダス猿人の参考文献。英文記事。
 《 First ape woman 》
   → Ardi skeleton found in Ethiopia is closest thing to 'missing link' between humans and apes

 【 関連項目 】

  → 人類の直立歩行:樹上説
 ( ※ 類人猿も樹上生活では、直立する。 2007年06月02日 )
 ( ※ これからすると、樹上で直立するオランウータンも人類か?  (^^); )
 ( ※ 上記の「樹上説」は正しいはずだ。ラミダス猿人以前の類人猿は、樹上ですでに直立していたはずだ。それが地面に降りて、ラミダス猿人という類人猿になったのだろう。樹上の類人猿も、地上の類人猿も、直立二足歩行をしていたわけだ。程度の差はあるにせよ。……ともあれ、直立二足歩行は、人類の特徴ではない。類人猿に見られる特徴だ。)
posted by 管理人 at 23:00| Comment(5) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
余談3 を少し詳しく加筆しました。
 「樹上にいる猿の体が大型化したから、地上に降りて、直立二足歩行をするようになった」という話。

 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2009年10月07日 23:44
下記には、「直立二足歩行のせいで、人類の交尾の仕方が代わった」というスケベな珍説がある。
 http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=21196600&expand

 ナショナル・ジオグラフィックともあろうものが、このようなトンデモまがいの珍説を掲載するのだから、呆れてしまう。
 この発想は、(俗流)ドーキンス主義の発想だ。「自分の遺伝子を増やすために、これこれのことをするようになる」というわけ。
 冗談半分なら楽しめるかもしれないが、まともな顔してこんな話を出さないでほしいものだ。だいたいね。「自分の遺伝子を増やすことが目的」なんだったら、人類はとっくに全員、強姦魔になっていますよ。
 「自分の遺伝子を増やすため」という馬鹿げた発想は、いい加減、やめてもらいたいものだ。
Posted by 管理人 at 2009年10月07日 23:49
本項とだいたい同趣旨のことを学術的に論じている文書がある。下記。

 → http://www.geocities.jp/nomuk2001/community2/shinnka/jinnruishinnka.pdf

 その元となるページは、ここ。
 → http://www.geocities.jp/nomuk2001/community2/shinnka/shinnka.htm

 とても詳しい話が記してあるので、一読をお勧めする。
Posted by 管理人 at 2010年10月11日 21:21
お名前が見当たらないのでどういう方が書いておられるのか分かりませんが、興味深い論理で感心しました。内容も痛快なくらい説得力があって、こういう学説が学会でどういう扱いをされているのかが知りたいと思いました。
なお私は考古学に付いて少し興味があるという普通のおじさんで、全くの素人です。
Posted by 大谷文彦 at 2011年01月28日 08:33
「直立二足歩行は人類だけの特徴ではない」とか、「直立二足歩行は脳の拡大を意味しない」というのには賛成です。泳げる動物の陸上姿勢と水中姿勢は対比しています。直立二足歩行を習得するには、原理的には、遊泳型の泳ぎ系サル(人類が典型)であればクロール泳法等のビート泳法、潜水型の泳ぎ系サル(ネアンデルタール人が典型)であれば、潜水ができればいいのです。したがって、人類だけとは限りません。
脳の拡大を伴う頭脳発達をするのは、海生動物のイルカです。ブラッドシフトで脳の拡大を伴う頭脳発達が起きます。チンパンジーが頭が良いのは、母親の胎内で逆立ち状態になっていて脳に組織液の栄養が指向されるというフルーイッドシフトのためです。血液の移動ではないので、細胞分裂が起きず頭脳が肥大化しない頭脳発達をするのです。ラミダス原人は、人類の祖先とは見ておりません。ネアンでルター人系統の潜水型泳ぎ系サルと見ています。決定的なのは、言語を繰る基礎となる顎の突き出し行動の形跡が見つからないことです。
以上がシーシャトル理理論からの感想です。
なお、シーシャトル理論は、歴史学説でなく、発掘結果に対して、分析を述べるだけです。
人類が宇宙に行って驚いたのが、無重力空間で、帰ってきたら、宇宙飛行士は歩けなくなっていたことです。しかも、骨のカルシウムが体外に放出されて、骨粗鬆症になっている。
シーシャトル理論は、水中という亜無重力状態、ナトリウムイオンの危険性回避、地上の27倍もある熱伝導率で起きる人体特にソフト面の血流・組織液の変化を進化を解析する手段にしています。シーシャトル理論では、簡単な物理の原理の積み重ねで、高校卒業程度の物理現象が解れば解ける理論です。人類の特異性は、体温の問題、リンパ系の問題、など、論じなければならないことが広範で、約1年間を掛けて、「松雲のブログ」で公開しています。
医者は解りますが、人類学者は聞いたこともない用語が沢山出てくると思います。
Posted by 松雲 at 2011年06月21日 22:27
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