2009年09月08日

◆ 太陽と雲 (気温・温暖化)

        (「雲量と 気温・温暖化」を改題)
 雲の量は、気温と関係がある。日照が遮られると、気温が上がらない。
 このことは、ある一地域でも成立するが、地球全体でも成立するだろう。地球温暖化には、雲の量が影響する。

 ( ※ 本項は、つまらなそうでも、とても重要な話があります。)
 ──

 気温に影響するのは、主に次の二つだろう。
  ・ 寒気団や暖気団から流れてくる風
  ・ 雲量(直射日光が遮られない量)

 このうち、特に後者に着目したい。

 ( ※ たとえば、今年の夏は、曇りの日が多かったので、涼しい夏だった。地球が温暖化していると言われているが、涼しい夏だったのだ。曇りの日が多かったせいで。)

 ──

 私はかねて、地球温暖化の理由として、「森林の減少(地球の砂漠化)が原因だ」と主張してきた。その理由は、
  ・ 保水量の減少
  ・ 水分蒸発量の減少 (ヒートアイランド化)
  ・ 気象への影響 (雲と降雨の減少)

 などであった。

 3番目のうち、「降雨の減少」をこれまで何度も述べてきたが、降雨(による気温低下)だけでなく、「雲による直射日光遮断」というのも効果がありそうだ。これも大きな効果をもつだろう。……本項ではそのことを指摘したい。

 ここ数年、気温と天気の関係を強く意識しているのだが、やはり雲量というものは気温に大きく影響する。
  ・ 雲の多い日には気温は上がらない。
  ・ 晴れの日には気温がどんどん上昇する。
  ・ 雨の日には一挙に気温が下がる。

 こういうことが明らかに成立する。
 しかも、その規模は、思ったよりも大きい。季節が何月であるかということよりも、その日の天気の方が大きく影響する。

 ──

 とすれば、このことが、地球規模でも成立しそうだ。次のように。
 「雲量が少ないと、直射日光が浴びせかかり、気温が上がる。地球が砂漠化すると、地球全体の雲量が減って、地球全体が温暖化する」


 ここでは、地球温暖化に影響するのは、炭酸ガスではなくて、地球を覆う雲量なのである。そして、その雲量が、砂漠化にともなって減少していく。
 これが地球温暖化のメカニズムだろう……というのが、私の推定だ。

 ──

 この推定は、いわゆる太陽光発電の推進派の発想とは、異なる。太陽光発電の推進派は、晴天が大好きだ。
  ・ スペインの乾燥地帯で太陽光発電を推進する。
  ・ アメリカのネバダ砂漠などで太陽光発電を推進する。
  ・ アフリカやアラブの砂漠で太陽光発電を推進する。

 こういう例を報道して、「すばらしい」と称賛する。なるほど、砂漠ならば、太陽電池の稼働率も高いし、天気による変動も少ないし、いいことずくめだ。そこで、「砂漠こそ地球温暖化を防ぐ切り札だ」なんていう発想になりがちだ。あげく、次のように言い出すかもしれない。
 「日本もどんどん砂漠化を推進しよう。日本中の森林を伐採して、日本中の田畑をつぶして、すべて砂漠化してしまえ。そこに太陽電池を置けば、地球温暖化は防げる」
 「さらには、アマゾンも含めて、地球上のすべての森林を伐採してしまえ。地球上をすべて砂漠化せよ。そこに太陽電池を置けばいい」

 なるほど、それはそれで、彼らの主張は一貫している。彼らの主張では、「炭酸ガスこそが温暖化の原因」であるからだ。

 しかし、そんなことでは、逆に地球はひどい温暖化にさいなまれるはずだ。
  ・ 砂漠化にともない、保水量が減少して、晴ればかり。降雨減少。
  ・ それにともなって、気温は大幅上昇。(砂漠だから当然。)
  ・ 太陽電池は真っ黒なので、砂漠よりももっとひどい気温上昇。


 ま、砂漠化を推進すれば、気候もまた砂漠ふうになるのは、当然だろう。そして、そういうことが、地球の砂漠化によって起こるはずだ。
 つまり、炭酸ガスばかりに目を奪われたあげく、太陽の光の恵みばかりに心をとらわれて、雲のありがたさを忘れると、ひどい乾燥と気温上昇にさいなまれることになる。
 太陽光発電の信者は、「太陽の光はすばらしい」とだけ考えているが、そういう発想は、あまりにも偏っているのだ。炭酸ガスよりもはるかに大事なのは、水分なのである。そして、水分は、地上の水分と、上空の水分とが関連しているのだ。ほとんど循環構造にある。地上の水分が上昇して、上空の水分が雨となって降る。こういう構造をはっきりと認識することが大事だ。

 炭酸ガス論者であれ、太陽光発電の信者であれ、あまりにも思考が単純化している。そこには、「因果関係」「相関関係」という発想はあるが、「水分の循環」というような「相互循環的な関係」は認識されていない。
 当然ながら、「砂漠化にともなって相互循環的な関係が絶たれる」という認識もないし、「砂漠化にともなって雲量が減る」という認識もない。せいぜい、「エルニーニョ・ラニーニャのせいさ」という一方通行的な因果関係の認識がある程度だ。

 ──

 結論。

 気候というものは、ダイナミックな複雑にからみあった関係のうちにある。とすればそこでは、相互循環的な関係にも目を向けるべきだ。特に、水分が介在する、(空と地の)ダイナミックな関係に着目するべきだ。
 なのに、現在の考察のほとんどは、断片的な要素を組み合わせることによる考察だけだ。たくさんの静的な関係はあるが、動的な構造的な関係は無視されているも同然だ。特に、水分の循環については、ほとんど無視されている。水分による蒸発熱については認識されることもあるが、水分の蒸発による雲の効果についてはほとんど認識されない。そのせいで、砂漠化の進展については、「エルニーニョ・ラニーニャのせいさ」なんていう、一面的な見方をするだけだ。

 シェークスピアは、こう書いた。
 「天と地との間には、とうてい人間の思考の及ばないことがあるんだよ」
 まさしく、その通り。人類は、天のことも地のことも、知ったつもりでいる。しかし、空と地の相互的な関係については、よく知っていないのだ。
 光はわれわれに恵みを与えるが、水もまたわれわれに恵みを与える。そのどちらも大切だ。なのに人は、光ばかりに目を奪われて、水のすばらしさを見失いがちだ。晴れの価値ばかりにとらわれて、雨の価値を忘れがちだ。
 太陽光発電ばかりにとらわれるよりも、森に目を向けるべきなのだ。森が与えてくれるものは、足元にある水や、そばにある幹、あたりにある葉々だけではない。はるか頭上にある遠い雲もまた、森が与えてくれるものなのだ。

 人類は雲の価値を理解しない。光の価値ばかりを称えて、光の恐ろしさを理解しない。
 かくて、人類がやろうとしていることは、「光はすばらしい」と語りながら、砂漠のなかで光を浴びながら干からびてしまうようなことだ。水よりも太陽電池を大切にする阿呆の末路というべきか。
 


 【 関連項目 】
  → 地球の砂漠化
   ※ いろいろな話がある。エルニーニョ・ラニーニャの話も。
     (そこにある関連項目も参考にするといい。)

  → 天然林の消失
   ※ 現実にやっているのは、森を食い物にすることだけ。
posted by 管理人 at 20:25 | Comment(3) | エネルギー・環境1 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
気象庁のデータから、全国の定点観測地点における雲量気温との相関性を分析した結果、50%の地点で正の相関性が認められました。つまり、雲量は太陽光の反射より水蒸気による温室効果のほうが高いという結果になりましたが、これをどう理解すればよいのでしょうか。
Posted by 林 伸幸 at 2013年02月25日 19:44
そりゃ、何かの勘違いでしょう。晴れの日は気温が上がり、曇りの日は気温が下がる、というのが現実です。その逆はありえない。
 冬季でも夏季でも、3〜5度ぐらいの差が生じます。実感もできるし、統計でも明らかでしょう。
Posted by 管理人 at 2013年02月25日 20:35
夜間から早朝にかけて、晴れていれば放射冷却でよく冷え、曇っていれば放射冷却が抑制されてあまり冷えない。
だが、日中は余程の寒気団の影響が無い限り、晴れる程気温が上がる。なお、屋外の照度はおよそ以下の通りである。
日中晴天直射日光真夏:100,000lx以上
日中晴天日陰:10,000x以上
日中曇天屋外:5,000~10,000lux
光量の桁が違う。
Posted by 京都の人 at 2013年02月25日 22:50
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