ミツバチの働きバチは、原則として不妊である。この不妊という形質が非常に重要であることは、これまでに指摘してきた。(不妊であることでコロニーの一体化を強める。 cf. Wikipedia「真社会性」 )
しかしながら、ミツバチに近縁のハリナシバチでは、事情が異なり、不妊が不十分だという。単為生殖の形で、オス(息子)を生む働きバチも、かなりの割合になるという。以下、引用。
グループは南米に住む「ハリナシバチ」の一種を調査。45個の巣からオス計576匹を採取、遺伝子を調べた。その結果、77%は現在の女王の息子だったが、4%は女王が産んだ働きバチの子で、残り19%は、以前の女王が産んだ前政権の働きバチの子と推計した。──
働きバチは、単為生殖で卵を産みオスのみを孵すことが可能。女王側は、卵を抱えた働きバチを女王が食べたり、卵を体制側の働きバチが食べたりして組織防衛。一方、卵を産む働きバチは仕事はせず、自ら産んだオスの数を維持することに専念し、平均的な働きバチの3倍長生きしていた。
( → 読売新聞 2009-10-04 )
この話を読むと、「ミツバチでは不妊が決定的に重要だ」という私の説に反するように思えるだろう。「ミツバチでは不妊が重要だ」という私の説が破綻したと感じる人もいるだろう。そこで、解説しておこう。
「不妊が重要だ」というのは、あくまでミツバチに限った話である。ミツバチの場合、不妊が重要だ。
なぜ? コロニーの団結を守り、外敵に対抗する必要があるからだ。その場合、自分の子供を守ることよりも、コロニー全体を守ることが目的となる。(自分の子供はいないから。)
逆に言えば、コロニー全体を守るように仕向けるために、自分の子供がいないようになる。つまり、不妊になる。
──
では、ハリナシバチは? 名前(針なし蜂 stingless bee )からわかるように、針がない。(形態的には針があるのだが、縮小 ・退化してしまっている。)
その理由は? もともと外敵に襲われることがないからだろう。では、なぜ? 次のように推測がつく。(仮説)
「ハリナシバチは、ミツバチではない。つまり、蜜がない。だから、外敵に襲われることがない」
ひるがえって、ミツバチは、蜜を集めるから、とても甘くておいしい。スズメバチや熊などの格好の標的になる。それゆえ、身を守るために、針を備えたり、不妊になったりする。
しかるに、ハリナシバチが「針」「不妊」という二つの武器を失うとしたら、外敵に襲われたとき、あっさり滅亡してしまうはずだ。
そして、現実には滅亡しないとしたら、もともと外敵がいないないからだ、と思える。つまり、蜜を集めないので、スズメバチや熊などの格好の標的にならないのだ。
( ※ 「外敵がいない」というのは、「あらゆる外敵が皆無である」という意味ではなくて、「あまり外敵がいない」つまり「甘くて美味なミツバチほどには外敵を引きつけない」という意味。似た例で言うと、「美人でない」というのは、「ブスである」という意味ではなく、「女優の××××ほど美貌じゃない」というくらいの意味。)
──
ここまでは、論理的に推測がつく仮説。そこで、この仮説が正しいだろうと思って、ネットを探したら、英語版 Wikipedia で裏付けが取れた。
Ripening concentrates the nectar and increases the sugar content, though it is not nearly as concentrated as the honey from true honey bees; it is much thinner in consistency, and more prone to spoiling.つまり、ハリナシバチは、蜜がないわけではなく、蜜はあるのだが、ミツバチの蜜に比べると、はるかに薄いのだ。
( → Wikipedia)
《 機械翻訳 》
成熟は、蜜を集結して、糖分を増加させます、それは本当のミツバチからのはちみつと決して同じくらい集中していませんが。 それは、一貫性がはるかに薄くて、損なうのにより傾向があります。
──
こうして、裏付けが取れたことで、先の仮説の妥当性が明らかになった。
ハリナシバチでは、不妊という形質が弱まっている。換言すれば、社会性が弱まっている。それは、外敵が少ないので、強い社会性が必要とされないからである。
一般に、社会性の強い生物は、苛酷な環境に棲息する。ミツバチは、スズメバチや熊という外敵にさらされる。
逆に、苛酷な環境になければ、普通の生物と似た状況に近くなるので、社会性が弱まっても十分に生存できるはずだ。社会性もあまり必要でなくなるし、そのせいで、社会性の弱まった種も存在するようになる。
仮に、ミツバチが社会性を弱めたら、あっという間に滅亡してしまうだろうが、ハリナシバチは、蜜を薄くすることで、外敵を減らすことに成功したので、社会性が弱くても大丈夫なようになったわけだ。
──
こうして、ハリナシバチについては、説明がついた。
そして、これはこれで、「ミツバチには強い社会性が必要だ、だから不妊になった」という私の説と、矛盾することはない。
つまり、私の説はミツバチについての説だが、ハリナシバチは、ミツバチとは状況が違うから、ミツバチについての説が当てはまらなくても、特に問題はないわけだ。
( ※ 比喩的に言うと、甘美な美女はスケベな外敵から身を守る方法をあれこれと工夫する必要があるが、辛気くさい老婆はそんな心配をしなくても大丈夫、ということ。襲われる心配のある人とない人とでは、事情が異なる、ということ。)
※ 以下は補足的な細かな話。
[ 付記1 ]
記事には、
「このような内部抗争は、病気や環境急変による危機を乗り切るため多様な遺伝子を残すのに貢献しているらしい。」
という推測があったが、これはてんで見当違いだろう。仮にその説が正しいのなら、ミツバチもそうしていたはずだ。つまり、ミツバチは不妊でなかったはずだ。かくて、矛盾。
そもそも、「多様な遺伝子を残す」という発想そのものが、自然淘汰説の正反対になるので、自己矛盾に陥る。
また、ハリナシバチのようなことをしても、遺伝子の多様性をもたらす効果は、ほとんど皆無に近い。ほんのちょっと多様性が増すだけだ。(単為生殖で子供を生んでも、クローンを生むようなものだから、普通の有性生殖のように多様性を増すことはできない。そもそも働きバチは、遺伝子的にみんな同じだから、最初から多様性を増す効果はない。ただ、部分的に、先代の働きバチが共存するが、それだけの効果だ。どっちみち、効果は大したことはない。)
上記の推測はあまりにも滅茶苦茶すぎる。「理屈のための理屈」という感じ。こじつけと言うべきか。
( ※ 一般に、「病気や環境急変による危機を乗り切るため多様な遺伝子を残す」というのは、種レベルでのみ意味があることであり、個体レベルやコロニーレベルでは意味がない。また、「病気や環境急変による危機を乗り切るため多様な遺伝子を残す」というのは、大切なことではあるが、自然淘汰説とは正反対の発想である。……そこのところを理解しているんですかね?)
[ 付記2 ]
ハリナシバチは、ミツバチよりも新しい種だ、と思える。形態的には、針はないわけではなく、単に縮小 ・退化しているだけだからだ。それが皆無ならば、ミツバチ以前かもしれないが、縮小 ・退化したものがあるのだとすれば、いったんできたあとで縮小 ・退化したと考えられる。
[ 付記3 ]
ハリナシバチでは、針を備えて社会性を強めるかわりに、「蜜を薄くすることで生存率を高める」という戦略を取った。それはそれで、生存戦略としては「あり」だろう。
なお、蜜は薄いだけでなく、量が少なくて、味が劣るらしい。Wikipedia から引用すると、下記。
Unlike a hive of commercial honeybees, which can produce 75 kilograms of honey a year, a hive of Australian stingless bees produces less than one kilogram. Stingless bee honey has a distinctive “bush” taste - a mix of sweet and sour with a hint of fruit.
別の見方もある。
ミツバチの巣は空中にぶら下がっているが、ハリナシバチの巣は地中や樹洞にこっそり隠れている。これは、外敵から守るために有利だ。
ハリナシバチが針をもたない理由は、蜜の味が薄いことではなく、巣が地中や樹洞に隠れていることかもしれない。そして、働きバチが不妊でない理由も、ここにあるのかもしれない。どっちみち、外敵の脅威が少ない、という点では共通する。その理由が違うだけ。
ただ、どちらかと言えば、「蜜の味が薄いこと」よりは、「巣が隠れていること」の方が有力だろう。次の説明がある。
(ハリナシバチは) 複雑で多様化した棲息環境下で生存するには、刺針だけという単純な防禦システムでは対応できない。ハリナシバチの刺針は既に退化し、営巣場所、巣の形状、迷路のような巣門などにより、それぞれの種が防禦システムを確立している。
( → 畜産試験場 ニュース )
[ 付記4 ]
ドーキンス説は、ハリナシバチの行動を説明できない。なぜなら、ドーキンス説によれば、血縁度が高いものを育てるはずだからだ。つまり、「血縁度が 75%の妹」を育てる方が有利であり、「血縁度が 50%の息子(自分の子)」を育てるのは不利であるはずだからだ。わざわざ不利なことをする理由が説明できない。
一方、私の説(別項で述べた血縁淘汰説の解説)によれば、この問題は生じない。妹を育てても、実際に残る次世代の個体は、「妹の娘」つまり「姪」である。その血縁度は 37%(正確には 37.5 %)である。この値は 50%よりも低い。したがって、血縁度 37%の姪を残すよりも、血縁度 50%の息子を残す方が、有利である。
[ 付記5 ]
なお、ミツバチが妹を育てるのは、それが遺伝子的に有利だからそうしているのではなく、遺伝子的に不利であるにもかかわらずそうしているのだ。なぜ遺伝子的に不利なことをなすかと言えば、いっそう重要な「コロニーの利益」を優先させるためだ。そして、なぜコロニーの利益を優先させるかと言えば、そうしないと自分を含む全員が滅亡しかねないという特殊な環境に生きているからだ。
この件は、ミツバチの行動として、下記で述べたとおり。
→ ミツバチの利他的行動 2
→ ミツバチの利他的行動 3
[ 付記6 ]
一般に、アリであれ、ミツバチであれ、ちっぽけな生物が苛酷な環境で生きようとすれば、集団の力を利用して生きることが有利である。集団を無視して、一匹で放浪すれば、たちまち環境に押しつぶされてしまう。
似た例では、スズメバチがある。スズメバチも、ミツバチと同様に、強い社会性をもつ。なぜか? スズメバチは、蜜をためて甘いということはないが、体が3〜4センチと大きいせいか、幼虫や蛹が食用の対象となる。動物や鳥や人間などが、スズメバチの幼虫や蛹をせっせと食べてしまう。そして、それを避けるために、スズメバチはかくも強力な毒針をもつようになった。
「スズメバチはすごい毒針をもつから人間の敵だ」
と思うのは早計だ。人間などがスズメバチを食ってしまうから、スズメバチはやむなく超強力な毒針をもつようになったわけだ。(超美人が強力なスタンガンをもつようなものか。)
そして、その毒針を有効にするには、社会性が必要となった。なぜなら、「敵と戦って死ぬ」ことと、「自分の子を産んで育てる」こととは、両立しないからだ。母親と兵士とは分業されなくてはならない。そのために、社会性が必要とされた。
ともあれ、社会性のある生物においては、その社会性を必要とする環境を理解することが何よりも大切だ。遺伝子の増減ばかりを見ていては、その環境を理解することができなくなる。つまり、生物学的な視点を見失ってしまう。それでは本末転倒というものだ。
[ 付記7 ]
教訓。
生物の生態を考えるときには、単に遺伝子の損得や増減だけを考えていては、物事の本質を理解できない。ドーキンス以来、やたらとそういう傾向(物事をすべて遺伝子の増減だけで説明しようとする傾向)がひろがったが、それだと、大切なものを見失う。
生物の生態を考えるときには、遺伝子の数について考える前に、生物の生態そのものを多面的に理解するべきだ。今回もそうだ。遺伝子の生存率がどうのこうのというふうに机上で計算する前に、ファーブルみたいに生態を詳しく調べるべきなのだ。
生物学の本質は、個体としての生物そのものにある。その多様な特質を無視して、遺伝子の数ばかりを考えていては、誤った迷路に入り込む。その典型がドーキンスだろう。
( ※ ドーキンス説のどこが問題は、別項で論じた。サイト内検索をすればわかる。 → 検索「自分の遺伝子」)
【 補説 】
実を言うと、「ハリナシバチは自分の子を産む」という表現は、正しくない。というのは、そこで生まれる子供は、単為生殖で生じたものであるに過ぎず、自分の分身にすぎないからだ。
有性生殖の生物において「自分の子」と真に言えるのは、「自分と配偶者の子」だけである。形の上では別の個体を産んだとしても、それが遺伝子的に自分の遺伝子をもつにすぎないのであれば、それは「自分の分身を産んだ」ということであり、「自分の子を産んだ」ということにはならない。
ま、遺伝子の数だけを考えていれば、自分の遺伝子が増えたと見えるので、「遺伝子が増えたぞ」と喜ぶ学者もいそうだ。しかし、そこでは、有性生殖の生物の本質である「交配」がなされていないのだから、有性生殖の生物として子を産んだことにはならない。出産システムの輪環の一部で、便宜的に別の個体を産み出しているだけだ。
実は、ミツバチのように単為生殖をする生物においては、単為生殖で生じた個体は、ただの「個体の形を取った精子」であるにすぎない。精子の数をいくら増やしても、子供を産んだことにはならない。子供を産んだと言えるには、精子が他の個体の卵子と結びついて、交配する必要がある。
ハリナシバチがどんなにたくさんオスを単為生殖で産んだとしても、それは、「精子を増やした」というだけのことであって、「子供を産んだ」ことにはならないのだ。「働きバチも子供を産むぞ!」と快哉を叫ぶのは、早計にすぎる。「働きバチも子供を産む」と言えるのは、働きバチが次世代の女王バチを産んだ場合だけだ。そして、そのような例は、まったく見つかっていない。
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最後のあたりに [ 付記6 ] を加筆しました。
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