2009年10月03日

◆ 二種類の数学

 「アキレスと亀」「ゼノンのパラドックス」というものが知られている。(数理論理学の分野。)
 これらの問題は、現代数学がいまだ未完成であることとも関連する。 ──

 「アキレスと亀」「ゼノンのパラドックス」というものが知られている。これは、数理論理学の分野の話題だ。読者がこれを知っていることを前提にして話を進める。
( ※ 知らない人は、本項を読み飛ばしてください。先に上記の話題を調べてください。)

 ──

 この件は、素人にもわかりやすい話なので、いろいろと論じられてきた。朝日新聞の書評欄でも取り上げられたので、紹介しよう。
 時間や空間について、無限個の点でできていると考えるか、点の集まりという見方を捨てるか。(それとも時間や空間の実在を否定するか。)
 近代科学は「無限個の点」の道を突き進んで「ゼノンの懸念を片づけた」かに見えた。ニュートン物理学が、無限の小ささを極める微積分の数学で自然界のなめらかな動きを描きだしたのである。
 だが、20世紀物理の登場で様相は変わった。量子力学によると、原子核の周りの電子は「とびとびの飛躍による軌道の変更」しかできない。数学は、現実世界をとらえきれてはいないらしい。
( → 朝日・書評
 ──

 この書評はなかなか興味深い。
 「無限個の点でできていると考えるか、点の集まりという見方を捨てるか」

 という記述があるが、実は、これは、現代数学の最先端の話題と共通する。
 上の引用文は、次のように定式化することができる。

  ・ 集合論 …… 無限個の点でできていると考える
  ・ 区体論 …… 点の集まりという見方を捨てる 

 現代の数学者の多くは、集合論の発想を取って、時間や空間を「無限個の点でできている」と考える。しかし、それとは別に、「点の集まりという見方を捨てる」という発想もあるのだ。そこでは、の集まりでなく、無限小の集まりという形で、時空は認識される。

 また、区体論の発想では、数学空間は次の二つに区別される。
  ・ 自然数の空間 (離散的)
  ・ 実数の空間  (連続的)

 この場合には、実数とは別に自然数の空間があるのだから、自然数の空間を取れば、それだけで問題なく量子を扱える。とすれば、記事における
 「数学は、現実世界をとらえきれてはいないらしい。」

 という問題は、回避される。 (重要!)

 ( ※ 集合論では、自然数も実数も同じ空間に属するから、実数のなかでとびとびの値である自然数だけが選ばれる理由が、不明である。一方、区体論では、自然数と実数は別の空間だから、単に「量子の数値の取り方は、自然数の空間に属する」とだけ認識すればいい。その場合、自然数の空間には、自然数しか存在しないから、もともと中途半端な値は取りようがない。というわけで、「とびとびの値を取る」という問題はなくなる。つまり、区体論は量子論をきちんと扱える数学となる。)
( ※ ついでに言えば、「量子はたがいに区別されない」という最重要の原理も、準関数という原理によって説明される。)
( ※ さらに話をひろげれば、人間の数が「1,2,3,……」というふうになって、「1.5人」というような数にならないことも、明らかになる。自然数は実数の一部ではなくて、別の空間をなす、と考えればいいからだ。しかしながら現代数学には、そういう発想はない。その意味で、人の数を数えることにおいてすら、現代数学は不十分である。「なぜ人間を半分に割ることはできないのか?」などと、頭をひねらすことになる。)(ただしジョークでなら答えられる。胎児は 0.5人だよ」と。  (^^); )

 
 ──

 まとめ。

 現代数学のいくつかの問題は、集合論の限界という形で現れる。それは、区体論を取ることで、きちんと解決がつく。
 逆に言えば、区体論を取らないと、いろいろと問題が生じる。その一例が、冒頭で話題にしたようなことなのだろう。
 数学についてよく知らない人は、「現代数学はきちんと完結した厳密な学問だ」と思っているようだが、実は、現代数学の一番の基盤となるところは、かなり あやふやなのである。「自然数とは何か?」「実数とは何か?」という一番肝心な点でさえ、(いちおう定式化はできているが)まだまだよくわかっていないことがあるのだ。
 「現代数学はいまだ未完成である」
 ということを、はっきりと理解しておくといい。四則演算とか、ユークリッド幾何学とか、そういう「数学的体系」ならば、確かに完全に厳密に規定されている。しかし、最も基礎となる「自然数とは何か?」「実数とは何か?」という点については、まだまだ、よくわかっていないことがたくさんあるのだ。

 [ 付記1 ]
 実を言うと、整数論・素数論というのは、その「よくわかっていないこと」を最も純粋化した部門である。だから、「数論は数学の女王だ」とも言われる。最も簡潔で、最も未解明さにあふれている分野こそ、最も興味深いのだ。
 逆に言えば、四則演算みたいに、完全にわかっている分野は、ちっとも面白くも何ともない。
  
 [ 付記2 ]
 なお、どこがよくわかっていないかというと、次のような例を先に示した。
   → 半無限とは?
 つまり、「有限」と「可算」(自然数の無限)との中間に「半無限」という量があることすら、現代の数学は認識できていなかった。それというのも、「1対1対応」という概念が曖昧であるせいで、「存在することはわかっても決定することができない」というような対象について、うまく認識できないからだ。
 そして、その点は、現代の実数論そのものにも当てはまる。
   → 別記項目の論証
 このように、「自然数とは何か?」「実数とは何か?」ということについてすら、現代数学はしっかりとした解答を持ち合わせていないのである。
( ※ そのことは、区体論と照らし合わせると、いっそう明らかになる。区体論では、これらについて、きちんと解答を与えることができるからだ。逆に言えば、その点から、現代数学の不完全さが明らかとなる。一つの立場を守る限りでは気づかなかった欠点も、他の立場から見ることで鮮やかになる。「人は自分自身の欠点には気づきにくい」という人生論みたいなものか。)
 


 【 関連項目 】

  → アキレスと亀 (パラドックス)

  ※ 数学とは別に論理学の立場から、パラドックスを論じる。
    本項の話題とは、直接の関係はないが、一応、関連として示す。
posted by 管理人 at 22:49| Comment(0) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
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